大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

借金と世間話

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「父様、ユーリアです。客人を連れてきました」
「入れ」
「時間は十分だ」
すれ違いざまにユーリアが耳元でそう囁き、後ろへ下がる。
開かれた扉を通り、中に入ると、前に会った時のようにルプセルが机に向かって何やら複雑な顔をしている。
やがて溜息をつき、持っていた何らかの書類を手放してこちらを向く。
「まさかこんなすぐにまた会うとは思っていなかったよ。ユーリアから要件は聞いている。君は私が忙しい事も知っている。その上で、なお会いたがっているだろうというのがユーリアの予想だが、合っているか?」
「あぁ、まぁ。とりあえず先に渡す物を渡すか」
そう言って、髪の中から先日渡した金額の数倍の金を執務室の床にぶちまけるように出す。
金銀の貨幣が擦れ合い、ぶつかり合い、騒々しい音を響かせながらあっという間に小山を作り出す。
「まだ一週間と経っていないが…ふむ、例の宝石を売ったのか」
「数はまだあんだが、如何せん金貨ってのは重くってな。首が折れるかと思ったよ」
実際は髪の中で上手いこと袋状にし、背中や腰に引っ掛けて重量を分散させているが、それでも重いものは重い。久々に身体と財布が軽くなった。
ただまぁ、これでも借金全体から見たら半分どころか三分の一程度あるかどうかぐらいなんだが。
ルプセルは俺の足元に出来た小山を一瞥し、俺の方を向く。
「正確な金額は後日、ユーリアに伝えておく。足りないのは明白だからね。それで?」
「あ?」
「生来ではないが、耳はよく聞こえるんだ」
そう言って、軽く尖った耳の先を指で弾くように触れる。ユーリアとの話も筒抜けだったか。
「まぁ、本当に世間話ってか、俺の話なんだが」
「どんな話でも構わない。あと五分は君が自由に使っていい時間だ」
「そうか。大した話じゃないが、一応俺にも彼女が出来た…らしい」
「ほぉ。それはまた。おめでとう」
「そいつが望むなら、結婚とかもまぁ…してもいいかなと思ってる。だからなんだ、この前のユーリアの件、あれを改めて正式に断る」
そう言うと、ルプセルは少し驚いたようにこちらを見る。
「君は一度私の話を断ったと認識していたが?」
「もちろん。だから改めて、だ。今後、俺はそいつとしか付き合わないし、結婚とかも考える気は無いしな」
「随分とその彼女の事が好きなようだね」
「…どうなんだろうな。好きか嫌いかなら好きだが…」
「なら、私の娘にもまだ希望はあるのかな?」
今度は俺が少し驚いてルプセルの方を見る。
「驚いた、冗談を言うタイプじゃないと思ってたんだが」
「今はちょっとした世間話をしているだけだ。それに、冗談とも言っていないよ」
「俺は冗談としか受け取らんぞ」
肩を竦めて視線を少し外し、扉の方を一度見てルプセルの方へ向き直す。
「まぁ、仮にそうだとしても、ユーリアはダメだ。アイツはきっと、全て理解した上で、全てを救おうとする。しかもそれが出来る器だ。俺の事を否定せず、きっと俺自身すらも救えるだろうな」
「ならいいじゃないか。むしろ、男女の夫婦という物はどちらかが道を間違えれば、それを正すのが普通だと思うがね」
「普通ならそれでいいんだろうが…俺が求めてるのは──」
もっと重たくて、救いの無いもの。
「…いや、まぁなんだ、言っちまえばユーリアが悪い訳じゃない。ただ単に、俺には贅沢すぎるってだけだ。アイツはきっと、物語の主人公で、俺は主人公のなりそこないなんだ」
「…まぁ、個人の感覚に私がとやかく言うのもおかしな話だからあまり言わないが、そもそも主人公はそんな凄い存在じゃないぞ」
そう言って、ルプセルが手招きをすると、本棚から数冊の本が勝手に出てきた。
それが踊るように俺の周りで浮かび、閉じたり開いたりと舞うように動く。
「英雄の伝説サーガでも、一市民の短編集ショートショートでも、どんな物語でも誰であっても主人公になれる。終わりがハッピーエンドでもバットエンドでも、それが面白い話でもつまらない話でも主人公は必ずいる」
ふと一冊の本が俺の前で止まり、ページを繰る。
「主人公と他の存在の違いはね、ただの主観だよ」
ただ、そこには何も書いてない。全ページ全てが白紙だ。
閉じた本のタイトルには何も書いてはない。ただただタイトルを入れる欄である「  」だけがあった。
「ただの日記でも書かれた時点で書いた人が主人公だ。つまるところ、君が主人公であると言い張れば君は主人公になれる」
そう言い切ると、本達が勝手に本棚へ帰っていく。
「空白の道具にだって日記と書けば日記になるし、大仰なタイトルを付ければ一大作品にもなる。主人公とは、最もありふれたただの人さ」
そう言うと、ルプセルは「さて」と話を切った。
それと同時にスイッチが入ったらしい。俺が来る前の顔に戻り、険しい顔で書類を手に取った。
「楽しい世間話だったが少々時間を過ぎてしまったか。ではな。レィア・シィル君」
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