大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

黒手と黒刃

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なんとも形容し難い、ただただ純然な騒音のような音。それが地下に響き渡った。
マキナでコーティングされ、さらに巨大化までしたこの拳が、無数に切り刻まれ、扉という体だけ守っているゴミ屑に戦技アーツまで付与されて殴りかかったとなれば、結果はご覧の有様。
「はっはァ!!ザマァ無ぇなぁ!!」
『言ってる場合か!来るぞ!』
「あぁ知ってる」
暗闇の中ではほぼ同化して見えない黒の手が無数に俺に襲いかかってくる。
が。
「この程度、斬れない訳がないだろ?」
暗闇の中なら同化して見えないだろうが、生憎こちらは緋眼によって暗闇程度では視界が遮られることは無い。
そして、ただ硬く万力のような力を持つ黒の手は、なんであろうと斬る事が出来る黒剣の前では最早無いも同然。
俺の間合いに入った物から片っ端に切り刻まれ、塵となって消えていく。
進む速度は決して早いとは言えない。せいぜいがゆっくり歩く速度と言ったところか。
しかし、俺の歩みは全く止まらず、ゆっくりと、しかし確実に進んでいた。
「発生源は?」
『あー、ざっと十メートル?もうちょい短いか?そんぐらいだ』
シャルがそう答えた。なるほど確かにその辺か。
誰が何をやっているのかは知らないが、扉を開いた瞬間に首を絞めてきた時点で分かった。
やはり中に何者かが──いや、何かがいる。
そしてその何かは今、全力で黒手を出している。そのせいで、出てくる手の位置で場所が簡単に分かる。要はこの手をずっと切りながら進んでいけば、この原因である何かにたどり着く。
「んじゃ、もう一段階上げてくか」
間合いを若干絞り、代わりに歩行速度を早く。ゆっくりとした歩調から、やや早めの駆け足へ。
すると、突然出てくる手の量が増えた。止まらないどころか早くなりさえした俺の動きに、ようやく反応したのがその程度か。無数に散っていった手だが、コストや何かのデメリットでもあるのだろうか。無いならもっと早くからそうしておくべきだったろう。 
全く、無駄な事だ。
いくら数を増やそうと、俺の間合いに入った腕は全て塵になっている。この剣ではどうせ一人相手するのも大勢とやるのも大差ない。なんせ、斬った時点で斬り終わっているのだから…つってもあんまピンと来ないか。
『右、刃こぼれそろそろ限界だぞ』
「げ、マジか」
流石に何百もの手を切ってりゃそうなるか。
即座に右の黒剣を腰の鞘に戻し、左の剣と即席マキナ剣で応戦しつつ前身。間合いもさらに狭くなり、進む速度もかなり落ちたが、依然止まることなく進む俺。
一方で手を出す何かは動けないのか、動かないのか、それとも動かせないのか。黒の手の持ち主は無言のまま、微動だにしない。
「もういいだろ!」
黒剣を再び装備。
この瞬間、俺はラストスパートをかけた。
俺に触れるギリギリまで黒の手は放置し、ひたすらに進んだ。恐らく進んだのは六メートルほど。だが、それだけの進行でも充分すぎる。
「──行くぞ」
一瞬だけ両の黒剣を再び鞘へ。
次に引き抜いた瞬間、そこにある刃はずっと長く、蜻蛉の羽のように薄かった。
恐らく刃がもつのは数秒にも満たないだろう──
だが、それだけあれば十分。
全ての黒手は塵になり、同時に黒剣の刃が折れた。
そして。
「捉えた」
ついに俺の間合いに。
その何かが入った。
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