大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

意識と血

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どれだけ歩いた?五分?十分?距離は?誰かとすれ違わなかったか?そもそもここはどこだ?
知らない廊下をただただ歩き続け、しかしそれでも目的地への最短ルートは来ていると確信しながら進んだ。
そしてついに。あぁついに。
「………。」
来た。届いた。ここにいる。
目の前にはただの壁。だが、あぁ。
これが最短ルートだ。
拳を握っただけで背中から力が迸る。
俺の細い腕に黒い紋様。だが何だ。知っているいつものあれとは違う。もっと荒々しい。
あれ?あれってなんだ。分からねぇ。
分からねぇけど、とりあえずこの壁は砕く。
「ッッッ………!」
渾身の一撃。拳が触れた瞬間、壁が吹き飛ぶ。
空気が肌に触れるだけで痛く感じる程、自身の心臓の音が煩い程、数ヶ月前と思しき匂いが拾える程感覚が鋭敏化しているのに、この時はなにも痛みは無かった。
土煙。いや、土はないか。だからゴミかホコリか。ともかく何かが舞い、一瞬視界を遮る。
しかしそれも普通ならば。俺の目ならそんなことはない。
視界を遮る煙の向こう側に、ぎょっとした顔の誰かが何人かいて、何人かは床に座って額や腹から血を流している。
だが関係ない。何か言っている。騒いでいる。だからどうした。
どこだ、あれはどこだ。奴はどこだ。
ぐるうぅぅぅうりと部屋を見渡し、そして見つけた。
部屋の隅、壁に埋め込む形になった檻の中。その真ん中にそれがいた。
「あ……ア……」
見つけた。
それを視認した瞬間、俺はそう思った。
もう随分来ている。何が?分からないが、何か不味いものが来ている。いや、完成しそうだというのが正しいか。
本能レベル。遺伝子レベル。あるいはそう、こう言うのは甚だ遺憾ではあるが──天啓。
そういうレベルで、あれは。シエルは不味い状況にあると察した。
檻の中で丸く踞るシエルの周りに俺の目にはハッキリと映る魔力の渦。それが無理矢理にでもシエルに入ろうと、とぐろを巻いているのが見えた。
同時に、これまで泥沼のように濁っていた視界と意識が急速にクリアになる。
次いで、怒りで視界が真っ赤になる。
「誰がやつを入れて──」「警備システムは!?」「被検体をシェルターの中に──」「ちょっと!しっかりして!意識を手放しちゃダメ!」「痛い痛い痛い痛い──!!」
「てめぇらか」
底の底。この世で最も深い渓谷よりも。あの世で最も遠い地獄よりも。それよりもずっとずっと底から聞こえるような、低い声。
身体の不調は幾分マシになったが、それでも通常よりずっとキツい。
だが、それを上から塗りつぶすような怒りが、俺の何もかもを忘れさせた。
「てめぇらがやったのか」
力が迸る。俺の感情に合わせるように、うねり暴れ、出口を求めて身体の中で暴れ回っている。
「てめぇらが、やったのか?」
答えは返ってこない。ただ互いに目を向け合うだけ。
だが、今の俺なら。
勇者の緋色の目を持つ俺なら、ついさっきまでどうな魔法が使われていたのか見える。
見えたのは、ついさっきも見た独特の魔法陣。
「てめぇらがやったんだな」
「………!!」
ここまで言っても口は開かない。首も振らない。
「あぁ、そうか。もういい」
自意識がない訳では無いだろう。涙を浮かべるものも多い。
ならばきっと、自身の意思でそれでも黙ることを選んだのだろう。
「もう、いい」
放ったのはたった一滴の血の雫。
それが一番近かった女研究員に触れた瞬間、その身体に潜り込み、そいつの血に混ざって血海を発動。
内側から木のように血が吹き出る。この間に一秒経っていない。
そして血海で増えたまま隣のターゲットへ。
全員殺しはしない。殺しはしないさ。今の女も生きてる。
ただ、殺しはしないだけだ。
泣いて謝っても殺しはしない。決して。
その時、突如背中の勇者紋が再び熱を持ち始め、俺は俺を呼ぶ声がした瞬間、急に意識を暗闇へ引きずり込まれた。
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