大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

赤靴と銀甲

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「けけけけケッ!」
満面の──と言うにはあまりに恐ろしい顔で走ってくる女。しかも思ったよりずっと早い。
一度金剣を出そうかと思ったが、そんな余裕はない。マキナを付けたまま、格闘戦に持ち込まされた。
「オラオラどうしタァ?随分と防戦一方じゃないカァ?」
女の蹴りは手練の槍使いが放つ突きのよう。
鋭く、速く、そして嫌らしい。
加えて場所が悪い。職員室という、あまりに戦いに向いていない狭い通路での大立ち回りは流石の俺も初体験。回り込もうにも左右の机が邪魔で難しく、飛び越えようにもこの女の蹴りを空中で避けるのは中々に至難の業。
ここまでの手練なら顔ぐらい覚えていそうなのだが、全く知らない顔だ。いや、服装からして考えるなら──やはり研究所の奴か。
「くっ…!」
一際強烈な一撃。なんとか受け流しはしたが、それでも声が漏れる程度にはダメージが抜けた。
完全金属製のマキナと女の赤いヒールが幾度となくぶつかり合い、その度に高い音を鳴らして弾き合う。
あのヒールは明らかに戦闘向けに改造された物だろう。鉄板でも入っているのか、あるいは全部鋼で出来てでもいるのだろうか。とにかくへこんだり歪んだりする気配が全くしない。
なんにせよ、余程重いヒールを難なく振り回し、幾度となく蹴りを放っていてもその蹴りの冴えが落ちることは無い。
加えて威力も侮れない。一度受けに回ったせいか、そのままずっと防戦一方になってしまう。
「少しは期待したんだがナァ…《二つ名持ち》って言っても、所詮はこの程度カ」
「!」
赤いヒールがさらに赤く発光する。
いや違う。赤く輝いているのは女の全身。身体全てを光の膜が覆うように。
戦技アーツか!
「《紅・五崩星くれない・ほしくずし》」
放たれた蹴りの速度は今までの比ではない。
恐らく五撃。しかし早すぎた。
「!!、ッ、ガっ…!?」
ほぼ一撃に見えたその蹴りは両膝、両肘、喉の五箇所を凄まじい勢いで蹴り、同時に破壊した。
堪らず膝から崩れ落ち、喉から込み上げる血を咳き込みながら吐き出す。
「おい、動くナ。お前、《緋眼騎士》だろウ?今のでお前の喉に私の欠片ピースを埋め込んダ。下手な抵抗すれば、喉食いちぎって出てくんゾ」
「………!」
意味はよく分からんが、要は喉を食いちぎられたくなければ大人しくしろと。
「なぁ、女」
「ピィ、ダ。なんダ?」
「あっそ。可愛い名前だな」
「それだけカ?」
「んにゃ」
コヒューコヒューと息を整えつつ、ゆっくり身体を起こして真正面から女を──ピィを見る。
「お前、研究所の研究員か?」
「まぁナ。ミソッカスだが、確かにそうダ」
あぁそうか。やっぱりか。
「目的はシエルの血で合ってるか?」
「…知っているナ?その通りダ」
シエルの血。やはりそうか。
「悪い、時間取らせたな。最後の質問だ」
「最後なら付き合おウ」
「あ、悪い。やっぱいいや」
「ン?」
「今からお前とっ捕まえて全部聞き出してやる」
直後、マキナが全身を覆い、俺は先程より明らかに早く跳ね起きた。
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