大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

魔法陣と対話

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最初に顔を険しくしたのはユーリア。
「おい…この魔力消費量!アーネ、大丈夫なのか!?」
言われて俺も緋眼で魔法陣とアーネを見る。
魔法陣の輝きが増せば増すほどアーネの魔力がぐいぐいと、文字通り目に見えて減っていく。
「なっ!?」
アーネのタンクはそう簡単に空にはならない。底なしかと思う程だ。それがこの勢いで減るのは正直異常以外の何物でもない。
「大っ…丈夫、ですわ!」
その言葉の直後だ。魔法陣が吸った魔力を燃やすように激しく明滅し始めたのは。
「っ……」
「大丈夫か!?アーネ!?」
慌てて駆け寄ると、ユーリアがアーネをじっと見て「大丈夫だ」と呟き、ホッと息を漏らす。
「疲れてるだけ…か?」
見た感じ、脈も呼吸も安定している。顔色は少し悪いが、酷い訳では無い。
「多分な。魔力を一気に吸い出されすぎたらしい。水を持ってこよう。台所、借りるぞ」
ユーリアがそう言った所で、魔法陣がぱちぱちと魔力の放電を始める。
「なっ…ちょ、え?これ、大丈夫なのか…?」
「どうしたレィア?ところでアーネのグラスってどれだ?」
「何か知らんが魔法陣から魔力がバチバチって。あとアーネのはその赤いラインの入った奴だ」
「魔力がバチバチ?術式に欠損が?そんな事なんてまず無いし、アーネも安全には万全を…ん?」
「な?」
台所からひょいと顔を出したユーリアが魔法陣を睨むように見つめる。
が。
「いや、大丈夫だ。あれは問題ない」
ユーリア曰く問題ないらしい。
水を飲んで一息つけたアーネが、幾分しゃんとした顔でこちらを向く。
「ふぅ…もう大丈夫ですわ」
「そりゃよかった。ところでこの魔法陣、一体なんの魔法が出るんだ?」
と聞いてみると、アーネが困ったような顔になる。
「えっと…ですわね。私の組んだ術式は七十八。けれど、それがそれぞれ魔法陣の組み合わせによって増加して、実質的効果がおよそ三百と四つ。どうなるかは正直私でもわかりませんの」
「…え?」
作成者ですら効果がよくわかんない魔法陣って何?
「多分通信系の魔法だとは思うんですけれど…」
「それにしては訳の分からない複雑さだよな?私もここまで面倒な魔法陣はそう見た事がない」
ユーリアが同意した所で魔法陣に変化が。
ぱちぱちと音を鳴らしていた魔法陣がようやく静かになり、次いで低音のヴーンと言う音が鳴り始めたのだ。
「…今度は何が起きてんだ?」
「大丈夫ですわよ。多分、そろそろ繋がったんだと思いますわ」
「通信相手にか?」
「えぇ」
アーネが肯定したまさにその瞬間。まるでタイミンクを見計らったかのように魔法陣がヴン!と鳴って、何かが出てきた。
「な…んだ?これ」
映っているのは椅子、タンス、戸棚、かなりしっかりとしたテーブルに、端の方に見えるのはベッドだろうか。やけに視点が低いのも気になる。
「誰かの部屋…ですわね」
「寮の部屋のどれかか?にしては…」
ユーリアが言葉を濁す。
しかしなんと言うか、言いたいことは分かる。
何となくそうじゃないっぽいのは俺も思った。
家具の雰囲気や、やたらと綺麗に整いすぎているテーブル、一部見える戸棚の中の物品が微妙に…なんと言うか、学生らしくない。特に戸棚の中のものが。
「誰の部屋だ?」
分からない。しかしその時、キィ──と軋むような音。
咄嗟に部屋の戸の方を振り返るが、こちらの部屋の戸が開いた訳では無い。
ならば魔法陣の方か。
視線を戻すと、魔法陣の方から音が聞こえる。
大体は衣擦れの音や軽い足音。誰かが部屋に入り、着替えているのだろう。
…ん?待て、タンスがこっちにあるのに衣擦れの音がするってことはつまり…
俺の予想は三秒後に的中した。
「ぶっ」
とアーネが水を吹き。
「おおっとぉ!?」
とユーリアが焦って目を逸らし。
「………。」
俺は思わず黙りこくる。
そりゃそうだ。パンイチの見た事ある後ろ姿が見えりゃ誰でも。
『ん…?』
その人物がこちらに気づいたらしい。
くるりと振り返ると、ついさっきも顔を合わせた相手。
「あー…よう。ってこっち見えてんの?」
『……思っていたよりずっとずっと完成させるが早かったね。まだ渡して一日経ってないじゃないか。見えてるよ。魔法陣はちゃんと発動してる』
「俺の同室はびっくりするぐらい優秀でな。そこに耳長種エルフのサポートがありゃこんなもんだ…で」
一呼吸置く。
「とりあえず服着ろよ。ウィル」
『そうだね。流石にこの格好は不味いよね』
と言ってこちらに手を伸ばし、なにかを回す動作をすると、一緒に視界が回った。
『ちょっと待っててね。すぐ着替えるから』
パンイチ状態の元勇者の格好はそれなりに刺激的だった。
いや、性的な意味ではなく。俺にそっちのケはないし。
背中というか、手や足がズタボロだったという話だ。学生時代は学生証で見えなくなっていただけだろう。
一体どれだけの死線を乗り越えてきたのか。
『お待たせ。よっと』
再び視界が回り、先程見ていた視界が広がる。
今度は夏らしいラフな部屋着を着ているウィルを見て、すぐさま俺は違和感に気づく。
「ウィル、お前、さっきの傷痕は?」
今剥き出しの二の腕や太腿の方までかなりの数の傷痕があったはずなのだが、それがない。
『あぁ、さっきは少し見苦しいのをみせたね。僕の生身はあんな感じだから、肌とそっくりに見える魔導具を付けてるんだよ。ほら』
と言ってペリペリと左肘あたりから何かを剥がすような動作。
その下には先程見た無数の傷痕。
『僕のスキルはどうしても自分にも結構な負担がかかるからね。内側から裂けちゃうんだ』
傷を隠す魔導具…か。
「で?とりあえずなんでこんな面倒なことを?」
『あー、それはちょっと…出来ればレィアさんだけに話したいんだけど…いいかな?』
しばし黙考。
「理由は?」
『どうしてもちょっと…ね』
ウィルが一瞬だけユーリアを見た。
「私か?不味いのは」
『まぁ…その…直接的に言えば一番まずいのはユーリアさんかなぁ』
「アーネはいいのか」
どちらかと言えば、二つ名の権限とかの関係でアーネがダメなのかと思ったが。
『彼女はグレーかな。出来れば関わらせたくないけど』
「いえ。聞かせて頂きますわ」
アーネが強く食いついた。
『そうかい。じゃあ悪いけどユーリアさんはちょっと退場してもらえる?』
「むぅ…私も知りたいのだが…いたら不味いのだろう?仕方あるまい」
「悪いなユーリア」
「構わんさ。そういうこともある」
ユーリアが立ち、部屋を出る。
さて。
「で?話ってのは?」
『うん、レィアさんはアーネさんに研究所の話をしたことないよね?まずはそこから始めようかな』
ウィルはまずそう切り出した。
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