大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

選択と苦悩

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裏側へ落ちる。結界の内側全てが。
「本当か?」
「ここでヒトが滅ぶなどと《勇者》に嘘をついても仕方あるまい?貴様らの気性は知っておる。本当ならば魔族を狩らんと今すぐここを飛び出し、嘘と知れば神であろうと刃を向ける。実に自分本位。己は何でも出来ると思い込む子供と何ら変わらん」
そう言うシステナが、何故か嬉しそうに笑みを浮かべているのが酷く気持ち悪かった。
「……知ってるならアレか?お前は俺を結界の外に出して魔族狩りをして欲しいのか?」
眉を顰めつつ聞いてみる。
「いやいやまさか。余の目的は《聖女》から力を返してもらうことと第七結界を消すこと。魔族との戦争はまた貴様ら《勇者》に任せるが、それはまだ今ではない」
「…で?俺にどうしろと?」
「何、単純だ。王都に行き、《聖女》を暗殺してきて欲しい」
「…はっ?」
阿呆みたいな声が俺の口から出た。
「いやいや待て待て。なんで俺が聖女サマを殺して来にゃならんのだ。そもそも聖女を殺す意味ってあんのか?」
「ある」
間髪を入れずにシステナが答える。
「《聖女》は死に、次の生を受ける時、貴様ら《勇者》の発生や《王》のような継承ではなく転生…いや、憑依の形を取っておる。死んだ時に力と記憶が肉体から剥がれ落ち、最も適正の高い肉体へと飛び移る。今この世には余がおる故、《聖女》の力は間違いなくオリジナルである余の所へと飛んでくる。そこで余は力をある程度回収し、この世から去るという訳よ」
「………。」
理屈は分かる。そしてシステナの言う事が全て正しいのなら、裏側へ落ちる前に聖女を殺すべきなのだろう。
いや、あるいはと思ってしまう。
今俺が結界を抜け、魔族を狩り尽くしてしまえば、と。
だがそれが簡単に出来るのなら苦労はしない。そもそも俺ではまだ実力不足だ。それをよく知っているからこそ、悩んでしまうのだ。
『一応言っておくと、システナの言い分はある程度筋は通っているぞ。こいつの言う通りなら、間違いなく結界の内側は裏側に沈む』
レイヴァーが一応な、ともう一度念押しして言ってくるが、どうしろとは言ってこない。
俺が決めろという事だろう。
しかし本当に聖女を殺すしかないのだろうか。他に何か、もっと穏便に済ませる方法は…いや待て。
「…いつ沈むか分かってんのか?」
「そこは分からぬ。今すぐということは無いだろうが…早くて半年、遅くとも三年のうちには消えかねんな」
「───。」
早い。早すぎる。俺が思っていたよりもずっとずっと早い。
だが、今この瞬間に消える訳ではないらしいと言う事に、ほんのわずかに安心した。
「……少し考えさせてくれ」
「良い。しかし明日には決めよ──あぁそれと」
システナがわざとらしく、ポンと手を叩く。
「余を追ってきておる者共だがな、フィールとか言う赤髪の男なのだが、その処理も貴様に任せる。余の手を煩わせるなよ」
「…はぁ?」
待て、それって英雄じゃねぇか。
「では、余は寝る。良い答えを待っておるぞ」
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