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康太とレナの愛と絆の物語
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「康太、今日どうする?」
「明森堂、よってこーぜ」
「めんどくせーけど、まぁいってやんよ」
「あ、まーた寄り道!」
「いつものことだから」
俺達はいつも四人だった。
俺、村井康太、そして悪友の佐藤雄二、雄二の彼女の山本由真、そして俺と家が隣同士の幼馴染、園田裕美。
雄二と由真は本当に仲が良い。喧嘩した話なんて聞いたことがない。きっとこいつらこのまま本当に結婚まで行くんじゃないのかと思えてしまえるほどに。
それに由真も雄二の好きなことは外したことはない。つーか由真の場合、すでに花嫁修業なんぞ始めているらしい。家事がからっきしダメな姉貴が母さんからそこをつつかれてよく愚痴をこぼしている。
とにかく何するにも四人一緒。裕美が試合の時にも必ず俺たち三人で応援に行ったし。
そういう距離感が俺達にはとても心地良かった。
きっとああいう時間を「青春」なんていうんだろうな、と今になって思う。あの頃はまだ中坊だった俺達。
そんな俺達の関係が明らかに変わった出来事が起きた。
中間試験も終わり、一学期も後半に差し掛かった六月に入ったばかりの日――。
彼女は現れた。
その彼女の名は旧姓「高瀨レナ」
そう、今朝俺の腕の中で息を引き取った愛する妻「村井レナ」その人だ。
レナが転校してきた日の衝撃は今でもはっきり覚えている。
所謂一目惚れというやつだ。
背中まで伸びる漆黒の黒髪。どう表現するのが正しいかはわからないが、とにかく髪の一本一本が光を浴びてキラキラ光っていた。そして田舎育ちの俺達が見たことのない気品とでもいうのだろうか、そういうものが溢れた顔の各パーツ。
あの時の俺の第一印象は「顔ちっちぇー」だった。
あの時ばかりはクラス全員が息をすることすら忘れていたと思う。それくらい俺達には衝撃的な出来事だった。
レナはもともと身体が弱かった。体育もまともに一緒に授業を受けたのは中学高校合わせても、たぶん両手両足の指全部足してもお釣りがくるくらいだったはずだ。
中学最後の二学期の最終日、俺はレナを学校裏の神社境内に呼び出した。
理由は俺の気持ちを伝えるため。
そのために俺は裕美からの受けた告白を断っていた。あの日裕美は初めて俺の前で泣いたんじゃないだろうか。でも裕美は俺を応援してくれた。
だから勇気を出してレナに気持ちを伝えられた。
その日は撃沈。秒の時間も与えてはもらえなかった。
それでも諦められずに、中学最後の日にも告白、またもや撃沈。
同じ高校に進学した最初の日、三度目の正直と臨んだ告白も撃沈。
でも明らかに悩んでくれていたのを俺は気付いていた。
そしてようやく実を結んだのは、高校二年の一学期最後の日だった。
俺は嬉しくて学校中に叫びまわりたいほどだった。
けれど、俺とレナの学校生活はそんなに生易しいものではなかった。
二学期に入り、明らかにレナの出席日数が激減していった。
そして三学期――
レナは手術のために長期入院をした。
俺はレナのためにできることをすべてやろうと決めた。
そしてそんな俺のために雄二、由真、裕美はいつも力を貸してくれた。
俺ができないところは三人が補ってくれた。特に女子にしかできないことは由真と裕美が手伝ってくれた。きっと裕美には辛かった名じゃないかと思う。だって告った男の彼女の世話をやるんだぜ?面白いはずがない――俺はそう思っていた。けど裕美は献身的にレナの看病に付き合ってくれた。それが本当にうれしかった。
そんな日、俺は姉貴から理不尽に怒鳴られた。
「なんで裕美じゃなくて、都会から来たレナなの?アンタ、あの子を支えていけるの?それとも慈善事業でもしてるの?」
姉貴の気持ちもわからないでもない。けど、俺はそれほどにレナが好きだった。
結局レナは留年することになった。
あの時、「一緒に留年する」と言い出した俺を、レナは本気で怒った。
そして、
「今度は私があなたを追いかける番」
そういって俺の頭を胸に抱きしめてきた。あの時のレナの鼓動。すごく弱々しかった。
だから俺はそんなレナに追いかけられるだけの価値のある男になろうと必死になった。
あれだけチャランポランだった雄二までも一緒になって俺のすぐそばで頑張ってくれた。
でも気が付けばいつもの三人、雄二、由真、裕美が俺を支えてくれていた。
三年に上がった俺達は中学の時の悪ガキとは思えないほどに真面目に勉強と恋愛に向き合った。高校を卒業するとき、俺は首席で卒業することになり、卒業式の総代も務めることになった。
それが後になってレナが「あの時、私はあなたを本気で愛するようになった」と言っていた。
それが今、目の前で物言わない姿で寝ている。
そんなレナを生き写しのような俺達の愛娘がまだ三歳になったばかりの我が子が亡き母をみてポロポロと泣き声を上げることなく涙を流している。
顔にかぶせてある布をとると、今にも起きてきそうなほどの表情で眠っている。布を被せても呼吸で布が上下することもない。
俺が人生で初めて一目惚れをし、心から愛した女性が目の前でその天命を全うした。
たまらない喪失感。
そしてまだ幼い愛娘との生活を考えると、心が押しつぶされそうになってくる。
すでに冷たくなった妻を今一度抱きしめる。
俺の住むこの町は神話の里ともいわれている。
神様がいるなら、どうか生き返らせてほしい。そのために命が必要ならば俺の命を代わりに捧げるから――。生き返らせられる悪魔がそばにいたならその場で契約をしてしまっただろう。それほどにレナを失ったこの空虚感は大きい。
それでも、俺はレナと交わした最後の約束を何があっても守らなければならない。
その約束とは、我が子をレナの生き写しのような我が愛娘、美鈴を立派に育てること。
これからが大変だと人は言う。
一人では育てられないと人は言う。
けど、我が子、美鈴は俺が絶対に育て上げる。どんなことをしてでも、だ。
レナが亡くなった三日後、レナの告別式が執り行われた。
レナを知る旧友達が、職場の同僚達が、レナの死を悼み、参列してくれている。
参列できなかった人達も電報でレナの死を悼んでくれている。
それがとてつもなく嬉しかった。
それは、レナが頑張って必死に生きてきた証だから――。
人はいずれ死ぬ。死なない人間は誰一人としていない。
だからこそ人は必死にその天命を全うしようとして生きる。
必死に生きるからこそ、そこには愛が溢れ、絆が生まれる。
俺とレナの愛の絆、我が娘、美鈴が多く集まった大人達をみている。
きっとこの光景を覚えきれないだろうと思う。けれど俺は忘れないようにこの光景を目に焼き付けておこう。未来に美鈴が聞いてきたときにすぐに答えられるように。
レナと美鈴と俺と三人で撮った写真や動画はずっと残していく。
これも美鈴に愛を理解させるために。
そしていずれ愛する男ができて嫁いでいくときに、ママは必死に生きてきたんだという、その証として美鈴にプレゼントできるように――。
☆☆☆ ☆☆☆
あれから二十年が経った――。
俺は四十六歳になった。あれから俺は再婚もせず一人で美鈴を育ててきた。
再婚話がなかったわけではないが、おれはそのすべて断ってきた。
それは俺の妻はレナ、たった一人しかいないからだ。
我が娘、美鈴も二十三歳になった。
そして今日、美鈴が結婚相手に選んだという男を連れてくる日だ。
俺は、この日をずっと夢見ていた。
娘が連れてくる男と一緒に、レナの写真とともに酒を飲む日を。
そして、こう言うんだ。
「娘を愛してくれてありがとう。娘を選んでくれてありがとう。娘と一緒に幸せになってほしい」
と――。
ピンポン――
少し乾いた音の呼び鈴が鳴った。
レナ、来たよ。美鈴が選んだ、美鈴を選んでくれた男が――。
美鈴が連れてきた男は、真面目そうな男だった。ちょっと線が細くて、でもしっかりと目に光を携えて。
その男は、北原幸司君。レナの勤める病院で看護師をしている人。
そして幸司君が座布団を横に抜いて
「お嬢さんを私に下さい」
と深々と頭を下げてきた。
レナと一緒に聞きたかったこの言葉を、この人が持ってきてくれた。
それだけで俺は幸せで感無量だ。
幸司君を見て、レナの両親に「お嬢さんを僕に下さい」と言ったあの日のことが頭の中を駆け巡った。
あの時、レナがお義父さんがお義母さんが泣いてたな――。
緊張しているのだろうか、それとも俺の答えを待っているのだろうか、幸司君はなかなか頭を上げない。
そんな幸司君に、俺も座布団を横に抜いてあの言葉を送った。
「娘を愛してくれてありがとう。娘を美鈴を選んでくれてありがとう。そして美鈴と一緒に幸せになってほしい」
俺も幸司君に頭を下げる。
頭を上げた時、美鈴が泣いていた。
そして――
「お父ざん、ありがどう」
涙で上手くしゃべれてないが、美鈴は幸司君と一緒に俺に頭をさげた。
さあ、これからが大変だ。結納に式場選びにいずれ孫だって生まれてくるだろう。
この俺がおじいちゃんになる日も来るのかと思うと、今から楽しみでしかない。
こんな楽しみをレナと一緒に味わえないのが辛いが、きっとレナもあちらで喜んでくれていると思う。
これからは二人が手を取り合って生きていくんだ。
きっと喧嘩もするだろう。
難局にぶつかる日も来るだろう。
でも二人で手を取り合って向き合っていればきっと対処できる。
俺ができてきたんだ。美鈴や幸司君にできないことはないはずだ。
でも陰ながら応援だけはさせてほしい。
援助が必要な時にはできる限りのことをさせてほしい。
孫が生まれたら一番最初なんてことは言わないからこの手に抱かせてほしい。
レナの分まで俺に抱かせてほしい。
それだけが望みだ。
夜になり、幸司君と美鈴がホテルを取っているなんて言うもんだから、俺がキャンセル料を払い、ホテルをキャンセルさせた。
だってさ、この日のために布団もシーツも枕も新調したんだ。これくらいのわがままは許してほしい。大人げないとは思うけれども。
そして、夢だった義息子となる幸司君と一緒にお酒を飲んだ。実に美味しかった。
いつも飲んでる焼酎なんだけれども、それが今日ばかりは味が違った。
レナの写真の前にも盃を置いてやった。
きっと一緒に飲んでくれていると思う。
俺が心から愛した女性よ。
もう少しだけ待っていてほしい。
いつかそっちに行ったときに今日のこととか、いずれ生まれる孫のこととか、美鈴が幸司君と喧嘩した話とか、退屈なんてさせないくらいの色んな土産話を持って行ってあげるから。
どうかその時まで美鈴と幸司君の幸せをそっちから見守っていてほしい。
そっちに行ったときには、また夫婦をやろう。
そして、生まれ変わった暁には、また夫婦となろう。
「明森堂、よってこーぜ」
「めんどくせーけど、まぁいってやんよ」
「あ、まーた寄り道!」
「いつものことだから」
俺達はいつも四人だった。
俺、村井康太、そして悪友の佐藤雄二、雄二の彼女の山本由真、そして俺と家が隣同士の幼馴染、園田裕美。
雄二と由真は本当に仲が良い。喧嘩した話なんて聞いたことがない。きっとこいつらこのまま本当に結婚まで行くんじゃないのかと思えてしまえるほどに。
それに由真も雄二の好きなことは外したことはない。つーか由真の場合、すでに花嫁修業なんぞ始めているらしい。家事がからっきしダメな姉貴が母さんからそこをつつかれてよく愚痴をこぼしている。
とにかく何するにも四人一緒。裕美が試合の時にも必ず俺たち三人で応援に行ったし。
そういう距離感が俺達にはとても心地良かった。
きっとああいう時間を「青春」なんていうんだろうな、と今になって思う。あの頃はまだ中坊だった俺達。
そんな俺達の関係が明らかに変わった出来事が起きた。
中間試験も終わり、一学期も後半に差し掛かった六月に入ったばかりの日――。
彼女は現れた。
その彼女の名は旧姓「高瀨レナ」
そう、今朝俺の腕の中で息を引き取った愛する妻「村井レナ」その人だ。
レナが転校してきた日の衝撃は今でもはっきり覚えている。
所謂一目惚れというやつだ。
背中まで伸びる漆黒の黒髪。どう表現するのが正しいかはわからないが、とにかく髪の一本一本が光を浴びてキラキラ光っていた。そして田舎育ちの俺達が見たことのない気品とでもいうのだろうか、そういうものが溢れた顔の各パーツ。
あの時の俺の第一印象は「顔ちっちぇー」だった。
あの時ばかりはクラス全員が息をすることすら忘れていたと思う。それくらい俺達には衝撃的な出来事だった。
レナはもともと身体が弱かった。体育もまともに一緒に授業を受けたのは中学高校合わせても、たぶん両手両足の指全部足してもお釣りがくるくらいだったはずだ。
中学最後の二学期の最終日、俺はレナを学校裏の神社境内に呼び出した。
理由は俺の気持ちを伝えるため。
そのために俺は裕美からの受けた告白を断っていた。あの日裕美は初めて俺の前で泣いたんじゃないだろうか。でも裕美は俺を応援してくれた。
だから勇気を出してレナに気持ちを伝えられた。
その日は撃沈。秒の時間も与えてはもらえなかった。
それでも諦められずに、中学最後の日にも告白、またもや撃沈。
同じ高校に進学した最初の日、三度目の正直と臨んだ告白も撃沈。
でも明らかに悩んでくれていたのを俺は気付いていた。
そしてようやく実を結んだのは、高校二年の一学期最後の日だった。
俺は嬉しくて学校中に叫びまわりたいほどだった。
けれど、俺とレナの学校生活はそんなに生易しいものではなかった。
二学期に入り、明らかにレナの出席日数が激減していった。
そして三学期――
レナは手術のために長期入院をした。
俺はレナのためにできることをすべてやろうと決めた。
そしてそんな俺のために雄二、由真、裕美はいつも力を貸してくれた。
俺ができないところは三人が補ってくれた。特に女子にしかできないことは由真と裕美が手伝ってくれた。きっと裕美には辛かった名じゃないかと思う。だって告った男の彼女の世話をやるんだぜ?面白いはずがない――俺はそう思っていた。けど裕美は献身的にレナの看病に付き合ってくれた。それが本当にうれしかった。
そんな日、俺は姉貴から理不尽に怒鳴られた。
「なんで裕美じゃなくて、都会から来たレナなの?アンタ、あの子を支えていけるの?それとも慈善事業でもしてるの?」
姉貴の気持ちもわからないでもない。けど、俺はそれほどにレナが好きだった。
結局レナは留年することになった。
あの時、「一緒に留年する」と言い出した俺を、レナは本気で怒った。
そして、
「今度は私があなたを追いかける番」
そういって俺の頭を胸に抱きしめてきた。あの時のレナの鼓動。すごく弱々しかった。
だから俺はそんなレナに追いかけられるだけの価値のある男になろうと必死になった。
あれだけチャランポランだった雄二までも一緒になって俺のすぐそばで頑張ってくれた。
でも気が付けばいつもの三人、雄二、由真、裕美が俺を支えてくれていた。
三年に上がった俺達は中学の時の悪ガキとは思えないほどに真面目に勉強と恋愛に向き合った。高校を卒業するとき、俺は首席で卒業することになり、卒業式の総代も務めることになった。
それが後になってレナが「あの時、私はあなたを本気で愛するようになった」と言っていた。
それが今、目の前で物言わない姿で寝ている。
そんなレナを生き写しのような俺達の愛娘がまだ三歳になったばかりの我が子が亡き母をみてポロポロと泣き声を上げることなく涙を流している。
顔にかぶせてある布をとると、今にも起きてきそうなほどの表情で眠っている。布を被せても呼吸で布が上下することもない。
俺が人生で初めて一目惚れをし、心から愛した女性が目の前でその天命を全うした。
たまらない喪失感。
そしてまだ幼い愛娘との生活を考えると、心が押しつぶされそうになってくる。
すでに冷たくなった妻を今一度抱きしめる。
俺の住むこの町は神話の里ともいわれている。
神様がいるなら、どうか生き返らせてほしい。そのために命が必要ならば俺の命を代わりに捧げるから――。生き返らせられる悪魔がそばにいたならその場で契約をしてしまっただろう。それほどにレナを失ったこの空虚感は大きい。
それでも、俺はレナと交わした最後の約束を何があっても守らなければならない。
その約束とは、我が子をレナの生き写しのような我が愛娘、美鈴を立派に育てること。
これからが大変だと人は言う。
一人では育てられないと人は言う。
けど、我が子、美鈴は俺が絶対に育て上げる。どんなことをしてでも、だ。
レナが亡くなった三日後、レナの告別式が執り行われた。
レナを知る旧友達が、職場の同僚達が、レナの死を悼み、参列してくれている。
参列できなかった人達も電報でレナの死を悼んでくれている。
それがとてつもなく嬉しかった。
それは、レナが頑張って必死に生きてきた証だから――。
人はいずれ死ぬ。死なない人間は誰一人としていない。
だからこそ人は必死にその天命を全うしようとして生きる。
必死に生きるからこそ、そこには愛が溢れ、絆が生まれる。
俺とレナの愛の絆、我が娘、美鈴が多く集まった大人達をみている。
きっとこの光景を覚えきれないだろうと思う。けれど俺は忘れないようにこの光景を目に焼き付けておこう。未来に美鈴が聞いてきたときにすぐに答えられるように。
レナと美鈴と俺と三人で撮った写真や動画はずっと残していく。
これも美鈴に愛を理解させるために。
そしていずれ愛する男ができて嫁いでいくときに、ママは必死に生きてきたんだという、その証として美鈴にプレゼントできるように――。
☆☆☆ ☆☆☆
あれから二十年が経った――。
俺は四十六歳になった。あれから俺は再婚もせず一人で美鈴を育ててきた。
再婚話がなかったわけではないが、おれはそのすべて断ってきた。
それは俺の妻はレナ、たった一人しかいないからだ。
我が娘、美鈴も二十三歳になった。
そして今日、美鈴が結婚相手に選んだという男を連れてくる日だ。
俺は、この日をずっと夢見ていた。
娘が連れてくる男と一緒に、レナの写真とともに酒を飲む日を。
そして、こう言うんだ。
「娘を愛してくれてありがとう。娘を選んでくれてありがとう。娘と一緒に幸せになってほしい」
と――。
ピンポン――
少し乾いた音の呼び鈴が鳴った。
レナ、来たよ。美鈴が選んだ、美鈴を選んでくれた男が――。
美鈴が連れてきた男は、真面目そうな男だった。ちょっと線が細くて、でもしっかりと目に光を携えて。
その男は、北原幸司君。レナの勤める病院で看護師をしている人。
そして幸司君が座布団を横に抜いて
「お嬢さんを私に下さい」
と深々と頭を下げてきた。
レナと一緒に聞きたかったこの言葉を、この人が持ってきてくれた。
それだけで俺は幸せで感無量だ。
幸司君を見て、レナの両親に「お嬢さんを僕に下さい」と言ったあの日のことが頭の中を駆け巡った。
あの時、レナがお義父さんがお義母さんが泣いてたな――。
緊張しているのだろうか、それとも俺の答えを待っているのだろうか、幸司君はなかなか頭を上げない。
そんな幸司君に、俺も座布団を横に抜いてあの言葉を送った。
「娘を愛してくれてありがとう。娘を美鈴を選んでくれてありがとう。そして美鈴と一緒に幸せになってほしい」
俺も幸司君に頭を下げる。
頭を上げた時、美鈴が泣いていた。
そして――
「お父ざん、ありがどう」
涙で上手くしゃべれてないが、美鈴は幸司君と一緒に俺に頭をさげた。
さあ、これからが大変だ。結納に式場選びにいずれ孫だって生まれてくるだろう。
この俺がおじいちゃんになる日も来るのかと思うと、今から楽しみでしかない。
こんな楽しみをレナと一緒に味わえないのが辛いが、きっとレナもあちらで喜んでくれていると思う。
これからは二人が手を取り合って生きていくんだ。
きっと喧嘩もするだろう。
難局にぶつかる日も来るだろう。
でも二人で手を取り合って向き合っていればきっと対処できる。
俺ができてきたんだ。美鈴や幸司君にできないことはないはずだ。
でも陰ながら応援だけはさせてほしい。
援助が必要な時にはできる限りのことをさせてほしい。
孫が生まれたら一番最初なんてことは言わないからこの手に抱かせてほしい。
レナの分まで俺に抱かせてほしい。
それだけが望みだ。
夜になり、幸司君と美鈴がホテルを取っているなんて言うもんだから、俺がキャンセル料を払い、ホテルをキャンセルさせた。
だってさ、この日のために布団もシーツも枕も新調したんだ。これくらいのわがままは許してほしい。大人げないとは思うけれども。
そして、夢だった義息子となる幸司君と一緒にお酒を飲んだ。実に美味しかった。
いつも飲んでる焼酎なんだけれども、それが今日ばかりは味が違った。
レナの写真の前にも盃を置いてやった。
きっと一緒に飲んでくれていると思う。
俺が心から愛した女性よ。
もう少しだけ待っていてほしい。
いつかそっちに行ったときに今日のこととか、いずれ生まれる孫のこととか、美鈴が幸司君と喧嘩した話とか、退屈なんてさせないくらいの色んな土産話を持って行ってあげるから。
どうかその時まで美鈴と幸司君の幸せをそっちから見守っていてほしい。
そっちに行ったときには、また夫婦をやろう。
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