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第22話 休暇明け
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啓太と恵里菜の休暇入りから遡ること3週間前――
「――という事で、下村三曹、婚約いたしました」
両家両親への挨拶と墓参りを終えた恵里菜は、健康管理室長の加藤二尉へ報告をしていた。
「うん、しっかり奥さんって顔になってきたわね、下村三曹!」
と、報告を受けた加藤二尉は椅子から立ち、机を回って恵里菜の前まで来ると、両肩に手を置いて、そのまま恵里菜を抱きしめた。
「よく二人で乗り越えてきたわね――というか、ちょっと時間かかっちゃったのかなって私は思ったけど」
「私は啓太――鳴無三曹がいたからここまで笑えるようになりましたから」
と恵里菜が答えると、加藤二尉は恵里菜を抱きしめたまま「うんうん」と頷き、そして恵里菜を放した。
「あなたが陸曹教育隊から帰隊した後、無理矢理だったけども格闘訓練に入校させたこと、実は後悔してたのよ」
と加藤二尉は目尻に涙を浮かべながらそう言った。
「格闘訓練といっても一応婦人自衛官と男子隊員とは分けてやることは知ってるわ。私も幹部訓練課程で行ってるから。でもあなたが途中で原隊復帰してきたらどうしようかと思ってたのよね」
と、当時のことを話す加藤二尉に、恵里菜は「そんなことが――」と目を丸くしている。
「まあ、あなたが無事に修了して徽章も持って帰ってきたとき、私は入校させて良かったんだと思えたのよ」
「室長――」
「でも、その後もあなたは変わらず物陰に隠れたまま――そんなあなたを表に引きずり出してくれたのが鳴無三曹だった――それが私は一番うれしかった事。変な男に引っかからず、ちゃんとまともな男に興味を持ってくれた事、そしてあなたを彼が選んでくれたこと、すべて私は嬉しかったことなのよ。
そうね、敢えて言葉にするのなら、下川三曹、あなたが鳴無三曹と出会ったのは偶然ではなくきっと運命だったのかもね」
と加藤二尉は言って微笑んだ。
「運命ですか――私もそう思うことが何度かありました」
「それでいいのよ」
と加藤二尉は恵里菜の婚約を喜び、再び恵里菜を抱きしめた。
――そんなことがあってから約一か月。
休暇を終えて帰隊した恵里菜の休暇後初出勤日。それは啓太も等しく休暇後初出勤日でもあった。
休暇前と変わらず、2人は朝食を一緒に取っていた。
「ねえ、なんか私達注目されてる気がするんだけど――」
という恵里菜に、
「気のせいじゃない?きっと休暇明けて久々の隊員食堂だからそう思うんだよ――」
と啓太は言うが、啓太も妙に注目されていることを感じてもいた。
それは不快という事ではなく、単に好奇の目にさらされているというか――。
「お、噂のお2人さんですね!」
と恵里菜の同室でもあり、恵里菜の同期でもある山中三曹が盆をもって恵里菜の隣の椅子に座る。
「あ、美嘉――」
「あ、美嘉――じゃないわよ。朝ごはん行くなら誘ってよ、水臭いんだから」
「いやそうじゃなくて、啓太と待ち合わせしてたから――」
「それでもよ。私がそんなことで不快になるとでも?一体何年の付き合いがあると思ってんのよ」
と山中三曹が食パンに噛り付きながら、そうため息をつく。
「おはよう、山中三曹」
とりあえず、会話の切れを探っていた啓太が山中三曹に挨拶をすると、
「おはようございます、王子様♪」
と山中三曹はニヤリとして返した。
そんな山中三曹に恵里菜は、ムッとして
「美嘉あ?そんな挨拶はないんじゃない?」
「あら、こっちに火がついっちゃったか――」
「ほら、啓太に謝って!」
ぷくっと膨れる恵里菜に、山中三曹は「ごめんなさい――」と啓太に謝罪した。
そんな2人をみて苦笑している啓太は「いいよ別に」と山中三曹の謝罪を受け入れた。
「ところでさ、アンタ達、かなり注目されてるの気付いてる?」
山中三曹の質問に「やっぱり?」と答えた啓太に恵里菜が「ほらあ!」と突っ込んだ。
「ねえ、美嘉。なんで私達こんなに注目されてるの?」
と素で聞く恵里菜に、山中三曹は額に手をついて「ハァ」と大きくため息をつくと「コレよ――」とつぶやきアプリを起動させたスマホを出してきた。
そこには、2人がそれぞれに出した朝陽の写真のつぶやきが出ていた。そのいいねの数3万件以上、さらにRT数は2万5千件を超えていた。
「え、こんなに?」
啓太も宮崎にいる間で、1万件の反響は確認していたものの、あまりにスマホがピロピロとなるので通知をオフにしていたからそれ以降がどうなっているのか気付いていなかったのである。
しかも、あの朝陽の写真以降もつぶやけば少なくとも5千件以上のいいねとRT数が出ていて、そのコメント数もすごいことになっていた。
「その顔はある程度気付いていたって顔ですよね、鳴無三曹?」
「え?あ、いや――1万件くらいまでになってたのは気付いてたんだけど、その後通知をオフにしていたから気付いてなかった――」
と答える啓太に「そりゃそうなるよね――」と啓太のそれまでのつぶやきを出すと、よくて50件くらいのいいねとRT数。それがいきなり万を超えてきたわけであるから、啓太の困惑もわからないでもない山中三曹。
そしてその啓太に対しての恵里菜の反応はというと、
「どうしてこんなことになってるの?」
こちらも想定内というか、想定内ど真ん中の反応であった。
「アンタならそうなるのわかるわ――」
とやっぱりため息をつく山中三曹。
そしてその山中三曹の反応にぷくっと膨れる恵里菜。
「まあ、何年も付き合ってるからね私達」
「その言い方は誤解生むからやめて」
と山中三曹に突っ込む恵里菜。
この二人のやり取りもたった1週間二人きりだった啓太にとっては懐かしい感じがするのだった。
朝食を終えて、隊員食堂で恵里菜たちと別れた啓太は自室に戻り、共同空間と自室の掃除をした。
啓太が休暇から戻ってきたとき、同室のハマコウはすれ違いで休暇に入っていたため、今は一人であった。
掃除を終え、迷彩服に着替えた啓太は、出勤時間までのんびり過ごし、休暇中に買った部隊へのお土産を持って基地通信隊舎へ向かった。
途中、隆太と明美、そしてめぐみとも合流した。
「おはようございます、鳴無三曹」と明美。
「鳴無三曹、ざまーっす」と隆太。
「おはようございます」とちょっと顔を朱に染めためぐみ。
ちょっと気になった啓太は隆太とめぐみを交互に見た。
「あ、鳴無三曹、気付いちゃいましたか?」
としばしの沈黙を破ったのは明美だった。
「気付いたというか、なんか安川士長と宮田士長が、なんかね――」
という啓太に明美はくすくすと笑ってめぐみの腕を引っぱって「ほら」と隆太の横に行くように背中を押した。
「実はですね、この2人この間から付き合ってるんですよ!」
と暴露した明美。その明美に「まだ内緒って言ったじゃん」と握った拳を振り上げるめぐみ。
けれど、その明美の暴露に合点がいった啓太は、
「そうか、だからいつもと雰囲気が違ってたのか」
と納得した。
「で、宮田士長、安川士長のどこがいいの?」
と聞く啓太。
そんな啓太に「そりゃないですよ、鳴無三曹」とブーイングを送る隆太。
「え、だって――ねえ」
と明美に同意を求める啓太。
するとそんな雰囲気を壊そうと、
「安川士長はそんな軽薄な人じゃありませんよ!」
と、何も言ってないのにめぐみが一人興奮している。
と、自分のその温度差に思わず顔を真っ赤にして隆太の陰に隠れるめぐみ。
「これは、本物だね」
「でしょう?めぐみ可愛いでしょう?」
と隆太とめぐみと茶化す啓太と明美であった。
電話隊の通信局舎に着いた啓太は、さっそく電話交換室に行き、お土産を技官の宮原理恵子に渡した。
「ありがとうございます、鳴無三曹。それからご婚約おめでとうございます!
あーあ、鳴無三曹取られちゃった。私狙ってたのに――」
と茶化す理恵子に、苦笑して返す啓太。脈なしである。いやこの状況で脈ある方がやばいのだが――。
そして各隊と中隊本部に1個ずつお土産を渡した啓太は、最後に中隊長室のドアをノックした。
中から返事が聞こえてきたので、
「鳴無三曹、入ります」
と声をかけ、了承を得てから啓太は中隊長室のドアを開けた。
「おお、これは啓太君――いや鳴無三曹――」
「おはようございます、中隊長。これお土産です」
と啓太は中隊長でもあり叔父でもある伊原三佐にお土産を渡した。購入したお土産はマンゴーの果汁を淹れたクリームを挟んだサブレであった。
「これはこれは。ありがとう鳴無三曹。休暇は楽しめたかね?」
「はい、それはとても充実した休暇を頂きました」
「それは良かった――あとね、今朝の中隊朝礼でひとつお願いがあるんだが――」
「なんでしょう?」
「鳴無三曹の婚約を皆に報告してもらえないだろうか?私から皆に言ってもいいのだが、やはり本人の口から報告するのが良いと思ってね」
「わかりました――」
「では、朝礼で呼ぶから前に出て報告をお願いするよ」
「了解しました」
304基地通信中隊朝礼――。
日頃その職務からあまり体を動かすことのない基地通信隊員にとって、朝礼での自衛隊体操は皆で行う唯一の運動でもある。体操が終わり、朝礼が開始される。
伊原三佐の皆の休暇中の安全と通信保全に努めてほしい旨の訓示があり、そして――
「では、皆に聞いてもらいたいことがある。電話隊、鳴無三曹!」
「はい!」
と伊原三佐の呼び声に返事した鳴無三曹は、列から離れて伊原三佐の下まで駆け足で進み、回れ右をした。
「知ってる者もおるだろうが、鳴無三曹からある報告をしてもらう」
と、啓太に報告をするよう促す伊原三佐。
そして伊原三佐に敬礼をした啓太は一歩前に出て、皆の前で婚約発表を行った。
「私事ではありますが、先日、駐屯地業務隊の下川三曹と婚約いたしました。式の日取りはこれから調整するところです。皆さん、今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」
と気を付けの姿勢で報告した後、一歩下がり、伊原三佐に再度敬礼をして、その場で整列休めの姿勢をとった。
「ということだ。最近では我が中隊の結婚件数も減ってきている。そんな中の鳴無三曹の婚約は私にとってもうれしいことでもある。皆も訓練・任務に励みつつ、そして恋愛にも励んでほしい。そして我が中隊から一人でも多くの婚姻者が出て、そしてこの少子高齢化の中、一人でも多くの子を成してほしいと思っている。
そしてそれは我が国の安全保障にも寄与することであることも皆に知ってほしく、この度こうして鳴無三曹に報告をしていただいたわけである」
と、啓太の報告後に再度訓示を言った伊原三佐は、啓太に電話隊の列に戻るよう促し中隊朝礼を解散した。
朝礼後、啓太は各隊の隊員からもみくちゃにされながら祝いの言葉を貰ったのである。
「――という事で、下村三曹、婚約いたしました」
両家両親への挨拶と墓参りを終えた恵里菜は、健康管理室長の加藤二尉へ報告をしていた。
「うん、しっかり奥さんって顔になってきたわね、下村三曹!」
と、報告を受けた加藤二尉は椅子から立ち、机を回って恵里菜の前まで来ると、両肩に手を置いて、そのまま恵里菜を抱きしめた。
「よく二人で乗り越えてきたわね――というか、ちょっと時間かかっちゃったのかなって私は思ったけど」
「私は啓太――鳴無三曹がいたからここまで笑えるようになりましたから」
と恵里菜が答えると、加藤二尉は恵里菜を抱きしめたまま「うんうん」と頷き、そして恵里菜を放した。
「あなたが陸曹教育隊から帰隊した後、無理矢理だったけども格闘訓練に入校させたこと、実は後悔してたのよ」
と加藤二尉は目尻に涙を浮かべながらそう言った。
「格闘訓練といっても一応婦人自衛官と男子隊員とは分けてやることは知ってるわ。私も幹部訓練課程で行ってるから。でもあなたが途中で原隊復帰してきたらどうしようかと思ってたのよね」
と、当時のことを話す加藤二尉に、恵里菜は「そんなことが――」と目を丸くしている。
「まあ、あなたが無事に修了して徽章も持って帰ってきたとき、私は入校させて良かったんだと思えたのよ」
「室長――」
「でも、その後もあなたは変わらず物陰に隠れたまま――そんなあなたを表に引きずり出してくれたのが鳴無三曹だった――それが私は一番うれしかった事。変な男に引っかからず、ちゃんとまともな男に興味を持ってくれた事、そしてあなたを彼が選んでくれたこと、すべて私は嬉しかったことなのよ。
そうね、敢えて言葉にするのなら、下川三曹、あなたが鳴無三曹と出会ったのは偶然ではなくきっと運命だったのかもね」
と加藤二尉は言って微笑んだ。
「運命ですか――私もそう思うことが何度かありました」
「それでいいのよ」
と加藤二尉は恵里菜の婚約を喜び、再び恵里菜を抱きしめた。
――そんなことがあってから約一か月。
休暇を終えて帰隊した恵里菜の休暇後初出勤日。それは啓太も等しく休暇後初出勤日でもあった。
休暇前と変わらず、2人は朝食を一緒に取っていた。
「ねえ、なんか私達注目されてる気がするんだけど――」
という恵里菜に、
「気のせいじゃない?きっと休暇明けて久々の隊員食堂だからそう思うんだよ――」
と啓太は言うが、啓太も妙に注目されていることを感じてもいた。
それは不快という事ではなく、単に好奇の目にさらされているというか――。
「お、噂のお2人さんですね!」
と恵里菜の同室でもあり、恵里菜の同期でもある山中三曹が盆をもって恵里菜の隣の椅子に座る。
「あ、美嘉――」
「あ、美嘉――じゃないわよ。朝ごはん行くなら誘ってよ、水臭いんだから」
「いやそうじゃなくて、啓太と待ち合わせしてたから――」
「それでもよ。私がそんなことで不快になるとでも?一体何年の付き合いがあると思ってんのよ」
と山中三曹が食パンに噛り付きながら、そうため息をつく。
「おはよう、山中三曹」
とりあえず、会話の切れを探っていた啓太が山中三曹に挨拶をすると、
「おはようございます、王子様♪」
と山中三曹はニヤリとして返した。
そんな山中三曹に恵里菜は、ムッとして
「美嘉あ?そんな挨拶はないんじゃない?」
「あら、こっちに火がついっちゃったか――」
「ほら、啓太に謝って!」
ぷくっと膨れる恵里菜に、山中三曹は「ごめんなさい――」と啓太に謝罪した。
そんな2人をみて苦笑している啓太は「いいよ別に」と山中三曹の謝罪を受け入れた。
「ところでさ、アンタ達、かなり注目されてるの気付いてる?」
山中三曹の質問に「やっぱり?」と答えた啓太に恵里菜が「ほらあ!」と突っ込んだ。
「ねえ、美嘉。なんで私達こんなに注目されてるの?」
と素で聞く恵里菜に、山中三曹は額に手をついて「ハァ」と大きくため息をつくと「コレよ――」とつぶやきアプリを起動させたスマホを出してきた。
そこには、2人がそれぞれに出した朝陽の写真のつぶやきが出ていた。そのいいねの数3万件以上、さらにRT数は2万5千件を超えていた。
「え、こんなに?」
啓太も宮崎にいる間で、1万件の反響は確認していたものの、あまりにスマホがピロピロとなるので通知をオフにしていたからそれ以降がどうなっているのか気付いていなかったのである。
しかも、あの朝陽の写真以降もつぶやけば少なくとも5千件以上のいいねとRT数が出ていて、そのコメント数もすごいことになっていた。
「その顔はある程度気付いていたって顔ですよね、鳴無三曹?」
「え?あ、いや――1万件くらいまでになってたのは気付いてたんだけど、その後通知をオフにしていたから気付いてなかった――」
と答える啓太に「そりゃそうなるよね――」と啓太のそれまでのつぶやきを出すと、よくて50件くらいのいいねとRT数。それがいきなり万を超えてきたわけであるから、啓太の困惑もわからないでもない山中三曹。
そしてその啓太に対しての恵里菜の反応はというと、
「どうしてこんなことになってるの?」
こちらも想定内というか、想定内ど真ん中の反応であった。
「アンタならそうなるのわかるわ――」
とやっぱりため息をつく山中三曹。
そしてその山中三曹の反応にぷくっと膨れる恵里菜。
「まあ、何年も付き合ってるからね私達」
「その言い方は誤解生むからやめて」
と山中三曹に突っ込む恵里菜。
この二人のやり取りもたった1週間二人きりだった啓太にとっては懐かしい感じがするのだった。
朝食を終えて、隊員食堂で恵里菜たちと別れた啓太は自室に戻り、共同空間と自室の掃除をした。
啓太が休暇から戻ってきたとき、同室のハマコウはすれ違いで休暇に入っていたため、今は一人であった。
掃除を終え、迷彩服に着替えた啓太は、出勤時間までのんびり過ごし、休暇中に買った部隊へのお土産を持って基地通信隊舎へ向かった。
途中、隆太と明美、そしてめぐみとも合流した。
「おはようございます、鳴無三曹」と明美。
「鳴無三曹、ざまーっす」と隆太。
「おはようございます」とちょっと顔を朱に染めためぐみ。
ちょっと気になった啓太は隆太とめぐみを交互に見た。
「あ、鳴無三曹、気付いちゃいましたか?」
としばしの沈黙を破ったのは明美だった。
「気付いたというか、なんか安川士長と宮田士長が、なんかね――」
という啓太に明美はくすくすと笑ってめぐみの腕を引っぱって「ほら」と隆太の横に行くように背中を押した。
「実はですね、この2人この間から付き合ってるんですよ!」
と暴露した明美。その明美に「まだ内緒って言ったじゃん」と握った拳を振り上げるめぐみ。
けれど、その明美の暴露に合点がいった啓太は、
「そうか、だからいつもと雰囲気が違ってたのか」
と納得した。
「で、宮田士長、安川士長のどこがいいの?」
と聞く啓太。
そんな啓太に「そりゃないですよ、鳴無三曹」とブーイングを送る隆太。
「え、だって――ねえ」
と明美に同意を求める啓太。
するとそんな雰囲気を壊そうと、
「安川士長はそんな軽薄な人じゃありませんよ!」
と、何も言ってないのにめぐみが一人興奮している。
と、自分のその温度差に思わず顔を真っ赤にして隆太の陰に隠れるめぐみ。
「これは、本物だね」
「でしょう?めぐみ可愛いでしょう?」
と隆太とめぐみと茶化す啓太と明美であった。
電話隊の通信局舎に着いた啓太は、さっそく電話交換室に行き、お土産を技官の宮原理恵子に渡した。
「ありがとうございます、鳴無三曹。それからご婚約おめでとうございます!
あーあ、鳴無三曹取られちゃった。私狙ってたのに――」
と茶化す理恵子に、苦笑して返す啓太。脈なしである。いやこの状況で脈ある方がやばいのだが――。
そして各隊と中隊本部に1個ずつお土産を渡した啓太は、最後に中隊長室のドアをノックした。
中から返事が聞こえてきたので、
「鳴無三曹、入ります」
と声をかけ、了承を得てから啓太は中隊長室のドアを開けた。
「おお、これは啓太君――いや鳴無三曹――」
「おはようございます、中隊長。これお土産です」
と啓太は中隊長でもあり叔父でもある伊原三佐にお土産を渡した。購入したお土産はマンゴーの果汁を淹れたクリームを挟んだサブレであった。
「これはこれは。ありがとう鳴無三曹。休暇は楽しめたかね?」
「はい、それはとても充実した休暇を頂きました」
「それは良かった――あとね、今朝の中隊朝礼でひとつお願いがあるんだが――」
「なんでしょう?」
「鳴無三曹の婚約を皆に報告してもらえないだろうか?私から皆に言ってもいいのだが、やはり本人の口から報告するのが良いと思ってね」
「わかりました――」
「では、朝礼で呼ぶから前に出て報告をお願いするよ」
「了解しました」
304基地通信中隊朝礼――。
日頃その職務からあまり体を動かすことのない基地通信隊員にとって、朝礼での自衛隊体操は皆で行う唯一の運動でもある。体操が終わり、朝礼が開始される。
伊原三佐の皆の休暇中の安全と通信保全に努めてほしい旨の訓示があり、そして――
「では、皆に聞いてもらいたいことがある。電話隊、鳴無三曹!」
「はい!」
と伊原三佐の呼び声に返事した鳴無三曹は、列から離れて伊原三佐の下まで駆け足で進み、回れ右をした。
「知ってる者もおるだろうが、鳴無三曹からある報告をしてもらう」
と、啓太に報告をするよう促す伊原三佐。
そして伊原三佐に敬礼をした啓太は一歩前に出て、皆の前で婚約発表を行った。
「私事ではありますが、先日、駐屯地業務隊の下川三曹と婚約いたしました。式の日取りはこれから調整するところです。皆さん、今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」
と気を付けの姿勢で報告した後、一歩下がり、伊原三佐に再度敬礼をして、その場で整列休めの姿勢をとった。
「ということだ。最近では我が中隊の結婚件数も減ってきている。そんな中の鳴無三曹の婚約は私にとってもうれしいことでもある。皆も訓練・任務に励みつつ、そして恋愛にも励んでほしい。そして我が中隊から一人でも多くの婚姻者が出て、そしてこの少子高齢化の中、一人でも多くの子を成してほしいと思っている。
そしてそれは我が国の安全保障にも寄与することであることも皆に知ってほしく、この度こうして鳴無三曹に報告をしていただいたわけである」
と、啓太の報告後に再度訓示を言った伊原三佐は、啓太に電話隊の列に戻るよう促し中隊朝礼を解散した。
朝礼後、啓太は各隊の隊員からもみくちゃにされながら祝いの言葉を貰ったのである。
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