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第8話 明美が失恋した日
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隊員食堂でのランチダブルデートの日に夜勤を終えた明け勤の日も、その翌日の非番の日も二人で朝食に始まり、昼食、夕食と営内宿舎まてで待ち合わせをして隊員食堂で二人だけの空間を、隣に誰がいようと二人だけの甘~い空間を作り出し、時にはお互いに「あーん」なんぞしながら駐屯地内デートを重ねる我らが主人公とヒロインな啓太の瑛里奈のバカップルは駐屯地内の名物の一つであった。
まぁ会話はいつものような、他愛のない会話であったので、特段記す必要もないかと──
そして明けて翌日──
朝食は瑛里奈が早番だったこともあって、啓太はハマコウと隆太と久々のこの三人で朝食をとった。途中三人を見つけた明美が啓太の隣に座って一緒に食べた。
「鳴無三曹、今日下川三曹はどうしたんですか?」
「今日恵里奈は早番でね」
「なるほど、それで鳴無三曹、コンナのと一緒に食べてたんですね」
と明美は目の前の隆太を指さして言った。それに反応した隆太が「あ、てめ!」とか反論にならない反論をしている。
「松永士長、それは言い過ぎだぞ」
と啓太は隆太をフォローしながらもクスクス笑っている。
「ハハハ、コンナには私は入ってないよね?」
とハマコウまでノッてくる。
「もちろんですよ」
と明美はハマコウににっこり笑ってウィンクした。
それにハマコウは胸に手を当てて矢でも刺さったかのように仰け反ると、
「若かったら勘違いしてるとこだよ」
と笑うハマコウ。
明美のウィンクの意味に気付いていないのは隆太ただ一人。やっぱりな隆太だった。
「あ、そうだった」
と明美は食後のお茶を飲みながら啓太の方を向いた。
「ん、どした?」
と啓太が振り向こうとしたその瞬間、明美は啓太の頬にキスをした。
瞬間固まる三人。
明美は一人識別帽を被り立ち上がった。
「じゃあ、私今日代休なので、失礼しまーす!」
と、足速にその場を去って行く明美。その顔はほんのり赤く、でも喜びの表情も浮かべていた。
一方固まっていた三人はというと──
「い、いまチ、チスしましたよね?」
と、あっけにとられた表情で言う隆太。
「いやぁびっくりしたねぇ」
と、一人紳士なハマコウ。
そして我らが啓太はというと振り向こうとしたそのままでまだ固まっていた。その表情は驚きの表情だった。
しばらくして──
「えーっと、今何が起こったんでしょうか?」
と驚きの表情のままハマコウを見たが、ハマコウは2つ頷くと、
「よし、戻ろうか」
と、席を立つのだった。
こういうとき自衛官はつられて一緒にたって同じ行動をしてしまう。所謂分隊行動というものに等しいが、自衛官はそうやって規律行動をすることが求められ、そして皆それをたたき込まれるからこそ、自衛隊観閲式等での行進動作にも一糸乱れぬ美しい態勢がとれるのである。
ハマコウと隆太に連れられて営内に戻ってきた啓太は、ハマコウと向かい合って椅子に座っていた。
「ハッ!なぜ!?どうして!?」
とあたふたし始めた。
「まあまあ落ち着こうよ鳴無三曹。こういうときこそ冷静でいられないと男ってのはすぐに疑われるからね。
と言うか、海外じゃアレが挨拶な国もありますからね」
と啓太を落ち着かせようとするハマコウ。
それに対してロボットのようにハマコウを見る啓太。
「フランスとか、ほら映画とかでもやってるでしょ?」
「あー、たしかに……」
「だから、気にするのとないですよ、鳴無三曹」
「浜砂二曹がそう仰るなら……」
と、啓太がそう思い込もんだところで、
「ま、とりあえず仕事に行きましょうや。仕事に集中してれば忘れますよ」
と、太股をバンと叩いて勢いよく立ち上がった。
「で、ですね──」
とハマコウに倣って立ち上がると、迷彩服に着替える啓太。
不思議と迷彩服に着替えると「今日もやるぞ」という気にさせてくれる。なぜかはわからないが──
ハマコウと一緒に営内を出た啓太はもういつもの啓太に戻っていた。
そして基地通信隊舎前にさしかかったとき、ハマコウが突然立ち止まったので啓太も半歩遅れて立ち止まった。
「ところで、鳴無三曹。今日の勤務は?」
「今日は日勤ですが──」
「そうですか。それはよかった」
何が良かったのかわからず首を傾げる啓太。
「鳴無三曹、今夜お時間いただけませんか?」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ」
「そっか。ありがとう。では18時に隊員クラブに行きましょう、そこで一緒に食事を」
「はい。けど浜砂二曹珍しいですね?」
「はい、ちょっと鳴無三曹に相談したいことがありましてね」
「そういうことでしたか。わかりました、私でよろしければ相談に乗りますよ」
「そうですか、ありがとう。ではまた後ほど」
「はい、お疲れ様です」
啓太とハマコウはお互いに挙手の敬礼をして啓太は通信局舎に、ハマコウは中隊本部事務所へと別れた。
☆☆☆ ☆☆☆
ところ変わって婦人自衛官隊舎の明美の部屋──
「めくみ、急がないと遅刻するよ?」
と明美が目覚ましを指して急かす。
急かしている相手は明美と同室の宮田めぐみ陸士長で、明美の同期であり、めぐみも基地通信隊の隊員である。ただめぐみは電話隊でなく搬送隊というむせんかんけいのたいしょぞくである。
部谷を見渡してみると──
明美のスペースはしっかり片付いていて何がどこにあるのかもすぐにわかる。
ベッドも毛布と布団が綺麗に畳まれてあり、マットレスと毛布、布団の端が綺麗にそろってメイキングされている。
対してめぐみの方はというと──布団はぐちゃぐちゃ、寝間着は脱ぎっぱなし、開けたロッカーの中はこれが女のロッカーなのか?と疑ってしまうほどに雑念としている。しかも女子らしからぬ脱いだ下着が布団の上にポンポンと散らかっていたりもする。
こう言うのに興奮する男ならめぐみは完全にドストライクど真ん中であろうが、世の中そんな変人はごく一部だろう、というか、むしろよくこれで前期後期と教育隊を卒業できたものだと思えてしまうほどに凄い。
「あーヤバイヤバイ!」
「だからいつも言ってるのに。そんなんじゃ貰い手来ないよ?」
「もうそんなこと言ってないで助けてよー」
今にも泣き出しそうなめぐみに明美は大きなため息をついた。
「ほんと、お願いします、何でも言うこと聞くから助けてー。今度遅刻したら一ヶ月外禁なのー」
とうるうるさせた目で明美を散るめぐみ。
因みに「外禁」とは外出禁止のことで、服務規程等で懲戒処分のように重大なものでもない規則違反を犯した場合に営内者(未婚で駐屯地や基地に住む自衛官のこと)に課せられる罰則規定である。外出禁止期間は各部隊によっても異なることもある。通常一か月間が多い。
「はぁ、もうわかったからー。ほらあっち向いて」
迷彩服のズボンをはいためぐみを向こう側に向かせると、自分のロッカーから櫛を取り出して、めぐみの寝ぐせで爆発した髪を梳いていく。
「はぁ~明美に梳いて貰うの好きー。ねえ、私の嫁にならない?」
「い・や。私はノーマルです、と。ハイ」
と、髪を梳き終わり、めぐみの肩を叩く明美。そのとき何か違和感を感じた。
「めぐみ、ブラは?」
「あー!でも、もう時間ないよー!」
「仕方ない」
そういってめぐみのごちゃごちゃなロッカーの中から適当なブラジャーをとってめぐみの鞄に突っ込んだ。
「ほら鞄の中に入れてあげたからあっちでつけなさい」
「エー恥ずかしいよ!」
「しかたないでしょ?朝礼までの辛抱よ!」
「そんなー」
「アンタ胸小さいんだから少しの間くらい大丈夫だって」
「ひどいー!人が気にしてることをー!」
「ほらほら小さいのが好きな人もいるからさー」
「そんな他人事みたいにー」
「他人事だもん。それとも外禁がいい?」
「やだ!」
「なら答えは一択でしょ?ほら、半長靴履かないと本当に遅刻するよ?」
ブツブツいいながら半長靴を履いためぐみを部谷の外に追い出す。
「いやー胸が落ち着かないー」
「隊舎までの辛抱、ほら走れ!」
「うー、わかった。行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
会談に消えためぐみを見送った明美はふぅっと一度ため息をつくと、
「なんか娘でも送り出した気分だわ……」
とぼやきながら部屋に戻る。
「さてーと、しゃーない。めぐみのところを整理してあげますか」
と、明美は腕まくりをしてめぐみのとっ散らかった空間とロッカーの片付けを始めた。
それこそまるで母親のように、めぐみの居住スペースとロッカーの中、ベッド下の衣装ケースの中等々を片付け、ベッドメイキングをして毛布と布団を畳み、更に自分のスペースの掃除もしていたら喫食らっぱがなった。
食事どうしようなと考えた結果、たまにはと売店のサンドウィッチとスープとたまの贅沢にとコンビニスイーツにすることにした。
今の自衛隊売店にはコンビニが入っている。それこそチェーン店が各駐屯地に入っていたりもするのだ。
売店で食料を調達した後自室に戻った明美は、給湯室に行ってリーフからの紅茶を入れ、優雅な昼食を済ませた。
その後、休日に読もうと買っていた小説を紅茶を飲みながら読み始めた。
明美が読み始めたのは、ちょっと古いが家が隣同士の女子大生と高校生がお互いの気持ちを確認し合ってキスに発展するまでを描いた甘酸っぱい主人公が男子高校生の恋愛小説。
明美は読み進めるうちに主人公とヒロインを啓太と自分に重ね合わせてしまって切なくなり涙が流れた。
──鳴無三曹、なぜ私じゃダメなんだろう?
この小説にも恋敵となる女子高生が出てくるのだが、この女子高生が自分でヒロインが恵里奈のようにも思えて更に涙が溢れてくる。
──下川三曹より早く出会ってたのに、私の方が鳴無三曹のこと好きなのに
気持ちがあふれてとうとう机にうつ伏せて声を上げて泣き出してしまった明美。
恵里奈には敵わない──そう思ったから自ら身を引こうと決意したはずだったのだが、時間が経てば経つほどに啓太への想いが溢れてくる。
明美が初めて啓太と出会ったのは部隊配属されたときだった。
──うわぁイケメンだあ
第一印象は啓太のルックスだった。そして部隊の教育を担当したのは啓太だった。
基地通信というところは思いの外難しく厳しいところだった。
間夫ミスが許されない。だからこそ毎日反復訓練をおこなう。それでもずらあっと端子が並ぶその仕事場所は頭がクラクラしてくるほどだった。しかし先輩達は何でもないように仕事をこなしていくし、明美にはわからない専門用語が飛び交う会話や議論。ついて行けるか心配だった。
半年後、同期が一人辞めた。「ついていけなくなった」それが理由だった。その時彼の直長を務めていたのが啓太だった。啓太はずっと自分を責めていた。ことある毎にあーすれば良かったんじゃないか、こうすればよかったんじゃないかと夜勤が終わっても帰らずにノートパソコンに向き合い資料を作っていたようだったが、根を詰めすぎた啓太は過労で倒れて入院を余儀なくされた。
辞めていったのは彼の勝手だと思うし、部隊の隊長も先任曹長も「鳴無三曹のせいじゃない」と言っていたし気にする必要もないと思うのに、なぜだろうと思っていたとき、鳴無三曹が中隊長の甥であることを耳に挟んだ。
──もしかして?
明美は非番の日に啓太のお見舞いに行った。そこで部隊で耳にした中隊長との関係を聞いてみた。すると──
「松永一士、君もそういう目で俺を見るのか?」
と、悲しげな目で明美を見てきた。
その表情を診た明美は、その場で啓太の頭を抱きしめた。
「私はそんなことは気にしてません。みんな気にしてないですよ。気にしてるのは一部の噂好きな人達だけです
私は、私だけは鳴無三曹の味方です」
明美の胸に抱かれた啓太は、涙を流しながら言った。「ありがとう」と──
そのとき、明美の心の中に啓太の部屋ができた──
それからしばらくして啓太は退院し、そして年を明けた四月から明美は啓太と良太の直に入ることになった。
ここ最近ずっと啓太を目で追っていた。そして初めての電話設置工事の時、隆太の不注意で危なく怪我をするところを啓太に助けられた。その時初めて明美は啓太のことが好きなんだという気持ちに気がついたのだった。
ただ、意外と啓太が人気があることに気付いた明美は啓太のマイナスとなるようなところがないかとあれこれ身辺観察を始めたところ、啓太が外出なんてほとんどせず、毎月通帳残高を確認してニヤニヤしているということを知った。ただそれは隆太からの情報であったから、同じ部屋のハマコウに聞いてみることにした。するとニュアンスは違うとしても隆太の情報と合致したのだ。
この確定情報を知ったとき、流石の明美もちょっと引いてしまったのだが、これだけ啓太を好きでいる自分でも引いてしまうのだから他の女が聞けばドン引きしていくだろうと啓太のファンだという婦人自衛官の1人に伝えてみたところ効果覿面であったため、この作戦を続けていくことにした。
明美がこの作戦を始めて1ヶ月が経とうとしたとき、啓太と明美、龍太の直に駐屯地業務隊健康管理室への新規電話設置工事が入った。3人は必要な工具、道具、電話機を持ち健康管理室へ向かった。
健康管理室に到着した3人を出迎えたのが恵里菜であった。一目見て、啓太の視線が恵里菜を追っていることがわかった。明美はこの駐屯地に美人姉妹がいるということは聞いて知っていた。その姉は結婚していて妹の方はまだ彼氏がいないらしいということも知っていた。
が、それが健康管理室にいるとは知らなかったし、明美自身恵里菜を見て、
──凄く綺麗な人……
と思ったくらいに。
その工事を行った翌日、突然その恵里菜が明美の部屋を訪れた。その日はめぐみが夜勤であったため明美一人だったこともあったしドアの前だと変に思われるかもしれないからと明美は恵里菜を部屋に招き入れた。
恵里菜が訪れたのは啓太のことだったが、まだ啓太の名前すら知らない恵里菜だった。
このとき、まさか恵里菜が恋敵になろうとは夢にも思っていなかった。
──どうせこの人も鳴無三曹のルックスだけでファンになった人なんだろうな
そう思っていた。
そのひは啓太の話はあまりせず、明美のことを聞いてきた恵里菜。そこにびっくりした明美は恵里菜と話して、
──この人、美人なだけじゃなくて凄くいい人だ──
そう思った明美は、恵里菜を見かける度に話しかけた。
そして2人が意気投合したかなと思ったそんな日の夜だった。
再び恵里菜が明美の部屋を訪れた。
その日はめぐみが実家に帰省していて一人だったので、部屋に招き入れて話をした。これまでも恵里菜は部屋を訪れていたし、めぐみとも話をしたりもしていた。姉の成美が美人でよく引き合いに出されるとか、それなりにこんっぷレックスを持っていることも知っていた明美はまたそういう相談なのかなとおもっていたのだが、その日はちがった。やたらとモジモジしているし、どうしたのかと話を引き出してみたところ、
「今気になる人がいるの──」
パジャマの裾を摘んだり回したりしながらとにかく落ち着かない様子で、そう恵里菜は言った。
よかったじゃないかと明美は応援することを告げ、その相手は誰なのかを引き出そうとすれども、なかなか恵里菜は口を開かない。
なので、恵里菜の脇腹をくすぐり吐かせる戦法に変えた。しばらく耐えていた恵里菜も降参してその想い人の名前を言った。それは、明美の予想をはるかに超えていた。
──なぜあなたがその人の名前を言うの?
明美は一瞬固まった。
恵里菜はその一瞬を見逃さなかった。
「もしかして松永一士も?」
と恵里菜が言ってくるので、
「え?ま、まさかそんなことあるわけないじゃないですか」
と作り笑いをした。
そして恵里菜に本気なのかと尋ねたところ大きく頷いた。だから明美は啓太の趣味を話してみた。ところが、
「そんなの趣味でいいじゃない。私は気にしない」
この一言で、恵里菜が啓太に対して本気なのだと知った。
三曹と一士。階級も違うけど階級ではない友人になれた気がした。その人が明美の恋敵となった瞬間だった。
それから2週間後、明美に愕然とすることが起きた。
それは、まさかの啓太が恵里菜を呼び出して告白をしたということだ。もちろん恵里菜は二つ返事でO Kしたという。
明美が失恋した瞬間だった──。
まぁ会話はいつものような、他愛のない会話であったので、特段記す必要もないかと──
そして明けて翌日──
朝食は瑛里奈が早番だったこともあって、啓太はハマコウと隆太と久々のこの三人で朝食をとった。途中三人を見つけた明美が啓太の隣に座って一緒に食べた。
「鳴無三曹、今日下川三曹はどうしたんですか?」
「今日恵里奈は早番でね」
「なるほど、それで鳴無三曹、コンナのと一緒に食べてたんですね」
と明美は目の前の隆太を指さして言った。それに反応した隆太が「あ、てめ!」とか反論にならない反論をしている。
「松永士長、それは言い過ぎだぞ」
と啓太は隆太をフォローしながらもクスクス笑っている。
「ハハハ、コンナには私は入ってないよね?」
とハマコウまでノッてくる。
「もちろんですよ」
と明美はハマコウににっこり笑ってウィンクした。
それにハマコウは胸に手を当てて矢でも刺さったかのように仰け反ると、
「若かったら勘違いしてるとこだよ」
と笑うハマコウ。
明美のウィンクの意味に気付いていないのは隆太ただ一人。やっぱりな隆太だった。
「あ、そうだった」
と明美は食後のお茶を飲みながら啓太の方を向いた。
「ん、どした?」
と啓太が振り向こうとしたその瞬間、明美は啓太の頬にキスをした。
瞬間固まる三人。
明美は一人識別帽を被り立ち上がった。
「じゃあ、私今日代休なので、失礼しまーす!」
と、足速にその場を去って行く明美。その顔はほんのり赤く、でも喜びの表情も浮かべていた。
一方固まっていた三人はというと──
「い、いまチ、チスしましたよね?」
と、あっけにとられた表情で言う隆太。
「いやぁびっくりしたねぇ」
と、一人紳士なハマコウ。
そして我らが啓太はというと振り向こうとしたそのままでまだ固まっていた。その表情は驚きの表情だった。
しばらくして──
「えーっと、今何が起こったんでしょうか?」
と驚きの表情のままハマコウを見たが、ハマコウは2つ頷くと、
「よし、戻ろうか」
と、席を立つのだった。
こういうとき自衛官はつられて一緒にたって同じ行動をしてしまう。所謂分隊行動というものに等しいが、自衛官はそうやって規律行動をすることが求められ、そして皆それをたたき込まれるからこそ、自衛隊観閲式等での行進動作にも一糸乱れぬ美しい態勢がとれるのである。
ハマコウと隆太に連れられて営内に戻ってきた啓太は、ハマコウと向かい合って椅子に座っていた。
「ハッ!なぜ!?どうして!?」
とあたふたし始めた。
「まあまあ落ち着こうよ鳴無三曹。こういうときこそ冷静でいられないと男ってのはすぐに疑われるからね。
と言うか、海外じゃアレが挨拶な国もありますからね」
と啓太を落ち着かせようとするハマコウ。
それに対してロボットのようにハマコウを見る啓太。
「フランスとか、ほら映画とかでもやってるでしょ?」
「あー、たしかに……」
「だから、気にするのとないですよ、鳴無三曹」
「浜砂二曹がそう仰るなら……」
と、啓太がそう思い込もんだところで、
「ま、とりあえず仕事に行きましょうや。仕事に集中してれば忘れますよ」
と、太股をバンと叩いて勢いよく立ち上がった。
「で、ですね──」
とハマコウに倣って立ち上がると、迷彩服に着替える啓太。
不思議と迷彩服に着替えると「今日もやるぞ」という気にさせてくれる。なぜかはわからないが──
ハマコウと一緒に営内を出た啓太はもういつもの啓太に戻っていた。
そして基地通信隊舎前にさしかかったとき、ハマコウが突然立ち止まったので啓太も半歩遅れて立ち止まった。
「ところで、鳴無三曹。今日の勤務は?」
「今日は日勤ですが──」
「そうですか。それはよかった」
何が良かったのかわからず首を傾げる啓太。
「鳴無三曹、今夜お時間いただけませんか?」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ」
「そっか。ありがとう。では18時に隊員クラブに行きましょう、そこで一緒に食事を」
「はい。けど浜砂二曹珍しいですね?」
「はい、ちょっと鳴無三曹に相談したいことがありましてね」
「そういうことでしたか。わかりました、私でよろしければ相談に乗りますよ」
「そうですか、ありがとう。ではまた後ほど」
「はい、お疲れ様です」
啓太とハマコウはお互いに挙手の敬礼をして啓太は通信局舎に、ハマコウは中隊本部事務所へと別れた。
☆☆☆ ☆☆☆
ところ変わって婦人自衛官隊舎の明美の部屋──
「めくみ、急がないと遅刻するよ?」
と明美が目覚ましを指して急かす。
急かしている相手は明美と同室の宮田めぐみ陸士長で、明美の同期であり、めぐみも基地通信隊の隊員である。ただめぐみは電話隊でなく搬送隊というむせんかんけいのたいしょぞくである。
部谷を見渡してみると──
明美のスペースはしっかり片付いていて何がどこにあるのかもすぐにわかる。
ベッドも毛布と布団が綺麗に畳まれてあり、マットレスと毛布、布団の端が綺麗にそろってメイキングされている。
対してめぐみの方はというと──布団はぐちゃぐちゃ、寝間着は脱ぎっぱなし、開けたロッカーの中はこれが女のロッカーなのか?と疑ってしまうほどに雑念としている。しかも女子らしからぬ脱いだ下着が布団の上にポンポンと散らかっていたりもする。
こう言うのに興奮する男ならめぐみは完全にドストライクど真ん中であろうが、世の中そんな変人はごく一部だろう、というか、むしろよくこれで前期後期と教育隊を卒業できたものだと思えてしまうほどに凄い。
「あーヤバイヤバイ!」
「だからいつも言ってるのに。そんなんじゃ貰い手来ないよ?」
「もうそんなこと言ってないで助けてよー」
今にも泣き出しそうなめぐみに明美は大きなため息をついた。
「ほんと、お願いします、何でも言うこと聞くから助けてー。今度遅刻したら一ヶ月外禁なのー」
とうるうるさせた目で明美を散るめぐみ。
因みに「外禁」とは外出禁止のことで、服務規程等で懲戒処分のように重大なものでもない規則違反を犯した場合に営内者(未婚で駐屯地や基地に住む自衛官のこと)に課せられる罰則規定である。外出禁止期間は各部隊によっても異なることもある。通常一か月間が多い。
「はぁ、もうわかったからー。ほらあっち向いて」
迷彩服のズボンをはいためぐみを向こう側に向かせると、自分のロッカーから櫛を取り出して、めぐみの寝ぐせで爆発した髪を梳いていく。
「はぁ~明美に梳いて貰うの好きー。ねえ、私の嫁にならない?」
「い・や。私はノーマルです、と。ハイ」
と、髪を梳き終わり、めぐみの肩を叩く明美。そのとき何か違和感を感じた。
「めぐみ、ブラは?」
「あー!でも、もう時間ないよー!」
「仕方ない」
そういってめぐみのごちゃごちゃなロッカーの中から適当なブラジャーをとってめぐみの鞄に突っ込んだ。
「ほら鞄の中に入れてあげたからあっちでつけなさい」
「エー恥ずかしいよ!」
「しかたないでしょ?朝礼までの辛抱よ!」
「そんなー」
「アンタ胸小さいんだから少しの間くらい大丈夫だって」
「ひどいー!人が気にしてることをー!」
「ほらほら小さいのが好きな人もいるからさー」
「そんな他人事みたいにー」
「他人事だもん。それとも外禁がいい?」
「やだ!」
「なら答えは一択でしょ?ほら、半長靴履かないと本当に遅刻するよ?」
ブツブツいいながら半長靴を履いためぐみを部谷の外に追い出す。
「いやー胸が落ち着かないー」
「隊舎までの辛抱、ほら走れ!」
「うー、わかった。行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
会談に消えためぐみを見送った明美はふぅっと一度ため息をつくと、
「なんか娘でも送り出した気分だわ……」
とぼやきながら部屋に戻る。
「さてーと、しゃーない。めぐみのところを整理してあげますか」
と、明美は腕まくりをしてめぐみのとっ散らかった空間とロッカーの片付けを始めた。
それこそまるで母親のように、めぐみの居住スペースとロッカーの中、ベッド下の衣装ケースの中等々を片付け、ベッドメイキングをして毛布と布団を畳み、更に自分のスペースの掃除もしていたら喫食らっぱがなった。
食事どうしようなと考えた結果、たまにはと売店のサンドウィッチとスープとたまの贅沢にとコンビニスイーツにすることにした。
今の自衛隊売店にはコンビニが入っている。それこそチェーン店が各駐屯地に入っていたりもするのだ。
売店で食料を調達した後自室に戻った明美は、給湯室に行ってリーフからの紅茶を入れ、優雅な昼食を済ませた。
その後、休日に読もうと買っていた小説を紅茶を飲みながら読み始めた。
明美が読み始めたのは、ちょっと古いが家が隣同士の女子大生と高校生がお互いの気持ちを確認し合ってキスに発展するまでを描いた甘酸っぱい主人公が男子高校生の恋愛小説。
明美は読み進めるうちに主人公とヒロインを啓太と自分に重ね合わせてしまって切なくなり涙が流れた。
──鳴無三曹、なぜ私じゃダメなんだろう?
この小説にも恋敵となる女子高生が出てくるのだが、この女子高生が自分でヒロインが恵里奈のようにも思えて更に涙が溢れてくる。
──下川三曹より早く出会ってたのに、私の方が鳴無三曹のこと好きなのに
気持ちがあふれてとうとう机にうつ伏せて声を上げて泣き出してしまった明美。
恵里奈には敵わない──そう思ったから自ら身を引こうと決意したはずだったのだが、時間が経てば経つほどに啓太への想いが溢れてくる。
明美が初めて啓太と出会ったのは部隊配属されたときだった。
──うわぁイケメンだあ
第一印象は啓太のルックスだった。そして部隊の教育を担当したのは啓太だった。
基地通信というところは思いの外難しく厳しいところだった。
間夫ミスが許されない。だからこそ毎日反復訓練をおこなう。それでもずらあっと端子が並ぶその仕事場所は頭がクラクラしてくるほどだった。しかし先輩達は何でもないように仕事をこなしていくし、明美にはわからない専門用語が飛び交う会話や議論。ついて行けるか心配だった。
半年後、同期が一人辞めた。「ついていけなくなった」それが理由だった。その時彼の直長を務めていたのが啓太だった。啓太はずっと自分を責めていた。ことある毎にあーすれば良かったんじゃないか、こうすればよかったんじゃないかと夜勤が終わっても帰らずにノートパソコンに向き合い資料を作っていたようだったが、根を詰めすぎた啓太は過労で倒れて入院を余儀なくされた。
辞めていったのは彼の勝手だと思うし、部隊の隊長も先任曹長も「鳴無三曹のせいじゃない」と言っていたし気にする必要もないと思うのに、なぜだろうと思っていたとき、鳴無三曹が中隊長の甥であることを耳に挟んだ。
──もしかして?
明美は非番の日に啓太のお見舞いに行った。そこで部隊で耳にした中隊長との関係を聞いてみた。すると──
「松永一士、君もそういう目で俺を見るのか?」
と、悲しげな目で明美を見てきた。
その表情を診た明美は、その場で啓太の頭を抱きしめた。
「私はそんなことは気にしてません。みんな気にしてないですよ。気にしてるのは一部の噂好きな人達だけです
私は、私だけは鳴無三曹の味方です」
明美の胸に抱かれた啓太は、涙を流しながら言った。「ありがとう」と──
そのとき、明美の心の中に啓太の部屋ができた──
それからしばらくして啓太は退院し、そして年を明けた四月から明美は啓太と良太の直に入ることになった。
ここ最近ずっと啓太を目で追っていた。そして初めての電話設置工事の時、隆太の不注意で危なく怪我をするところを啓太に助けられた。その時初めて明美は啓太のことが好きなんだという気持ちに気がついたのだった。
ただ、意外と啓太が人気があることに気付いた明美は啓太のマイナスとなるようなところがないかとあれこれ身辺観察を始めたところ、啓太が外出なんてほとんどせず、毎月通帳残高を確認してニヤニヤしているということを知った。ただそれは隆太からの情報であったから、同じ部屋のハマコウに聞いてみることにした。するとニュアンスは違うとしても隆太の情報と合致したのだ。
この確定情報を知ったとき、流石の明美もちょっと引いてしまったのだが、これだけ啓太を好きでいる自分でも引いてしまうのだから他の女が聞けばドン引きしていくだろうと啓太のファンだという婦人自衛官の1人に伝えてみたところ効果覿面であったため、この作戦を続けていくことにした。
明美がこの作戦を始めて1ヶ月が経とうとしたとき、啓太と明美、龍太の直に駐屯地業務隊健康管理室への新規電話設置工事が入った。3人は必要な工具、道具、電話機を持ち健康管理室へ向かった。
健康管理室に到着した3人を出迎えたのが恵里菜であった。一目見て、啓太の視線が恵里菜を追っていることがわかった。明美はこの駐屯地に美人姉妹がいるということは聞いて知っていた。その姉は結婚していて妹の方はまだ彼氏がいないらしいということも知っていた。
が、それが健康管理室にいるとは知らなかったし、明美自身恵里菜を見て、
──凄く綺麗な人……
と思ったくらいに。
その工事を行った翌日、突然その恵里菜が明美の部屋を訪れた。その日はめぐみが夜勤であったため明美一人だったこともあったしドアの前だと変に思われるかもしれないからと明美は恵里菜を部屋に招き入れた。
恵里菜が訪れたのは啓太のことだったが、まだ啓太の名前すら知らない恵里菜だった。
このとき、まさか恵里菜が恋敵になろうとは夢にも思っていなかった。
──どうせこの人も鳴無三曹のルックスだけでファンになった人なんだろうな
そう思っていた。
そのひは啓太の話はあまりせず、明美のことを聞いてきた恵里菜。そこにびっくりした明美は恵里菜と話して、
──この人、美人なだけじゃなくて凄くいい人だ──
そう思った明美は、恵里菜を見かける度に話しかけた。
そして2人が意気投合したかなと思ったそんな日の夜だった。
再び恵里菜が明美の部屋を訪れた。
その日はめぐみが実家に帰省していて一人だったので、部屋に招き入れて話をした。これまでも恵里菜は部屋を訪れていたし、めぐみとも話をしたりもしていた。姉の成美が美人でよく引き合いに出されるとか、それなりにこんっぷレックスを持っていることも知っていた明美はまたそういう相談なのかなとおもっていたのだが、その日はちがった。やたらとモジモジしているし、どうしたのかと話を引き出してみたところ、
「今気になる人がいるの──」
パジャマの裾を摘んだり回したりしながらとにかく落ち着かない様子で、そう恵里菜は言った。
よかったじゃないかと明美は応援することを告げ、その相手は誰なのかを引き出そうとすれども、なかなか恵里菜は口を開かない。
なので、恵里菜の脇腹をくすぐり吐かせる戦法に変えた。しばらく耐えていた恵里菜も降参してその想い人の名前を言った。それは、明美の予想をはるかに超えていた。
──なぜあなたがその人の名前を言うの?
明美は一瞬固まった。
恵里菜はその一瞬を見逃さなかった。
「もしかして松永一士も?」
と恵里菜が言ってくるので、
「え?ま、まさかそんなことあるわけないじゃないですか」
と作り笑いをした。
そして恵里菜に本気なのかと尋ねたところ大きく頷いた。だから明美は啓太の趣味を話してみた。ところが、
「そんなの趣味でいいじゃない。私は気にしない」
この一言で、恵里菜が啓太に対して本気なのだと知った。
三曹と一士。階級も違うけど階級ではない友人になれた気がした。その人が明美の恋敵となった瞬間だった。
それから2週間後、明美に愕然とすることが起きた。
それは、まさかの啓太が恵里菜を呼び出して告白をしたということだ。もちろん恵里菜は二つ返事でO Kしたという。
明美が失恋した瞬間だった──。
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