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第4話 外のレストランでのお食事デート
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隊員食堂で昼食を取って午後2時に営内隊舎前で待ち合わせをした。
なぜ営内隊舎前でかって?
それは恵里菜がそう望んだからなのである。あと、恵里菜自身が啓太が仕事をしている隊舎に行きたいっていうのもあったりもする。
隊員食堂から啓太が戻って外出の準備をしていると、同室のハマコウ二曹こと浜砂幸一二等陸曹が夜勤から明けて戻ってきた。
「あれ?浜砂二曹、明けてくるの遅かったんですね」
と啓太が声をかけると、珍しく私服に着替えている啓太にハマコウは目を丸くした。
「あれ?今日は外なの?」
「あ、はい。ってこの前話しませんでしたっけ?」
という啓太にハマコウは斜め右に目を向けて、
「ああ、そういえば松永士長からせっつかれてたんだっけ?」
とハマコウが下番を個人用勉強机に鞄を置いて目を細めて微笑んだ。
「そうなんですよ。まあ松永士長も色々考えてくれてのことだと思うので、無碍にすることもできませんからね」
と、白のTシャツに優しい青色のカジュアルスーツを着て左腕に腕時計もはめる啓太。
「それでこの間スーツをクリーニングに出していたんだね」
「え、あ、はい。そりゃ外で食事するってなったらそれなりのカッコしないとですしね」
と啓太は頭を掻く。
「ま、たまには外もいいもんだよ。まあ中でのデートもそれなりに有意義だとは思うけどね」
とハマコウが迷彩服から下ジャージ、上Tシャツになってベッドに腰かけて寛ぐ。
「まあ、そうそう外でってのはですねぇ」
と、啓太が言うので、ハマコウは以前から気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、なぜそんなに貯金してるの?もう結構いい額いってるでしょ?」
「そりゃ、結婚とかなったらお金いるじゃないですか」
と、さも当然という風に啓太が答えるので、「まあ確かに──」とハマコウは頷くしかなくなってしまった。
「そういえば浜砂二曹って単身赴任じゃないですか」
と突然啓太がそう言ってくるので、ハマコウはちょっと家族が恋しくなったのか、鞄からスマホを取り出してロックを解除する。するとそこにはハマコウとハマコウの妻、そして一人娘が三人とも笑顔で写っている。
「それ奥さんと娘さんですか?」
「そうそう──。単身赴任ってね、まだ自衛隊はいいかもしれないけど、もし民間に行ったとしたら相当にお金かかるみたいだよね──」
となんか意味深なことを言ってくるので、啓太はハマコウが自衛隊を辞めるのかと気になって聞いてみたのだが、ハマコウは「それはない」という。その心は──
「この年まで利益を全く考えず、人にペコペコ頭を下げることもせずに来てね、それでこれから民間ですって言われても、たぶん僕にはできないんじゃないかなーって思うんだよ」
と、ちょっと遠い目をしてハマコウが言う。でもそれが啓太にはよくわからない。
「そういうもんですか?」
「きっとね──」
と、ハマコウが啓太を見てなんか寂しそうにというか悲しそうにというかそんな表情で笑った。
「でも今38になってみてね、僕はたぶん53歳か55歳で定年を迎えると思うんだよね。そうしたら結局は民間で働かないと家族は養っていけない。それを思うとねぇ、色々と考えるよ。もっと勉強して早いところ部内幹候受けとけばよかったのか?とかね──。結局僕はラクしたいがために部内幹候は受けずに来たんだよね。あと勉強もしたくなかったからかな」
フフフと笑うハマコウ。
「だからね、鳴無三曹にはもっと上を目指してほしいと思うよ。まだ若いし、これからきっと結婚もすれば子供も生まれる。そうなったときやっぱりなきゃ困るのはお金と、定年延長だからね」
「定年延長ですか──」
「そうそう。結局ね曹長や准尉ではそんなに延長はできないよね。少なくとも三尉以上でないとね──」
と、ハマコウはしみじみと、自分を振り返りながらなのか時折スマホの家族写真を見ながらそう話す。
「なんか、深い話ですね──」
と、啓太もハマコウに向かい合うように椅子に座って話を聞いていたので、ハマコウは急に気恥ずかしくなったのか、
「もうこの話は終わり!」
と突然軽く照れ笑いしながら終了宣言をした。
と、ちょうどその時、部屋のインターホンが鳴った。時刻を確認すると、恵里菜との待ち合わせ時間の20分前だった。
「はい、304基地通信鳴無三曹です」
啓太がインターホンに出ると、
「あ、鳴無三曹ですか?彼女さんお待ちになられてますよ」
とニヤニヤしたような声で営内隊舎の当直から連絡があったので、
「わかりました、ありがとうございます」
とそれだけ答えると、財布と身分証をもって、ハマコウに「行ってきます」と伝えると部屋を出た。
エレベーターで1階に降りて営内隊舎を出ると、そこには白のふわふわしたワンピースにレースがあしらわれた薄いベージュのカーディガンを羽織り、さらに手にはえんじ色のポシェットを持ち、いつもポニーテールにしている髪を下ろしていつもの黒縁眼鏡ではなく、細い銀縁眼鏡をつけた恵里菜がいた。
啓太はそんな恵里菜に見惚れてしまった。
「あ、啓太──」
と営内隊舎の玄関入り口まで駆け寄ってくる恵里菜。すると啓太だけでなく隊舎入り口を通りかかった男子隊員も立ち止まって恵里菜に見惚れてしまった。
「もう、啓太、何か言ってよ──ちょっと不安になるじゃん──」
と恵里菜は啓太の頬をツンと突く。
それでハッと意識を取り戻した啓太は、半歩下がって恵里菜を眺めて、
「うん、なんかすごい可愛い」
と啓太が答えると、とたんに営内隊舎玄関の周囲や玄関横に設置されている当直室から口笛やら二人をからかう声やらが飛び交った。
そんな喧噪から逃げ出すように二人は営内隊舎を後にした。
その日、啓太と恵里菜が外出した後、恵里菜の画像が駐屯地内を駆け巡った。しかも中には「女神降臨」なんていう意味不明な言葉も一緒に飛び交ったりもしていたらしい──。
恵里菜を連れ立って基地通信隊舎で外出許可証を受領した啓太は、隊舎を後にして、正門に向かった。
そして、今度は土曜勤務の基地通信の隊員からも啓太が連れていた恵里菜がわからず、一時大騒ぎになったそうな──。
さらに正門でも、警衛所の歩哨が啓太の外出許可証を確認し、そして恵里菜の外出許可証を確認して二人を見送った歩哨の隊員がしばらくして歩哨所で大きな声を上げてしまい、警衛隊長から大目玉を食らったそうな──。
二人を見慣れているはずの駐屯地内でそういう状況になってしまったのだから当然というか、外でも往来の人々が啓太と恵里菜を二度見することにもなっていたようだが、二人は全く無関係という感じで二人だけの空間を構築していた。
二人が南福岡駅を横切って西鉄雑餉隈駅から西鉄天神駅まで行った時、何かの生中継番組でリポーターに囲まれてしまうという二人にとってはかなり大きなハプニングが起きてしまった。
特に過去にちょっとしたトラウマを抱えていた恵里菜は泣き出しそうな表情になり、それにたいして啓太がリポーターを振り切ろうとしてたまたま運悪くリポーターを倒してしまった。まあそれで結局はアンケートインタビューを受けることになってしまったのだが、たまたまその番組を自宅で見ていた恵里菜の姉夫婦がコーヒーを噴き出してしまうという珍事も起きていたようであった。
☆☆☆ ☆☆☆
インタビューを終えた二人は、駅ビル内のブティックを巡りながら恵里菜の着せ替えショーなんぞをしたりして予約の時間まで時間をつぶした。
恵里菜が困ったのは、店員があれもこれもと服を持ってきたことだった。
「着てくれるだけでよろしいので、買ってなんて言いませんから──」
このセリフをいったい何度聞いたことか──。
そんなこんなで予約時間間近となったので、二人は駅ビルの7階にある洋食レストラン「ワンディッシュ」に入った。内装はライトがキャンドル仕立てになっていて、かつテープルの感覚がちょっと広めになっていることもあるのかウェイターがリザーブしておいてくれたテーブルにつくと、周りが気にならなくなる、そんな雰囲気にさせてくれる空間であった。
料理はすでに明美が指定していたようで、席についてまもなく白ワインと前菜が運ばれてきた。どうやら明美はコース料理を予約注文していたらしい。
白ワインについて何やら説明を受けたのだが、洋酒には頓着していない二人であったからして、説明を聞いてもよくわからなかったが、一口飲んでみて二人とも「美味しい」と口をそろえた。
白ワインと一緒に運ばれてきた前菜はエビとホタテが使われたテリーヌというらしい。四角いテリーヌはエビとホタテがミンチにされたものが使われていて、さらに香草類の緑が散らばっている感じで、口に運ぶと、エビとホタテが主張してきて、それを全く邪魔しない感じで香草の香りが鼻を抜けていく。
「美味しー」
周りに失礼にならないように気を配りながら恵里奈はこぼれ落ちそうになる頬を手で押さえた。
明美が「女性に人気」だと言っていたことを思い出してそれを伝えると、
「松永士長に感謝しなきゃね」
と恵里奈も目を細めて笑顔になる。
テリーヌに続いて出てきたのはフォアグラのカツレツだった。
しかしながらフォアグラの食感が二人にはあまり口に合わなかったようで、一気に口数が減ってしまった。なんというか……店側には申し訳ない話である。
続いて出てきたのはメインの前の口直しのポタージュスープだった。使われているのは紫いもだという。そう言われてみれば確かに紫色のポタージュである。真ん中にはアーモンドがスライすられたものが浮かんでおり、その周りに軽く生クリームがアクセントのように落とされている。
カボチャとはまた違った優しい甘さのするポタージュで、口の中をさっぱりさせてくれる。
そしてコースのメインが運ばれてきた。
メインは同じ九州の宮崎牛を使ったグリルで、そのソースは牛肉によく合うと言われる赤ワインとカシスが使われているそうだ。牛肉も150グラムもあり、普通ならそれで十分な量なのだが、しかし恵里奈も啓太も自衛官である。日頃から高カロリー食を摂取しているせいもあってか、なんか物足りなさを感じてしまうのは仕方がないことだろう。
しかし量はそうであったとしても味は申し分なく、それだけでおなかも満たされるというものだ。
そして最後に出てきたのがデザート。デザートはレアチーズケーキとバニラのアイスクリームだった。
レアチーズの上にはブルーベリーソースがかけられてあり、その酸味がレアチーズとマッチしていてこれまた恵里奈がこぼれ落ちそうになった頬を手で押さえた。
甘いものが得意ではない啓太もこのレアチーズケーキとアイスクリームは甘さが控えられていて普通に食べれるものであった。
白ワインでしめた二人はその味に満足したようで少しのんびりしてから支払いのためレジに向かったのだが、すでに明美によって会計は済ませられているといわれて、二人は顔を見合わせた。
店を出た後、二人は明美へのお礼を兼ねたお土産を買うため、階下のブランドショップに立ち寄った。
明美のことは恵里奈も知っていたので、恵里奈の意見を取り入れて、四つ葉のクローバーがあしらわれたネックレスを購入した。
そして少し腹ごなしにと天神から博多駅まで歩いてそこからJRで帰ることにした二人。
天神から博多までは歩いて30分程度。距離にして2キロくらいだからいい感じの散歩にはなる。まぁちょっと夏場であるから少し気温も高めなのだが時折吹く風が心地よい。
風にたなびく髪を手で押さえる恵里奈のその仕草を可愛いと思った啓太。そして「恵里奈もこんな服持ってるんだなぁ」と改めて思った。そしてついそれが口に出てしまった。
しかし──
「これ、お姉ちゃんのお下がりなんだよ」
と、何でもない風に答える恵里奈。一人っ子な啓太にとって、お下がりというワードがあまりピンときていない様子だったので、
「この服全部、お姉ちゃんが以前着てたやつなんだよ」
と、にっこり笑っていう恵里奈。
さすがの啓太もこれには──
「え、服って買わないの?」
と、聞いてしまうほどだったが、
「だってこういうの高いのよ?それにお姉ちゃん洋服たくさん持ってるし今は子供も生まれてこんな服着ないって言うから貰ったの。そうすれば洋服代浮くでしょ?」
いやはや、この彼氏にしてこの彼女である──
そして、ふと気になって恵里奈の姉のことを聞いてみると──
「お姉ちゃんの名前?成美だよ。司令部付隊の安居曹長と結婚して安居成美。もちろん旧姓は下川成美」
と恵里奈が答えると、なんか引っかかったのかさらに啓太が質問をした。
「下川成美……で今は安居成美──
ん?お姉さんって、もしかして平成2○年入隊だったりする?」
「そうだよ、よく知ってるね」
「俺の新教後期の同期だよ。お姉さん」
「え!?そうなの?」
と今度は恵里奈が驚く番だった。
「そうそう。俺その結婚式に出席してるし」
「え、ホント?」
「ホントホント」
「あらー、私達お姉ちゃんに縁があるのかなぁ?」
「どうなんだろなぁ?」
二人ともに新たな衝撃発覚である。
ちょうどその頃、とある官舎では──
「へっくしゅ!」
キッチンで皿洗いをしていた女性がくしゃみをした。
「おいおい風邪か?」
と、リビングで3つになる男の子とじゃれついていた屈強な男がぬっと顔だけ向けて言った。
「大丈夫──誰かが噂してたのかも」
という女性に男は
「案外恵里奈ちゃんと鳴無三曹だったりしてな」
と笑いながら言う男に、「それはあり得る」と笑いながら答える女性。
この夫婦こそ恵里奈の姉夫婦である安居健司陸曹長とその妻であり恵里奈の姉である安居成美三等陸曹なのであった。
なぜ営内隊舎前でかって?
それは恵里菜がそう望んだからなのである。あと、恵里菜自身が啓太が仕事をしている隊舎に行きたいっていうのもあったりもする。
隊員食堂から啓太が戻って外出の準備をしていると、同室のハマコウ二曹こと浜砂幸一二等陸曹が夜勤から明けて戻ってきた。
「あれ?浜砂二曹、明けてくるの遅かったんですね」
と啓太が声をかけると、珍しく私服に着替えている啓太にハマコウは目を丸くした。
「あれ?今日は外なの?」
「あ、はい。ってこの前話しませんでしたっけ?」
という啓太にハマコウは斜め右に目を向けて、
「ああ、そういえば松永士長からせっつかれてたんだっけ?」
とハマコウが下番を個人用勉強机に鞄を置いて目を細めて微笑んだ。
「そうなんですよ。まあ松永士長も色々考えてくれてのことだと思うので、無碍にすることもできませんからね」
と、白のTシャツに優しい青色のカジュアルスーツを着て左腕に腕時計もはめる啓太。
「それでこの間スーツをクリーニングに出していたんだね」
「え、あ、はい。そりゃ外で食事するってなったらそれなりのカッコしないとですしね」
と啓太は頭を掻く。
「ま、たまには外もいいもんだよ。まあ中でのデートもそれなりに有意義だとは思うけどね」
とハマコウが迷彩服から下ジャージ、上Tシャツになってベッドに腰かけて寛ぐ。
「まあ、そうそう外でってのはですねぇ」
と、啓太が言うので、ハマコウは以前から気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、なぜそんなに貯金してるの?もう結構いい額いってるでしょ?」
「そりゃ、結婚とかなったらお金いるじゃないですか」
と、さも当然という風に啓太が答えるので、「まあ確かに──」とハマコウは頷くしかなくなってしまった。
「そういえば浜砂二曹って単身赴任じゃないですか」
と突然啓太がそう言ってくるので、ハマコウはちょっと家族が恋しくなったのか、鞄からスマホを取り出してロックを解除する。するとそこにはハマコウとハマコウの妻、そして一人娘が三人とも笑顔で写っている。
「それ奥さんと娘さんですか?」
「そうそう──。単身赴任ってね、まだ自衛隊はいいかもしれないけど、もし民間に行ったとしたら相当にお金かかるみたいだよね──」
となんか意味深なことを言ってくるので、啓太はハマコウが自衛隊を辞めるのかと気になって聞いてみたのだが、ハマコウは「それはない」という。その心は──
「この年まで利益を全く考えず、人にペコペコ頭を下げることもせずに来てね、それでこれから民間ですって言われても、たぶん僕にはできないんじゃないかなーって思うんだよ」
と、ちょっと遠い目をしてハマコウが言う。でもそれが啓太にはよくわからない。
「そういうもんですか?」
「きっとね──」
と、ハマコウが啓太を見てなんか寂しそうにというか悲しそうにというかそんな表情で笑った。
「でも今38になってみてね、僕はたぶん53歳か55歳で定年を迎えると思うんだよね。そうしたら結局は民間で働かないと家族は養っていけない。それを思うとねぇ、色々と考えるよ。もっと勉強して早いところ部内幹候受けとけばよかったのか?とかね──。結局僕はラクしたいがために部内幹候は受けずに来たんだよね。あと勉強もしたくなかったからかな」
フフフと笑うハマコウ。
「だからね、鳴無三曹にはもっと上を目指してほしいと思うよ。まだ若いし、これからきっと結婚もすれば子供も生まれる。そうなったときやっぱりなきゃ困るのはお金と、定年延長だからね」
「定年延長ですか──」
「そうそう。結局ね曹長や准尉ではそんなに延長はできないよね。少なくとも三尉以上でないとね──」
と、ハマコウはしみじみと、自分を振り返りながらなのか時折スマホの家族写真を見ながらそう話す。
「なんか、深い話ですね──」
と、啓太もハマコウに向かい合うように椅子に座って話を聞いていたので、ハマコウは急に気恥ずかしくなったのか、
「もうこの話は終わり!」
と突然軽く照れ笑いしながら終了宣言をした。
と、ちょうどその時、部屋のインターホンが鳴った。時刻を確認すると、恵里菜との待ち合わせ時間の20分前だった。
「はい、304基地通信鳴無三曹です」
啓太がインターホンに出ると、
「あ、鳴無三曹ですか?彼女さんお待ちになられてますよ」
とニヤニヤしたような声で営内隊舎の当直から連絡があったので、
「わかりました、ありがとうございます」
とそれだけ答えると、財布と身分証をもって、ハマコウに「行ってきます」と伝えると部屋を出た。
エレベーターで1階に降りて営内隊舎を出ると、そこには白のふわふわしたワンピースにレースがあしらわれた薄いベージュのカーディガンを羽織り、さらに手にはえんじ色のポシェットを持ち、いつもポニーテールにしている髪を下ろしていつもの黒縁眼鏡ではなく、細い銀縁眼鏡をつけた恵里菜がいた。
啓太はそんな恵里菜に見惚れてしまった。
「あ、啓太──」
と営内隊舎の玄関入り口まで駆け寄ってくる恵里菜。すると啓太だけでなく隊舎入り口を通りかかった男子隊員も立ち止まって恵里菜に見惚れてしまった。
「もう、啓太、何か言ってよ──ちょっと不安になるじゃん──」
と恵里菜は啓太の頬をツンと突く。
それでハッと意識を取り戻した啓太は、半歩下がって恵里菜を眺めて、
「うん、なんかすごい可愛い」
と啓太が答えると、とたんに営内隊舎玄関の周囲や玄関横に設置されている当直室から口笛やら二人をからかう声やらが飛び交った。
そんな喧噪から逃げ出すように二人は営内隊舎を後にした。
その日、啓太と恵里菜が外出した後、恵里菜の画像が駐屯地内を駆け巡った。しかも中には「女神降臨」なんていう意味不明な言葉も一緒に飛び交ったりもしていたらしい──。
恵里菜を連れ立って基地通信隊舎で外出許可証を受領した啓太は、隊舎を後にして、正門に向かった。
そして、今度は土曜勤務の基地通信の隊員からも啓太が連れていた恵里菜がわからず、一時大騒ぎになったそうな──。
さらに正門でも、警衛所の歩哨が啓太の外出許可証を確認し、そして恵里菜の外出許可証を確認して二人を見送った歩哨の隊員がしばらくして歩哨所で大きな声を上げてしまい、警衛隊長から大目玉を食らったそうな──。
二人を見慣れているはずの駐屯地内でそういう状況になってしまったのだから当然というか、外でも往来の人々が啓太と恵里菜を二度見することにもなっていたようだが、二人は全く無関係という感じで二人だけの空間を構築していた。
二人が南福岡駅を横切って西鉄雑餉隈駅から西鉄天神駅まで行った時、何かの生中継番組でリポーターに囲まれてしまうという二人にとってはかなり大きなハプニングが起きてしまった。
特に過去にちょっとしたトラウマを抱えていた恵里菜は泣き出しそうな表情になり、それにたいして啓太がリポーターを振り切ろうとしてたまたま運悪くリポーターを倒してしまった。まあそれで結局はアンケートインタビューを受けることになってしまったのだが、たまたまその番組を自宅で見ていた恵里菜の姉夫婦がコーヒーを噴き出してしまうという珍事も起きていたようであった。
☆☆☆ ☆☆☆
インタビューを終えた二人は、駅ビル内のブティックを巡りながら恵里菜の着せ替えショーなんぞをしたりして予約の時間まで時間をつぶした。
恵里菜が困ったのは、店員があれもこれもと服を持ってきたことだった。
「着てくれるだけでよろしいので、買ってなんて言いませんから──」
このセリフをいったい何度聞いたことか──。
そんなこんなで予約時間間近となったので、二人は駅ビルの7階にある洋食レストラン「ワンディッシュ」に入った。内装はライトがキャンドル仕立てになっていて、かつテープルの感覚がちょっと広めになっていることもあるのかウェイターがリザーブしておいてくれたテーブルにつくと、周りが気にならなくなる、そんな雰囲気にさせてくれる空間であった。
料理はすでに明美が指定していたようで、席についてまもなく白ワインと前菜が運ばれてきた。どうやら明美はコース料理を予約注文していたらしい。
白ワインについて何やら説明を受けたのだが、洋酒には頓着していない二人であったからして、説明を聞いてもよくわからなかったが、一口飲んでみて二人とも「美味しい」と口をそろえた。
白ワインと一緒に運ばれてきた前菜はエビとホタテが使われたテリーヌというらしい。四角いテリーヌはエビとホタテがミンチにされたものが使われていて、さらに香草類の緑が散らばっている感じで、口に運ぶと、エビとホタテが主張してきて、それを全く邪魔しない感じで香草の香りが鼻を抜けていく。
「美味しー」
周りに失礼にならないように気を配りながら恵里奈はこぼれ落ちそうになる頬を手で押さえた。
明美が「女性に人気」だと言っていたことを思い出してそれを伝えると、
「松永士長に感謝しなきゃね」
と恵里奈も目を細めて笑顔になる。
テリーヌに続いて出てきたのはフォアグラのカツレツだった。
しかしながらフォアグラの食感が二人にはあまり口に合わなかったようで、一気に口数が減ってしまった。なんというか……店側には申し訳ない話である。
続いて出てきたのはメインの前の口直しのポタージュスープだった。使われているのは紫いもだという。そう言われてみれば確かに紫色のポタージュである。真ん中にはアーモンドがスライすられたものが浮かんでおり、その周りに軽く生クリームがアクセントのように落とされている。
カボチャとはまた違った優しい甘さのするポタージュで、口の中をさっぱりさせてくれる。
そしてコースのメインが運ばれてきた。
メインは同じ九州の宮崎牛を使ったグリルで、そのソースは牛肉によく合うと言われる赤ワインとカシスが使われているそうだ。牛肉も150グラムもあり、普通ならそれで十分な量なのだが、しかし恵里奈も啓太も自衛官である。日頃から高カロリー食を摂取しているせいもあってか、なんか物足りなさを感じてしまうのは仕方がないことだろう。
しかし量はそうであったとしても味は申し分なく、それだけでおなかも満たされるというものだ。
そして最後に出てきたのがデザート。デザートはレアチーズケーキとバニラのアイスクリームだった。
レアチーズの上にはブルーベリーソースがかけられてあり、その酸味がレアチーズとマッチしていてこれまた恵里奈がこぼれ落ちそうになった頬を手で押さえた。
甘いものが得意ではない啓太もこのレアチーズケーキとアイスクリームは甘さが控えられていて普通に食べれるものであった。
白ワインでしめた二人はその味に満足したようで少しのんびりしてから支払いのためレジに向かったのだが、すでに明美によって会計は済ませられているといわれて、二人は顔を見合わせた。
店を出た後、二人は明美へのお礼を兼ねたお土産を買うため、階下のブランドショップに立ち寄った。
明美のことは恵里奈も知っていたので、恵里奈の意見を取り入れて、四つ葉のクローバーがあしらわれたネックレスを購入した。
そして少し腹ごなしにと天神から博多駅まで歩いてそこからJRで帰ることにした二人。
天神から博多までは歩いて30分程度。距離にして2キロくらいだからいい感じの散歩にはなる。まぁちょっと夏場であるから少し気温も高めなのだが時折吹く風が心地よい。
風にたなびく髪を手で押さえる恵里奈のその仕草を可愛いと思った啓太。そして「恵里奈もこんな服持ってるんだなぁ」と改めて思った。そしてついそれが口に出てしまった。
しかし──
「これ、お姉ちゃんのお下がりなんだよ」
と、何でもない風に答える恵里奈。一人っ子な啓太にとって、お下がりというワードがあまりピンときていない様子だったので、
「この服全部、お姉ちゃんが以前着てたやつなんだよ」
と、にっこり笑っていう恵里奈。
さすがの啓太もこれには──
「え、服って買わないの?」
と、聞いてしまうほどだったが、
「だってこういうの高いのよ?それにお姉ちゃん洋服たくさん持ってるし今は子供も生まれてこんな服着ないって言うから貰ったの。そうすれば洋服代浮くでしょ?」
いやはや、この彼氏にしてこの彼女である──
そして、ふと気になって恵里奈の姉のことを聞いてみると──
「お姉ちゃんの名前?成美だよ。司令部付隊の安居曹長と結婚して安居成美。もちろん旧姓は下川成美」
と恵里奈が答えると、なんか引っかかったのかさらに啓太が質問をした。
「下川成美……で今は安居成美──
ん?お姉さんって、もしかして平成2○年入隊だったりする?」
「そうだよ、よく知ってるね」
「俺の新教後期の同期だよ。お姉さん」
「え!?そうなの?」
と今度は恵里奈が驚く番だった。
「そうそう。俺その結婚式に出席してるし」
「え、ホント?」
「ホントホント」
「あらー、私達お姉ちゃんに縁があるのかなぁ?」
「どうなんだろなぁ?」
二人ともに新たな衝撃発覚である。
ちょうどその頃、とある官舎では──
「へっくしゅ!」
キッチンで皿洗いをしていた女性がくしゃみをした。
「おいおい風邪か?」
と、リビングで3つになる男の子とじゃれついていた屈強な男がぬっと顔だけ向けて言った。
「大丈夫──誰かが噂してたのかも」
という女性に男は
「案外恵里奈ちゃんと鳴無三曹だったりしてな」
と笑いながら言う男に、「それはあり得る」と笑いながら答える女性。
この夫婦こそ恵里奈の姉夫婦である安居健司陸曹長とその妻であり恵里奈の姉である安居成美三等陸曹なのであった。
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