日本ワインに酔いしれて

第２章

IKEDA Winery 樽熟甲州

　山口貴司は”いい天気”の扉を開けて店に入る。
　貴司はあれから時々この店に来るようになっていた。

　そろそろ常連と言ってもいいくらいではないだろうか。

　店に入ると大きな声が聞こえる。

「もぉ～～～～私が何したって言うのよ～～！」

　カウンター大きな声でくだを巻いているのは、柏木洋子である。
　ずいぶん荒れている。

「ミキさ～～ん、もう一杯樽熟甲州ちょうだい！」

　彼女が飲んでいるのは、白ワイン。

　山梨県甲州市　IKEDA　Winery　樽熟甲州

　この店の定番白ワインである。

「おや、珍しく荒れてるね。何があったの？」

　彼女の近くに座っている常連が声をかけた。
　祖の常連も店に来たばかりのようである。

「聞いてよ、健司さん。今日、部長に呼び出されたからてっきり地元の支社に戻るって話と思っていたのよ。そういう約束だったし！」

　出てきたワインをグイっと飲む。

「そしたら！異動の話は1年保留にしてくれって言われたの！ひどいと思わない！？」
「おやおや、約束していたのに？確かにひどいな。なんでまた？」
「なんか、ど～しても新しいプロジェクトをやってくれっていうクライアントがいて泣きつかれたって！そんなの私に関係ないじゃん！」
「あはは、人気者だね」

　貴司はその会話を聞き耳を立てていた。
　内心、少しほっとした。
　
　彼女とは、店で会釈するくらいの顔見知りにはなった。だが、会話をするほど親しくはなっていない。
　地元に帰る予定とは聞いてはいなかったが、まだそれは先のことらしい。

「でも、そんなに地元に帰りたい？彼氏を残してきたとか？」
　常連客の、ニヤッと笑って聞く問い。

　貴司はさらに聞き耳を立てた。
　そうか、その可能性は考えていなかった。

「彼氏なんかいないわよ。だって、実家の方が楽じゃない。料理とか家事とかしなくていいし」
　唇を尖らせながら洋子は答えた。
　かなり目が座っている。酔いが回っているようだ。


　その答えを聞いて貴司は、密かに安どのため息をついた。
　そうか、彼氏はいないのか。