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第42話
しおりを挟む翌朝、宿の一室。
母さんはノートを開いたまま、椅子に腰かけて指先でトントンとテーブルを叩いていた。いつもどおり父さんは元気に目を覚ましているが、その表情はどこか落ち着かない様子で、母さんの方をチラチラうかがう。
「リオ、ノエルさん、ちょっと来て」
母さんの声が低めだ。ここ数日、俺たちは“試飲会”に向けて高級版と大衆版の準備を同時に進めてきた。つい昨日までは、順調に話が進んでいると思っていたのに、母さんの表情がいかにも「問題が起きた」みたいで嫌な予感が走る。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ええ、ガルスが昨晩聞いてきた話なんだけど、ある商会が大口注文をしたいと言い出していてね。でも、どう考えてもこちらの生産体制が追いつかない数なのよ。実質、まだ二本柱が安定してないのに……」
そう言って母さんはノートをめくり、そこにはびっしりと数字が書き込まれている。「高級版ポーションをまとめて100本ほどほしい」「来月中に納品可能か」みたいなことがリストアップされており、さすがに目が飛び出る。
「100本……うわ、それは無理だろ」と俺は即座に思う。一応、プラーナ葉などの希少素材を使っても、せいぜい1日数本レベルだ。しかもまだ大衆版との調整もあるし、そんな数を一気に作れない。
父さんが「でもな、エレーナ。こんだけの大口ってそうそう来ないぞ。これを逃したら機会損失じゃねえか?」と言い張るが、母さんは「無理なものは無理よ。あなたこそ、どうやって供給するつもり? 材料は? 製造時間は? 試飲会すらまだ終わってないのよ」と的確に突き刺す。
◆
ノエルさんが隣で「確かに、今の段階では100本は難しいですね。プラーナ葉やそのほかの高級素材も足りませんし、時間がかかりすぎます」と首を振る。
「一応、ラットの情報で追加のハーブが入るかもしれないけど、それでも100本は到底無理だ……。何か他の方法があれば別だけど……」と俺は考え込む。
母さんはため息をつき、「だから、断るなら早めに断らないと相手に迷惑かけるわよ。でもガルスは“せっかくだから条件を変えてでも受注しよう!”なんて暴走しかねないし……」と父さんを睨む。父さんは「うぐ……」と押し黙る。
「でも、なんとかして受注できないか……たとえ一部でも売れば大きな利益になるから、研究開発費も賄えるんだが……」と父さんは諦めきれない様子だが、母さんの言うように無理をして受注したら大きなトラブルになる可能性が高い。
◆
そんなとき、ラットが寝ぼけまなこで部屋に顔を出す。「なんか揉めてるみたいだけど……どうしたんだ?」とあくびまじりに問いかける。父さんが流れを説明すると、ラットは「100本? そりゃ無理だろ。せめて“半分だけ納期通り”にするとか分割納品にするとか、交渉できないのか?」と呟く。
「分割納品……それも手だわね。まったく考えてなかったわ」と母さんが手帳を開き、父さんが「あ、確かに! 分割で少しずつ納品すれば、俺たちの負担も減るし、相手も最終的に100本を買える!」と手を打つ。
「でも、その相手が分割でもいいって承諾するかは別問題だよ」と俺は冷静に補足。「なんなら、そもそも“高級版”って限られた素材で作るから、たとえ分割でも数が多いと無理がある……」
「そこは価格を上げるなり限定数を設定するなりで納得させるしかないわね。やっぱり状況を率直に伝えて、無茶な要求にはきっぱり断る勇気も必要」と母さんが背筋を伸ばす。ラットも「だよな、契約のトラブルは怖いし」と重々しくうなずく。
◆
一方、数日後に迫る“試飲会”の準備も着々と進んでいる。母さんの仕切りで、シュトラス家のレミアや騎士団の一部幹部、商人ギルドの有力者が参加予定。場所はシュトラス家のサロンを一部借り切る形だ。
高級版ポーションを主役に、父さんが「出来れば大衆版の試作品も興味ある人にだけ出したい」と主張し、母さんは「あくまで+α」と押さえつけている。ノエルさんと俺はギリギリまで痺れを抑える研究を続けるが、間に合わなければ“やはり未完成です”と断る予定だ。
「でもさあ、せっかくだから投資家とかアルマ商会の人にも見てもらいたいんだ。収益の見込みが伝われば資金援助も得られるかもしれないし……」
「ガルス、あんたは欲張りすぎよ。まずは“高級版”を確実に売り出す。その上で興味を引ければOKじゃない?」
「うぐ……はい……」
父さんが母さんに弱気になる光景が最近の日常になりつつあるのを見て、ラットが「夫婦って面白いもんだな……」と呟き、ノエルさんがクスクス笑う。
◆
その日、昼ごろに俺とノエルさんはまた研究所へ向かい、改良型大衆版ポーションの実験を続行した。サンプルを作るたびに試飲し、痺れがどれくらい残るかを記録。正直、急激には改善しないが、工程や調味を少し変えるだけでも違いが出てくる。
「うーん、今回は昨日より若干強めに加熱したら、苦味が少し増す代わりに痺れが減った?」
「はい、でもまだ0ではないですね。後味に僅かなピリリが残るけど、これくらいなら不快とは言わないレベルかも……」
一歩一歩の地道な試行だが、だいぶ性能は上がっている気がする。前の段階なら「実用には厳しいかも」と思ったが、いまは「悪くないかも」と言えるレベルに近づいている。あと数日でどこまで仕上げられるだろうか――ノエルさんと目を合わせ、「間に合うかどうかギリギリですね」と苦笑する。
◆
宿に戻ると、母さんがテーブルに書類を並べて待っていた。「リオ、ノエルさん、おかえりなさい。今日、私とガルスで例の“百本依頼”の相手と話してきたわ。結果から言えば……まあ、“検討中”って形で落ち着いたの」
「検討中ってことは、まだ断ってない?」
「ええ。あちらも“大量に買いたい”とは言ってたけど、一度に100本でなくてもいいらしいの。むしろ“100本を最終的に買いたい”が正確ね。だから分割納品の提案をしたら、意外に前向きだったわ」
「マジか……じゃあ、本当に受注する方向で進むわけ?」と俺は驚く。
父さんが顔をあげ、「ああ、オレが“ウチは高級版が限られてるから一度に大量は難しいけど、月に10~20本ずつなら手配できるんです!”とハッタリ気味に言ったら、案外通じたんだよ。俺とエレーナで適度にバランス取ってさ!」と得意げに説明。
母さんは「ハッタリはやめてって言ったのに……でもまあ、意外と向こうも急ぎじゃないらしいのよ。“特別な贈答品”としてまとめて買いたいって話だから、少しずつ集めて最終的に納めてほしいって」
なるほど。なら今からでも生産計画を立てれば、不可能ではないかもしれない。それでも数か月単位で地道に高級素材を集める必要があるが、ブロブ結晶やプラーナ葉などをコツコツ溜め込めば「100本」という大台も夢ではない。
「でも、違う客からも注文が来るだろうし、全部合わせると結局足りないかもしれないわよ」と母さんが警戒を口にすると、父さんは「まぁ、そんときはそのとき……」と曖昧に返す。ノエルさんと俺が顔を見合わせて苦笑する。結局、母さんの管理が必要だな。
◆
夜遅く、宿の部屋で談笑していると、ラットが「試飲会って、あと2日後だっけ? おれ、午前だけ仕事休めそうだから、午後から行けるかも」と言い出す。母さんが「あら、それは助かるわ。人手が多いほど安心だし、お客の対応も楽になる」と微笑む。
「じゃあ受付や案内はラットがやってくれると心強いね。父さんが騒いでも止めてくれそうだし」と俺が軽口を叩くと、ラットは「おいおい、なんでおれが止める係なんだよ……まあ、いいけど」と苦笑する。父さんは「うるせえ、オレだって分別あるわ!」と反論し、母さんに「ないでしょ」と即却下される。
ノエルさんがメモを見ながら「私は明日もギリギリまで大衆版の実験をやります。リオさん、最後の調整を一緒にお願いしていいですか?」と訊ねる。俺は「もちろん! もし少しでも痺れが減れば、当日“試作品”として出せるかもだしね」と頷く。
母さんがそれを聞き、「じゃあ当日ギリギリまで様子を見て、いけそうなら大衆版も“おまけ枠”で出しましょう。あくまで“研究中”って名目でね」と総括する。誰もがハードスケジュールになりそうだが、みんなやる気は満々だ。
◆
夜更け。布団に入りながら、心の中を整理する。数日前まで不可能に思えた大衆版の完成が見えてきて、さらに百本単位の注文も現実味を帯びてきた。試飲会で高級版をしっかり認知させ、投資家や商人たちに印象付ければ、一気に飛躍するかもしれない。
もちろんリスクもある。痺れの残る大衆版が中途半端な形で披露されれば悪印象につながるし、百本受注に追われてほかの注文を断る羽目になれば機会損失だ。母さんや父さん、ノエルさん、ラット――皆の力が合わなければ対処しきれない大きな波が来るのかもしれない。
(でも大丈夫、オレたちはここまで色んな困難を乗り越えてきた。母さんと父さんは多少の夫婦漫才はあるけど最強のタッグだし、ノエルさんの知識とラットの実務サポートも不可欠。どんな波でも乗り越えられる……信じよう。)
深呼吸して瞼を閉じる。父さんの小さないびきと、母さんの寝息が隣の布団から聞こえ、ラットはいつもどおり静かに丸くなって眠っている。ノエルさんも隣で穏やかな息遣いだ。
──試飲会が迫る。みんなで築いた“美味しいポーション”が、はたして騎士団や貴族たちにどう評価されるのか。大衆版も滑り込みで出せるかもしれない。そこから先は未知のステージだ。
わくわくと少しの不安が入り混じった気持ちを抱えたまま、夜の闇が深く俺の意識を包む。朝が来れば、また新しい挑戦が待っている。強くそう思いながら、夢の中へと滑り込んでいった。
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