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SECOND MAGIC
第46話 未来への影響
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今更遅すぎる知衣の問い掛けに、小馬鹿にするような笑みを浮かべながらもアレクは「平気だ。」と答えた。
「英雄というのが本当なら、ここに留まらせているのも問題だからな。あまり口にしない方がいいが、戻る手段を得るために魔法棟の人間にくらいは話しても構わないだろう。」
「えーと。ゴン君……じゃなくてさっきの子にも、未来から来たって言っちゃったけど。」
「あいつに他言するような甲斐性はない。」
「ああ。うん。確かにそんな感じだったけど……小さいのに難しい言葉知ってるね。」
「子供だからって馬鹿にするな!おまえなんかより俺様の方が賢いんだからな!」
アレクの主張に知衣は苦笑する。
「へえ~。すごいね。」
流石に十歳にもならない子供より劣るとは思わないのだけど。
エステルはアレクを天才だと言っていたし、ひょっとするとそんなこともあるかもしれない。
「何だそのどうでもよさそうな相槌は!」
実際、自分を平凡だと思っている知衣としては、天才少年らしいアレクてどちらが賢いかなんてどうでもいいのだが。
そう答えると、アレクの機嫌を損ねそうだ。
「そんなことないよ?すごいすごい。」
とりあえずおだててみた知衣に、アレクは眉を吊り上げた。
「そんな視線を泳がせて言ったことが信じられるか!心にないおだててに俺様が踊らされると思うなよ!」
「えっと……ごめんね?」
もともと嘘は、苦手だ。
良心が痛むというわけではないのだが、嘘をつき通す程の演技力もない。
「ほら、実際私より賢いか見たわけじゃないから、どれくらいすごいかよくわかんなくて。」
「全く。この俺様の何もせずとも滲み出るすごさを感じとれないとは情けない。」
そんなアレクの言葉に、知衣は苦笑する。
その自分への絶対的な自信はすごいと思う。
「そう言えばアレク様も魔法棟の人間じゃないのに、私色々……しゃべりすぎたよね?未来に影響でちゃうよね?」
「未来の俺様とは面識があるのか?未来でこのことを知っているようだったか?」
「面識はあるけど……知ってるようには見えなかったよ。」
召還された時が初対面の筈なのに、こうして過去でアレクに「羽柴知衣」と名乗って接してしまったことで、どう未来が変わってしまうのか。
戻ったとき、アレクはどんな反応をするのか。
思考を巡らせる知衣に、アレクは首を傾げる。
「それはおかしいな。」
「え?」
「おまえがこうして過去に介入したという事実がある以上、おまえのいた未来はおまえが過去に介入したことを経て迎えた未来だ。」
「ええと……どういうこと?」
「つまりおまえのいた未来は、おまえが過去に来たことですでに変えられた未来だったはずだ。」
「未来のアレク……様は、私を知ってたはずだってこと?」
「そうだ。」
アレクの肯定に、知衣も首を傾ける。
知っているようには見えなかったけれど、それは演技だったのだろうか?
それとも、単に忘れただけ?
「まあ、八年も経てば小さい頃のことなんて、覚えてなくても不思議じゃないか。」
「俺様の記憶力はそこまで貧弱じゃないとは思うが……実績はないからな。」
物凄く不本意そうに言うアレクに、知衣は苦笑する。
まだ六歳のアレクに、八年もの記憶を残していた実績があるはずもない。
自信家のアレクだが、意外にも全く根拠のない見栄は張っていないかもしれない。
*
「ただいま戻りました。」
そんなグリシアの声に、知衣は身を強ばらせた。
グリシアは、ベルフェールを呼びに行ったのだ。
戻ってきたということは、ベルフェールを連れてきたということで――。
初対面の時の強烈な抱擁と、成人女性と認識された後の怯え様を思い出し、慌ててアレクを盾にするようにその背後に移動する。
「おい?」
訝しむアレクに、引きつった笑みを返す。
盾にしているなんて言っては、機嫌を損ねそうだ。
「ベルフェール。この方がそうなのだけど。どう?」
傍らに立つ少年に、グリシアはそう尋ねた。
この少年が、八年前のベルフェールで間違いないと思う。
変化を解いた本来の姿をそのまま若くした感じだ。
「失礼します。」
そう断りを入れて、知衣の承認の証の施された手を取ったベルフェールと思わしき少年に、知衣は首を傾ける。
――女に変化してないし、抱きついてもこないし、怯えてもない?
思わぬまともな様子に戸惑っている知衣に、ベルフェールは不思議そうに首を傾けた後、口を開いた。
「確かに俺の魔法のようです。ですが俺に承認の魔法を使う権限なんてありませんし、もちろん使ったこともありません。」
「そうですか。ではやはり、未来の英雄なんですね。お名前を伺っても?」
「は、羽柴知衣です。」
「チイ様ですね。疑ったりして申し訳ありませんでした。」
そう言って深々と頭を下げるグリシアに、知衣は首を振る。
「疑うのも無理ありませんって。頭なんてさげないでください。」
「お優しいんですね。」
そう言って微笑むグリシアに、知衣は鼻を押さえる。
「う……。」
直視してしまった笑顔に、また鼻血が出てきたのがわかる。
「あ!申し訳ありません!」
慌てるグリシアに知衣は首を振る。
有害な笑顔だとは思うが、グリシアだって好き好んで有害な程の男性的美貌と色気を振り撒いているわけではないというのはわかるのだ。
いっそアレク並みに不遜な性格をしていれば、微笑みという凶器を発揮することはないだろうが、だからと言って俺様な性格を推奨する気にもならないのだから――慣れるしかないのだろう。
「鼻血くらい放っておけ。それよりこいつを未来に帰す方法は?」
「アレク様。英雄であるチイ様に対しそのような言いようは失礼ですよ。」
「ふん。失礼なのはお互い様だ。こいつだって、俺様に敬語を使ってないぞ。」
「地位としては同列でもチイ様の方が年上でしょう?目上の方への敬意を示されるべきではありませんか?」
「いや、グリシアさん。別に私、気にならないんでこのままで構いませんよ?」
未来のアレクも敬語を使っていなかったし、そもそも英雄が王族と同様の地位というのがそもそもおかしいと思う。
だから特に知衣は気にならないのだが、アレクの方はおおいに不満らしい。
「おまえ、俺様には敬語を使わないくせに、グリシアには使うとはどういうことだ?」
「えーと、グリシアさんは……年上っぽいし。」
一見二十代半ばの美青年だが、性別からして予想を裏切るグリシアの年齢は想像しにくい。
感覚的には同い年くらいなのではないかと思うのだが――知衣の外見年齢は高く見積もっても、この世界では精々十代半ばらしいので、アレクたちから見れば間違いなくグリシアより年下に見えている筈だ。
子持ちの人妻ということは年上という可能性も十分あるし、年下だとしても一児の母というだけで人生の先輩だ。
ベルフェールに恐慌状態になられても困るし、あえて実年齢を言おうとは思わないし。
(あ、そうか。八年前のベルフェールさんにとっては、十代半ばくらいじゃ幼児趣味の範疇じゃないのかも。)
けれどそれにしては知衣に対する怯えがないのがおかしい。
まだ幼児趣味に目覚めていないだけだろうか。
まさか本人を前にして、幼児趣味かなんて聞けないが。
魔法棟の前でのアレクとの会話からして、既に女性恐怖症であることは間違いないだろう。
「それで結局、私はどうすれば戻れるんですか?」
「時を渡るとなれば、高等な時魔法です。時師の協力を仰ぐことになりますが……。」
「この時代の時師って……。」
「クウガ・クロムラーという者が務めておりますが。」
「やっぱり?」
最年長――しかも四千年以上生きているともなれば、八年前でも変わらないだろうと思ったのだ。
「クウガを知っているのか?」
意外そうに問い掛けてきたアレクに、知衣は頷く。
「一応……私の師匠だし。」
「そういえば時魔法の才能だけはあったな。他が壊滅的だが。」
「ここに跳ばされたのも、師匠の魔法のせいだったりするし。」
「ならば尚更、時師の協力が必要でしょうね。」
そんなグリシアの言葉にアレクも頷く。
「しかし、何でそんな魔法を掛けられたんだ?」
「えーと……私が修行をしないから、かな。」
「自業自得という言葉を知っているか?」
冷やかなアレクの言葉に、知衣は頬を掻く。
「だって……無理矢理弟子にされただけで、魔法が使えるようになりたいわけじゃないし……。」
「魔法を使いたいと思わないだと?どれだけ野生児なんだ?」
「野生児って……。」
魔法を使いたいと思わないことが、この魔法の国ではそんな風に解釈されるのか――と、知衣は苦笑する。
「そもそも私の世界じゃ魔法なんて使えなくてあたりまえだし。」
「それにしても修行をしないことと、過去に跳ばすことがどう結びつくんだ?過去に跳ばしたところで修行にはならないぞ?」
「修行というより……お仕置きというか……嫌がらせ的なものだと思うけど。」
「ふむ。クウガの協力が必要ということは、簡単に帰れないだろうし……確かになかなかの嫌がらせだな。」
「簡単に帰れないって……協力するかわりに無理難題を押し付けられるとか?」
「いや、それ以前の問題だ。あいつは神出鬼没だからな。捕まえようと思ったところで、そうそう捕まらないぞ。」
「神出鬼没?」
はじめて魔法棟に行った日こそ不在だったが、修行のこともあって毎日顔を合わせていた知衣には、ピンとこない。
「あいつは気が向いた時にしか、顔を見せないぞ。どこにいるかわからないしな。」
「時師ってエリート職なんだよね?そんなんでいいの?」
「良くないが、他に時師に値する奴がいない。時魔法の才能は、希少だからな。おまえが時魔法以外壊滅的な才能でも弟子になれたように、時魔法以外のところでは妥協もやむを得ないのが現状だ。」
「クウガ様の失踪癖は問題視されつつも、公認されている状態なんです。」
「……人には修行しろしろうるさいくせに、自分はサボリ魔なわけね。あのクソ師匠は。」
知らなかったクウガの勤怠の悪さに、思わず悪態をつく。
「でもまあ、気が向いたら顔は出すんですよね。すぐは帰れないみたいだけど、それまで待ってればいいってことですか?」
時師、霊師、幻師は城に常駐して働いているわけではないが、交替で一人はいるようにしていると聞いたから、普通に考えれば三日に一度。
(サボリがちとはいえ、週に一度くらいは顔を出すよね。)
そう思った知衣であるが。
「すぐ顔を出すならそれでいいでしょうが……。」
そう言って気まずそうに視線を泳がせるグリシアに、知衣は首を傾ける。
「ひょっとして平気で一月くらい顔を出さないこともあるんですか?」
「………ひ、一月で済めばかなり良い方なんです。」
どんだけサボリ魔だ!
自分のサボリを棚上げして、弟子には修行をやらないくらいで過去に跳ばすなんてあまりに理不尽だ。
「下手をすると半年くらい待つことになりかねないと?」
表情を盛大に引きつらせて言う知衣に、無情にもアレクがとどめを刺した。
「最長無断失踪記録は、10年6ヶ月だ。」
「……………。」
あまりのことに、もはや言葉もない知衣であった。
仮初めの身体である知衣は、不老不死のようなものらしいが――それでも、十年も待つなんて冗談じゃない。
「魔法で探すことはできないんですか?」
「探索の魔法はありますが、姿を眩ませているクウガ様を見つけることはできないと思います。」
「空間移動、空間操作、時限干渉――時魔法ほど失踪に便利な魔法はない。その上、時魔法の優れた使い手は稀有。姿を眩ませた時師を見つけるのは難しいぞ。」
「……結局、打つ手なしってこと?」
待ってもいつになるかわからず、かといって探すことも困難。
「国中に触れを出し、自主的に顔を出すよう訴えることはできますが……。」
「時魔法で異世界に渡っている可能性もあるし、例え触れを知っても無視される可能性も高い。あまり有効な手段とは言えないな。」
「そんな……。」
運に任せるしかないとでもいうのだろうか。
愕然とする知衣を励ますように、グリシアは優しい声音で言う。
「今すぐ戻して差し上げることはできませんが、長官であれば何か良い方法に思い当たるかもしれません。」
「長官?」
「ええ。ベルフェールの師でもある、当代一の魔法使いです。きっと何か良い方法を考えてくださいます。今は長官は南方で任務中のためここへは来れませんから…私が南方へ赴き、指示を仰いできます。」
そんなグリシアの発言に、今まで黙っていたベルフェールが口を開く。
「師匠にに意見を仰ぐのであれば、俺が行きましょうか?」
「いえ。貴方はチイ様が未来に戻るまで面倒をみて差し上げなさい。」
その言葉に、ベルフェールは目を見開いた。
「え?!し、しかし!」
「チイ様をあまりこの時代の者に関わらせるべきではありません。私か貴方が対応するべきですが、私の家はチイ様をお迎えするのに向きません。」
グリシアの言葉を肯定するように、アレクが付け加える。
「ファンクラブという名の狂信的なストーカーが絶えないからな。」
ファンクラブ――そのメンバーは、まず間違いなく女性だろう。
同性の狂信的なストーカー…。
知衣は、少しグリシアに同情した。
「しかし、うちは……その……。」
言葉を詰まらせるベルフェールに、グリシアは言う。
「これは上官命令です。」
「……わかり、ました。」
力なく了解を告げるベルフェールに、知衣は気まずさを覚える。
この時点では、あからさまに知衣に対し恐怖心を見せているわけではないとはいえ、女性恐怖症と認識している相手にお世話になるのは悪いと思う。
しかし、日本ならともかくこの世界では――1人で生活を成り立たせる自信もない。
八年後では、アレク発案の『小人の家』に居住していたけれど、魔法案としては新しいものだ。この時点ではまだないはず。
仮にあったとしても、余計なオプションのせいで第二のクレア――他に更に召使いが増えても…困る。
「チイ様。俺の実家に来ていただけますか?」
意外にも真っ直ぐと向けられた眼差しに、知衣はこくりと頷く。
「……お、お世話になります。」
成人女性だってことは絶対秘密にしておくからと、心の中で自分にそう言い訳して、ベルフェールに甘えることにした知衣であった。
「英雄というのが本当なら、ここに留まらせているのも問題だからな。あまり口にしない方がいいが、戻る手段を得るために魔法棟の人間にくらいは話しても構わないだろう。」
「えーと。ゴン君……じゃなくてさっきの子にも、未来から来たって言っちゃったけど。」
「あいつに他言するような甲斐性はない。」
「ああ。うん。確かにそんな感じだったけど……小さいのに難しい言葉知ってるね。」
「子供だからって馬鹿にするな!おまえなんかより俺様の方が賢いんだからな!」
アレクの主張に知衣は苦笑する。
「へえ~。すごいね。」
流石に十歳にもならない子供より劣るとは思わないのだけど。
エステルはアレクを天才だと言っていたし、ひょっとするとそんなこともあるかもしれない。
「何だそのどうでもよさそうな相槌は!」
実際、自分を平凡だと思っている知衣としては、天才少年らしいアレクてどちらが賢いかなんてどうでもいいのだが。
そう答えると、アレクの機嫌を損ねそうだ。
「そんなことないよ?すごいすごい。」
とりあえずおだててみた知衣に、アレクは眉を吊り上げた。
「そんな視線を泳がせて言ったことが信じられるか!心にないおだててに俺様が踊らされると思うなよ!」
「えっと……ごめんね?」
もともと嘘は、苦手だ。
良心が痛むというわけではないのだが、嘘をつき通す程の演技力もない。
「ほら、実際私より賢いか見たわけじゃないから、どれくらいすごいかよくわかんなくて。」
「全く。この俺様の何もせずとも滲み出るすごさを感じとれないとは情けない。」
そんなアレクの言葉に、知衣は苦笑する。
その自分への絶対的な自信はすごいと思う。
「そう言えばアレク様も魔法棟の人間じゃないのに、私色々……しゃべりすぎたよね?未来に影響でちゃうよね?」
「未来の俺様とは面識があるのか?未来でこのことを知っているようだったか?」
「面識はあるけど……知ってるようには見えなかったよ。」
召還された時が初対面の筈なのに、こうして過去でアレクに「羽柴知衣」と名乗って接してしまったことで、どう未来が変わってしまうのか。
戻ったとき、アレクはどんな反応をするのか。
思考を巡らせる知衣に、アレクは首を傾げる。
「それはおかしいな。」
「え?」
「おまえがこうして過去に介入したという事実がある以上、おまえのいた未来はおまえが過去に介入したことを経て迎えた未来だ。」
「ええと……どういうこと?」
「つまりおまえのいた未来は、おまえが過去に来たことですでに変えられた未来だったはずだ。」
「未来のアレク……様は、私を知ってたはずだってこと?」
「そうだ。」
アレクの肯定に、知衣も首を傾ける。
知っているようには見えなかったけれど、それは演技だったのだろうか?
それとも、単に忘れただけ?
「まあ、八年も経てば小さい頃のことなんて、覚えてなくても不思議じゃないか。」
「俺様の記憶力はそこまで貧弱じゃないとは思うが……実績はないからな。」
物凄く不本意そうに言うアレクに、知衣は苦笑する。
まだ六歳のアレクに、八年もの記憶を残していた実績があるはずもない。
自信家のアレクだが、意外にも全く根拠のない見栄は張っていないかもしれない。
*
「ただいま戻りました。」
そんなグリシアの声に、知衣は身を強ばらせた。
グリシアは、ベルフェールを呼びに行ったのだ。
戻ってきたということは、ベルフェールを連れてきたということで――。
初対面の時の強烈な抱擁と、成人女性と認識された後の怯え様を思い出し、慌ててアレクを盾にするようにその背後に移動する。
「おい?」
訝しむアレクに、引きつった笑みを返す。
盾にしているなんて言っては、機嫌を損ねそうだ。
「ベルフェール。この方がそうなのだけど。どう?」
傍らに立つ少年に、グリシアはそう尋ねた。
この少年が、八年前のベルフェールで間違いないと思う。
変化を解いた本来の姿をそのまま若くした感じだ。
「失礼します。」
そう断りを入れて、知衣の承認の証の施された手を取ったベルフェールと思わしき少年に、知衣は首を傾ける。
――女に変化してないし、抱きついてもこないし、怯えてもない?
思わぬまともな様子に戸惑っている知衣に、ベルフェールは不思議そうに首を傾けた後、口を開いた。
「確かに俺の魔法のようです。ですが俺に承認の魔法を使う権限なんてありませんし、もちろん使ったこともありません。」
「そうですか。ではやはり、未来の英雄なんですね。お名前を伺っても?」
「は、羽柴知衣です。」
「チイ様ですね。疑ったりして申し訳ありませんでした。」
そう言って深々と頭を下げるグリシアに、知衣は首を振る。
「疑うのも無理ありませんって。頭なんてさげないでください。」
「お優しいんですね。」
そう言って微笑むグリシアに、知衣は鼻を押さえる。
「う……。」
直視してしまった笑顔に、また鼻血が出てきたのがわかる。
「あ!申し訳ありません!」
慌てるグリシアに知衣は首を振る。
有害な笑顔だとは思うが、グリシアだって好き好んで有害な程の男性的美貌と色気を振り撒いているわけではないというのはわかるのだ。
いっそアレク並みに不遜な性格をしていれば、微笑みという凶器を発揮することはないだろうが、だからと言って俺様な性格を推奨する気にもならないのだから――慣れるしかないのだろう。
「鼻血くらい放っておけ。それよりこいつを未来に帰す方法は?」
「アレク様。英雄であるチイ様に対しそのような言いようは失礼ですよ。」
「ふん。失礼なのはお互い様だ。こいつだって、俺様に敬語を使ってないぞ。」
「地位としては同列でもチイ様の方が年上でしょう?目上の方への敬意を示されるべきではありませんか?」
「いや、グリシアさん。別に私、気にならないんでこのままで構いませんよ?」
未来のアレクも敬語を使っていなかったし、そもそも英雄が王族と同様の地位というのがそもそもおかしいと思う。
だから特に知衣は気にならないのだが、アレクの方はおおいに不満らしい。
「おまえ、俺様には敬語を使わないくせに、グリシアには使うとはどういうことだ?」
「えーと、グリシアさんは……年上っぽいし。」
一見二十代半ばの美青年だが、性別からして予想を裏切るグリシアの年齢は想像しにくい。
感覚的には同い年くらいなのではないかと思うのだが――知衣の外見年齢は高く見積もっても、この世界では精々十代半ばらしいので、アレクたちから見れば間違いなくグリシアより年下に見えている筈だ。
子持ちの人妻ということは年上という可能性も十分あるし、年下だとしても一児の母というだけで人生の先輩だ。
ベルフェールに恐慌状態になられても困るし、あえて実年齢を言おうとは思わないし。
(あ、そうか。八年前のベルフェールさんにとっては、十代半ばくらいじゃ幼児趣味の範疇じゃないのかも。)
けれどそれにしては知衣に対する怯えがないのがおかしい。
まだ幼児趣味に目覚めていないだけだろうか。
まさか本人を前にして、幼児趣味かなんて聞けないが。
魔法棟の前でのアレクとの会話からして、既に女性恐怖症であることは間違いないだろう。
「それで結局、私はどうすれば戻れるんですか?」
「時を渡るとなれば、高等な時魔法です。時師の協力を仰ぐことになりますが……。」
「この時代の時師って……。」
「クウガ・クロムラーという者が務めておりますが。」
「やっぱり?」
最年長――しかも四千年以上生きているともなれば、八年前でも変わらないだろうと思ったのだ。
「クウガを知っているのか?」
意外そうに問い掛けてきたアレクに、知衣は頷く。
「一応……私の師匠だし。」
「そういえば時魔法の才能だけはあったな。他が壊滅的だが。」
「ここに跳ばされたのも、師匠の魔法のせいだったりするし。」
「ならば尚更、時師の協力が必要でしょうね。」
そんなグリシアの言葉にアレクも頷く。
「しかし、何でそんな魔法を掛けられたんだ?」
「えーと……私が修行をしないから、かな。」
「自業自得という言葉を知っているか?」
冷やかなアレクの言葉に、知衣は頬を掻く。
「だって……無理矢理弟子にされただけで、魔法が使えるようになりたいわけじゃないし……。」
「魔法を使いたいと思わないだと?どれだけ野生児なんだ?」
「野生児って……。」
魔法を使いたいと思わないことが、この魔法の国ではそんな風に解釈されるのか――と、知衣は苦笑する。
「そもそも私の世界じゃ魔法なんて使えなくてあたりまえだし。」
「それにしても修行をしないことと、過去に跳ばすことがどう結びつくんだ?過去に跳ばしたところで修行にはならないぞ?」
「修行というより……お仕置きというか……嫌がらせ的なものだと思うけど。」
「ふむ。クウガの協力が必要ということは、簡単に帰れないだろうし……確かになかなかの嫌がらせだな。」
「簡単に帰れないって……協力するかわりに無理難題を押し付けられるとか?」
「いや、それ以前の問題だ。あいつは神出鬼没だからな。捕まえようと思ったところで、そうそう捕まらないぞ。」
「神出鬼没?」
はじめて魔法棟に行った日こそ不在だったが、修行のこともあって毎日顔を合わせていた知衣には、ピンとこない。
「あいつは気が向いた時にしか、顔を見せないぞ。どこにいるかわからないしな。」
「時師ってエリート職なんだよね?そんなんでいいの?」
「良くないが、他に時師に値する奴がいない。時魔法の才能は、希少だからな。おまえが時魔法以外壊滅的な才能でも弟子になれたように、時魔法以外のところでは妥協もやむを得ないのが現状だ。」
「クウガ様の失踪癖は問題視されつつも、公認されている状態なんです。」
「……人には修行しろしろうるさいくせに、自分はサボリ魔なわけね。あのクソ師匠は。」
知らなかったクウガの勤怠の悪さに、思わず悪態をつく。
「でもまあ、気が向いたら顔は出すんですよね。すぐは帰れないみたいだけど、それまで待ってればいいってことですか?」
時師、霊師、幻師は城に常駐して働いているわけではないが、交替で一人はいるようにしていると聞いたから、普通に考えれば三日に一度。
(サボリがちとはいえ、週に一度くらいは顔を出すよね。)
そう思った知衣であるが。
「すぐ顔を出すならそれでいいでしょうが……。」
そう言って気まずそうに視線を泳がせるグリシアに、知衣は首を傾ける。
「ひょっとして平気で一月くらい顔を出さないこともあるんですか?」
「………ひ、一月で済めばかなり良い方なんです。」
どんだけサボリ魔だ!
自分のサボリを棚上げして、弟子には修行をやらないくらいで過去に跳ばすなんてあまりに理不尽だ。
「下手をすると半年くらい待つことになりかねないと?」
表情を盛大に引きつらせて言う知衣に、無情にもアレクがとどめを刺した。
「最長無断失踪記録は、10年6ヶ月だ。」
「……………。」
あまりのことに、もはや言葉もない知衣であった。
仮初めの身体である知衣は、不老不死のようなものらしいが――それでも、十年も待つなんて冗談じゃない。
「魔法で探すことはできないんですか?」
「探索の魔法はありますが、姿を眩ませているクウガ様を見つけることはできないと思います。」
「空間移動、空間操作、時限干渉――時魔法ほど失踪に便利な魔法はない。その上、時魔法の優れた使い手は稀有。姿を眩ませた時師を見つけるのは難しいぞ。」
「……結局、打つ手なしってこと?」
待ってもいつになるかわからず、かといって探すことも困難。
「国中に触れを出し、自主的に顔を出すよう訴えることはできますが……。」
「時魔法で異世界に渡っている可能性もあるし、例え触れを知っても無視される可能性も高い。あまり有効な手段とは言えないな。」
「そんな……。」
運に任せるしかないとでもいうのだろうか。
愕然とする知衣を励ますように、グリシアは優しい声音で言う。
「今すぐ戻して差し上げることはできませんが、長官であれば何か良い方法に思い当たるかもしれません。」
「長官?」
「ええ。ベルフェールの師でもある、当代一の魔法使いです。きっと何か良い方法を考えてくださいます。今は長官は南方で任務中のためここへは来れませんから…私が南方へ赴き、指示を仰いできます。」
そんなグリシアの発言に、今まで黙っていたベルフェールが口を開く。
「師匠にに意見を仰ぐのであれば、俺が行きましょうか?」
「いえ。貴方はチイ様が未来に戻るまで面倒をみて差し上げなさい。」
その言葉に、ベルフェールは目を見開いた。
「え?!し、しかし!」
「チイ様をあまりこの時代の者に関わらせるべきではありません。私か貴方が対応するべきですが、私の家はチイ様をお迎えするのに向きません。」
グリシアの言葉を肯定するように、アレクが付け加える。
「ファンクラブという名の狂信的なストーカーが絶えないからな。」
ファンクラブ――そのメンバーは、まず間違いなく女性だろう。
同性の狂信的なストーカー…。
知衣は、少しグリシアに同情した。
「しかし、うちは……その……。」
言葉を詰まらせるベルフェールに、グリシアは言う。
「これは上官命令です。」
「……わかり、ました。」
力なく了解を告げるベルフェールに、知衣は気まずさを覚える。
この時点では、あからさまに知衣に対し恐怖心を見せているわけではないとはいえ、女性恐怖症と認識している相手にお世話になるのは悪いと思う。
しかし、日本ならともかくこの世界では――1人で生活を成り立たせる自信もない。
八年後では、アレク発案の『小人の家』に居住していたけれど、魔法案としては新しいものだ。この時点ではまだないはず。
仮にあったとしても、余計なオプションのせいで第二のクレア――他に更に召使いが増えても…困る。
「チイ様。俺の実家に来ていただけますか?」
意外にも真っ直ぐと向けられた眼差しに、知衣はこくりと頷く。
「……お、お世話になります。」
成人女性だってことは絶対秘密にしておくからと、心の中で自分にそう言い訳して、ベルフェールに甘えることにした知衣であった。
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ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
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お読みいただき、ありがとうございます。
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それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
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こんにちは。
少女漫画(花とゆめ)を見てるようで面白かったです。
サイコロも面白いアイディアですね。
更新楽しみにしています。
私も小説を書き始めたので時間があれば寄ってください。
ありがとうございます。
サイコロの漢字は、書いていて偶然思いついた当て字なんですが、うまくしっくりくる字があたったと、うれしくなった魔法道具です。
小説書かれているんですね。
時間が空いたときに伺いますね。