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FIRST MAGIC
第24話 カリスマな俺様
しおりを挟む手早く身支度を済ませた知衣は、足早に客間へと向かった。
「それは…チイさん……」
「…い。チイ様の……」
そんな会話の断片が耳に届き、客間で待っているエステルとクレアは、どうやら自分のことを話題にしているらしいと知る。
悪口のような負の感情を滲ませた声音ではないが、一体何の話題だろう?
首を捻りながら客間へと足を踏み入れると、それに気づいたエステルが笑顔で迎えた。
「あ、チイさん。おはようございます。」
「おはよう。何か私のことについて話していたみたいだけど?」
知衣のその言葉にエステルは頷き、クレアを指差した。
「この顔、どうしたのかと思って。」
そう言われて改めてクレアの顔を見た知衣は、「あっ。」と声を漏らす。
その心情は「しまった!」の一言に尽きる。
知衣を起こすためのクレアの冗談に、とっさに振り上げてしまった手。
クレアの顔にはくっきりと、それを証明する真っ赤な紅葉が鮮やかに色づいていたのだ。
先ほどは知衣も取り乱していて気づかなかったのだが、とっさのことにかなり本気で平手打ちしてしまったこともあり、見事なまでにくっきりとした手形だ。
クレアに非があるとは思うのだが、そもそもクレアは人間ではない。
たとえばペットの犬が朝、口を舐めてきたら――力いっぱい叩くかと言われれば答えは『否』。
犬と同じとは思えないが、そう考えてみればこの世界的にはどうなのだろう?と思い――そうするとその鮮やかな手形に、罪悪感が浮かんでくる。
「ご、ごめんクレア。痛かったよね?」
今更ながらにやり過ぎだったかと後悔する知衣だが、対するクレアはにっこりと笑う。
「心配には及びません。チイ様からの平手打ちであれば、このクレア、いつでも喜んで頂戴いたします。」
どこかうっとりとした様子でそういうクレアに、知衣は顔を引きつらせる。
冗談と済ますには余りと恍惚とした表情を浮かべるクレアに、主人に仕える使い魔の性分なのかもしれないが、少々気持ち悪いと思ってしまう。
知衣にサドの気はまったくないのだ。
「に、二度としないから。」
クレアのためというよりも、知衣自身のためという色の強いその言葉に、クレアは残念そうに「私は嬉しかったですよ?」なんて言っている。
知衣は精神衛生のためそれを聞き流すことにし、エステルに問いかける。
「ところで、今日は何か要件があってきたんじゃないの?」
「はい。昨日ベルフェール様が使い物にならなかったので、他の宮廷魔法師に召集をかけたところ、今朝そのうちの一人が魔法棟にみえたので、チイさんを迎えに来ました。」
「ちょっと疑問に思ったんだけど、宮廷魔法師って魔法棟のあるこの城に普段からいるってわけではないのね。」
「非常時のためにも誰か一人は残るようになっているんですけど、3人しかいないので、外の仕事もあってなかなか全員が揃う事はないですね。」
「3人だけなの?」
「はい。魔法棟に勤める魔法師は100名ほどいますけど、『宮廷魔法師』の称号を持つのはトップの3名のみ。あとはその弟子や補佐官です。だから宮廷魔法師のことを総称して『三賢人』と呼ぶこともあります。」
「何だか思ってた以上に雲の上の人なのね。」
エリートだと聞き知ってはいたが、何分自分のことを見て悲鳴を上げるような青年が長官ということもあって、さほど凄いという感じを受けなかったのだけれど。
これだけの魔法の国で、数多存在するだろう魔法師のトップ3が『宮廷魔法師』。
改めて感心している知衣に、エステルは可笑しそうに笑う。
「チイさんの方が、よっぽど凄いのに。」
「凄いと言われても、何だか不相応に高い地位を与えられてるみたいだけど、私は平凡極まりない一般庶民だから実感なんてないし。」
「身分のことを抜きにしても、チイさんは凄い人だと思いますけど。」
そんなエステルの言葉に、知衣は苦笑する。
「まだ魔法案を出してもいないのに?」
この世界の魔法案提供者に対する崇拝は、盲目的なものに思えてならない。
こんな見るからに平凡な自分に対し、よくまあ『凄い』なんて形容をつけられるものだと思う。
普通、せっかく召喚した存在が見るからに平凡であったら、多少なりともがっかりするものではないだろうか。
なのに知衣に対しがっかりしたような不満めいた感情を向けたのが、唯一あの俺様王子だけだというのだから笑いたくなる。
よりによって、あの俺様だけがチイの考える『普通』の反応をしているのだから。
まあ、失礼極まりない俺様な態度ではあるけれども。
「クレアがこの姿をとった時点で、まず凄いと思いますよ?それにこの顔を殴れることも。」
「!」
考えてみれば、エステルは魔法棟の人間だ。
今の時点で、クレアの仕様を知っていてもおかしくない――そういえば、昨日もクレアに仕様がどうとか聞いていた気もする。
「し、知ってたんだ?クレアの仕様。」
知衣の言葉に、エステルは頷く。
「でも……凄い?」
それは、『凄い無礼者』だと言いたいのか。
しかし、それにしてはエステルの表情は穏やかで友好的だ。
エステルからアレクへの敬意は確かに感じたのに、アレクに対してムカツク存在と認識している知衣を不快とは思わないのだろうか?
エステルの反応に知衣は戸惑う。
「アレク様は、この国のカリスマ。性格に難があることは差し引いても、それでもこの国の人間の誰もが欲してやまないものをアレク様は持っている。」
「性格に難があるって……それはエステルも認めるところなの?」
意外に思って尋ねる知衣に、エステルは苦笑して頷く。
「アレク様の私くらいの年齢の女性に対する呼称は『ガキ』、『ブス』、『バカ』――良くて精々『おまえ』ですよ?他もまあ、似たり寄ったりです。」
「うわっ。最低。」
思わず顔を歪める知衣に、エステルは言う。
「それでもアレク様にそれを改めさせるような人はいない。次期国王ということもあるけど、それに加えてあらゆる分野での秀でた才能。教育係すら泣いて逃げ出すほどだし。」
「泣いて逃げ出すって、そんなに凄いわけ?」
「どの分野の一流の教師も、3日でアレク様に『バカ』呼ばわりされても逆らえなくなりました。身分的なことでなく、知識面・技術面においてですよ。」
「……末恐ろしいわね。」
「アレク様に教育を施せる人物も、反抗できる人物もこの国に存在しません。」
「両親は?」
「アレク様にとって、『無能』と『石ころ』ですから。」
そんなエステルの言葉に、知衣は眩暈を覚える。
「どういう親子関係よ、それ。」
あの俺様を誰も諌めることができないというのか。まだたったの14歳の子供を。
「ムカツクという感情すら芽生える前に自信を奪われるか、反抗心を抱く事すら馬鹿馬鹿しくなる。この世界の神さえ、アレク様の前に膝をついたんですから。」
「神?」
「その話をすると長くなるなりますから、とりあえず先に魔法棟で宮廷魔法師からの説明を聞いてもらえますか?」
「わかった。あまり待たせても悪いしね。」
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