THREE MAGIC

九備緒

文字の大きさ
上 下
17 / 49
FIRST MAGIC

第17話 魔法の目録

しおりを挟む

 エステルに連れてこられたのは、魔法棟の奥にある図書館だった。

 広大な室内には、膨大な本で埋められた本棚が余すことなく並べられている。
 魔法の国ならではといえるのが、空中にまでも本棚が浮かんでいるというということだ。
 城の主だった場所には、基本的には移動魔法で瞬時に移動できるが、この図書館は盗難防止のため例外で、魔法棟から歩いてしか来れない造りになっているのだそうだ。
 魔法棟の管理下にあるこの図書室は、この世界で最大の蔵書量を誇るという。

「この図書館の蔵書量は84億冊余り。この世界のありとあらゆる魔法についての本が集められています。中には世に一冊しかないような貴重な本もあるんですよ。」
「すごい量……目的の本を探すにも苦労しそうね。」

 大体、あの宙に浮かんだ本棚。
 あれは魔法が使えなければ、本を取り出すことも難しいだろう。

 図書館を利用するにも魔法は必要不可欠ってこと?
 本当にどこまでも魔法の国なのね。

 そんな思いで宙に浮かぶ本棚を眺めていると、エステルに可笑しそうに笑われた。

「さすがに自力で探すわけじゃありませんよ。チイさん、これをかけてみてください。」

 そう言ってエステルが差し出したのは、一見なんの変哲もない『眼鏡』。

「セフィー様に治して貰ったから、視力ならバッチリよ?」

 知衣がそう言うと、エステルは首を振る。

「これは魔法道具の一つで『翻訳眼鏡』と呼ばれるものです。チイさんはこの国の文字を理解できないでしょう?この眼鏡は自分の知らない言語で書かれた文章を、自分の知る言語に翻訳してその目に映し変えてくれる魔法の眼鏡なんです。城内の翻訳魔法では文字までは対応しきれないので。」

 エステルの説明を受け眼鏡をかけた知衣は、目を瞬かせる。

「うわあ。すごい便利ね。」

 先ほどまでミミズがのたくっているようにしか見えなかった本の背表紙の文字が、全て日本語として知衣の目に映る。
 
 こんな便利な眼鏡があったら、洋書だろうが漢文だろうが原書をすらすら読めるわね。
 読書好きにはたまらない一品だろうと思う。

「気に入ったなら、元の世界に持ち帰れますよ。」

 エステルの言葉に、そういえばと知衣は思い出す。

「好きな魔法道具をひとつ持ち帰ることができるって、アレク様が言っていたっけ。」
「はい。私たちはこの世界にない魔法のアイディアを提供して欲しくていただく代価として、魔法案提供者に好きな魔法道具を選んで持ち帰ってもらっているんです。」
「でも魔法のアイディアと言われても、一体どんなものを求めているのか、正直検討もつかないんだけど。」
「私たちにとって魔法はあたりまえすぎるもので、そのためにどうしてもある程度の『固定概念』があるんです。チイさんには、そんな固定概念にとらわれない新しいアイディアを出して欲しいです。」
「そうは言われても……」

 知衣にとって、魔法は固定概念に捕らわれるほど身近なものではないけれど、まじめに考えた事もないものだ。

 魔法の案を出せと言われても、突拍子がなさすぎて……

 困惑の表情を浮かべる知衣に、エステルは微笑む。

「そう難しく考える必要はないです。日常の中でふとした瞬間、『魔法が使えたらな』って思った事はありませんか?」
「それはまあ……多少は。」

 本気で考えた訳ではないけれど、冗談ややけくその心境で思った事くらいは知衣にもある。

 仕事で納期に追われている時、『魔法で時間が止まればいい。』だとか。
 運動不足と不規則な生活で体重が増える度に、『魔法で簡単に痩せたらいいのに。』だとか。
 ろくなこと考えてないなあと思いつつも、過去に思った事をあげていくと、エステルは笑みを深める。

「そういう些細な思いつきでいいんです。私たちが必ずしもチイさんと同じような発想をしているわけではないから。実際に今言った『魔法で簡単に痩せる』というのは、2代目の魔法案提供者の案と同じものだから。」
「この国の人たちにとっては、そんなのでも斬新だったわけ?」
「見目を誤魔化す魔法はいくらでもあるのもの。わざわざ自分が本当に痩せるなんて、当時の人にとっては目から鱗の発想だったみたいです。」
「見目は誤魔化せても、太ったら身体が重いとか思うでしょ?」
「身体を軽くする魔法もありますし。」
「なるほど。ようは別の角度から解決しちゃってたわけね?」

 知衣の言葉にエステルは頷く。

「だからチイさんにとってあたりまえの意見でも、私たちからすれば新鮮ということもきっとあります。」
「だといいけど。この国にはすでにたくさん魔法があって、しかも私の前にも8人も魔法案を提供した人がいるんでしょ?」

 アレクは知衣を『9代目の魔法案提供者』と言っていた。
 この国にはすでに魔法があふれていて、しかも過去に8人もの人間が、知衣と同じような立場からアイディアを出している。
 過去の魔法案提供者が3つずつアイディアを提供してきたのだとすれば、既にその数は20を超えている。
 そんな中で、まだこの世界に存在しないアイディアを出す自信が知衣にはない。

「私、あんまり発想力はないんだけどな。」
「必ずしもチイさんの発想である必要はないです。チイさんの世界には実際に魔法はなくても――魔法という概念はあるでしょう?たとえば、チイさんの世界の物語に書かれている魔法が、この世界にはないかもしれない。」
「うーん。でも、そのあたりの区別が私にはつかないし。」
「それは大丈夫です。」

 そう言ってエステルは、机の上に一冊だけ放置されていた本を手に取ると、それを知衣に渡す。

「この本を開いて、この世界で実際見た魔法を何か思い浮かべてみてください。」
「この世界で見た魔法っていうと……」

 まず見たのは、箒だ。
 アレクと一緒に移動している時に見かけた、不思議な箒。

 誰も持っていないのに、箒が勝手に掃除をしてたわよね。

 そう思い返していると、突如手の中の本が輝きだした。

『1件ヒット!1件ヒット!』

「ほ、本が光って……しゃべってる!?」
「これはこの図書館の『魔法の目録』。チイさんが思い浮かべた魔法が記された本を、瞬時に検索します。ヒットした本が見たければ、呼んでみてください。」
「呼ぶ?」
「はい。言葉は何でも。『おいで』でも『ここへ』でも、呼ぶ意思をもって口にすれば。」
「じゃ、じゃあ……『おいで』?」

 そう知衣が口にすると、部屋中の本棚が移動を始めた。
 洗濯機の中の衣服のように、本棚がぐるぐると部屋の中を移動する。

 め、目が回るかも。

 フルフルと頭を振っていると、一つの本棚が知衣の目の前へきてピタリと動きを止めた。
 そして、本棚の上段から2段目の右端の本がカタカタと音を立てると次の瞬間、知衣の目の前に落ちてきた。

「おっと!」

 慌てて掴もうとするが、落ちる事なく知衣の顔の前で本は落下を止め、ぱらぱらとページが捲られていく。
 そしうして開かれたページを目にした知衣は、「あっ!」と声をあげる。


 『魔法の箒』
 自動的に汚れを見つけて掃除をしてくれる便利な箒。
 乗り物として空を飛ぶこともできる。
 発案者:シャサリーン(初代女王)


「これって、あの箒の説明?……空も飛べるんだ?」
「はい。この図書館には全ての魔法の記載がありますから、こうやって目録を使えば、知衣さんが思い浮かべた魔法がこの世界に存在するかどうか調べられるんです。」

 なんだかネット検索みたいなお手軽さね。

 そんなことを思いながら、目の前に浮かぶ本を恐々と指で突いてみる知衣にエステルは言う。

「ここでヒットしない魔法を思いついたら、王子か宮廷魔法師に提案して、それが受け入れられればそれがチイさんの魔法案です。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...