けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

撃って撃たれて

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 ──窓から差す陽の光が瞼越しに意識の覚醒を促す。

 まどろみから解き放たれた俺は目をこすりながら辺りを確認すると、夕日に照らされる部屋で寝ていたようだった。

 なぜこんな時間まで寝るようなことに、と疑問に思いながら更に視線を動かすと同時に誰かを心配する声が聞こえた。

「体の調子はどう? おかしなところはない? 指先までちゃんと動かせそう?」

 ソフィアの声だ。

 顔を向けると、泣き腫らした跡が隠し切れていない彼女が傍に腰かけて看病していたのが分かった。

 そう言われて全身をゆっくりと動かしてみるが特に違和感はない。

 彼女にそう伝えるとホッとしたようで、表情から険しい雰囲気が抜けた。

「本当に良かった。アンタがジョージに運び込まれてきたのを見た時は、今回ばかりはダメかと思ったもの。アンタ、左ひじから先が弾けたみたいに無くなってたのよ」

 それで泣いていたというわけか。

 なんだか申し訳ないことをしたな。

「また助けられたな。……ところで、俺は何日寝てしまっていたんだ」

 日の傾き方やソフィアの様子から、受傷したその日に目が覚めたということはないだろうが。

 そんなことを考えていると、もっと自分を大事にしろとばかりに眉を吊り上げたソフィアが指を四本立てて怒鳴りつけてきた。

「四日よ! アンタ、血が無くなって目が覚めるまで四日かかったのよ! 失った血と命は治療魔法じゃ取り戻せないって何度教えたらわかってくれるの⁉」

 責め立てるようなソフィアの言葉に、ここ最近は魔法に関する書籍に目を通していなかったと少し反省する。

 だが、状況が状況だったが故にやむを得なかったのだ。

「あの日ジョージを守ってくれたアンタをこれ以上責める気はないけれど、それでも聞かせてちょうだい。あの日何があったの? ジョージさんよりアンタの方が知ってることは多いんじゃない?」

 言い訳がてら俺が意識を失う前、何があったのかを思い出そうとしていると、ちょうどよくソフィアが当時のことを聞いてきた。

「あの日のことだが──」

 俺は、あの日……ジョージさんと二人で新事業のスタッフになってくれるとある人の家へと招かれた、その帰路で起きた出来事を振り返った。







 ──呪いを受けた男の家を後にした俺たちは、歩いて数十分の距離にある宿へと帰っている途中だった。

 時刻は午後の三時頃だろう。夕日が差し込むにはまだ早いがのんびりもしていられないような、そんな中途半端な時間だったため、戻ったら何をしようかとジョージさんと話し合っていた。

 今後の指針はどうするか、彼らに自立した運営をさせるための教育はどのようにするかなど、ジョージさんの優れた手腕を随所から感じられるような話し合いが続く。そんな何事もない帰り道は、一瞬にして破られた。

 小さいながら遠くからで発砲音が聞こえたのだ。俺は体を捻りって狙いを外そうとしつつ装備していた魔法銃を構えようとした左手に激痛が走る。

「伏せてください!」

 すぐさま不規則に体をそらしつつ一秒にも満たない時間を稼ぎつつ無事だった右手で銃を握ってカウンター。

 射撃を補強する数々のスキルのおかげか、見るからに反動で弾ブレを起こしていそうな撃ち方でも狙撃手が潜んでいそうな遠くの茂みへと正確に電磁砲が飛んでいった。

 容易に追撃させないために一発だけカウンタースナイプを行った俺は、先にジョージさんが身を潜めてた建物の影へと逃げ込んだ。

 二射目が飛んでこない理由を考えるより先に、安全なうちに今ので敵を倒せたのかを冒険証の討伐履歴を見て推測する。

 状況確認のため俺の冒険証を覗き込んでいたジョージさんの顔が、倒した敵の名前を見た瞬間青ざめる。

「プライマリースナイプデビルでございます! 今すぐ解毒を!」

 なんだそいつは。

 色々気になるところではあるが、毒が回るというのであれば一度腕を縛って毒が回るのを抑えなければ。

 そう思って左手を確認すると、見るからに毒々しい色に組織が変質しながらすごい勢いで肩の方へと浸食しているのがわかった。

 何も起こらない普通の日だろうと思っていたらこれである。

 こうなることが分かっていれば、ソフィアに状態異常予防の魔法でもかけてもらっていたのだが。

 そんなことを後悔してもあとの祭りである。

 急いで銃を持ち直した俺は、肩に近くまだ毒で変質していない左ひじへ先ほどの銃を突きつけると、電磁砲を放つ機構へ魔力が入らないように注意しながら引き金を引いた。







「──その後は、少しでも出血を抑えるためにとジョージさんに運ばれて、お前に見てもらう頃にはほとんど意識がなかったというわけだ」

 骨が折れようと痛みに耐えながら戦い続けたこともある俺だが、さすがに失血による意識喪失には耐えられなかったようだ。

「ジョージからの報告と違いがないわね」

 そりゃ違いはでないだろう、と言いかけて言葉を飲み込んだ。

 ソフィアのとってみれば俺が記憶を失っているか、そうでなかったとしてもトラウマになっている可能性を心配しているだろうしな。

 身体面以外の不調もないことを視線で訴えると、ソフィアは安堵の息を吐いた。

「……ところで、アンタを撃った不届き者が誰に手引きされたかとかはわかる? ほら、スナイプデビルの上位個体は群れを成さず人との取引で生活するじゃない。だから、いったい誰の差し金かなって」

 なんだその殺し屋みたいな危険生物は。

「いや、そのスナイプなんたらとかいう奴がそもそも初耳でさ。魔物図鑑には載ってなかったが、アイツは魔物じゃないのか?」

「あれは悪魔族の一種よ。ちなみにプライマリースナイプデビルはその強さのあまりスナイプデビルの群れを追い出された個体なの。ちなみに、奴らは遠距離攻撃の全てに独特な毒を付与することができるわ」

 なんだその害悪極まりない生物は。

「というかちょっと待て。二キロメートル近い狙撃を完遂できるバケモンが毒まで使うのかよ」

「使うわ。だけど、彼らは弓の名手だから銃なんて滅多に使わないはずなのよね」

「だから、誰かの命令を受けて行動していたと思ったのか」

「ええ。あとは冒険者の死体から装備とかを剥ぎ取って闇商人に金銭取引したりしている群れもいるらしいわ。悪魔のくせに社会に溶け込むのは上手いのよね」

 なんだそのスカベンジャーみたいな生物は。

 しかも人間じゃない分もとより法律違反で捕まったり罰せられる心配がなく失うものが少ないのか。

 なんだかとてもしてやられた感じがしてきて不快だ。

「ソフィア。ちょっとそいつらに仕返しをしに行きたいんだが」

「その仕返しに行くべき奴はアンタが撃ち返して殺したんじゃなかったの? 気持ちはわからなくもないけれど、せめて今晩は安静にしなさい」

 スナイプデビルとやらと俺のどちらが陰湿狙撃が得意か白黒つけようと意気込んだものの、ソフィアにやんわりと諭された。

 経験則として、こうなったソフィアはたとえどれだけ理詰めで外出しようとしても意見を曲げてくれないはずだ。

 仕方ないので今日のところは休むとしよう。そう考えて首を縦に振ろうとしていたちょうどそのタイミングで、誰かが返って来たらしく宿の部屋の扉が開く音が鳴る。

「お嬢様、ただいま戻りました」

「ただいまなのです」

「戻ったよ。それから、領主から伝言を預かったからソフィアも来ておくれ」

 それは先ほどまで部屋にいなかった三人の声だった。

 紙袋のこすれる音がすることから、買い出しに行ってきたのだと推測できる。

「夕飯の用意くらいは混ざってもいいよな?」

 ベッドから降りつつ、ソフィアの返事を待たずに客室のメインルームとの扉を開けた。







 ──そして、夜半過ぎ。

「結局、俺のような人間に安静になって休む夜など存在しなかったのであった」

 それはなんでもないただの独り言。

 普段の装備に加え、暗視モノクルと魔聴石という装飾品を身に着けた俺は、街の外の茂みに体をめり込ませるようにして潜伏していた。

 そこから街の西門から延びる街道へ視線を向けるとその付近ではソフィアとマキがきれいに前衛と後衛に分かれて野良のキメラと交戦している。

 ライオンのような体に巨大な翼、サソリのような尾を持つ中級の魔物だ。敵は二匹なので、あの二人なら無傷とはいかずともまず負けないだろうと思う。

 夜なので知性の高い魔物による漁夫の利を警戒しこうして見張ってはいるが、安定感抜群なので奇襲の第一撃が来た後でも援護射撃が間に合うはずだ。向こうがそんな感じで、ジョージさんと『月夜見』に関しても街の防壁上から魔法道具を使った連絡役を担っているので心配ない。というわけなので俺は自分の心配をすべきなのだが、こうして仲間の様子を逐一確認してしまうのは異世界に来て以降狙撃ばかりしていたが故の職業病だろうか。

 ちなみに、新たに装備している暗視モノクルと魔聴石なのだが、暗視モノクルは片目用の廉価版なのでたかが知れているが、魔聴石は可聴範囲が大きく広がるので思っていたよりずっと便利な代物だった。

 希少な鉱石を使ったものらしく前々から気になっていたものの今日になってやっと手に入れることができたのだ。

 どのくらいすごいかというと、個人差はあるだろうが俺のように平均よりは物音を聞き分けるのが得意な人ならば、百メートルくらい離れているソフィアたちの声がはっきり聞き取れる程度にはすごい。

 と、新装備の品質に一人満足していると、ソフィアたちを倒すことを諦めたキメラたちが逃げていったらしく、戦闘を終えたソフィアとマキが先ほどの独り言を拾った。

「領主の勅命だったんだから仕方ないでしょ。こうしているうちは私たちは領主の直属部隊という扱いになるから、悪徳な貴族も手を出せないのよ」

「タイミングはどうあれ、領主なりに最大限アタシたちのことを気にかけているのでしょうね」

 気にかけているのでしょうね、ではなく気にかけてしかるべきだと思う。なにせ、薔薇の街であそこの住人や葉薊領主と同じく巻き込まれた睡蓮領主を、俺たちが巨竜から守ったようなものなのだから。

 恩着せがましいとは思うが、外交とはこういうものだと言ったのは他の誰でもないジョージさんなので文句は言わせない。

 と、そんなことを考えている暇はないらしい。遠くを見張って合図を出す役を担うジョージさんと『月夜見』から、発光石を用いた合図があったのだ。

 敵影はどこだと探す前に『月夜見』が敵がいる場所へ支援魔法を空撃ちして知らせてくれた。

 アイツ、ソフィアを上回る魔力量を贅沢に使ってやがる。

 彼女の場合、ソフィアが使うような魔法系スキルと違って消耗が少ないよくわからんスキルを使うのであまり気にしていないのだろう。

 さて、『月夜見』の思わぬ行動に一瞬気をとられたが、俺の役割は漁夫の利狙いの魔物の暗殺や大物の足止めを目的とした狙撃である。こういうときに働かなければそれこそその辺の茂み程度の戦果しかないので仕事をせねば。さもなくば、草と同等という不名誉なレッテルを貼られかねない。

 というわけで、暗視性能を備えた暗視モノクルで合図があった場所を注視する。

 敵はシャーマンロードという魔法が非常に得意な上級亜人系の魔物が三人。

 相手もソフィアたちには気づいているようで、バリアを張ったまま彼女らに接近している。

 一人がバリア役で全員の身を守り、残り二人が攻撃魔法を使うようだ。そして見るからに偉そうな感じの装飾品ゴテゴテな奴がリーダー格とみていいだろう。

 ちなみにソイツは、バリア役と攻撃役の中間で悠長に上級攻撃魔法の詠唱を続けている。

 距離は五百メートルくらいだが、長所の視力をスキルで強化しているのでスコープなしでも結構見える。

 一方で、すぐさまバリアの魔法を掛け直すソフィアと、バリアが再構築され次第詰めていきそうなマキ。これまた無傷とはいかずとも、ソフィアの魔力残量は十分だろうし負けることはないと思う。とはいえ、そうなるとバリアの張り合いになって消耗は必至。ここは俺がバリアを割ってやろう。

 風は微風で獲物は風下。そして敵はこちらに気づいている様子はなし。絶好のタイミングである。

 ソフィアがバリアを張り直し、二人が自由に動けるようになった瞬間、一番後ろで攻撃魔法を発動しようとしていたシャーマンロードの頭部を狙って引き金を引いた。

 レールガンの再現を可能にした魔力装置の使用を温存したシンプルな狙撃は、今まさに互いに準備を整え戦闘開始となるはずだった敵のバリアを無慈悲に粉砕し、バリア内にいるシャーマンのうちの一体の首から上を吹き飛ばす。

 その後、最も鋭敏に動いたのはリーダー格と思わしきシャーマンだった。

 ソフィアたちへ向けて撃つつもりだったであろう攻撃魔法を地面へ放ち隆起させ、ソフィアの魔法への障壁にしつつこちらの射線まで切ってきた。そのうえ、衝撃波で無理やり押し上げられた足場は脆く、機動力がウリのマキは接近に苦労するだろう。敵ながら完璧な一手で応じてきたと素直に感心する。

 多分だが今ので俺の居場所もバレたはずなので、攻撃魔法の射程距離外と言われている五百メートルを目安に、少し離れながら射線を通せる場所に移ろう。

 辺りを見渡し魔物と接敵しづらそうなルートを見定めた俺は、俺と同じく魔聴石を装備した仲間たちに聞こえるように連絡し、潜んでいた茂みを後にした。

 二分ほど走った俺は木の裏から奴らの背後を狙えるポイントまで辿り着いたが、ソフィアたちと拮抗状態にあった二体のシャーマンロードは死んだ仲間の個体の回収を諦めて逃げ出していた。

「ソフィアの魔法は射程距離外だが、狙撃手がそう易々と逃がしてくれると思わないことだ」

 そんなことを呟きながら一発、また一発と銃撃を加える。

 静音装置以外稼働させていない魔力抜き魔法銃ではスキル込みでも有効射程は一キロメートル強。俺のスキルレベルではそれ以上は倒せる自信がない。なので、それくらい離される前にやりきっておきたいところ。

 五発目を撃ち終えリロードを挟んでいたその瞬間、微かにマキの声が聞こえた。

「ケンジロー! 右後ろから狙われてます!」

 それとほぼ同時に、防壁上から攻撃力ゼロの魔力光線が斜め後ろの雑木林へと飛んでいく。

 『月夜見』の奴がまた変な特技を習得した様子だが、それより先にリロードし終えた銃で合図があった場所へ素早く射撃を行う。それとほぼ当時に、身を隠すために寄っていた木の幹に矢が深くめり込んだ。顔の右側二十センチメートルほどの至近弾である。

 木の皮がはじけ飛んで頬を軽く掠めたが、直撃していたら間違いなくバリアごと命を頂戴されていただろう。恐ろしいことこの上ない。

「あぶねえ。誰だよ非道極まりない真似をする輩は」

 幸い、十秒ほど様子を見ても追撃が飛んでこないので、銃だけ木の裏から出して先ほどの場所へ二発ほど発砲する。

 そして身を隠しながら冒険証を確認すると、今の撃ち返しで一匹のスナイプデビルを討伐したことが記されていた。

 背後からの危機が去ったので再びシャーマンたちが逃げた方へ銃撃を行うものの時すでに遅し。

 必中スキルと呼べるまでにレベルが上がった射撃でも、もう遠視スキルなしでは視認することくらいしかできない距離まで逃げられてしまったシャーマンに対して、辛うじて片腕を飛ばすことしかできなかった。



 ──シャーマンロード討伐失敗からしばらく経った頃。

 俺はソフィアとマキと合流していた。

 順調に付近を調査しつつ襲ってきた魔物を返り討ちにしていた俺たちだったが、誰からというわけでもなく依頼内容を思い出した俺たちはそろそろ街へ引き返そうかと考え始めていたところだ。

 『月夜見』がサポートしてくれる範囲が想像より遥かに広かったこともあり、俺たちは依頼の内容を超えて魔物討伐に精を出していたのだが。

「今回の依頼は近辺の調査だったよな」

「そうよ。なんでもここ三日くらいは魔物の群れの不審死が相次いでいるらしいの」

「街の全冒険者を投入してもあり得ない速度で魔物の数が減っているので、殺戮の限りを尽くしている存在が街の脅威になるのかを調査してほしいとのことなのです」

 そうだ。

 なので、俺たちがやるべきは夜戦での討伐報酬稼ぎではなくあくまで観察なのだ。それをすっかり忘れていた。

「以来としての進捗は芳しくないわね。まあ、夜戦を楽しんでいたのは私もだから文句は言わないわ。それより……マキ、何かあった?」

 各々が『やらかしたぁ』とでも言いたげな仕草をしていると、突然何らかの違和感を覚えたらしいマキがある一点を見て固まった。

 ちょうど喋っていたソフィアはそのことに気づくとマキの様子を見て声をかける。すると、我に返ったマキが今起きていたことを説明し始めた。

「あっちの奥にゴブリンの群れがあったみたいなのですが、索敵スキルの反応が突然消え始めました。数体ずつですが非常に短いスパンで消失したので、多分そこで何かがあったのだと思います」

 そう説明したマキが指を差したのは、先ほど俺を狙ったスナイプデビルがいた雑木林の方角である。

 一晩かけて進捗無しになるところだったところに舞い込んだ格好のチャンスは、俺たちから帰るという選択肢を無慈悲にも奪い去った。

 というわけで、数分かけて何者かに襲撃されたらしいゴブリンの集落へとやってきた俺たちだったが、そこに広がっていたのは非業の死を遂げたゴブリンたちの亡骸だった。その亡骸は真っ黒に染まっており、そして干からびたようにしわくちゃに縮こまっている。

 そんな酷い状態の死体のうち、もっとも状態がマシなものから情報を得ようとソフィアが魔力を帯びた手で触れようとしたまさにその瞬間、死体が突然動いたかと思うと、ソフィアの手首を狙って切り裂いた!

「いたっ! ……凍てつきなさい!」

 続けて頸動脈を狙った死体の噛みつきは、ソフィアの魔法で氷漬けにされたことで防がれた。

 治療魔法で手首の傷を治したソフィアは、残ったゴブリンの死体へ一斉に火を放つ。そして、俺たちへと指示を出した。

「コイツら吸血系の魔物にやられてるわ! アンタたちが喰らったら変質させられるから気をつけなさい!」

 ソフィアの言葉に反応して、俺たちは最大限の警戒を始めた。

 焼失していくゴブリンの群れから奇襲が無いかを時折見つつ、基本的にはこの惨状を生み出した吸血系の魔物のことを探してみる。すると、索敵系スキルに引っかかったのかマキが大声で集落の反対側を指差した。

「あそこから敵意を感じます! 数は八匹で、敵の姿までは見えないのです!」

「任せなさい! 聖天の耀炎よ、邪なる者を浄化せよ!」

 ソフィアが手を空に掲げて魔法を唱えると、手のひらから神聖な光を伴って集落の反対側にいるらしい敵へと炎が波のように襲い掛かる。

 ゴブリンの小屋が邪魔で狙撃しづらかったのだが、それすら焼き払いながら進む聖なる炎は、姿を見せた漆黒の狼みたいな魔物の群れを焼き払った。

 その様子をまじまじと見ていたマキはいい意味でため息をつくように呟く。

「改めて見てもソフィアの魔法はすごいのです。これはいったい誰に教わった魔法なのですか?」

 魔法で敵を焼き払ったソフィアは、一仕事終えたように深呼吸を挟むとマキの質問に答える。

「これはお母さんがよく読んでいた本に載っていた魔法だわ。『ディバインフレア』っていう神聖属性が非常に強い炎の中級魔法で、本来は魔法に強い敵でもアンデッド系や悪魔系なら特効性質を示すの。上級の魔物には特効が効く奴が多いから、威力の割に役に立つからおすすめよ」

 残念ながら俺もマキも魔法使い方面の才能は皆無なのだが、魔法の先生モードになったソフィアは誰にも留められないのでマキと一緒に気が済むまで聞き手に回ることになった。

 そんな気遣いを始めた俺たちに助け船をだすかのように魔物の第二陣が現れたのは次の瞬間の出来事である。

 今度は最初に気づいたのは俺だった。

 ギリギリまで殺意を隠しているところを見るにやり手だろうが、魔聴石で拡大した可聴域の前に隠密など無意味。

 雑木林を切って作ったようなゴブリンの集落は周りが木々に覆われてる。本来なら一方的に居場所がバレることが多く不利だが、今回は草木が揺れる音で場所が分かるので十分に分がある。現に、まだ百メートル以上離れているが既に正確な位置がわかるくらいには察知できているくらいだ。

 さて、そんな木々の裏を遠視スキルで覗き見すると、スナイプデビルが三匹ほどの小隊を成してこちらを狙っていた。

 そんなスナイプデビルが矢を番えるのが見えた瞬間、マキの索敵スキルが反応。そしてそれとほぼ同時に魔法銃を構えた俺は、弾丸にローレンツ力をかける魔力装置に魔力を流しながら銃撃した。

 そんな俺とマキを見たソフィアも、切迫した状況であることを察したらしい。すぐさま魔法を唱える。

「護風の壁!」

 効力は低いが遠距離攻撃に耐性がある風の障壁を生み出してくれた。

 これならバリアに強いらしいスナイプデビルの射撃も、今残っているソフィアのバリアも割られずに済むだろう。

 そんなことを考えながら撃った先を確認する。

「一匹即死、もう一匹も倒れた木に巻き込まれて片腕が下敷きになっている。やるなら今だ!」

 俺がそう叫んだ次の瞬間、ソフィアの張っていた魔法のバリアが音を立てて割れた。

 いったい誰だと思い、直感に従い視線を上へ向ける。

『おっと、そこまでにしてもらおうか』

 そんな、何度目かの対峙となる『操魔』の声が聞こえたのは、俺が上を見上げたのと同時だった。
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