けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

葉薊の洗礼

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 ──薔薇の街を発ってから数時間経過。

 陽が高く昇る頃、街道から葉薊の街へと向かっていた俺たちは、すぐ近くの宿場町へと足を踏み入れていた。

「改めて確認するが、ジョージさんと合流するのが明後日の昼で、それまではここで羽を伸ばすことにする。っていう予定でいいんだよな」

 やや高級志向な飲食店の個室を使って、仲間たちと今後の予定についての話し合いを進めている。

 きっかけになったのは、テーブルの真ん中に置かれた一通の手紙だ。

 食べ終えた食器をテーブルの端に寄せて空けたスペースに堂々の居住まいである。

 ちなみにその送り主というのが我らが頼れる老執事ジョージさんだというわけだ。

「ええ。まさか薔薇の街で混乱に巻き込まれるとは思ってなかったみたいで、急行竜車を乗り継いで駆けつけてくれているみたいよ」

 ソフィアのそんな言葉に全員が頷く。

 出発前、多少の戦闘くらいは想定していたが、外交に影響が出るレベルの規模は想定していなかった。

 数名の暗殺グループに狙われる分にはソフィアが一人で片付けられるだろうと誰もが思っていたからだ。

 現在のスターグリーク家において戦闘はソフィアが、交渉事や対外業務はジョージさんが得意としている。本来なら友好の使者としてジョージさんが来てくれると嬉しかったのだが、雑務全般を一人で回し切れる人間が屋敷に残らないと他の貴族に何されるかわかったものではないためやむなしでこの形になった。

 最終的に、屋敷に残れる人員は俺かジョージさんのどちらかということもあり、ご老体にさせるわけにもいかないので引き受けた。……くじ引きでギリギリまで抗ったが、それでもダメで無理やり自分を納得させたとは言えない。

 閑話休題。こんな事態に陥ってしまった以上、執事が一人安全地帯に残ってはいられないということで急遽合流することになったのが薔薇の街を発つ直前のこと。

「外交面でジョージさん以上に心強い人も中々いませんしね。アタシは頼もしいと思っているのです」

 久々に羽を伸ばせてご満悦……というか、薔薇の街にいる間はずっと気を張っていたらしいマキは反動でテンションが高めだ。

 だが、程度に差こそあれテンションが高いのはなにもマキだけではない。

「西の諸国でも有数の芸術の街! 僕のお眼鏡にかなう名湯はどこにあるかな~っと」

 一人でパンフレットを眺めては興奮気味に呟くのは、なぜか今朝から巫女服のような物を着ている『月夜見』だ。

 なんでも、ボロボロになってしまった服の代わりに、記憶を頼りに作った新衣装なのだとか。あれだけの死闘を繰り広げた後にどうやって短時間で作ったのか聞いてみたが、神業の一言で片づけられてしまったのでそれ以上は言及していない。

 なんなら、衣服からチラチラ見えていた魔物っぽい体毛もなくなっている。実験により魔物にされていた効果が薄れて神本来の種族特性が前面に出てきたのだろう。だが、言及しない。なんだかこの世の見てはいけない深淵を目の当たりにする気がして怖いからだ。

 視線をソフィアとマキへ戻すと、ソフィアがマキに対し何か聞きたそうにそわそわしているのに気付く。

 気持ちはわかる。実の親子だというのに、街に来てから発つまで終始交わした口数が少なく、そのうえ余所余所しかったからだ。

 薔薇の街にいる間は気をつかって触れなかったが、かといってそのまま触れずにいるというのもこれだけ親しくなった今だと苦しい。

「なあマキ」

「なんでしょうか」

 突然名指しされたマキがキョトンとした表情でこちらを見るので聞きづらくなるが、一度話を切り出した以上後戻りはできない。

「マキア・フロート、だっけか。答えにくかったり話したくないならこれ以上言及しないが」

 そう前置きし、深呼吸を挟んで言葉を続ける。

「辺境伯とは随分と因縁があるみたいだが、もし俺たちに話して気が楽になるなら遠慮せず頼ってほしい。それで俺たちになにか不利益が発生しようとも必ず一緒に解決してやるからさ」

 仲間だから当然だ、と付け加えると、マキは心なしか嬉しそうに頬を染めると、これまで見たことないほどの笑顔で話し始めた。

「大したことではないのですが、これはまだアタシがお嬢様として振る舞っていた頃の話です」







 ──五年前、薔薇の街領主邸にて。

「前衛職たるもの力こそが物を言う。鍛錬を重ねた筋骨は火力のみならず強靭ささえ兼ね備えるのだ。これはすなわち、ひと時の鍛錬で効率よくステータスを伸ばす方法は筋力強化であるという何よりの証左。現に、英雄と謳われる偉人には戦士が多い。マキアよ、私の言いたいいことは解るな?」

 ある冬の日のこと。

 シャンデリアの火が爛々と屋内を照らす屋敷の一室で、重厚さを感じさせる太く静かな声が響く。

 その声から感じられる印象に相違なく、三つ編みに束ねた長い赤毛が筋骨隆々な背中まで伸びている武人こそ、薔薇の街を治めるフロート辺境伯その人である。そして、厳しい眼光の先にいる少女こそがマキア・フロート……シーフのマキであった。

 マキアは、そんな父の威圧感に怯むことなくまっすぐ向き合い。

「はい、理解しています、お父様。……ですが、そのうえでアタシは速さこそが正義であると、必ずや世間に証明してみせます」

 その夜、また一つグラスが弾ける音が聞こえた。







「──そうして、方向性の違いからアタシは家を出たのです。ほどなくして活動拠点を霧の都に移したのですが、思い返せばそれからも色々ありましたねぇ。全部大切な思い出です」

 胸に両手を当ててそう語るマキをみて、誰もすぐに気の利いた返しができ……。

「五年前ってことは、マキはまだ幼かったんじゃない? よく生き残ったわね」

 ソフィアがそんなことを言うものだから、マキの年齢を今まで知らなかったことに気づいた。

「当時はまだ八歳でしたからね。ですが、剣術や体術とかの基本的な部分は教わっていましたし、戦闘面で危険な思いをする機会は少なかったのです」

 むしろ今の方が大変をしているかもしれません、と続けるマキに罪悪感を抱いていると、観光ガイドに夢中になっていた『月夜見』が会話に混ざってきた。

「『疾風姫』なんて冒険者の間で噂になっているくらいだから、敵の攻撃にあたることもなかったんじゃないかい?」

 『月夜見』の何気ない一言に、場に静寂が満ちる。

 決してコイツが何か悪いことを言ったわけではないのだ。だが。

「ごめんなさい、その通り名は耳にしたことがないわ」

 こんなことで数秒も気まずい雰囲気にしてたまるかと言わんばかりにソフィアはそう答えた。

「同じく初耳だ。なにせ、花の国に来て以降、地元の冒険者とも数名を除いて交流がなかったからな」

 マキを除くこの場の人間の中では一番盛んに現地交流をしたと自負しているが、それもたった数日なのであてにならない。

「いえ、霧の都でも通用する呼び名ですよ。まあ、貴族同士のしがらみに意識を割かなければならないソフィアとケンジローが知らないのも無理はないですよ」

「ほら見ろ、ソフィア。これからは大衆の声にもっと耳を傾けるんだぞ。傾聴力はデキる貴族の基本の"き"だぞ」

 なんだかすごく居た堪れなくなったのでソフィアを茶化して気を紛らわしていると、耳まで真っ赤にして起こったソフィアがグーで殴りかかってきた。

「アンタも! 知らなかったじゃ! ないのよ!」

 適当に身を躱しつつ、視線でマキに話の続きを促す。

 しかし、当の本人は小首を傾げてきょとんとしている。伝わらなかったか。まあいい。

「……話を遮って悪かった。続きを話してくれ」

「え?」

「……え?」

 え?

 思わず心の中で二度も聞き返してしまった。

 てっきりマキの話には続きがあるはずだと思っていたのは俺だけではないようで、掴みかかってきていたソフィアさえ怒りを忘れてマキの方を向いて固まっている。

「えっと、他には何かあったのかしら。……ほ、ほら。いくら価値観が違ったとはいえ、それだけで五年も家出なんて」

「それだけなのです」

「……」

「「「……」」」

 どうしてくれるんだこの空気。

 沈黙が場を支配し始めて数秒か。はたまた数十秒か。

 ガチャリという個室の扉を開ける音が沈黙を破り。

「お嬢様、ケンジロー殿、マキ殿、『月夜見』殿! ご無事で……お取込み中のところお邪魔いたしました。私は席を外します故」

 手で開けられたままだった扉が逆再生みたいにガチャリと閉じた。

「まって! 違うの! 行かないでジョージ! ホント待ってって!」

 再開した執事長の背を追って駆けだすソフィアには恥も外聞もなかった。







 ──無事にジョージさんが合流したので、状況の確認を進めていた。

「……というわけで、薔薇の街の死傷者はゼロ。前震では負傷者が出たそうだが、街の聖職者が全員治したため現在は建造物の復興中とのこと。俺たちもなんだかんだ生き延びたから安心してほしい」

「承知しました」

 ここまでは俺たち全体の情報共有だ。

 次はジョージさんから霧の国の状況を聞こうと立ち上がったソフィアを手で制し、俺は一冊の古い資料をテーブルに出した。

 まだソフィアたちにも伝えていない情報なので慎重に扱ってきたものだ。

「これは友好の使者としての役目に加えて震災騒動があったから、余計な混乱を避けるべく秘匿していたものだ」

 だが、俺の中で今回の件と関係しているかもしれないという考えが浮かんできたので共有しようと思ったのだ。

 ふと、隣に座るソフィアに耳打ちされる。

「幽霊屋敷で何かを見つけていた様子がしたけれど、これだったのね」

 バレてたのか。

 相変わらずすごい洞察力だ。

 さっき傾聴力がどうたらと茶化したことについて心の中で謝罪しつつ……腹立つなそのドヤ顔。やっぱりこのメスガキを調子に乗らせたままにしておくのは癪に障る。

 アンタのことなんてお見通しよ、とでも言いたそうなので、あとで無理難題を押し付けて泣かせてやろう。

 それはそうと、あまり黙っていると心配させてしまうかもしれない。それだけは避けなければ。

「コイツを見つけたのが薔薇の街のとある旧貴族の屋敷だった。そこの隠された地下部屋にあったものだ」

 真剣に耳を傾ける四人に、俺は淡々と説明を続けた。

 やがて話の切れ目に差し掛かると、質問のためかマキが手を挙げる。

「どうした?」

「資料があった屋敷を捜索させた領主が、何故今回の件を主導したのか。その動機が不可解なのです。だって、見つけてくださいと言っているようなものじゃないですか」

 マキの言う通りだ。

「同意見だわ。ケンジローの説明だと、幽霊屋敷の除霊を依頼した旧貴族が薔薇の街に巨竜を襲撃させた黒幕みたいに聞こえるけれど。もし私があのおじさんの立場だったら、資料が置いてある屋敷に踏み込ませるなんてリスクは侵さないわ」

「その通りだ。だが、ドラゴンを操っていた魔術師は確かに例の貴族と思わしき男の護衛にいた。そうだったな、ソフィア」

「ええ、間違いないわ。ジョージも来たことだし改めて伝えるわね。男の護衛隊は魔術師の他に射手、騎士、盗賊の四名で構成されていたわ。あの戦いで顔を見せなかった構成員の動向が気になるところだけれど」

 ソフィアに幽霊屋敷の浄化を依頼した貴族の男についても動向を探りたいところだ。

 そんなこと考えつつ、ふと閃光攻撃を仕掛けてきた射手がいたことを思い出す。そのことを口にしようとした瞬間、同じように何か言いたそうなマキが手を挙げた。いったい何があったのだろうか。

 すごく気になるので発言を促してみると。

「昨夜、アタシが対峙した盗賊もその護衛隊のメンバーだったようです。黒なのは間違いないでしょうが……もしかして、狙いはアタシたちなのではないでしょうか」

「嘘、そんなことって……」

「否定できませぬな」

 なぜ俺たちが狙われるのか、という疑問はいくらでも湧いてくるが、その可能性を否定できないのもまた事実。

 討伐隊を連れている男に狙われる理由も、第三者がその男を利用して俺たちを襲わせた理由も推測できないのだ。

 そりゃ、貴族であるソフィアや霧の国でいくつか規模の小さい改革を繰り返してきた俺に恨みを抱いている人もいるだろうが。その場合、わざわざ花の国で襲撃してくるなど、非効率的にもほどがある。

 となれば、この国に来てから恨みを買うような何かがあったかと自問するが、生憎と心当たりがない。

「考え過ぎとも言い切れないから念頭に置いておこう。それより、護衛隊の射手と思わしき人物について心当たりがある。巨竜と対峙していた際、閃光攻撃を受ける直前にボウガンを携えた狙撃手の姿を目撃した。もっとも、相打ちにする形で反撃したから、ある程度高度な治療魔法の使い手が相手にいない限り数日は身動きをとれないだろうがな」

「同じく、盗賊についても返り討ちにしておいたのです。間一髪のところで逃がしてしまいましたが、あの怪我ではしばらく動けないと思うのです」

 俺とマキは護衛隊を思われる人物との交戦情報を口にする。

 四分の二が手負いで残りの戦士と魔術師も敗走となれば数日間は比較的安全と言えるだろう。第三の刺客がいなければの話だが。

「後になって、あの魔術師か戦士を逃がしてしまったのが悔やまれるわ。でも、アンタたちが命がけで戦ってくれたおかげでしばらく安全だろうし、助かったわ。ありがとう」

「どういたしまして、なのです」

「僕を信仰してくれる大事な仲間だからね。当然さ」

 信仰しているかどうかはまた別じゃないかというツッコミが喉まで出かかるが飲み込む。

 今口にしても話が逸れてしまうだろう。

 そんなことより、俺たちが話さなければならないのは何も襲撃に関してだけではないのだ。

「話を変えるが、葉薊の街への入り方についても考えなければならない。誰かいい考えは──ないよな」

 全員の表情が固まったのを見て言葉を自己完結させた。

「仕方ないわね。葉薊の街の領主に頼んで入れてもらいましょう」

 なんか借りを作るみたいでいやだが仕方がないか──







 ──翌日。

 昨日立ち寄った街で一泊した俺たちは、朝食から一時間ほど経った頃合いに葉薊の街までやってきていた。

 正門前に詰め所があり、列の最後尾から見渡す限り行商人の出入りがちらほら見える。この時間帯だと、開店時間が昼からの店が届け先だろうか。

 ちなみに、俺たちの後ろは誰も並んでいないうえ、特に後続がくる気配もない。これならば、領主が顔を出すまでじっくりと検問官を説得できそうだ。

 さて、しばらく並んでいると、やがて俺たちに順番が回ってきた。

 目的に滞在期間、素性など、入国審査のような定番の質問に答えつつ領主が現れるのを待っていると、やがて二人いる検問官が一呼吸間をおいて宣う。

「ソフィア・ラン・スターグリーク殿とそのご一行については聞き及んでいる。しかし、領主様より通過させるよう指示がなかった以上、特例は認められない」

「我らが葉薊の街への滞在を許可する基準はただ一つ。貴殿らの芸術的センスを見せてみよ」

 つまるところ、自分らを笑われろということだった。

 予想可能突破不可能な展開に思わず仲間たちと顔を見合わせる。

 意見は一致したようだ。

「そしたらあれだな」

「あれね」

「あれでございますな」

「あれだね」

「あれなのです」

 せーの!

「帰るか」「問答無用で通してもらうわ」「機を待つのみ」「最高のショーを魅せてあげよう」「領主にチクります」

 ……場の空気が盛大に凍り付いた。

「誰だよ物騒なこと言った奴。友好の意味を調べ直してこい」

「帰るってなんですか帰るって! ここまで葉薊の街に来る話が全部徒労に終わるじゃないですか!」

「機を待つってもしかしてジョージが言った? 待つのは嫌よ。我慢比べは長寿な『月夜見』に任せるわ」

「領主殿に託けるためにも待つ必要がございますな」

「……もしかして真面目にこの街に入ろうとしていたのは僕だけかい?」

 各々が誰に対して言っているのかイマイチわかっていない状況で文句を垂れている様を、検問官が無言で眺めている。あの表情はあれだ。もう帰ってほしいんだろうな。

 薔薇の街で俺たちの手腕を見せつけたおかげで葉薊領主とは既に友好的な関係を築けている。そのため、本当はもう寄らなくていいのだ。近いから、街全体に霧の国との友好関係をアピールする狙いがあったのだが、それは今回じゃなくてもいいだろう。

 そのため、俺としてはもう帰ってもいいと考えているのだが。

「なあ、ケンジロー。どうしてもダメかい?」

 よほど楽しみにしていたのだろう。

 折り目に沿って無数の皺が重なるほど読み込んだ観光パンフレットを今なお手に握って離さない『月夜見』を見ていると、さすがの俺もこのまま引き返すという考えには至らなかった。

「仕方ない。ほんっっとうに仕方ないから一肌脱ぐとするか」

 瞬間、上目遣いで懇願していた『月夜見』が満面の笑みを浮かべた。現金な奴め。

 ソフィアたちも、俺が体を張って笑いを取る分には反対意見はないのか興味深そうにこちらを見守っている。

「それでは、ここに『チキチキソフィア王決定戦in葉薊』の開催を宣言する。選手の皆さん、用意はいいですか?」

「言い分けないでしょ! 一肌脱ぐってアンタのことじゃなかったの⁉」

 何故だか知らないが食ってかかってきたソフィアを適当にあしらいつつ言い訳をする。

「誰が、とは一言も口にしていないがね。……それでは第一問。疾風姫の通り名でおなじみじゃないマキですが、彼女とパーティの仲間という枠組みを超えて親友同士となっている賢者ソフィアについた通り名は何姫か」

「私は⁉ 私の意見にはノータッチなの⁉」

 ソフィアが何か言っているが、俺たちの中の責任者なのだからこれくらいのことはしてもらわないと示しがつかないだろう。貴族令嬢に手柄を立てさせてやることができるところも俺の魅力かもしれない。

 内心で適当なことを考えていると、すぐさま手が挙がった。

「おなじみじゃないってなんですか! 猛抗議します!」

「不正解。次」

 次の瞬間、俺の首を絞めようと襲い掛かってくる輩が二名に増えた。

 ソフィアとマキを適当にあしらいつつ、誰かが挙手するのを待ちながら検問官の様子をうかがう。

「……」

 む、無言だと。雰囲気怖すぎるだろ。

 単に感情の揺さぶりに対して異様に強いだけだろう。そう思うことにしよう。

 自分の脳を無理やり納得させた俺は挙手した『月夜見』に釣られて視線を戻す。

「『月夜見』選手、解答をどうぞ」

「こほん。答えは『花火姫』だろう? 薔薇の街を発つ前、冒険者がコソコソと噂していたのを知っているよ」

「腰に手を当てドヤ顔で答えた『月夜見』選手! 答えは、花火姫! 見事正解だ!」

 普段絶対にやらない喉の使い方をして早くも声が出なくなりそうだが、意外にも一発正解した『月夜見』を見て辛さより感動がこみあげてくる。

 コイツ、巨竜撃退からの短時間で見ず知らずの街の人と交流できるようになったんだな。妖魔教団の支部から救出した時は人とのかかわり方を忘れた野生の珍獣みたいだったのに。

 いっそのこと、この感動を検問官にぶつけた方が効果的なんじゃないかと。……さすがにバックストーリーを話すだけで長くなるので愚策だろう。

「私本人が初耳だわ! ねえ待って、それいつついた通り名なの⁉」

「薔薇の街が巨竜の襲撃に遭い文字通り激動の夜戦があったが、その際避難所になっていた冒険者ギルドから魔法で花火を打ち上げるというお気楽満載なことをしていたために、薔薇の街在住の冒険者たちから付けられた通り名である。なお、命名はマキの通り名である『疾風姫』をもじったものである」

 年頃の女がしてはいけない表情をし始めたソフィアをマキが宥める中、見事正答してみせた『月夜見』がボソッと溢す。

「……まだ数名しか噂してないみたいだから広まらないといいね」

「ねえ『月夜見』。その数名の顔、覚えていたりしない?」

 憎悪以外の感情が乗っていない、一周回って静かな声で『月夜見』に問いかけるソフィアのことなので、一通りの外交を終えた帰りに薔薇の街へ立ち寄る用事が増えるかもしれない。

「ソフィアが思わぬダメージを受けたところで次の問題にいきましょう」

 声高に二問目を出題しようとしていると、騒ぎを聞きつけたらしい葉薊領主が現れた。

「おや、これは楽しそうなことをしておりますな。葉薊の街を案内する前に、わたくしも参加しましょうかね」

 数名の護衛を伴って現れた葉薊領主は、大らかに笑いとても楽しそうにクイズ大会の参加を表明した。
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