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水と花の都の疾風姫編
悪意の震源
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──フォックスナイト狩りから一夜明けて。
「今日は私が監視するわ。覚悟しなさい」
朝食を終えた頃、連日泊っている宿の一室で土下座させられていた。
腰に手を当てて怒っているのは、昨日フォックスナイト狩りを拒否したソフィアである。
何を隠そう、昨日マキと二人で行くなと言われていたフォックスナイト狩りに行ったことがバレてしまったのだ。
ちなみにこうなることを察していたらしいマキは、朝の走り込みついでに逃走済みだ。今頃、戦利品のワイバーンの角を鍛冶屋に持ち込んでいるだろう。
こんな日に限って『月夜見』はフロート辺境伯の屋敷にある図書館へと行ってしまったし、俺を監視する存在……もとい、俺の身を守る存在が他にいない。
というわけで、マキでは俺の監視ができないと理解したソフィアがお目付け役になるそうだ。
「監視するのはいいが、正直疲れたから今日は部屋でゴロゴロしていたい気分なんだよな。必然的にソフィアも一日潰れるが、それでもいいのか?」
「ダメに決まってるじゃない。疲れているなら治療魔法をかけてあげるから今日は一日私に付き合いなさい」
一日休めば回復する程度の疲れにわざわざ貴重な魔力を使うなといいたいが、ソフィアにとってやりたいことがあるなら付き合ってやるか。
「どうせ、拒否して布団に籠っても退かないのだろう? 仕方ないから付き合ってやるよ」
「言ったわね! 途中で帰りたがっても逃がさないから!」
俺の言葉を聞いたソフィアはやたら食い気味に返してきた。
……やっぱ断った方がよかったかもしれない。
ソフィアに連行……ではなく、連れ出されて街を歩くこと一時間。
宿から街の中心部を挟んでほとんど対角を言える土地に立つ、一件の屋敷の前へとやってきていた。
人の手が入っていることは庭の植木や屋敷の窓がきれいなことを見れば一目瞭然なのだが、ここはもう五十年以上人が住んでいない空き家らしい。
「……俺の貴重なグータラデイを権力で奪ってまで連行した目的が空き家の内見か?」
いくら治療魔法を受けても気分までは回復しなかった俺は、不満を隠さずにソフィアへ嫌味を言う。
すると、短気なソフィアは怒ったように頬を膨らませて反論してきた。
「屋敷の除霊よ。かつてこの屋敷を別荘にしていたとある貴族と話がついて、この屋敷に憑いてしまった地縛霊を祓ってくれたら家宝の杖を譲ってくれるらしいのよ」
なるほど、報酬に目がくらんだのか。現金な貴族令嬢め。
ソフィアが認める杖が報酬となれば現金換算すると相当な額になりそうだ。つまりそれは、依頼難易度も相応であることを意味する。
例えば、現時点でわかる要素だけ分析しても、二階建ての建物三棟がコの字に繋がっているという空間の広さ。それぞれ学校の校舎くらい大きいうえ、外からは見えない地下室があれば祓霊しなければならない範囲はとてつもなく広いだろう。
こちらに気づいたソフィアは、目に見えてやる気が下がっていく俺を見て頬を膨らませる。
「……なによその顔。別にいいじゃない、報酬に欲を出したって。私は貴族であると同時に魔法へのあくなき探究心を抱く魔法使いよ」
「開き直りやがったな。だいたい、除霊依頼なら俺がついてくる必要はないじゃないか。宿とこことの往復分だけ骨折り損だ」
「それは、その。……もしかしたら、いたずら好きなゴーストに脅かされるかもしれないし。べ、別に怖くなんてないけどね!」
……怖いんだな、よくわかった。
怖がりの定型句みたいなことを口にするソフィアを見て、少しこの依頼をこなすことにモチベーションが湧いてきた。
誰がどう見ても強がっているソフィアは屋敷の玄関へと入っていった。
──エントランスホール。
コの字の真ん中に当たる建物の一階に足を踏み入れた俺たちは、ソフィアの魔法で明かりを確保しながらもらってきた間取り図を確認していた。
「ここが本館ね。一階は主に応接に使う部屋が並んでる。二階はここに住んでいた貴族の屋敷かしら。ここから右手にある右館は騎士団の寮と詰め所になっていて、反対の左館は従者の寝泊まりする部屋だけで構成されているみたい」
玄関近くは比較的安全なのか、ソフィアと間取り図を見ながら話していても敵の気配が感じられない。
話をしているようにみえてよそ見をしているわけだが、ソフィアも俺と同様しきりに辺りをチラチラ見ているのでお互い様だ。
おっと、よそ見のし過ぎで違和感あるポイントを見落とすところだった。
「なあ、ソフィア。この間取りだと当主の寝室の位置がおかしい。なにせ本館は入口に近くて、特に当主寝室は矢で簡単に狙えそうなところに窓がある」
「それに不自然なまでに小屋一つ分くらいの空間を避けるように中庭の連絡通路があるからそう思うのも無理ないわね。でもそこは多分罠だらけだから近寄らない方がいいわ」
推理した内容を口したらソフィアが言葉を引き継ぎ、そして否定した。
どうしてそう言えるのかと睨んでみると、真剣な表情のままソフィアが一言。
「勘よ」
「お前をここに閉じ込めて帰ろうか?」
「やめて、違うの! 貴族の寝室ってだいたい三段階くらい見え透いた配置になってるものなのよ。それに私だったら右館の階段裏から地下室を用意して、そこを本命の寝室にするわ」
壁にかけて登るための縄を取り出して脅してやると、ソフィアが言い訳がましく間取り図を指差して見せてきた。
見ると、確かに一階の階段周辺は意図的に人の出入りが少なくなるようにしているように感じた。しかし、その侵入経路は一本しかなく、途中には騎士団の目がそこら中にあるような構造をしている。
貴族として生まれ育ったソフィアだからこそ気づけた違和感か。
中庭にもし本当に罠があるとしたら、コイツのおかげで命拾いしたと言えるだろう。口にはしないが感謝しておこう。
「当主の寝室がどこにあるかは予想できた。そしたら、そこまで行って祓霊を始めるのか?」
「いいえ。館内をすべて回って祓霊魔法を使うわ」
今まで間取り見てた時間はなんやねん!
キメ顔で杖を取り出したソフィアを、俺は銃底で小突いた。
──十数分後。
「……おいよせソフィア、離れろ。この距離だと香水の匂いがきついんだよ」
本館二階のとある一室。部屋の隅で俺を盾にするように強く抱きしめて正面からしがみつくソフィアは、目尻に涙を浮かべながらプルプルと小刻みに震えていた。
俺はここ数分の出来事を軽く振り返る。
まずは本館からだと息巻いたソフィアだったが、祓霊魔法を乱発するソフィアについていくうちに一階部分のお祓いは容易く終わった。そもそも、漂っていた霊の数は少なかったのだ。侵入してすぐにそんな感じだったので、その気分のまま二階に足を踏み入れた瞬間コイツの表情が凍り付いたのだ。
筆舌に尽くしがたい脅かされ方をしたソフィアは、最初の方は気丈に振る舞っていたものの三分も経たないうちにメンタルをやられてしまった。
そして、手近な部屋を祓霊した俺たちは一度休憩を挟むことにしたのだ。
ちなみに、住み着いてしまった霊たちに害意はないのか、エンカウントした時は決まってソフィアを脅かしたらすぐに逃げていた。
一方で、涙目になるまで脅かされたソフィアはというと、俺を正面から抱きしめる形で部屋の隅に身を隠して。
「絶対離さないで。守ってくれたら交際も考えないこともないわ」
助けを求めているにしては随分と図々しいことを言い出した。
なんだよ『考えないこともない』って。せめてキッパリ言い切れ。あとそれ以上に、さもコイツ自身が自分と交際することが報酬になると本気で思っていそうなところがイラっとくる。
「バカにしてんのか香害女。その乳臭い体を成長させてから出直してこい」
「はぁ⁉ 仮にも貴族令嬢である私になんてこと言うのよ! 訂正しなさい!」
「事実を述べたまでだが」
悪霊への恐怖心などどこかへやったらしいソフィアが掴みかかってくるのを適当にあしらいながら、そろそろ動けるだろうと思い壁越しに聞き耳を立てて廊下の様子を探る。
音はしないが、潜伏している可能性までは排除できないな。
というか、そもそも実体がない悪霊が音を立てるのか疑っていたのだが、ソフィアを脅す際には決まって何かしらの物質に憑依していたので索敵材料に使える。
もう安全だと伝えるべくソフィアの肩に手を触れる。
数回軽く叩くと意図が伝わったのか、怯えた様子で首を横に振られた。
祓霊魔法を使えるお前が怯えてどうするんだと言いたい。
このまま引きこもっていても夜になる。そうなれば怖い思いをするのはソフィアなのだが。
仕方がない。このままコイツの精神状態が良くなるのを待っていたら日が暮れるので俺が一肌脱いでやろう。
「だいぶ目が慣れたから、視界が通る廊下は遠くまで索敵できる。壁をすり抜けて出てこられたらどうしようもないが、それ以外は見つけてやるから後ろをついてこい」
これならコイツも動いてくれるだろう。というか、動いてくれないと困る。
いつまでもこんなところにいられないので部屋を出ようとして、手を引っ張られた。
「……後ろから狙われるかもしれないわ」
コイツ置いていこう。
──しばらくして。
(……完全にはぐれてしまった)
途中までソフィアと固まって行動していて、つい先ほど本館の祓霊が終わったのだが。
右館へ向かう途中に天井が崩れた結果、避けた先ではぐれてしまった。
辺りは暗いがソフィアが焚いた明かりが見えてもいいはずだ。少なくとも同じフロアであれば視界に入っても不思議ではないのだが、はぐれる直前に落下するような感覚がしたので今俺は別のフロアにいる可能性が高い。
さっきいたのが一階で、ここは地下一階だろう。
依頼主は防犯上間取り図には地上階しか書いていないと言っていたらしいし、ソフィアの方から俺を見つけるのは困難だろう。
つまり、俺が一階に戻ってソフィアを見つけてやる必要があるということ。
というわけで、さっそく縄付きの矢を番える。
落ちたということは戻るための穴が真上にあるということなので、崩落部分の縁に登るための手段を作ればいいだけの話だ。
我ながら素晴らしいリカバリー能力だと思う。
少し痛む体を動かして上を確認して。
『ぐええええええ!』
「甘いッ!」
俺を脅かそうと頭上に待機していたらしい悪霊を射抜いた。
縄で縛られた物体へと目をやると、なんの変哲もないただのテディベアが落ちているだけだった。
コイツに憑依していた霊もまたいたずら好きだったのだろう。通用しないとわかったからか、辺りから不快感をもたらす気配が去ったような気がした。
気を取り直して一階へ戻るための縄をかけようとテディベアに巻き付いた縄を回収しようとした瞬間、近くの本棚から本が落ちる。
今更気づいたが、ここはなにかの資料室だろうか。
辺りを見渡すと、こじんまりとしているものの本や書類の山でいっぱいだった。
なんとなく気になったので適当な資料に手を伸ばす。
薄暗いが読めないこともないので資料に目を向けて。
(なんだと⁉)
書いてある内容を受けて言葉を失った。
『第十四回北西諸国傀儡化計画。本計画は水の国にスパイとして送った幹部『博愛』が王国議会副議長に就いたため次の段階へ移った』
水の国を乗っ取った。この資料はそう言っている。そして印は妖魔教団のものだろう。氷の都周辺の地下基地で見つけた資料にも同じ印が押されていたからだ。この話は国に持ち帰らなければならない。
とりあえず続きを読もう。
『次の目標は花の国との併合だ。いくつかの力ある貴族を懐柔することで表向きには穏便に併合したことにする。協力関係を気づいた貴族には本書および本計画を知られてはならない』
マジかよ。
つまり、ここのかつて住んでいた当主は妖魔教団の野望を知ってしまっていたのか。現当主の依頼者には後でこの時代の当主がどのような死を遂げたのか聞いて居よう。十中八九、暗殺されていると思うが。
『北西諸国は魔法が発展しており、魔力資源の枯渇が最も懸念されている地域である。同士よ。人類を我が教団が支配し、救世を成すべくその力を振るいたまえ』
第十四回とやらの計画書はこれで終わっている。
もしこんな情報を知ってしまったと妖魔教団が勘づいたら暗殺されるやもしれん。
まあいいや。ここは悪霊もいないし今のうちにできるだけ情報を集めておこう。
今手にしている計画書が置いてあった辺りにはもう一冊あったはずなのでそちらにも目を通そう。そう考えて手にした瞬間、劣化していたのか表紙の一部が千切れた。
慌てて手から落ちた部分を拾って書類を注視すると、埃や煤だらけでほとんど読めないながら『第十三回北西諸国』という部分までは識別できた。これは今さっき読んだ資料の一つ前とみていいだろう。
この資料については残念だったが、気持ちを切り替えて他の資料も探しだそうとしたまさにその瞬間だった。
部屋が小刻みに揺れ始めた。耐久性に難がありそうな本棚からは埃や小さな破片がポロポロと落ち始める。
なにかの罠が作動したわけではないと思う。上から聞こえる音からするに建物全体が揺れているに違いない。
これは地震か。だが、なぜこんな地域で起きたんだ。
日本にいた頃教わった通り、揺れが弱いうちに机の下に駆け込む。
次の瞬間、地面から突き上げるような大きな揺れに襲われた!
「今日は私が監視するわ。覚悟しなさい」
朝食を終えた頃、連日泊っている宿の一室で土下座させられていた。
腰に手を当てて怒っているのは、昨日フォックスナイト狩りを拒否したソフィアである。
何を隠そう、昨日マキと二人で行くなと言われていたフォックスナイト狩りに行ったことがバレてしまったのだ。
ちなみにこうなることを察していたらしいマキは、朝の走り込みついでに逃走済みだ。今頃、戦利品のワイバーンの角を鍛冶屋に持ち込んでいるだろう。
こんな日に限って『月夜見』はフロート辺境伯の屋敷にある図書館へと行ってしまったし、俺を監視する存在……もとい、俺の身を守る存在が他にいない。
というわけで、マキでは俺の監視ができないと理解したソフィアがお目付け役になるそうだ。
「監視するのはいいが、正直疲れたから今日は部屋でゴロゴロしていたい気分なんだよな。必然的にソフィアも一日潰れるが、それでもいいのか?」
「ダメに決まってるじゃない。疲れているなら治療魔法をかけてあげるから今日は一日私に付き合いなさい」
一日休めば回復する程度の疲れにわざわざ貴重な魔力を使うなといいたいが、ソフィアにとってやりたいことがあるなら付き合ってやるか。
「どうせ、拒否して布団に籠っても退かないのだろう? 仕方ないから付き合ってやるよ」
「言ったわね! 途中で帰りたがっても逃がさないから!」
俺の言葉を聞いたソフィアはやたら食い気味に返してきた。
……やっぱ断った方がよかったかもしれない。
ソフィアに連行……ではなく、連れ出されて街を歩くこと一時間。
宿から街の中心部を挟んでほとんど対角を言える土地に立つ、一件の屋敷の前へとやってきていた。
人の手が入っていることは庭の植木や屋敷の窓がきれいなことを見れば一目瞭然なのだが、ここはもう五十年以上人が住んでいない空き家らしい。
「……俺の貴重なグータラデイを権力で奪ってまで連行した目的が空き家の内見か?」
いくら治療魔法を受けても気分までは回復しなかった俺は、不満を隠さずにソフィアへ嫌味を言う。
すると、短気なソフィアは怒ったように頬を膨らませて反論してきた。
「屋敷の除霊よ。かつてこの屋敷を別荘にしていたとある貴族と話がついて、この屋敷に憑いてしまった地縛霊を祓ってくれたら家宝の杖を譲ってくれるらしいのよ」
なるほど、報酬に目がくらんだのか。現金な貴族令嬢め。
ソフィアが認める杖が報酬となれば現金換算すると相当な額になりそうだ。つまりそれは、依頼難易度も相応であることを意味する。
例えば、現時点でわかる要素だけ分析しても、二階建ての建物三棟がコの字に繋がっているという空間の広さ。それぞれ学校の校舎くらい大きいうえ、外からは見えない地下室があれば祓霊しなければならない範囲はとてつもなく広いだろう。
こちらに気づいたソフィアは、目に見えてやる気が下がっていく俺を見て頬を膨らませる。
「……なによその顔。別にいいじゃない、報酬に欲を出したって。私は貴族であると同時に魔法へのあくなき探究心を抱く魔法使いよ」
「開き直りやがったな。だいたい、除霊依頼なら俺がついてくる必要はないじゃないか。宿とこことの往復分だけ骨折り損だ」
「それは、その。……もしかしたら、いたずら好きなゴーストに脅かされるかもしれないし。べ、別に怖くなんてないけどね!」
……怖いんだな、よくわかった。
怖がりの定型句みたいなことを口にするソフィアを見て、少しこの依頼をこなすことにモチベーションが湧いてきた。
誰がどう見ても強がっているソフィアは屋敷の玄関へと入っていった。
──エントランスホール。
コの字の真ん中に当たる建物の一階に足を踏み入れた俺たちは、ソフィアの魔法で明かりを確保しながらもらってきた間取り図を確認していた。
「ここが本館ね。一階は主に応接に使う部屋が並んでる。二階はここに住んでいた貴族の屋敷かしら。ここから右手にある右館は騎士団の寮と詰め所になっていて、反対の左館は従者の寝泊まりする部屋だけで構成されているみたい」
玄関近くは比較的安全なのか、ソフィアと間取り図を見ながら話していても敵の気配が感じられない。
話をしているようにみえてよそ見をしているわけだが、ソフィアも俺と同様しきりに辺りをチラチラ見ているのでお互い様だ。
おっと、よそ見のし過ぎで違和感あるポイントを見落とすところだった。
「なあ、ソフィア。この間取りだと当主の寝室の位置がおかしい。なにせ本館は入口に近くて、特に当主寝室は矢で簡単に狙えそうなところに窓がある」
「それに不自然なまでに小屋一つ分くらいの空間を避けるように中庭の連絡通路があるからそう思うのも無理ないわね。でもそこは多分罠だらけだから近寄らない方がいいわ」
推理した内容を口したらソフィアが言葉を引き継ぎ、そして否定した。
どうしてそう言えるのかと睨んでみると、真剣な表情のままソフィアが一言。
「勘よ」
「お前をここに閉じ込めて帰ろうか?」
「やめて、違うの! 貴族の寝室ってだいたい三段階くらい見え透いた配置になってるものなのよ。それに私だったら右館の階段裏から地下室を用意して、そこを本命の寝室にするわ」
壁にかけて登るための縄を取り出して脅してやると、ソフィアが言い訳がましく間取り図を指差して見せてきた。
見ると、確かに一階の階段周辺は意図的に人の出入りが少なくなるようにしているように感じた。しかし、その侵入経路は一本しかなく、途中には騎士団の目がそこら中にあるような構造をしている。
貴族として生まれ育ったソフィアだからこそ気づけた違和感か。
中庭にもし本当に罠があるとしたら、コイツのおかげで命拾いしたと言えるだろう。口にはしないが感謝しておこう。
「当主の寝室がどこにあるかは予想できた。そしたら、そこまで行って祓霊を始めるのか?」
「いいえ。館内をすべて回って祓霊魔法を使うわ」
今まで間取り見てた時間はなんやねん!
キメ顔で杖を取り出したソフィアを、俺は銃底で小突いた。
──十数分後。
「……おいよせソフィア、離れろ。この距離だと香水の匂いがきついんだよ」
本館二階のとある一室。部屋の隅で俺を盾にするように強く抱きしめて正面からしがみつくソフィアは、目尻に涙を浮かべながらプルプルと小刻みに震えていた。
俺はここ数分の出来事を軽く振り返る。
まずは本館からだと息巻いたソフィアだったが、祓霊魔法を乱発するソフィアについていくうちに一階部分のお祓いは容易く終わった。そもそも、漂っていた霊の数は少なかったのだ。侵入してすぐにそんな感じだったので、その気分のまま二階に足を踏み入れた瞬間コイツの表情が凍り付いたのだ。
筆舌に尽くしがたい脅かされ方をしたソフィアは、最初の方は気丈に振る舞っていたものの三分も経たないうちにメンタルをやられてしまった。
そして、手近な部屋を祓霊した俺たちは一度休憩を挟むことにしたのだ。
ちなみに、住み着いてしまった霊たちに害意はないのか、エンカウントした時は決まってソフィアを脅かしたらすぐに逃げていた。
一方で、涙目になるまで脅かされたソフィアはというと、俺を正面から抱きしめる形で部屋の隅に身を隠して。
「絶対離さないで。守ってくれたら交際も考えないこともないわ」
助けを求めているにしては随分と図々しいことを言い出した。
なんだよ『考えないこともない』って。せめてキッパリ言い切れ。あとそれ以上に、さもコイツ自身が自分と交際することが報酬になると本気で思っていそうなところがイラっとくる。
「バカにしてんのか香害女。その乳臭い体を成長させてから出直してこい」
「はぁ⁉ 仮にも貴族令嬢である私になんてこと言うのよ! 訂正しなさい!」
「事実を述べたまでだが」
悪霊への恐怖心などどこかへやったらしいソフィアが掴みかかってくるのを適当にあしらいながら、そろそろ動けるだろうと思い壁越しに聞き耳を立てて廊下の様子を探る。
音はしないが、潜伏している可能性までは排除できないな。
というか、そもそも実体がない悪霊が音を立てるのか疑っていたのだが、ソフィアを脅す際には決まって何かしらの物質に憑依していたので索敵材料に使える。
もう安全だと伝えるべくソフィアの肩に手を触れる。
数回軽く叩くと意図が伝わったのか、怯えた様子で首を横に振られた。
祓霊魔法を使えるお前が怯えてどうするんだと言いたい。
このまま引きこもっていても夜になる。そうなれば怖い思いをするのはソフィアなのだが。
仕方がない。このままコイツの精神状態が良くなるのを待っていたら日が暮れるので俺が一肌脱いでやろう。
「だいぶ目が慣れたから、視界が通る廊下は遠くまで索敵できる。壁をすり抜けて出てこられたらどうしようもないが、それ以外は見つけてやるから後ろをついてこい」
これならコイツも動いてくれるだろう。というか、動いてくれないと困る。
いつまでもこんなところにいられないので部屋を出ようとして、手を引っ張られた。
「……後ろから狙われるかもしれないわ」
コイツ置いていこう。
──しばらくして。
(……完全にはぐれてしまった)
途中までソフィアと固まって行動していて、つい先ほど本館の祓霊が終わったのだが。
右館へ向かう途中に天井が崩れた結果、避けた先ではぐれてしまった。
辺りは暗いがソフィアが焚いた明かりが見えてもいいはずだ。少なくとも同じフロアであれば視界に入っても不思議ではないのだが、はぐれる直前に落下するような感覚がしたので今俺は別のフロアにいる可能性が高い。
さっきいたのが一階で、ここは地下一階だろう。
依頼主は防犯上間取り図には地上階しか書いていないと言っていたらしいし、ソフィアの方から俺を見つけるのは困難だろう。
つまり、俺が一階に戻ってソフィアを見つけてやる必要があるということ。
というわけで、さっそく縄付きの矢を番える。
落ちたということは戻るための穴が真上にあるということなので、崩落部分の縁に登るための手段を作ればいいだけの話だ。
我ながら素晴らしいリカバリー能力だと思う。
少し痛む体を動かして上を確認して。
『ぐええええええ!』
「甘いッ!」
俺を脅かそうと頭上に待機していたらしい悪霊を射抜いた。
縄で縛られた物体へと目をやると、なんの変哲もないただのテディベアが落ちているだけだった。
コイツに憑依していた霊もまたいたずら好きだったのだろう。通用しないとわかったからか、辺りから不快感をもたらす気配が去ったような気がした。
気を取り直して一階へ戻るための縄をかけようとテディベアに巻き付いた縄を回収しようとした瞬間、近くの本棚から本が落ちる。
今更気づいたが、ここはなにかの資料室だろうか。
辺りを見渡すと、こじんまりとしているものの本や書類の山でいっぱいだった。
なんとなく気になったので適当な資料に手を伸ばす。
薄暗いが読めないこともないので資料に目を向けて。
(なんだと⁉)
書いてある内容を受けて言葉を失った。
『第十四回北西諸国傀儡化計画。本計画は水の国にスパイとして送った幹部『博愛』が王国議会副議長に就いたため次の段階へ移った』
水の国を乗っ取った。この資料はそう言っている。そして印は妖魔教団のものだろう。氷の都周辺の地下基地で見つけた資料にも同じ印が押されていたからだ。この話は国に持ち帰らなければならない。
とりあえず続きを読もう。
『次の目標は花の国との併合だ。いくつかの力ある貴族を懐柔することで表向きには穏便に併合したことにする。協力関係を気づいた貴族には本書および本計画を知られてはならない』
マジかよ。
つまり、ここのかつて住んでいた当主は妖魔教団の野望を知ってしまっていたのか。現当主の依頼者には後でこの時代の当主がどのような死を遂げたのか聞いて居よう。十中八九、暗殺されていると思うが。
『北西諸国は魔法が発展しており、魔力資源の枯渇が最も懸念されている地域である。同士よ。人類を我が教団が支配し、救世を成すべくその力を振るいたまえ』
第十四回とやらの計画書はこれで終わっている。
もしこんな情報を知ってしまったと妖魔教団が勘づいたら暗殺されるやもしれん。
まあいいや。ここは悪霊もいないし今のうちにできるだけ情報を集めておこう。
今手にしている計画書が置いてあった辺りにはもう一冊あったはずなのでそちらにも目を通そう。そう考えて手にした瞬間、劣化していたのか表紙の一部が千切れた。
慌てて手から落ちた部分を拾って書類を注視すると、埃や煤だらけでほとんど読めないながら『第十三回北西諸国』という部分までは識別できた。これは今さっき読んだ資料の一つ前とみていいだろう。
この資料については残念だったが、気持ちを切り替えて他の資料も探しだそうとしたまさにその瞬間だった。
部屋が小刻みに揺れ始めた。耐久性に難がありそうな本棚からは埃や小さな破片がポロポロと落ち始める。
なにかの罠が作動したわけではないと思う。上から聞こえる音からするに建物全体が揺れているに違いない。
これは地震か。だが、なぜこんな地域で起きたんだ。
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最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
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