けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

新たなる力

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 ──フロート辺境伯との同盟締結から一晩が過ぎ。

 俺たちは葉薊の街へ入る方法を探すため、冒険者ギルドへと調査に来ていた。そんな日の昼飯時。

 ギルドに併設されている酒場のテーブル席を占領した俺たちの前には、四人前の定食と信じられない量の菓子類が並んでいた。

「さあ、ギルドスイーツの時間よ!」

「馬鹿野郎。情報交換のついでに昼飯を食う時間だ」

 オー! と腕を挙げて高らかに戯言を口にしたソフィアへ釘を刺す。

 ていうかギルドスイーツってなんだよ。

「冗談よ冗談。このお菓子だって、長時間の話し合いを見据えて……ねえ今お昼ご飯がついでになってなかった?」

 なんだか変なことを口にしだしたソフィアを放置して、もそもそと昼飯を食べ始めたマキと『月夜見』に視線を向けた。

 二人は音一つ立てず上品に定食を食べていたが、こちらの視線に気づき顔を上げた。

「アタシは成果なしなのです。この街は良くも悪くも地元の強い冒険者がたむろする街ですから。中々他の街の人が寄り付いたりしないのですよ」

 葉薊の街から来ている人を捕まえられれば、辺境伯の親書と併せて検問官を言いくるめられるのではないかと考えていた。まあダメなら仕方ない。

「僕も目立った成果はないね。強いて言うなら、最近は制度が緩和されたって聞いたくらいかな。なんでも、二人一組の検問官のうちどちらかが笑うか感動するかすれば合格になったらしいよ」

「相変わらず無理ゲーだな」

 辺境伯が苦い顔をしたのも納得だ。

 そんなやり取りをしていると、肩を軽く叩かれた。

 何事かと思って視線を向けると、無視されてむくれているソフィアが今にも俺の手を抓ろうとしていた。

「私もまだ成果無しだわ」

 それが伝えたいだけなら抓ろうとしないでほしい。

 無視したのは悪かったが、もとはといえばコイツの方からくだらない冗談を言ってきたのだから。

「そういうケンジローはどうなのですか? なにか使える情報を聞けましたか?」

 マキの言葉に自然と全員の視線が俺へ向く。

「仕切り始めた俺が言うのもなんだが役に立つか怪しいレベルの微妙な知識が一つ。どうやら、検問官は感動には強いらしいが笑わせて通過した奴はこの街の冒険者にも何人かいるらしい。まあ、笑わせるのもまた難しいらしいがな」

 結果だけ見ると情報収集はあまりうまくいかなかった。

 解決の糸口が見つかればいいと思っていたのだが、今のところは実質ヒント無しといえる。

 となると、道具かスキルに頼るしかないな。

 幸い、先日のクラーケン討伐の際、竜巻に巻き込まれた縄付きの矢が何かしらの魔物を巻き込んだのかレベルが上がったのだ。

「レベルが上がってスキルを覚えられるようになったんだが。……はぁ、新スキルでどうにかならないものか」

 アーチャーのスキルで使えそうなものはないかと冒険証を眺めるが。

 『射撃貫通力強化』

 『最大装填数増加』

 『連射性強化』

 『全弾斉射』

 『スキル・オートリロード』

 『射撃時被ダメージ軽減』

 などなど。

 最後の二つは惹かれるな。これは習得にかかるポイントが安いからあとで覚えておこう。

 おっといけない。これらのスキルではこの状況は覆せないじゃないか。

「スキルねぇ。……『料理』スキルより先に『占星』スキルでも取った方がいいかしら」

「「「それだけはない」」」

「え、ええっ⁉」

 意気消沈してモソモソとプリン・ア・ラ・モードを食べ始めたソフィアを放っておいて……まずは定食から食えよ。

 黙ってしまったソフィアから目を離し、マキと『月夜見』に相談しようとした瞬間だった。

「頼む! カネ貸してくれよケンジロー!」

 座席の後ろから両肩に手を置かれたかと思ったら、そんな男性冒険者の声が聞こえた。

 この声は確か。

「カールか。それにケビンとゴリアテまで。小遣いなら保護者のナタリーからもらって来いよ」

 コイツらは先日、やらしい喫茶店に俺を案内したベテラン冒険者たちだ。

 常識人枠の魔法少女が見えないなと思っていると、ものすごい形相でギルド内を駆け抜けてカールに飛びついた。

「保護者だけは納得いかないし! 訂正してほしいし!」

 年齢はソフィアより一つ下くらいで二十歳の男性陣と比べると妹みたいにも見える少女。

 しかし、名実ともにこの街最強の魔法使いだという。魔法の威力に知力が関わる関係か、優秀な魔法使いであるナタリーもまたよくできた子だ。

「な、ナタリー⁉ お前便所に行ってたはずじゃっていでででででで⁉ し、絞まる……」

 首を絞められて悶えているカールは放っておいて、一番まともに話せそうなケビンに話を振る。

「これはいったいどうしたんだ」

「賭け事に負けたんやでケビンは。そんで千シルバーの借金こさえてな」

 なるほど。

 俺だけでなくウチの仲間たちにまでゴミを見る目を向けられたケビンがそろそろ泡を吹いて倒れそうだ。

 さすがに目の前で人が一人倒れたら静かに食事ができないので助け舟を出してやろう。

「気が変わった。とりあえず話だけは聞いてやるから付き合えよ、カール」

「コイツのことはいいし。気を使うだけ仇で返されるし。放っておきなって」

「おいナタリー邪魔すんな! 今日の夕飯すら食えねえ憐れな仲間が奮闘してるんだから応援しやがれ!」

 何が奮闘だという言葉が喉から出かけたが飲み込んでおく。

「なあケンジロー! いいスキル探してるなら俺が教えてやるからさ!」

 なるほど。上級職専用のスキルを教える代わりに飯奢れということか。

 別に飯一人分くらいどうってことないが。

 俺しか得しないのに仲間全員の活動資金から捻出していいものかとマキたちに視線を向ける。

「アタシは構いませんよ。その人はハンターさんみたいですし、シーフとアーチャーの上級職ということであれば、アタシにも覚えられるスキルがあるかもしれませんしね」

「私も賛成よ。でもご飯代に関しては、ナタリーに甘やかしてもいいか許可もらいなさい」

「どういう許可だよいだぁっ!」

 謎の許可が必要になった。

 というか、ソフィアはいいんだな。

 俺たちの中で唯一の上級職で、上級職専用スキルをわざわざ教わる必要などないはずだが。

 ちなみに、略して上級スキルとも呼ばれるこのスキル群は、ステータスが低いと効力が落ちたり消耗が激しいというデメリットがある代わりに、メリットとして基本職のスキルとは比にならない効果を持つのだ。例えば、ソフィアの上級属性魔法なんかが該当する。

 まあ、俺たちが乗り気なのでナタリーも止めはしないだろう。

 『月夜見』が雰囲気に耐えかねてトイレへ逃げたので戻ってき次第始めよう。

「上級職のスキルか。何を教えてくれるんだ?」

 上級職のスキルを習得する方法は二つ。

 一つは、上級職に就くこと。そしてもう一つは、自分が就いている職の上級職冒険者に師事すること。

 物にもよるが、簡単なものなら半日もあればポイント振ればすぐ習得できる状態になるらしい。

 今回は後者の仕組みを使ってスキルを教わるのだ。

「俺のとっておきを教えてやるぜ? 股洗って覚悟しぐはっ⁉」

 ……やっぱやめておこうかな。

 仲間の魔法使いに横っ面をぶん殴られたカールを見て、少し不安になってきた。







 ──場所は代わってギルドから少し離れた公園。

 カールに連れてこられたのは、冒険者のスキルを教えるにしては平和過ぎる場所だった。

 中には子連れの家族までいるのだが、こんなところで大丈夫なのか?

「さて、俺が教えてやるのはずばり『傍受』スキルだ。ほら、公園反対側のベンチに座ってるカップルの会話を盗み聞きしてみるからよ」

 最低なことを言い出したカールはスキルを使うと、数秒の沈黙を挟んでからカップルの会話を口にし始めた。

「──うーん、おいしっ! ありがとう、ダーリン!」

「どういたしまして。君の笑顔が世界で一番さ」

「うーん! 大好きっ!」

 ……。

 …………。

 赤裸々な色恋をまさか傍受されているなど知るよしもないカップルが不憫である。

 しかし、これは凶悪なスキルだ。

 アーチャーの望遠系スキルの上位互換なのだというが、察知した相手に限っていればやり取りが筒抜けになるのか。

「しかもこいつは、使用者が視認できる距離なら壁裏でも耳を当てるような感覚で盗み聞きできるのさ」

 質が悪いスキルだ。

 と、そんなやり取りをしていると、言動を傍受していたカップルの彼女が彼氏から何かを受け取ると、急にそっけない感じで離れていった。

 まさか傍受されていることに気づかれたか?

 そう思い、望遠スキルで様子を見ると、どうやら違ったらしい。

 彼女の手に握られていたのは金銭だったからだ。

 普通、仲違い直前の彼女に金銭なんか渡さない。

 俺のそんな疑問に答えるかのように、傍受を続けているカールが握りこぶしを作って。

「レンタル彼女ってなんだあの商売ッ! 男の純情を弄ぶ商売しやがって!」

 悔しさを隠そうともしない言葉を溢した。

 なるほど、売春モドキか。

「えぇ、この街はそんな商売があるの?」

「あ、アタシを見ないでください! そんなの知りません!」

 『傍受』スキルで聞きたくない話を聞いてしまったが、それはそうとしてスキルが習得可能になった。

 スキルポイントも足りているのでいつでも習得できる。

「ま、まあ。これで習得できるんじゃないかい? このスキルさえあれば色々悪さできるだろうし、ケンジローにはうってつけだね」

「どういう意味だ『月夜見』」

 大変失礼なことを言う奴の頭を手刀で叩いて涙目にした俺は、次にスキルを教わるマキへと視線を向けた。

 速度強化系のスキル以外にあまり興味がないらしい彼女がやる気に満ちていたのでなにか面白いスキルでも教わるのだろう。

 いったい何を教わるのかとワクワクしながら眺めていると肩を軽く叩かれる。そして、振り向くより早く耳打ちされた。

「……悪用したらダメよ?」

 ソフィアにまで釘を刺された。信用などなかった。







 ──翌日。

 覚えたスキルを試すべく、俺たちは依頼を探しに冒険者ギルドへと足を運んでいたのだが。

「……すごい賑わいですね」

 あまりの熱狂具合にマキがそう溢した。

 普段から喧しい冒険者ギルドだが、今日は輪をかけて賑わっているのだ。

 どういうことだろうと辺りを見渡していると、困り顔の受付嬢がこちらへやってきた。

「実は、原因は不明ですが大量発生したフォックスナイトの討伐をお願いしているんです」

 俺たちを見つけた受付嬢はそれだけ伝えるとすぐに他の冒険者の元へ向かった。忙しそうだ。

 どうりで冒険者たちが沸き立っていたわけだ。

 フォックスナイトのオスは求婚のために宝物を集める癖があるので、討伐ついでに金品を持ち帰れば自分のものにできる。買取に出すことも装備作成の素材にもできるので大人気なのだ。

 だが、新しいスキルを覚えたての俺たちにとってはちょうどいいかもしれない。

 仲間の様子を見てみても、概ね乗り気──

「帰りましょう。さあ今すぐ帰りましょう!」

 ではなかった。

 約一名、強迫的なまでに来た道を引き返そうと俺を引っ張るソフィアがいた。

 他の二人は疑問符を浮かべているが、ソフィアだけは前回のフォックスナイト狩りの出来事を覚えている。我ながら完璧な成果だったと自負しているのだが、ソフィアにとっては苦い経験だったらしい。

 そういえばソフィア以外は霧の都でのフォックスナイト狩りに同行していなかったんだったな。というか、仲間になる前だったはずだ。

 仲間として一緒にいるのが当たり前になりすぎて意識したことすらなかった。

 俺たちとは初となる同じパーティでのフォックスナイト狩りなので疑問を抱かないマキがきょとんとしながらソフィアに聞く。

「フォックスナイト狩りと言えば、この辺の国々では秋から冬にかけて冒険者が稼げる一大イベントです。参加しない手はないと思うのですが」

 ごもっともなマキの質問にソフィアが彼女の両手を握って食らいついた。

「それはケンジローの恐ろしさを知らないからよ。いい? この男はね──」

 大変失礼なことを言い出すソフィアは、俺の方を時々チラチラ見ながらマキに耳打ちし始めた。

 大きな声で言ってくれて構わないのだが。もし喧嘩を売られているようならコイツにはたっぷり嫌がらせをしてやるだけだ。

 さすがに異様な雰囲気を察したらしい『月夜見』が恐る恐る喋りかけてきた。

「フォックスナイト狩りは話を聞いたことしかないけど、そんなに危険なものなのかい? だってほら、僕たちはこれでも最上位級の魔物さえ退治したんだ。仮に全滅の危機に陥っても、女神の名において君達だけは助けよう。安心していいよ」

 いったいその自信はどこから出てくるのか。

 というか、この一応女神はソフィアの言いたいことを理解できていないはずだ。俺にだって、認めたくはないがフォックスナイト狩りで倫理的にどうかと思うことをした自覚はある。成果が伴っているので批難される謂れはないはずだというスタンスは変わらないが。

 まあ、降って湧いた金稼ぎイベントではあるが、俺たちが花の国を訪れた目的とは乖離しているので諦めよう。俺たちの中で行動指針の権限を持っているのは彼女なので、彼女が正当な理由でNGを突きつけてきたら反論はできないのだ。

「わかった。ソフィアがそこまで言うならやめておこう。だが、そうなると今日は何をして過ごすんだ?」

 俺の言葉を聞いてパァっと表情を輝かせたソフィアに言いたいことはあるがひとまず置いておこう。

 フォックスナイト狩りが発生している間、冒険者ギルドの他の討伐依頼は受注手続きが遅延するのが常である。

 人手の問題で遅延するのも原因だが、遅延を見越して依頼者が一度討伐依頼を取り下げることが多いからだ。

 そうなると必然的に、俺たちの新しいスキルを試すという目的もここでは果たせなくなる。

 ソフィアにはその代案を決める権限があるので聞いてみたのだが、当の本人は笑顔から光が消えていっているのを見るに考えなしだったらしい。

 仕方ないか。フォックスナイト狩りにぶち当たるなんて予想できないからな。

 しばらく顎に手を当てて考えていたソフィアがボソッと呟いた。

「……今日は各々好きなように過ごしましょう」

 思いつかなかったらしい。
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