けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

嵐の中の決戦

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 ──正午ごろ。

 技術が進んだ現代すら実現の目途が立たないコールドスリープを短時間ながら体験した俺は、仲間たちを連れて四人でクラーケンの住処へとやってきていた。

 川岸に生い茂る木々で身を隠しながら持ってきた荷物を整理していると、怪訝そうに道具たちを見るソフィアが声をかけてきた。

「作戦があるって言ってたから信じてついてきたけど……アンタその大荷物の中身で何するつもりよ」

 如何にも毒々しい色をした、しっかりと無毒な液体を指差してそんなことを言われた。

 冒険者として泥臭く生きてきたであろうマキだけはなんとも思っていないようだが、アマちゃんな『月夜見』といい三人中二人から悪者を見る目を向けられる。

「ねえケンジロー。この頃日増しに強くなってく女神としての自覚が、その禍々しい瓶の中身を破棄しろって囁いてくるんだけど」

「やめろよ。絶対にやめろよ。これは貴族院の予算から出ているんだからな。いいか。霧の国の民が汗水流して稼いだ金から頂戴した血税で賄っているんだ。失敗は許されない」

 荷物を抱きかかえるように隠していると、騒ぎを聞きつけたらしい二体のクラーケンが水面から姿を現した。

 ……そう、二体いるのだ。

 何かに間違えであってほしい。

「昨日に続いて今日も来おったか、この害獣どもめェェェッ!」

 二体いるクラーケンのうちの片方が、俺たちを見るや否やそう叫ぶ。

 一方、その隣にいるクラーケンは何が何だかわからないようで、しきりのこちらの表情を窺っている様子である。

「今日という今日は絶対に許さん! 何を企んでいるのか知らんが……み、皆殺しにしてくれるわいっ!」

「とのことらしいです。アタシ、ケンジローと過ごしたかけがえのない日々のことは一生忘れません」

「さては見捨てる気か⁉ ええい、そんなことしてみろ! ここら一体の水系を五十年は消えない毒で汚染することになるからな!」

 そう。今回、ひょんなことから知り得たクラーケンの倒し方は、河川を汚染することで餌となる魚を減らすこと……ではない。

 毒物を使う方法を俺に教えたのは『操魔』だが、卑怯で残忍な妖魔教団幹部と昨日同じことを考えていたと思うと自己嫌悪に陥りそうになる。

 さすがにどうかと思うので、今日持ってきたのは毒みたいな見た目をしたただの油である。

 とはいえ、さすがに油分なので水面に浮かんでは水生生物への生態系に悪影響を与えることになるので、クラーケンも撤退せざるを得ないだろう。

「なっ⁉ 貴様、人の道を踏み外したなぁ⁉」

 クラーケンさんは、昨日のこともありお怒りのようだ。

 ちなみに、本当の毒を流すことも考えたのだが、あえてちらつかせるだけに留めることで辺境伯を脅迫……ではなく、交渉材料の一つにできるかもしれない。

「フハッ! フハハハハハ! 命が惜しくば逃げるがよい!」

 何故か仲間からゴミを見るような目を向けられるがそれはいったん置いておこう。

 よく見ると、もう一匹のクラーケンの周りにはアオリイカくらいのサイズのイカが無数にいた。

 昨日よりクラーケンが荒々しいのは子持ちだからだろう。

 そんなことを考えてにやけていると、隣からスッと出てきたマキが迷惑そうにクラーケンたちへ指をさして苦言を呈した。

「ケンジローの意見はどうかと思いますが。……あなたたちががこの辺に住み着くから、川魚で生計を立てる人たちが迷惑しているんですよ。あなたたちは自分さえよければそれでいいんですか?」

 ド正論である。

 マキとしても、今は訳ありとはいえこの街は大切な故郷で、思うところがあるのだろ思う。

 また一つ、ここで負けられない理由が増えてしまった。

 そんなマキの訴えを聞いたクラーケンはというと、やれやれとでも言いたげに触腕をかしげて。

「そんなものは知らん。水を侵す害獣どもの生活などワイらの知ったことではないわ」

 俺たち人間のことなどその辺の虫けらと同じ程度にしか思っていないような、そんな返答が返ってきた。

 あーあ。俺たちの中で唯一の常識人を敵に回したな。

 魔物に対して容赦なく上級魔法を乱発するソフィアに、神としての自覚に目覚めだした『月夜見』。そして、自分で言うのもあれだが、非人道的な行いに躊躇がない俺。そんな三人のストッパーはというと、こめかみを小刻みに震えさせながら俺の方を向く。

 相当頭にきたのか、この先のやり取り次第では何をしでかすかわかったものではない感じだ。

「……交渉は決裂です。ケンジロー、後のことは任せていいですか?」

 かつて聞いたことがないほど憎悪に満ちた声色でそう言われたので、俺だけでなくソフィアと『月夜見』までもが怯えて首を縦に振った。

 しかし、なにもマキに怯えてコイツらへ攻撃するわけではない。俺としてもクラーケン討伐は辺境伯への交渉材料になるという意味もあり、そこへきてマキへのあの言動だ。誰が止めようとも痛めつけてやろう。

「任せろ。ソフィアと『月夜見』は全員にバフのかけ直しをしてくれ。そのうちにマキはこの液体を川へ撒くんだ。そのあと、ソフィアは氷結魔法で水面を凍らせるんだ」

「「「はい!」」」

 作戦開始──!







 ──水面が凍り付いた川を砕氷船のように割りながらこちらへ攻撃を仕掛けてくる二体のクラーケン。

 とくに、やけに時事臭い喋り方をする方のクラーケンが積極的に俺たちを狙ってくる。

「どうすればいいの? ねえどうすればいいの、ケンジロー⁉ 私、こんなに狙われてるのに『ああ、格上の魔物相手にも善戦てきているんだ』って、優越感のようなものがこみあげてくるの‼」

「それはとてもいいことだ。ぜひ今後もこんな風になれるように嫌がらせを極めるんだぞ」

 二本の触腕にそれぞれ狙われている俺とソフィアは凄まじい回避性能を見せつけていた。

 女神と我が国有数の賢者によるバフと、クラーケンが凍った水面に動きを制限されているのが合わさっての芸当だが、本来なら身体能力に劣る後衛職がこれほど動けているというのは異様な光景だろう。

 自分で言うのもなんだが、こんなやり取りをしていなければ、誰もが畏怖するほどしぶとく残る後衛だと思われるかもしれない。

 ツンデレ優等生タイプの賢者であるソフィアが堕ちた瞬間であるが、もともとコイツにはこっち側の気質があったと思う。

 それはそうと、二体四本の触腕に対して俺たちは四人。避けてばかりでは決定力に欠ける。想定していたより動きが鈍らないクラーケンに対して打開の一手が必要だ。

 河原に陣取って攻撃を仕掛けてくるクラーケン相手に逃げ回っている俺たちだったが、一方のクラーケンたちは地形による不利などまるで感じさせない。腐っても最上位級の魔物ということか。

 上級攻撃魔法も並大抵の物理攻撃、それから状態異常も弾く装甲のような体表だけでも厄介なのに、機動力の面でも陸上に上がっても鈍らないタフさを見せつけられてきた。そのうえ攻撃面でも、無防備なまま受ければ歴戦の戦士ですら助からない触腕攻撃を持つ。

 バリア割り性能が高い『旗槍』の攻撃と同じこともできるだろう。

 そんなクラーケンに隙があるとすれば。

「なあマキ。ちょっと走って、ちびクラーケンを何匹か捕まえてきてくれよ。締めてやるから」

 人質ならぬイカ質である。

 じじ臭くない方のクラーケンが庇う様に周囲に漂わせているちびクラーケンならば攻撃が通るかもしれない。

 そうでなくても、ソフィアの範囲魔法から身を挺して守っているあたり、人質に取ってしまえば大きなアドバンテージになりそうだ。

 場合によっては民間漁師に獲らせてクラーケンという種を減らしてやろうかと考えていると、クズごみ同然の何かを見る目を俺に向けてマキが文句を言う。

「本当に最低を地で行きますね。……ちなみに、水面が凍っているので、攻撃を搔い潜りながら攫ってくるのは無理です」

 すごく傷つくことを言われた。

 それはそうと、さすがのマキでもあの状況で人質をとってくるのは難しいか。

「ダメで元々で聞いたから仕方ないか。帰って作戦を練りなおそう。……あるいは、川汚すぞって辺境伯を脅してみよう」

「「「それはダメ!」」」

 倫理観の強い仲間三人に即座に否定された。半分くらいは冗談なのに。……これが身から出た錆というやつだろうか。

 いい加減仲間たちにも俺の扱いを改めてほしいと思い始めていると、額に水滴が降ってきたことに気づく。

 同じく雨が降ってきたことに気づいたソフィアたちがアワアワしているうちに、雨脚は急激に強まってきた。

 さきほどまでは晴れとまではいかないがやや曇っていた程度だったのだが、まさかゲリラ豪雨みたいな降られ方をするとは予想外だ。

 しかも厄介なのが。

「ソフィア、マキ、ケンジロー、気を付けて! 大雨は水棲系生物を活性化させて、魔物はいつもより攻撃的になるんだ! 撤退も視野に入れた方がいいかもしれないよ!」

 女神なだけあり妙なところで博識な『月夜見』が俺たちに警告を飛ばす。

 彼女の言う通り、触腕を振りぬく際の空気だけでも威力が増していることがわかるのだ。

 これは危険だ。

「撤退しましょう! この街はちょうど晩秋の雨季に入っています! おそらく三日は止みませんし、このまま戦っていたら街へ戻る前に消耗します!」

 マキの言う通りだ。

 このまま戦っていても埒が明かないしとっとと帰るべきだ。

 『操魔』を脅して知った作戦も昨日の今日で効果が出るものでもない。今は水面が凍っているが、あれが溶ければしばらく水面は油膜で覆われ奴らの餌となる魚が減る。それで追い払えれば御の字と言えよう。やれるだけのことはやった。

「マキじゃないが今日はもう帰ろう。ソフィアの魔法も俺の魔法銃もマキの防御デバフも効かなかった。これ以上居座ってもリスクしか残らないからな」

 俺がそう号令を飛ばす頃には、ソフィアたちは持ってきていた荷物をまとめて逃走準備ができていた。

 一方のクラーケンは、俺たちを逃がさんとばかりに触腕を振るが水面と一緒に足の部分を氷漬けにされているせいで追って来れないだろう。

 そんな状況なので、大雨に濡らされながらではあるが無事に逃走できた。







 ──数時間後。

「概ね賛成だけど一点だけ撤回しなさい! 別に私の魔法が効かないわけじゃないから! アンタの強化銃撃で少しダメージが入ったんだから、上級魔法を越える攻撃魔法なら効くはずよ!」

 風呂に入り夕食を終えた俺たちは、食休みを兼ねて反省会という名の作戦会議を行っていた。

 辺りはすっかり暗くなり……というか、昼間だろうとこれだけ雨が降っていれば暗いだろうが、とにかく気分が少しどんよりしている。

 そんな会議の中、逃走の際に俺が発した言葉に思い出したようにソフィアが突っかかってきていたのだ。

「じゃあ逆に上級以上の魔法ってなんだよ」

 この世界の魔法にも当然階級がある。

 高い階級ほど消費魔力の下限が高い代わりに効果に対する魔力効率がいいのだという。

 下級、中級、上級。一般にはこの三種類のみとされており、今のところこれ以上高位の魔法は開発されていないそうだ。

 冒険者であれば魔法使い職以外でも知ってる一般常識のようなものなので、異世界人の俺でも当然知っていた。

 しかし、ソフィアに言わせれば、上級魔法を上回る魔法があるのだという。いったい何のことだと聞き返してから、呆れたようにため息をついたソフィアにイラっときながらようやく思い出した。

 そんな、あのはた迷惑な魔法を想起した俺の答え合わせをするようにソフィアが口を開いた。

「せせらぎの森で一度だけ使った『魔力暴走』よ。あの魔法は今ある魔力をすべて使って、万物を壊滅させる魔力爆発を引き起こすの」

「ああそういやそういうやつだったな。……絶対やめろよ。フリじゃないからな」

 遠くない過去、妖魔教団幹部『旗槍』と初めて対峙した際にソフィアが使った大魔法。

 そのせいで当家の財政は火の車。そして、つい先日まで続く旅に至ったのだ。

 俺たちに散々苦労を掛けたことは本人も反省しているようで、本気であの魔法を使おうとは考えていないらしい。正直ほっとした。

 他所の国の使者が大爆発を引き起こして地形を破壊したとなれば国際問題になりうるうえ、まだまだ続く友好の使者としての仕事にも大きく影響を与えるだろう。

「冗談よ冗談。本当に撃ったりしないから」

 そうならいいが。

 長い付き合いなので本当に冗談なのはわかっているが、この女のことだから気が変わらないか心配である。

 と、そんなことを話していて、ふと閃いた。

「なあ、確認なんだが。上級魔法より威力が出れば、あのクラーケンをも打ち倒せる自信はあるのか?」

 自分でもどうかと思う超展開に当然ソフィアたちは置いてけぼりだ。

 数秒の沈黙のすえ、顔を見合わせた三人を代表してソフィアが答える。

「返答に困るわ。『魔力暴走』クラスの攻撃なら、どんな方法でも手傷を負わせることくらいできると思うわ。まあ、あの魔法は連発できないから使いにくいかもしれないけれど」

 有効打にはなりうるが倒し切るには至らないだろう。その言葉を聞いて、俺は今考えているのが試す価値のある作戦だと確信した。

「たぶん、クラーケンを倒せるかもしれない。明日も付き合ってくれるか?」

 そんな俺の言葉を聞いた三人は、きょとんとした表情のまま、それでも頷いてくれた。






 ──翌日。

 止む気配のない大雨は昨日に増して強まっていた。

 もう朝食から数時間ほど経っているのだが、分厚い黒い雲が空を覆っていて辺りは夕暮れ時だと言われても不思議じゃない暗さだ。

 そんな中、俺たちは最低限の装備と雨具だけを持って、昨日と同様クラーケンが住み着いてしまった河川へと足を運んでいた。

「念のためにもう一回聞くけど、本当にこんなことでいいの?」

 俺の閃きをこんなこと呼ばわりしたソフィアは、普段持ち歩いている杖を両腕で抱きかかえている。

 自信ありげに振る舞うが、内心は上手くいくか不安なのかもしれないな。

 如何せん、今回の作戦はすべてソフィアのワンマンプレイだから、それも仕方がない。

「構わない。ダメで元々、上手くいけば御の字。ダメだった場合は、昨日みたいに川を凍らせてとっとと逃げる。いいな?」

 試したい作戦を実行してダメなら逃げる。

 短時間でシンプルなタスクだ。

 逃走を視野に入れている作戦とはいえ、追撃準備は欠かさない。

 今回はもしもの時に備えて、今回は縄付きの矢を放てる弓を装備してきた。

 俺の予想が上手くハマったとき上振れ狙いなのだが、ロープ付きの矢を飛ばせるほど威力のある弓は重いので、もしかしたら今後出番がないかもしれない。これは悲しい。

 各々が闘争と逃走のための準備を済ませた頃、ちょうどソフィアも俺の指示通りに魔法を唱えたらしい。

「いつでも撃てるわ。……でも、ここからでいいの? 竜巻の上級魔法なら届くと思うけど、こんなに離れたら追撃できないじゃない」

 ソフィアの疑問ももっともだ。

 というのも、今回俺たちが陣取ったのは川の近くと言っても数百メートル離れた堤防近く。

 石が無数にあるような河原からは雑木林を挟んで手前である。

 だが、俺の想像する通りのことが起こるのなら、むしろここでも危ないくらいだ。なので、ここでいい。

「構わない。……マキ、方角は?」

 索敵スキルを展開したマキにそう問いかける。

 この場面、実は俺ではダメなのだ。ここからだと雑木林に阻まれて川の水面くらいの高さは直視できないからである。言い換えれば、望遠系スキルが機能しない俺では索敵ができないのだ。

 今までが異常だっただけで、こういった索敵は壁の裏だろうと機能する盗賊職の専売特許なのである。

「あっちです」

 索敵を任されたマキがソフィアの隣で指をさす。

 雑木林の先、川にいるクラーケンの位置を見破って見せた。

 ソフィアとマキが頑張るのを眺めていると、『月夜見』の申し訳なさそうな声が聞こえた。

「僕は何をすればいいかい?」

「俺と一緒に応援していればいい。アイツらもきっとやる気を出してくれるはずだ」

 ソフィアとマキの『何を言っているんだコイツは』という視線を感じたが無視するスタイル。

 もし今回のが上手くいくなら、俺の手柄としても認められてしかるべきだ。

 心の中で言い訳していると、ニート扱いされた『月夜見』が祈りを捧げるように目を瞑り両手を組んだ。そして。

「……君達に最上級の『寵愛』を与えよう。祝福を祈っているよ。……これでニートはケンジローだけだね」

 俺は小憎たらしい一応女神に掴みかかった。

 そんなやり取りをしていると、俺たちからそう遠くない位置にまるで『戦いを集中しろ』と言わんばかりの雷が落ちた。

 こ、怖ぇ。

 我の戻った俺たちは、今まさに魔法を発動しようとしているソフィアに一言。

「「やるといい!」」

「なんでアンタたちが自慢げなのよ!いいから下がってなさい! 『ヘックス・トルネード』!」

 ソフィアが魔法を唱えた瞬間、川の方から竜巻が発生した!

 自然現象ではない魔力の竜巻だ。

「しかし、すごいな。魔法は気象現象まで再現できるのか」

 ソフィアなら当然やってくれると思って構えていたが、無意識のうちに感嘆の言葉を溢していた。

 どうやら、やれて当然と考えていたのはソフィア本人も同じらしく、そんな俺の呟きに自信満々で返す。

「当然よ。もとは呪詛を込めた風の魔法らしくて、念じた場所に災害を起こす魔法の一つなのよ。もちろん本物の竜巻じゃないから、寿命も高さも弱いけどその威力だけは…え、うそ。なにあれ」

 ソフィアの自信たっぷりな言葉は、しかし最後の方は小さくなった。

 それもそのはずだ。

 この状況なら、いつ発生しても不思議じゃないのだから。

「もしかして本物の竜巻になってませんか?」

 みんなを代表するようなマキの呟きに俺は無言で首肯。

 作戦を立てた俺じゃなくても目の前に広がる光景がなんなのかを理解してくれたらしい。

「もともと竜巻が起きやすい天気の時を狙って、本物の竜巻を誘発したのかい? でも、そんな都合よくいくとは」

「だから、試したいことがある、としか言わなかったんだよ」

 『月夜見』の言うことはもっともだ。

 ただ、ローリスクハイリターンなうちに試せるならやるだけ得というだけのこと。

 上級魔法の竜巻とは比べ物にならないほど巨大化し、遥か上空の積乱雲と接続した魔法の竜巻はもはや災害と言っていい状態になっていた。

 当然、自分たちの真上で竜巻が発生したクラーケンたちは、成すすべなく上空へと吸い上げられていく。

「ちなみに、成功するかは本当にわからなかったからな。いけると思ったのは、普段は軽い低気圧による片頭痛が、過去一酷かったからだ」

 さらにつけ加えると現在進行形で酷い。

 竜巻の発生条件は主に積乱雲の下で渦を巻く気流が発生した時だと言われている。加えて、そこへ上昇気流が発生することで雲と地上を漏斗雲で繋がるというもの。今日みたいに激しい雨の中であれば、魔法でできた仮初の竜巻だろうと本物の竜巻に化けるということだ。

 満足いく結果が得られて気分がいい。

 三日間に渡り相対した敵に打ち勝った余韻に浸っていると、突然横からソフィアに肩を掴まれ揺らされた。

「ねえどうしよう! ねえどうしたらいい⁉ 竜巻の制御ができないの‼」

 何事だと思う間もなくとんでもないことを言われた。

 いったいなぜだ。

 考えうる限りの可能性が断続的に脳内に浮かび上がる。

 数秒か、それとも一秒にも満たない間か。それはさておき、我に返った俺が最初に思考したのは対処法だ。

「どんなに手狭でもいいから地面に穴でも掘ってくれ! 小さめの地下室みたいなイメージで! それが間に合わないなら全員で地面に伏せるぞ!」

 今はまだ川の上にある竜巻が、平地が広がる農耕地へと動いてきたら一巻の終わりだ。巻き込まれれば助からない。

 巻き込まれないためには、最善は地下シェルターのような場所に逃げ込むこと。

 それが叶わないなら頑丈な建物の一階に。なるべく窓から遠いところが理想だ。

 ……と、ここまでは常識的な知識だ。

 じゃあ、何もないだだっ広い平地で、最大で時速百キロメートルにまで達する大竜巻が襲い掛かってきたときにはどうすればいいか。

 小屋や橋の下などの中途半端な物陰は絶対ダメだ。

 ボロ小屋程度なら容易に飛ばされるし、橋の下などは入り込んだ風が強まって飛ばされる。

 むしろ、そういう時は開けた地面に伏せるのだ。

 地上付近は摩擦の影響で風が弱まるので、鉛直方向に渦巻く風にあたる面積を減らせることも相まって生存率が高まると言われている。

「そんなすぐに穴なんか開けられないわよ! これでどうにかなって!」

 文句を垂れながら魔法を唱えたソフィアが腕を振ると周囲が凍り付いた。

 その氷は竜巻から俺たちを守るように、しかし高くならないような壁を成した。

 鋭利な部分を取り除けば氷の滑り台として街の子供たちに喜ばれるかもしれない。

 竜巻に吹かれて残ったら新たなビジネスとして精査してみるとして、まずは竜巻をやり過ごすところから始めなければならない。

 おっと、現実逃避している場合ではないな。

 俺は縄付きの矢を番えると、そのまま氷の壁から張り出た鋭利な部分に引っ掛かるように放った。

「焼け石に水だろうがないよりマシだろう」

 いい感じに返しのような形状をした氷に引っかかったので、縄の安定感を確かめながら仲間たちに掴ませる。

 もし飛ばされるようなことがあってもこの縄さえあれば命綱くらいにはなるかももしれない。

「あとは、障壁魔法もかけ直しておくわ」

 ソフィアがそう言うと、言葉通りもう一枚バリアが出てきた。これで瓦礫に当たって耐えられるかはさておき、生存率を少しでも上げる行動はなんでもやるべきだ。

「ナイスだ。さあ、いよいよだ。備えろ」

 俺がそう言った次の瞬間、もみくちゃにされそうなほどの暴風が俺たちを襲った!
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