けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

業風に飛ばされる前に

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「──ところで、キミたちはどうしてこんなところに潜り込んだのか? ここは専用の魔法道具を使わないと……」

 俺たちをいつでも殺せると思っているらしい『操魔』は顎に手を当てて俺たちの侵入経路を考えているようだ。

 逃げ惑っていたらこんなところにいたんです、とか言えない。

 思うに『月夜見』が幽閉されているということは最深部でないにしろ、この手の重要施設はかなり奥にある者だと思う。だからこそ、俺たちが魔物たちの捜索網を抜けてここにいたことが不思議なのだろう。

 と、何やらぶつぶつと呟いている『操魔』だったが、何か心当たりを思い出したのか手を叩いて頷いた。

「まさかとは思うが、キミたちは間抜けな罠にかかってここに転移してきたのか? ほら、浅層フロアにあった『絶対触るな』って書かれた魔法壁を見たんじだろう?」

 ……何を言っているんだコイツは。

「そんな間抜けで見え透いた罠にかかるわけないだろ。先日相対した俺は、お前目線でそんなにアホに見えたのか? ……おい、黙るんじゃねえ! 何か言えよこの野郎!」

 意味深に無言を決め込んだ『操魔』に抗議した。

 俺は断じて間抜けでもアホでもないはずだ。

 一緒にいた『月夜見』が何よりの証言者になる。そう思って視線を向けると。

「最短経路だったからあえて黙っていたんだけど、ケンジローは必死に逃げながら弱っちい感じ全開で罠がある部屋に飛び込んだもんね。言い訳はよくないよ」

 ……コイツ!

 まさかの裏切りにキッと睨みつけるがそっぽを向かれた。

 そしてそのまま。

「……君にされた仕打ちを許した覚えはないからな。反省しろ!」

 どうやら朝靄の街でのことをまだ根に持っているらしい。

 しかし、一連の流れで納得したらしい『操魔』は満足した顔で矢を番えた。茶番は終わりだと言いたげに。

「おい『月夜見』俺はどうしたらしい⁉ あんなの生身で喰らったら死ぬが⁉」

 おそらく生身で喰らっても死ぬことはなさそうな『月夜見』の肩を揺さぶる。

「と、とりあえず揺さぶるな! あと僕を盾にしたら、神としての権能を取り戻したあとで君に天罰を下すからな! そこのところをよく覚えておくんだね!」

 コイツ! 人をこんな状況にした原因のくせに!

「どうでもいいから何とかしろよ! お前一応は神様なんだろ⁉」

「一応とはなんだ一応とは! 君自身がさっき僕が神だって古文書を解読して教えてくれたんじゃないか! 少しは敬ったりとか崇めたりとかはしないのか⁉」

「やかましい! 第一、崇めたり信じただけで救われるなら、貧乏人なんかがスラムに溢れてたりしねえよ!」

 国民の宗教観が強いこの国で言ったら反感を買いそうな言葉だが、無宗派の俺にとって神とはこの程度の存在だということ。

 そういえばソフィアもなんかの宗教に入ってたらしいが、その辺の価値観については今度話し合わないといけないな。

 思わず戦闘に不釣り合いなことを考えてしまったが、今は目の前のことに集中しよう。

 俺の手元にあるのは今回の旅に持ってきてからお世話になっている魔法銃。それから、電磁砲三発分の魔力だ。

 『月夜見』曰く、この部屋に転移魔法を記したスクロールがあるらしいが、それを彼女が手にできれば勝利。培養ポットから『月夜見』の本体を回収できれば大勝利だろう。

 なら、やるべきことは。

「やれるもんならやってみろ! このダサい服着たクソガキ幹部が!」

 物陰から飛び出した俺は風の矢の初撃を躱し、部屋の対角線上を目指して猛ダッシュ。

 次弾を構えた『操魔』を見て口角を吊り上げた。

「やれやチキン幹部! お前がそれを放ったら、俺の後ろにある培養ポットは割れて中身が弾け飛ぶぜ⁉」

「弾け飛んじゃダメだ! 言っておくが、スクロースを使うのは僕本体じゃないと無理だからな⁉ それに、本体が死んだら幻影も消えるんだ! 君が僕のために身を粉にすることはあれど、僕が君を庇って死ぬなんてありえないからな⁉」

 最低なことを言いだした実は神だった子に無言で書類の束を投げつけた。

 へぶっ、という間抜けな悲鳴を上げた『月夜見』は捨て置いて、第二撃を構えたまま威圧してくる『操魔』を見据える。

「キミってやつはとことんまでに邪悪だね。任務とか関係なく、個人的な意見としてこの世から排除した方がいい」

 なんてひどいことを言うんだこの幹部は!

 あまりにもあんまりな言われようにさすがの俺も頭にきた。

「挑発なら乗ってやるぞ、このクソガキ幹部が! 俺が何を盾にしようとしてるかわかってんのか⁉ 盾にするとか以前に、お前らの大事な実験動物を人質にとってるんだぞ俺は! いいんだな⁉ コイツの運命はお前じゃなくて俺の手にかかっているんだからな⁉ そこんところ弁えろよガキがよ!」

 使えるものはなんでも使う精神で、肉盾にしようとしていた『月夜見』を人質にとる。

 そんなやり取りを見ていた『月夜見』の幻影はというと。

「さ、最低だ! 最低だぞ君! そんなに僕のことが嫌いなのか⁉ だったら素直にそう言えばいいじゃないか! なんでこんな遠回しで陰湿なやり方をするんだ! うぅ、ひどいじゃないか……!」

 俺のやり方に涙目で抗議してきた。

 さすがに人質にされるのは許せなかったらしい。

 それに、こちらを警戒し続けている『操魔』でさえ。

「キミ達は魔物のスターを連れ出すために侵入したんじゃなかったのか?」

 俺のあまりの言動にドン引きしていた。

 悪の組織の幹部にまで引かれるとなんか凹む。

 だがこれも自分の身を守るためだ。弱肉強食の世界で生き抜くための必須スキルなのだ。

「まあいい。個人的に溜飲が下がるし、結果がどうなろうとキミだけは始末してやる」

 気が早まった『操魔』は番えていた矢を放った!

 それを見て俺は培養ポットの陰に隠れて回避。

 次の矢を構えるのを見ながら、割れたポットに銃口を突っ込んで『月夜見』の額に突きつけた。

「キミが死ぬのはかわらないさ」

 そう言って矢を放ってきた!

 超必殺『月夜見』ガードを発動させた俺はきたる衝撃に備えた。

 しかし。

「……キミたちは揃いも揃って大間抜けなんじゃないかい?」

 高度な罠にかかったらしいソフィアたちの姿があった。

 俺たちは間一髪のところで障壁魔法に守られたらしい。







 ──膠着状態。

 今の状況を的確にとらえた言葉がこれなのだが、けん制と呼ぶには些か呑気な会話が続いていた。

「あの罠は、一見するとバカを釣るためのものだと思うわ。でも、だからこそ、曲がりなりにも侵入できる程度のお頭があれば普通は引っかからないはずよ。しかしそれこそが盲点だったのよ! あえて見え透いた罠にすることで自分たちのショートカットを置いておくというアイデアだったのでしょうけど、私の目は騙し通せないわ!」

 キリッと格好をつけたポーズとともに、ソフィアは『操魔』を指差してキメ顔を浮かべる。

「さすがソフィアだ。あんな罠ではそこらのぼんくらはともかくとして、俺たちの目を欺くなど千年早い」

 そうだ。俺は逃げながら必死こいていたら罠にかかった間抜けなどでは断じてないのだ。

 しかし、呆れたうえに嫌そうな顔を浮かべた『操魔』はというと。

「別の転移床で団員証を使えばどのフロアにもワープできるのに、なぜそんな罠が置かれていたのか同じ組織のボクでもわからないくらいなんだがね。……はぁ、あれを遊び感覚で設置した部署には後でお灸をすえなきゃならないな」

 もはやため息までつき始めた『操魔』は、ここにいない誰かに向けて恨み言を溢した。

 妖魔教団の幹部も生半可なメンタルでは務まらないらしい。

 二度の死闘を繰り広げた相手だが、苦労人だと思うと共感できてしまう自分が悔しい。

「……お前も大変なんだな」

 そういえば『旗槍』もハードワークだと、初めて相対したときに愚痴を言っていたな。

「幹部に残業代はでないからね。色々押し付けられるのさ」

 日本の管理職かよ。

 霧の国の労働者ファーストな法律に慣れはじめていたせいで、久々にブラックすぎる日本社会の闇を想起して頭がクラっとした。

「敵にこんなこと言うのもなんだか筋違いだと思うんだけど、アンタたちのところはブラック企業なの? 幹部と言えど戦場に駆り出される労働者じゃない」

 隣からスッと入り込むように、ソフィアが真顔のままそう言った。

 違和感を抱くべき事柄にしっかりと違和感を口にできる貴族がいるうちはこの国は安泰だろう。

 続けて、マキも何かを思い出したように口を開いた。

「……確か、日出国や妖魔教団の総本山では、管理職の仕事が長引くのは本人の采配ミスだと言われてるのでしたね」

 西側の国ではそんなことないんですけどね、なんて呑気な口調で話すマキには一度でいいから日本で働かせてみたい。

 心のなかが邪悪で埋め尽くされそうになっていると、再びため息をついた『操魔』が再び矢を放ってきた。

「キミ達には絆されていたかもしれないね。……ボクに人の心があったらさ」

 風の矢をまとめて撃った『操魔』は冷徹さを隠さずそう言った。

 完全に不意打ちだ。

 はっきり言って俺がとやかく言えたことではないが、今のでソフィアが全員にかけてくれていた障壁魔法が割れた。

 逆に言えば障壁魔法が守ってくれたおかげで無傷だが、ソフィアの詠唱に時間がかかることを考えれば敗色濃厚か。

 とりあえず五体満足で逃げ切るのは難しそうだ。

 こんな時にどうしたらいいか、戸惑う仲間を見つつ俺は作戦を考え付いた。

「ソフィアはなるはやで転移魔法を唱えろ! その間コイツは俺たちが庇うぞ!」

 風の矢の本数は先ほどの斉射でも十二本だった。障壁魔法こそ割られたが、ここに入る前にかけてもらったステータス強化の魔法はまだ残っているので死ぬことはないと思う。つまり、ソフィアに攻撃を当てさせなければ逃げられる。

 と、そんなことを考えていたのだが、よりにもよってソフィアが反対しだした。

「ダメよそんなこと! 転移魔法は魔力をたくさん使うし、治療魔法だって詠唱に少し時間がかかるわ! それまでにアンタたちが死ぬかもしれないじゃない! あと、転移魔法って調整がすごく難しいのよ! 急いで唱えたら片足の膝から先が地面にめり込んで弾けるかもしれないわ!」

「そんなリスクは織り込み済みだ! いいからやってくれ!」

 幸い、ソフィアほど魔法に秀でた者なら、複雑な魔法でもある程度詠唱を省いても魔法を成功させられる。その分、制御が不安定になるが。

「『旗槍』です! 『旗槍』の魔力が近づいてきているのです! 急いでください!」

 マジかよ!

 いや、こんな騒ぎを聞きつければそりゃ喋ってる声でこっちに気づくか!

 万事休す。

 だが、はなからソフィアに賭ける展開なのは変わらない。

「へぇ、そう簡単に逃がすわけないじゃないか!」

 素早く弓を番えた『操魔』が容赦なく風の矢を飛ばしてくる。

 絶対にソフィアに当てると言わんばかりの、意地の悪い軌道を通る矢からソフィアを庇うと、俺は魔法銃で反撃した。

「ただでやられてやるわけねえだろ! 搦手が使える幹部なら、過去に二度も戦った俺のことくらい少しは理解しろよ! ええ⁉」

 マキや『月夜見』と違い俺は遠距離攻撃手段を持っている。これを使わない手はない。

 どうせ手負いで逃げるのだから、敵に少しでも痛手を負わせてやるのだ。

 狙いは完璧。

 『操魔』の肩を掠めた魔法銃の一撃は、その背後にある一つ上の階の柱を破壊した。

 この階の柱を見て上の階の柱の位置を予測したのだが、どうやら上手くいったようだ。

 こうなれば、デリケートな構造をしたこのフロアも上のフロアの崩落に巻き込まれるだろう。

 撃たれてもすぐに再生する『操魔』でも生き埋めは効くだろう。

 『月夜見』の本体が入った培養ポットは、先ほどの風の矢でヒビが入ってしまっている。アイツだけでもどうにか回収できないだろうかと考えていると、ついに魔法を完成させたソフィアがバッと立ち上がった!

 そして──!

「『エオニア・プロクタシア』ーッ!」

 直後、天井の崩落とともにドーム状にバリアが広がった!







 ──完全に作戦と違うことをしてくれたソフィアの手により。

「……また君に助けられたみたいだね。礼を言うよ、ソフィア」

 崩落で割れた培養ポットだけを、その他の瓦礫と一緒にバリアが弾き飛ばした結果、中にいた『月夜見』の本体が解放された。

 衝撃を受けて目を覚ました『月夜見』の視線の先では。

「このあばずれが! どうすんだこれ! 俺もマキももう限界だが⁉」

 急所を外れた矢が体中に刺さる中、転移魔法を使わなかったソフィアの肩を俺は激しく揺らす。

 見るとマキもソフィアの脇腹を抓っている。

「アンタこの子を見捨てて逃げろっていうの⁉ それにこんな地下深くで転移魔法なんか使ったって、高低差の加減なんかうまくいかないわ!」

 こっちはソフィアのためなら片腕くらい失ってもいいと思っていたのに、コイツは寸前で日和ったらしい。

「チキったんですね⁉ ソフィアは国内トップクラスの魔法の使い手なうえ、大貴族の生き残りなのにチキったのですね⁉」

「いたたたた! ねえマキやめてちょうだい! ホントに痛いから⁉ 痕になっちゃうから⁉」

 手加減なしで脇腹を抓られているソフィアが悲鳴をあげているが、俺もやっていいだろうか。

 と、そんなことを考えている場合じゃなかった。

 範囲が広いバリアの中だからと油断している場合ではない。なぜなら。

「某の目を欺き斯様な事態を引き起こしていたか」

 崩落した瓦礫の中を潜行したのだろうか。姿を現した『旗槍』が、強固なバリアを一撃で破壊した。

 朝靄の街で戦った時もコイツはソフィアの『エオニア・プロクタシア』を叩き割っていたっけ。

 バリアが割れた瞬間、魔法銃に魔力を込めず引き金を引いた。

 魔法学を用いて作られた機構はクールダウン中だが、素で使っても普通の火縄銃くらいの威力は出てくれるのでけん制目的にはもってこいなのだ。

 『旗槍』の接近はマキの報告でわかっていたので、いつでも迎撃できるように意識していてよかった。

 だが、『旗槍』とて腐っても長年世界を脅かしてきた悪の組織の幹部なのだ。ただの遠距離武器一つで抑えきれるような小物ではない。

 故に。

「う、ぐっ……」

「ケンジロー⁉」

 接近は無理だと判断したのだろう。俊敏な反応で投げられた投擲ナイフは俺の左腕を肘から斬り飛ばした。

 今まで大怪我を負ったことは何度もあったが、意識が鮮明な状態で片腕を飛ばされたのは初めてだ。

 覚悟はしていたが、実際にこのようになると痛みでどうにかなりそうだ。いや、どうにかなりそうなのは血を失い始めたのもあるだろうが。

「無駄にはしないわ! 『テレポーテーション』ッ!」

 脇腹を抓られていたソフィアが転移魔法を発動した──!







 ──転移魔法による視界の歪みが収まった頃。

「ちゅめたぁっ⁉ そ、ソフィア! なんてところに飛んでるんですかぁ⁉」

 ソフィアの転移魔法で撤退したはずの俺たちは、極寒のなか川に流されていた。

 あまりの冷たさに可愛らしい嚙み方をしたマキだが、実際俺も寒いと思ってるのでバカにできない。

 幸い、事前に各種支援魔法と一緒に防寒魔法もかけてもらっているので、体温を奪われて死ぬ心配はない。ないのだが。

「ソフィアお前もう俺に鬼畜だなんだって言えねえからな! 片腕飛ばされてんのに傷口を冷水漬けにしやがって!」

 この怪我では体温が下がれば出血量が減るとかそういう次元の話じゃない。川の流れに従って、俺の近くだけどんどん赤くなっているのだ。

「仕方ないでしょ⁉ 転移魔法のめり込み事故は、液体や気体の中では起こらないのよ! 高等魔法学に転移干渉の優先度って論文があるから帰ったら目を通しておきなさい!」

「言い訳はいいから早く治してくれよ! 今回のは本当に死ぬやつだ!」

 蘊蓄を垂れている暇があったら早く傷を治してほしい。今回ばかりは放っておかれたら本当に死ぬ気がするから。

「わかってるから急かさないでよ! ……神々への祈りは反響する! 『ディビニタス・サーナティオ』ーッ!」

 気合の入ったソフィアの詠唱が聞こえたと思うと、切り飛ばされて激痛が発生していた腕が急速に再生した!

 おお!

 これがソフィアが本気を出した時の治療効果か!

「今の魔法は使うのに結構苦労するんだからね! さっきの転移魔法といい、帰ったら私が満足するまで尽くしなさいよ!」

「言われなくてもそんなもんいくらでも……うん? 怪我を負ってまでソフィアに魔法を使わせたのは、お前が『月夜見』を助けようとしたからだったような」

 気を抜くと意識を落としそうな激痛から解放されたので忘れそうになっていたが、そもそもここまで消耗する前に転移魔法で逃げる手筈だったのではなかろうか。そこのところはどうなっているのか問いただそうとすると、狙ったようにマキが叫んだ。

「その『月夜見』はどこですか⁉ あの子から敵意もありませんし、魔力が多すぎて近くにいることしかわからないのですが!」

 そう言えばそうだ。

 というか、転移してきたのは俺たちだけとは限らない可能性まであるのだから、味方になったはずの『月夜見』を早く回収しないといけないかないか。

 転移魔法が事故ったのかと思ってソフィアへ視線を向けると、まるで心外だとでも言いたそうに睨まれた。

「転移誤差よ。どんな優秀な魔法使いでもこういうことが起きるから川を選んだの」

 なるほど。

 俺たちが寒中水泳するハメになったのは何もソフィアのせいというわけではないのか。

 とはいえ、寒い思いとももうすぐおさらばだろう。なぜなら下流の方に中州が見えてきたからだ。

 流れは緩やかなので上手く体の位置をコントロールすれば問題なく地上に上がれると思う。

 そんなことを考えているとマキが中州にできた茂みを指して叫ぶ。

「いました! あの中州に引っかかってます!」

 マキの報告に釣られて視線を動かすと、確かに『月夜見』が転がっているのが見えた。

 付近に妖魔教団の連中の姿が見えないので回収してしまおう。

 ほどなくして川から上がった俺たちは、茂みに隠れる形で転がる『月夜見』へと駆け寄った。

「おいこれ大丈夫なのか? 死んでないだろうな」

 こちらに気づいて起き上がる気配がないので、転移魔法を使ったソフィアに視線を向けるとそっぽを向かれた。

 おい。

 まあいい。最悪助からなかったのなら冥福を祈るだけである。

 そんな自分でも人としてどうかと思うことを考えながら『月夜見』の呼吸音に耳を澄ますと。

「すぴー」

 呑気な寝息が聞こえた。

 狙ったかのようにひと際大きい寝息を聞かされた俺たちは、苦笑しつつも帰ることにした。
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