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凍らぬ氷の都編
氷の第二作戦、迎撃
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──支援要請を出した騎士団曰く、今度は『北盗団』が攻めてきたという。
ボス級の魔物がいなかった昨夜と違い今回の襲撃は精鋭揃いの『北盗団』だということもありこの場に緊張が漂っている。
そのためか、参戦する騎士の数は昨日より少なく、また一人ひとりがベテランの顔つきをしていた。どうやら、参戦条件にレベル制限があるらしい。
参戦手続きのために他の冒険者同様列に並ぶ俺は周りの様子を眺めながら順番を待った。
しばらくすると列が進み、いよいよ次は俺たちの番みたいだ。
よそ見していた意識を仲間たちに戻し、手続きに必要な冒険証をいつでも出せるよう手を添えて。
……あれ、俺って今レベルいくつだったっけ。
直前になって思い出した俺だったが、ちょうど前の人がいなくなった。
「──レベルで弾かれたケンジロー。アタシたちはどう動くつもりなのですか?」
参戦手続きから数分後。
参戦許可条件であったレベル十五に俺だけ達しておらず、泣く泣くゲリラという形で戦場に出ることにしたのだ。
「うるさいぞマキ。そういうお前らはレベルいくつなんだよ」
二人とも俺がこの世界に来る前から冒険者稼業をやっていたらしいのでそれなりに高レベルなのだろう。悔しいことに。
どっかからメタル系のモンスターでも湧いてこないかと本気で願っていると、ふふんと鼻を鳴らしたマキがこちらの神経を逆なでするかのように横から冒険証を見せつけてきた。
「アタシは十九なのです。あと少しで二十の大台に乗るのですよ」
そんなマキに、気づけば雪玉をぶつけていた。
「おっと悪い手が滑った」
青筋を立てて掴みかかってきたマキを振り払っていると、今後はソフィアが耳元で笑い出した。
しきりに接近戦を仕掛けてくるマキを投げ飛ばしながらソフィアに視線を向けると、手で口元を覆ってお嬢様みたいに笑っていた。
「うふふ、私は二十六よ。……あ、ちょやめて! 二人して雪玉投げないでよ‼」
想像以上に高レベルだったソフィアに俺とマキは次々と雪玉を投げつけた。
「アンタたちさっきまで取っ組み合いしてたのにどうして結託するのよ! 私は幼少期から魔導隊の人たちと一緒に戦ってたんだからレベルが高いのは当然でしょ⁉」
貴族らしく言い訳ばかりつらつら並べるソフィアに、俺とマキは更に追撃を加え続けた。
──数分後。
気丈なソフィアを涙目になるまで行きまみれにして満足した俺とマキは、彼女の魔法によって首から下まで雪に埋められていた。
「アンタたち本当に覚えておきなさい」
「何が覚えておきなさいだよ。首から下まで埋めやがって」
「そうですよ! はやく引っ張り上げてほしいのですが!」
恨み言をぶつけ合いながら雪の中でもがいてなんとか脱出した。
あと少しで抜け出せそうなマキの手を掴んで引き上げてやると、急に快適に感じる体感温度になった。
どうやらソフィアが魔法をかけてくれたらしい。
「耐寒魔法とは気が利くじゃないか。なんだ、ツンデレか?」
「う、うっさい! こんなくだらないことで風邪ひかれたら恥をかくのは私の方よ‼」
ソフィアは頬に朱がさすのを隠そうとしながらそう返した。
なるほど、言葉では知っていたがこれがツンデレお嬢様の実物というものか。
最高にイジリ甲斐がありそうなのだが、隣にいるマキに袖を引かれたのでやめておく。暗に、これ以上は取り返しがつかなくなると警告された気分である。
「なんにせよ、アタシも悪かったのです。まさかケンジローを煽ったらこんな大事になるなんて思いもよらなかったのです」
どうしてやろうかと考えていると、空気を変える意図も込めてかマキが最初に謝った。
仕方ない。許してやるほかない……なんかこれを認めたらまるで俺が地雷原みたいじゃないか。
「私は謝んないわよ。先に雪かけてきたのはアンタたちだし、再三やめろって言ったもの」
こ、コイツ大人気ねえ!
確かにソフィアは巻き添えだったと思うがまさか大量の雪で埋められるとは思わなかったので受け入れがたい。
「まあ、そうだよな。それより、俺も悪かった。大人気なかったよな。仲直りも兼ねて、今回の防衛が成功したら夕飯はちょっと旨いモノでも作ってもらおうぜ」
ソフィアとマキを交互に見ながら半分くらい思ってもないこと口にする俺。
しかし、俺の意図を察してかマキも俺ではなくソフィアにジッと視線を向けだした。
するとさすがに居心地が悪くなったらしいソフィアがこちらに頭を下げた。
「私もやり過ぎたわ。ごめんなさい」
「なんだ、ちゃんと謝れるじゃないか」
言いながら、ちょうどいい高さになったソフィアの頭を撫でてみる。
「あっ」
髪質のことなどさっぱりだが、素人が触れてもきちんと手入れされているのが分かるサラサラな金髪である。
そんなことを考えていたからか、マキの驚いたような声は右から左だった。
だから、自分の手のひらから脅威が迫ってくるなどとは微塵も思っておらず。
「……ねえ、女性の髪に勝手に触れるなんて、常識って習ったの?」
ドスの利いたソフィアの声を聞いて、はじめてやってはいけないことをしたのだと気づいた。
急いで手を放してまずは謝罪を思ったら手首を掴まれた。
「従者の教育も貴族の義務だから、今回は大目に見てあげるわ。だって、知らなかったんだもの。ね、そうでしょ?」
顔を上げて目を合わせたソフィアの顔は般若を彷彿とさせる恐怖心を与えるものだ。
これは、今度こそ雪に埋められるかもしれない。
俺の手首をつかむソフィアの手から魔力が可視化されだして──
──更にしばらくして。
「女性の髪は?」
「気安く触れない」
「女性の容姿について触れるときは?」
「ネガティブなことを連想させることは厳禁」
「女性に名前を聞くときは?」
「自分から名乗るのが紳士のマナー」
この数分でソフィアに徹底的に教育された俺にもはや回るだけの思考力など残されていなかった。
「……次忘れたら指先から魔法で炙るから。言っておくけど、魔法で治してあげられる以上容赦なんてしてあげないから」
「お嬢様の仰せのままに」
ちくしょう! この女超怖い!
多分本当に炙られるのでイジリ過ぎには注意しよう。
「ふはははは! 憎き相手が躾けられているではないか。いい気味である!」
いつやられても不思議じゃないという緊張感のおかげか、そんな声にも対応できた。
「上だ!」
仲間に警告を出しながら回避し一息つく。
仲間の様子を確認するため視線を動かすと、ついさきほどまで俺がいた場所に禍々しい槍が刺さっていた。
怖い、超怖い。
「予告なしに奇襲など、お前に騎士道精神というものはないのか『旗槍』!」
そう。この禍々しい槍。……どころか、本人の装甲まで禍々しい人物は、これで三度目の遭遇となる妖魔教団幹部の『旗槍』である。
ソフィアの通称、自爆魔法に巻き込まれて装甲を失っていたと思ったのだが、なぜか再生している。
どうしたものかと考えていると、両側から袖をクイクイと引かれた。
「ねえ、アンタが言う? それをアンタが言っちゃうの?」
「アタシ、もう誰も信じされそうにありません」
……『旗槍』を撃退したらコイツらを泣かせてやろうか。
失礼なことをいう仲間たちに気をとられていると、視界の端を光沢のある何かが高速で通り抜けたのに気付いた。
反応が遅れた。
慌てて身構えると、笑いを堪えるような声で『旗槍』が投げナイフをしまい込んで。
「戦闘中のよそ見はやめるべきだ。次は容赦しない」
これが最後の警告だとでも言っているような声色だが。
ソフィアとマキが傍で何やらコソコソと話している。作戦会議だろうと思い聞き耳を立ててみると。
『……ソフィアソフィア。あの幹部、ああ言っておいて額から冷や汗掻いているのです』
『あれよ、マキ。さっき騎士道精神がうんたらって言われて、幹部としての貫禄と体裁を気にし始めたのよ。こんな狡いが服着て歩いてるような奴に言われたことなんて気にしなきゃいいのにね』
『なのです』
……。
「あの、すいません。俺、アンタの方に寝返っていいっすか?」
「「ああっ!」」
仲間からのあんまりな言われように本気で寝返ろうかと考えていると、『旗槍』は心底呆れたようにため息をついた。そして。
「某の旗本に下るというなら拒まぬ。その場合、契約により某を裏切れない魔力の契りが発生するがな」
「ブラック企業がホワイトに見える真っ黒っぷりだな!」
「ふむ。某はこれでも部下に優しいつもりであるぞ。なにせ、如何なる理由があろうと裏切りは殺処分というのがコンプライアンスだからな。裏切れない契りというのはいわば某が部下に課す安全装置なのだよ」
戦時中の軍事かよ。
「この話はなしだ。……ちくしょう、部下を見捨てず三食寝床付き! ミスした時も怒りながら尻拭いを手伝う理想の上司は⁉ トップ自ら末端構成員を労うやりがいと風通しのよさを兼ね揃えた俺の中の悪の組織実はホワイト企業説が崩れ去ったんだが⁉」
「某に言うでない! だいたい、某はいわば管理職なのだ。尻拭いする側なうえ残業代など一銭たりとも出んわ!」
そこは日本の管理職と一緒なのかよ‼
未だ崩れていなかった数少ないフィクションへの理想をまた一つここでへし折られた俺は、ついに膝から崩れ落ちた。
「そ、そのようになるほど落ち込むほどなのか⁉ しかも何故貴様が落ち込む‼」
敵前で油断だらけもいいところなのだが、『旗槍』はというと困惑一色で武器を構えたまま手を出せずにいた。
もはや愚痴を吐き出す対象となってしまった妖魔教団幹部に俺はさらに続ける。
「冒険者になって美少女にちやほやされるかと思ったら肝心のヒロイン枠は揃いも揃って貧相な体つきしてるしさ。おまけに仲間のことを鬼や悪魔みたいに言うんだぞ。日頃理知的な俺とてこの年の男だから、そりゃプロポーションのいい異性によくされれば喜ぶさ。でも、コイツらにはそこに必要な女性としての魅力がないんだよ。やってらんねえ」
「き、貴様は当人らの前で堂々と言うのだな」
「俺は堂々と物事を口にする男。陰でこそこそなんて性に合わないさ」
嘘です。陰でこそこそ超大好きです。
ちなみに、そろそろマキ辺りに本気で刺されそうなのにも気づいている。
そろそろ真面目にやろうかと考えだしたその瞬間。
「では、某が望みを叶えてやらんこともない」
「五歳以上年上はちょっとってうおっ危ねえ!」
言い終える前に地面が隆起した。
慌てて飛び退いたのでダメージを受けることはなかったが、妖魔教団幹部の『旗槍』さんはそれはもうお怒りだった。
ついでに言うと、飛び退いた先にちょうどいたソフィアとマキも目から光が消えていて四面楚歌である。
これは終わったと思うと同時に『旗槍』との戦闘が幕を開けた。
「──待て、逃げるでない! 先ほどは騎士道について某を批難しておきながら、貴様の方が騎士道など微塵も感じられないではないか‼」
あの後、命の危機を感じ取った俺は走りにくい雪原を全速力で逃げ回っていた。
後ろから投げナイフやら魔法やら、あとダガーを携えた生身の人間が飛んでくるのを奇跡的に回避しているところだ。
ステータス上絶対避け切れないと思うのだが、これが主人公補正というものだろうか。
というか。
「お前らいい加減にしろよ!」
射線上に仲間を巻き込む形で発砲するのは流石の俺も超えてはいけない一線だと考えていたがもう知るか。
どうせソフィアとマキは魔力バリアで守られてるし、はなから敵対している『旗槍』については知ったことではない。
そう考えついたのなら思い立ったが吉日というもの。早速身を翻し、追いかけてくる三つの人影に目掛けて引き金を引いた。
魔力を使う機構により反動だけでなく発砲音も衝撃波も抑制された魔力式の電磁砲は、レベルが上がり切った命中精度系スキルにより寸分違わず追っ手を飲み込んだ。
──夕刻。
妖魔教団幹部『旗槍』を撃退した俺たちは、ソフィアの親父さんに呼ばれて城の会議室にいた。
「この度は防衛戦の参加条件を満たさなかったにもかかわらず、戦場の外から幹部と交戦し見事退けたそうだね。ご苦労だった、ケンジロー君」
そう。あの後、一発では不満……反撃される可能性を捨てきれなかったので撃てるだけ撃ったのだ。
魔法銃の魔力装置に魔力が充填する時間を体で覚えて最速で撃ち込んでやったのさ。
結果、『旗槍』の特殊な装甲に阻まれ討ち取るには至らなかったが、撤退に追い込むには十分なダメージを与えられていたらしい。
ちなみに、巻き添えを喰らったソフィアたちはというと。
「アンタが情け容赦なく味方を撃てる人間だと信じていたわ」
俺たちよりいい椅子に座っているソフィアが皮肉ともとれることを言うと、それにマキも続く。
「アタシたちの演技にまんまと乗せられた妖魔教団幹部の顔は思い出すだけでも笑えてくるのです」
口々に自分たちの手柄を主張する二人の言い分はこうだ。
調子に乗っていた俺を脅すのも兼ねて、『旗槍』を巻き込んで三人で固まりながら追いかける。味方を巻き込むような立ち位置で俺が反撃に出るなどとは夢にも思わないだろうから、ソフィアの障壁魔法で自分たちだけ守って魔法銃でダメージを与えようという算段だったのだという。
「しかし、ケンジローが気づいてくれてよかったのです。正直『旗槍』への挑発がちょっと露骨かと思ってましたけど、いい感じに刺さりましたね」
「怯えて逃げる演技も迫真だったわね。その直前の、私への失言くらいは許してあげるわ」
ソフィアたちの主張に親父さんも大層喜んでいて。
「仲間に撃たせる演技というのは些か騎士道精神に欠くが、それらを含めて考えても良い働きをしたな、ソフィアよ」
この地方で事実上一番偉い人が案外親バカなことが判明した。
しかしそれはいい。それはいいのだが。
「なあ、いつから『旗槍』の騙し討ちになっていたんだ?」
瞬間、空気が凍り付いた。
もしかしたら会議室の窓が開いてしまっただろうか。
「ね、ねえ。アンタ本気で言ってる? もしかして、演技とかじゃなくて素で私たちを撃ったの?」
肩と声を震わすソフィアに突っ込まれた。
「本気かどうかはさておくとして、そういう作戦なら先に伝えてほしい。であればもっと悦に浸れたというのに」
俺がそういうと、仲間二人がわーっと叫びだした。
「最低! 最低です! この男、本気でアタシたちを撃ったんですね⁉」
「いくら優秀な私の魔法で防げるからって、仲間への攻撃だけは絶対に超えない一線だって思ってくれてると信じてたのに‼」
「最低なのはお前らだわ! 確かに俺もおいたが過ぎたかもしれんが、人に向けて中級以上の魔法を撃ったり全速力で切りかかってくる奴があるか‼」
本当にひどい目にあったんだからな!
この場で聞かれたら首が跳ねかねない人物がいるにもかかわらず、俺は声を大にして主張した。
しかし、聞かれたら首が飛びかねない人物はというと、さすがは何十年も地方を統治しただけあり落ち着いている。
傷つける意図があったわけではないが、アンタの娘さんに殺傷力のある武器を向けた男ですよ?
そんなチキンレースを繰り広げていると、会議室の扉が激しくノックされた。
一時休戦。
ソフィアの従者としてこの城に滞在している俺とマキは、親父さんの「入りたまえ」という声を聞いて扉を開けた。
観音開きの扉を開けると、高そうな鎧をまとった老齢の男が入ってきた。年齢で言えばこの場にいるジョージさんと同じくらいだろうか。
と、そんなことを考えたからか、先ほどまで無言に徹していたジョージさんが言葉を発した。
「これはこれはミハイル様。ご無沙汰しておりました。変わらずお元気そう故、きっと散り際も戦場でございましょうな」
そんな、ジョージさんにしては非常に棘のある挨拶に、しかし受け手の騎士は不満な顔一つせず笑っている。というか、言ったジョージさんさえ別にこの人物に嫌そうな顔をしていない。多分、同世代なので冗談を言い合える間柄なのだろう。
ジョージさんの滅多に見ない様子に驚かされたが、自分の中で納得のいく結論を見つけた。
「かっかっか! 弟分だった執事見習いが今じゃ大層な立場だというじゃあないか‼ なぁ?」
老ても若くても野太そうな声で騎士のおっさんがジョージさんと肩を組む。
どうやら本当に面識があったらしい。
と、ジョージさんに絡んでいたミハイルという騎士が、興味深そうに俺とマキへと視線を向けてきた。今度の対象は俺たちらしい。
ならまあ、挨拶もまだだしなんか話しかけてみるか。
「ソフィア……様の従者をやってる青木健次郎です。……ジョージさんとは知り合いなんすね。正直、ジョージさんのさっきの言動には驚かされました」
「ねえ待って。今私の名前の後にあった間はなに? もしかしてフォーマルな場でさえ私のこと様付で呼ぶのに抵抗あるの?」
横から小声でツッコんでくるソフィアはいったん無視する方向で。お小言なら後で甘んじて受け入れるつもりだとアイコンタクトで伝わればいいのだが。
今はそれよりもミハイルさんと会話を広げたい。
と、反対の扉の取っ手を持っていたマキも俺に続いて挨拶を始めた。
「アタシはマキって言うのです。本業は冒険者ですが、ソフィアさ……ソフィアとケンジローとパーティを組んでからはメイドも兼任しているのです。人数が少なくてソフィア自身が家事掃除ができないので案外重宝しているとよく言われるのです」
「ねえマキ、今様付けしようとしてわざわざ言い直さなかった? というか、アンタ普段私のことどう見てるの? り、料理くらい私だってやればできるから! ほ、ほら! ケンジローが厨房に入れてくれないせいよ‼ ホントにやればできるんだから‼」
それはやらないしやれない奴の常套句だと思うのだが、コイツの家事掃除におけるセンスの無さは深くツッコんだら負けなのでもう触れない。
将来誰かがコイツを嫁にもらうなら、悪いことは言わないので火災保険にだけは入っておくべきだろうとだけ付け加えておこう。
「お前の女子力についてだけは悪いが涙を呑んで努力してくれ。俺たちとて普段から苦労しているんだ」
従者として労働に対する対価をもらっているので怒ったりとかネガティブな感情を抱くことはないのだが、ウチのお嬢にも淑女としての最低限の生活力というものを身につけてほしいものである。
とぼとぼと部屋の隅へ歩いて体育座りをするだけの生き物になってしまったソフィアから目を離すと、ちょうどミハイルさんが俺たちに笑いながら声をかけてきた。
「かっかっか! あんなに幼かったソフィア様がこんなにも冴えた目をした付き人を従えるようになるとは、時の流れは早いってっもんじゃ! さて、ジョージの言う通り、ワシのことはミハエルと呼んでおくれ! ではよろしく、ケンジロー君にマキちゃん!」
ミハイルさんはそう言って右手を差し出した。
なんかむず痒いけどこういうのも悪くないな。
マキと互いに目を見合わせ、二人を代表して握手に応じ。
「いででででで! 握力! 握力ッ‼」
常軌を逸した握力で右手を握りつぶされそうになった!
「根性が足らんな若造! 男たるもの根性と体力、そして力が勝負なんじゃ‼」
「うるせえ俺は頭脳派なんだよ! 賢者召喚で招かれた人間に物理ステータスを求めんな‼」
近年何かとジェンダーバイアスをやめる方向に社会が動いてる日本育ちに男らしさなど求めないでいただきたい。
鳴ってはいけない音が出てしまった右手をソフィアに向けて治療してくれとアピール。
ソフィアもミハイルとかいうおっさんの素行には呆れているのか、苦い顔をしながら握りつぶされた手を治してくれた。
「はい終わり。それより、ミハイルさんがアポなしでお父さんを訪ねるなんて珍しいわね。何かあったのかしら」
話を戻したソフィアの声で真剣な表情に戻ったミハエルが姿勢を正して口を開いた。
「夜巡隊より報告があった。現在妖魔教団の幹部が部下の魔物を大勢引き連れて旧都を進軍中と情報を受けたわい。数は一万強、足の速い夜巡隊との速度差を考慮すりゃ夜半頃が開戦の目安じゃろうな」
マジかよ。正直それだけの数を揃えた組織力には驚かされる。
だが、この前の七千の魔物を追い払ったこの街なら、まったく被害が出ないことはないにしても街が陥落するとは考えにくいはずだ。
「報告感謝する。夜巡隊の者たちにもそう伝えてやってくれ」
「承った」
静かに頷いて一言。片膝をつく様子は年齢を感じさせない猛る騎士の風格が感じられた。
言葉遣いこそ親しい間柄故かジョークも織り交ぜられているがその忠誠心は本物だろう。
さて、そんなミハイルさんを見送った俺たちはというと、真剣な表情でこちらを見るソフィアの親父さんにすこぶる嫌な予感を抱いていた。
「ソフィアよ。実の父として愛娘にこのような命令を下すのは実に心苦しいが」
おいおいおいおいおいおい!
妖魔教団幹部と一戦交えた俺たちにまだ戦えと⁉
断っちまえソフィア!
いくら何でも連戦は分が悪い。万一があったらどうするんだ。
そう強く念じながらソフィアを睨むと、こちらを一瞥した彼女は自らの父の前へと一歩出る。そして。
「皆まで言わなくていいわ。皆のことは私が必ず守るから」
「ソフィアてめえこの野郎! よりにもよって、何てこと言いやがるんだこのクソアマ! もう知らん。ソフィアの親父さんの前だからと極力暴言は吐かないようにしていたがもうやめだ! お前ここしばらくで、そういう如何にも戦死しそうな奴が言うセリフというものを学んでこなかったのか⁉ 俺の故郷では、そういうのを死亡フラグって言うんだよ!」
真顔でとんでもないことを口走るソフィアを俺は全力で止めにかかる。
この世界の住人は自覚がないようだが異世界人の俺にはわかる。この世界には確かに言霊とかフラグとかいう概念が存在するのだと。
しかし、納得がいってないのはソフィアも同じらしく、声を荒げて食ってかかってきた。
「はぁ⁉ 誰が死ぬって言うのよ‼」
「お前のことだ! いいから今夜はもう寝てろ! 夜更かしして肌が荒れたら、お前の数少ない魅力である容姿が絶妙にすっぴん見せずらい感じになるぞ。ニキビ痕ってなかなか消えないらしいぞ」
みるみるうちに顔を赤くして怒りを湛えるソフィアは通り抜けざまに人の足を蹴ろうとしたので華麗に回避。そのまま扉の前まで向かうと、涙目でこちらを見ながら。
「もういい、私一人で行くから‼ 絶対ついてくるんじゃないわよ‼」
そう吐き捨ててどこかへ行ってしまった。
「あ、アイツ……!」
急いで追いかけようとしたが、親父さんに呼び止められた。
「待ちなさい。……ケンジロー君、マキちゃん。君たちとも少し話がしたい。いいかな?」
「えっと……とりあえず聞きませんか?」
焦る気持ちはあるものの、俺たちはソフィアの親父さんの話を聞くことにした。
ボス級の魔物がいなかった昨夜と違い今回の襲撃は精鋭揃いの『北盗団』だということもありこの場に緊張が漂っている。
そのためか、参戦する騎士の数は昨日より少なく、また一人ひとりがベテランの顔つきをしていた。どうやら、参戦条件にレベル制限があるらしい。
参戦手続きのために他の冒険者同様列に並ぶ俺は周りの様子を眺めながら順番を待った。
しばらくすると列が進み、いよいよ次は俺たちの番みたいだ。
よそ見していた意識を仲間たちに戻し、手続きに必要な冒険証をいつでも出せるよう手を添えて。
……あれ、俺って今レベルいくつだったっけ。
直前になって思い出した俺だったが、ちょうど前の人がいなくなった。
「──レベルで弾かれたケンジロー。アタシたちはどう動くつもりなのですか?」
参戦手続きから数分後。
参戦許可条件であったレベル十五に俺だけ達しておらず、泣く泣くゲリラという形で戦場に出ることにしたのだ。
「うるさいぞマキ。そういうお前らはレベルいくつなんだよ」
二人とも俺がこの世界に来る前から冒険者稼業をやっていたらしいのでそれなりに高レベルなのだろう。悔しいことに。
どっかからメタル系のモンスターでも湧いてこないかと本気で願っていると、ふふんと鼻を鳴らしたマキがこちらの神経を逆なでするかのように横から冒険証を見せつけてきた。
「アタシは十九なのです。あと少しで二十の大台に乗るのですよ」
そんなマキに、気づけば雪玉をぶつけていた。
「おっと悪い手が滑った」
青筋を立てて掴みかかってきたマキを振り払っていると、今後はソフィアが耳元で笑い出した。
しきりに接近戦を仕掛けてくるマキを投げ飛ばしながらソフィアに視線を向けると、手で口元を覆ってお嬢様みたいに笑っていた。
「うふふ、私は二十六よ。……あ、ちょやめて! 二人して雪玉投げないでよ‼」
想像以上に高レベルだったソフィアに俺とマキは次々と雪玉を投げつけた。
「アンタたちさっきまで取っ組み合いしてたのにどうして結託するのよ! 私は幼少期から魔導隊の人たちと一緒に戦ってたんだからレベルが高いのは当然でしょ⁉」
貴族らしく言い訳ばかりつらつら並べるソフィアに、俺とマキは更に追撃を加え続けた。
──数分後。
気丈なソフィアを涙目になるまで行きまみれにして満足した俺とマキは、彼女の魔法によって首から下まで雪に埋められていた。
「アンタたち本当に覚えておきなさい」
「何が覚えておきなさいだよ。首から下まで埋めやがって」
「そうですよ! はやく引っ張り上げてほしいのですが!」
恨み言をぶつけ合いながら雪の中でもがいてなんとか脱出した。
あと少しで抜け出せそうなマキの手を掴んで引き上げてやると、急に快適に感じる体感温度になった。
どうやらソフィアが魔法をかけてくれたらしい。
「耐寒魔法とは気が利くじゃないか。なんだ、ツンデレか?」
「う、うっさい! こんなくだらないことで風邪ひかれたら恥をかくのは私の方よ‼」
ソフィアは頬に朱がさすのを隠そうとしながらそう返した。
なるほど、言葉では知っていたがこれがツンデレお嬢様の実物というものか。
最高にイジリ甲斐がありそうなのだが、隣にいるマキに袖を引かれたのでやめておく。暗に、これ以上は取り返しがつかなくなると警告された気分である。
「なんにせよ、アタシも悪かったのです。まさかケンジローを煽ったらこんな大事になるなんて思いもよらなかったのです」
どうしてやろうかと考えていると、空気を変える意図も込めてかマキが最初に謝った。
仕方ない。許してやるほかない……なんかこれを認めたらまるで俺が地雷原みたいじゃないか。
「私は謝んないわよ。先に雪かけてきたのはアンタたちだし、再三やめろって言ったもの」
こ、コイツ大人気ねえ!
確かにソフィアは巻き添えだったと思うがまさか大量の雪で埋められるとは思わなかったので受け入れがたい。
「まあ、そうだよな。それより、俺も悪かった。大人気なかったよな。仲直りも兼ねて、今回の防衛が成功したら夕飯はちょっと旨いモノでも作ってもらおうぜ」
ソフィアとマキを交互に見ながら半分くらい思ってもないこと口にする俺。
しかし、俺の意図を察してかマキも俺ではなくソフィアにジッと視線を向けだした。
するとさすがに居心地が悪くなったらしいソフィアがこちらに頭を下げた。
「私もやり過ぎたわ。ごめんなさい」
「なんだ、ちゃんと謝れるじゃないか」
言いながら、ちょうどいい高さになったソフィアの頭を撫でてみる。
「あっ」
髪質のことなどさっぱりだが、素人が触れてもきちんと手入れされているのが分かるサラサラな金髪である。
そんなことを考えていたからか、マキの驚いたような声は右から左だった。
だから、自分の手のひらから脅威が迫ってくるなどとは微塵も思っておらず。
「……ねえ、女性の髪に勝手に触れるなんて、常識って習ったの?」
ドスの利いたソフィアの声を聞いて、はじめてやってはいけないことをしたのだと気づいた。
急いで手を放してまずは謝罪を思ったら手首を掴まれた。
「従者の教育も貴族の義務だから、今回は大目に見てあげるわ。だって、知らなかったんだもの。ね、そうでしょ?」
顔を上げて目を合わせたソフィアの顔は般若を彷彿とさせる恐怖心を与えるものだ。
これは、今度こそ雪に埋められるかもしれない。
俺の手首をつかむソフィアの手から魔力が可視化されだして──
──更にしばらくして。
「女性の髪は?」
「気安く触れない」
「女性の容姿について触れるときは?」
「ネガティブなことを連想させることは厳禁」
「女性に名前を聞くときは?」
「自分から名乗るのが紳士のマナー」
この数分でソフィアに徹底的に教育された俺にもはや回るだけの思考力など残されていなかった。
「……次忘れたら指先から魔法で炙るから。言っておくけど、魔法で治してあげられる以上容赦なんてしてあげないから」
「お嬢様の仰せのままに」
ちくしょう! この女超怖い!
多分本当に炙られるのでイジリ過ぎには注意しよう。
「ふはははは! 憎き相手が躾けられているではないか。いい気味である!」
いつやられても不思議じゃないという緊張感のおかげか、そんな声にも対応できた。
「上だ!」
仲間に警告を出しながら回避し一息つく。
仲間の様子を確認するため視線を動かすと、ついさきほどまで俺がいた場所に禍々しい槍が刺さっていた。
怖い、超怖い。
「予告なしに奇襲など、お前に騎士道精神というものはないのか『旗槍』!」
そう。この禍々しい槍。……どころか、本人の装甲まで禍々しい人物は、これで三度目の遭遇となる妖魔教団幹部の『旗槍』である。
ソフィアの通称、自爆魔法に巻き込まれて装甲を失っていたと思ったのだが、なぜか再生している。
どうしたものかと考えていると、両側から袖をクイクイと引かれた。
「ねえ、アンタが言う? それをアンタが言っちゃうの?」
「アタシ、もう誰も信じされそうにありません」
……『旗槍』を撃退したらコイツらを泣かせてやろうか。
失礼なことをいう仲間たちに気をとられていると、視界の端を光沢のある何かが高速で通り抜けたのに気付いた。
反応が遅れた。
慌てて身構えると、笑いを堪えるような声で『旗槍』が投げナイフをしまい込んで。
「戦闘中のよそ見はやめるべきだ。次は容赦しない」
これが最後の警告だとでも言っているような声色だが。
ソフィアとマキが傍で何やらコソコソと話している。作戦会議だろうと思い聞き耳を立ててみると。
『……ソフィアソフィア。あの幹部、ああ言っておいて額から冷や汗掻いているのです』
『あれよ、マキ。さっき騎士道精神がうんたらって言われて、幹部としての貫禄と体裁を気にし始めたのよ。こんな狡いが服着て歩いてるような奴に言われたことなんて気にしなきゃいいのにね』
『なのです』
……。
「あの、すいません。俺、アンタの方に寝返っていいっすか?」
「「ああっ!」」
仲間からのあんまりな言われように本気で寝返ろうかと考えていると、『旗槍』は心底呆れたようにため息をついた。そして。
「某の旗本に下るというなら拒まぬ。その場合、契約により某を裏切れない魔力の契りが発生するがな」
「ブラック企業がホワイトに見える真っ黒っぷりだな!」
「ふむ。某はこれでも部下に優しいつもりであるぞ。なにせ、如何なる理由があろうと裏切りは殺処分というのがコンプライアンスだからな。裏切れない契りというのはいわば某が部下に課す安全装置なのだよ」
戦時中の軍事かよ。
「この話はなしだ。……ちくしょう、部下を見捨てず三食寝床付き! ミスした時も怒りながら尻拭いを手伝う理想の上司は⁉ トップ自ら末端構成員を労うやりがいと風通しのよさを兼ね揃えた俺の中の悪の組織実はホワイト企業説が崩れ去ったんだが⁉」
「某に言うでない! だいたい、某はいわば管理職なのだ。尻拭いする側なうえ残業代など一銭たりとも出んわ!」
そこは日本の管理職と一緒なのかよ‼
未だ崩れていなかった数少ないフィクションへの理想をまた一つここでへし折られた俺は、ついに膝から崩れ落ちた。
「そ、そのようになるほど落ち込むほどなのか⁉ しかも何故貴様が落ち込む‼」
敵前で油断だらけもいいところなのだが、『旗槍』はというと困惑一色で武器を構えたまま手を出せずにいた。
もはや愚痴を吐き出す対象となってしまった妖魔教団幹部に俺はさらに続ける。
「冒険者になって美少女にちやほやされるかと思ったら肝心のヒロイン枠は揃いも揃って貧相な体つきしてるしさ。おまけに仲間のことを鬼や悪魔みたいに言うんだぞ。日頃理知的な俺とてこの年の男だから、そりゃプロポーションのいい異性によくされれば喜ぶさ。でも、コイツらにはそこに必要な女性としての魅力がないんだよ。やってらんねえ」
「き、貴様は当人らの前で堂々と言うのだな」
「俺は堂々と物事を口にする男。陰でこそこそなんて性に合わないさ」
嘘です。陰でこそこそ超大好きです。
ちなみに、そろそろマキ辺りに本気で刺されそうなのにも気づいている。
そろそろ真面目にやろうかと考えだしたその瞬間。
「では、某が望みを叶えてやらんこともない」
「五歳以上年上はちょっとってうおっ危ねえ!」
言い終える前に地面が隆起した。
慌てて飛び退いたのでダメージを受けることはなかったが、妖魔教団幹部の『旗槍』さんはそれはもうお怒りだった。
ついでに言うと、飛び退いた先にちょうどいたソフィアとマキも目から光が消えていて四面楚歌である。
これは終わったと思うと同時に『旗槍』との戦闘が幕を開けた。
「──待て、逃げるでない! 先ほどは騎士道について某を批難しておきながら、貴様の方が騎士道など微塵も感じられないではないか‼」
あの後、命の危機を感じ取った俺は走りにくい雪原を全速力で逃げ回っていた。
後ろから投げナイフやら魔法やら、あとダガーを携えた生身の人間が飛んでくるのを奇跡的に回避しているところだ。
ステータス上絶対避け切れないと思うのだが、これが主人公補正というものだろうか。
というか。
「お前らいい加減にしろよ!」
射線上に仲間を巻き込む形で発砲するのは流石の俺も超えてはいけない一線だと考えていたがもう知るか。
どうせソフィアとマキは魔力バリアで守られてるし、はなから敵対している『旗槍』については知ったことではない。
そう考えついたのなら思い立ったが吉日というもの。早速身を翻し、追いかけてくる三つの人影に目掛けて引き金を引いた。
魔力を使う機構により反動だけでなく発砲音も衝撃波も抑制された魔力式の電磁砲は、レベルが上がり切った命中精度系スキルにより寸分違わず追っ手を飲み込んだ。
──夕刻。
妖魔教団幹部『旗槍』を撃退した俺たちは、ソフィアの親父さんに呼ばれて城の会議室にいた。
「この度は防衛戦の参加条件を満たさなかったにもかかわらず、戦場の外から幹部と交戦し見事退けたそうだね。ご苦労だった、ケンジロー君」
そう。あの後、一発では不満……反撃される可能性を捨てきれなかったので撃てるだけ撃ったのだ。
魔法銃の魔力装置に魔力が充填する時間を体で覚えて最速で撃ち込んでやったのさ。
結果、『旗槍』の特殊な装甲に阻まれ討ち取るには至らなかったが、撤退に追い込むには十分なダメージを与えられていたらしい。
ちなみに、巻き添えを喰らったソフィアたちはというと。
「アンタが情け容赦なく味方を撃てる人間だと信じていたわ」
俺たちよりいい椅子に座っているソフィアが皮肉ともとれることを言うと、それにマキも続く。
「アタシたちの演技にまんまと乗せられた妖魔教団幹部の顔は思い出すだけでも笑えてくるのです」
口々に自分たちの手柄を主張する二人の言い分はこうだ。
調子に乗っていた俺を脅すのも兼ねて、『旗槍』を巻き込んで三人で固まりながら追いかける。味方を巻き込むような立ち位置で俺が反撃に出るなどとは夢にも思わないだろうから、ソフィアの障壁魔法で自分たちだけ守って魔法銃でダメージを与えようという算段だったのだという。
「しかし、ケンジローが気づいてくれてよかったのです。正直『旗槍』への挑発がちょっと露骨かと思ってましたけど、いい感じに刺さりましたね」
「怯えて逃げる演技も迫真だったわね。その直前の、私への失言くらいは許してあげるわ」
ソフィアたちの主張に親父さんも大層喜んでいて。
「仲間に撃たせる演技というのは些か騎士道精神に欠くが、それらを含めて考えても良い働きをしたな、ソフィアよ」
この地方で事実上一番偉い人が案外親バカなことが判明した。
しかしそれはいい。それはいいのだが。
「なあ、いつから『旗槍』の騙し討ちになっていたんだ?」
瞬間、空気が凍り付いた。
もしかしたら会議室の窓が開いてしまっただろうか。
「ね、ねえ。アンタ本気で言ってる? もしかして、演技とかじゃなくて素で私たちを撃ったの?」
肩と声を震わすソフィアに突っ込まれた。
「本気かどうかはさておくとして、そういう作戦なら先に伝えてほしい。であればもっと悦に浸れたというのに」
俺がそういうと、仲間二人がわーっと叫びだした。
「最低! 最低です! この男、本気でアタシたちを撃ったんですね⁉」
「いくら優秀な私の魔法で防げるからって、仲間への攻撃だけは絶対に超えない一線だって思ってくれてると信じてたのに‼」
「最低なのはお前らだわ! 確かに俺もおいたが過ぎたかもしれんが、人に向けて中級以上の魔法を撃ったり全速力で切りかかってくる奴があるか‼」
本当にひどい目にあったんだからな!
この場で聞かれたら首が跳ねかねない人物がいるにもかかわらず、俺は声を大にして主張した。
しかし、聞かれたら首が飛びかねない人物はというと、さすがは何十年も地方を統治しただけあり落ち着いている。
傷つける意図があったわけではないが、アンタの娘さんに殺傷力のある武器を向けた男ですよ?
そんなチキンレースを繰り広げていると、会議室の扉が激しくノックされた。
一時休戦。
ソフィアの従者としてこの城に滞在している俺とマキは、親父さんの「入りたまえ」という声を聞いて扉を開けた。
観音開きの扉を開けると、高そうな鎧をまとった老齢の男が入ってきた。年齢で言えばこの場にいるジョージさんと同じくらいだろうか。
と、そんなことを考えたからか、先ほどまで無言に徹していたジョージさんが言葉を発した。
「これはこれはミハイル様。ご無沙汰しておりました。変わらずお元気そう故、きっと散り際も戦場でございましょうな」
そんな、ジョージさんにしては非常に棘のある挨拶に、しかし受け手の騎士は不満な顔一つせず笑っている。というか、言ったジョージさんさえ別にこの人物に嫌そうな顔をしていない。多分、同世代なので冗談を言い合える間柄なのだろう。
ジョージさんの滅多に見ない様子に驚かされたが、自分の中で納得のいく結論を見つけた。
「かっかっか! 弟分だった執事見習いが今じゃ大層な立場だというじゃあないか‼ なぁ?」
老ても若くても野太そうな声で騎士のおっさんがジョージさんと肩を組む。
どうやら本当に面識があったらしい。
と、ジョージさんに絡んでいたミハイルという騎士が、興味深そうに俺とマキへと視線を向けてきた。今度の対象は俺たちらしい。
ならまあ、挨拶もまだだしなんか話しかけてみるか。
「ソフィア……様の従者をやってる青木健次郎です。……ジョージさんとは知り合いなんすね。正直、ジョージさんのさっきの言動には驚かされました」
「ねえ待って。今私の名前の後にあった間はなに? もしかしてフォーマルな場でさえ私のこと様付で呼ぶのに抵抗あるの?」
横から小声でツッコんでくるソフィアはいったん無視する方向で。お小言なら後で甘んじて受け入れるつもりだとアイコンタクトで伝わればいいのだが。
今はそれよりもミハイルさんと会話を広げたい。
と、反対の扉の取っ手を持っていたマキも俺に続いて挨拶を始めた。
「アタシはマキって言うのです。本業は冒険者ですが、ソフィアさ……ソフィアとケンジローとパーティを組んでからはメイドも兼任しているのです。人数が少なくてソフィア自身が家事掃除ができないので案外重宝しているとよく言われるのです」
「ねえマキ、今様付けしようとしてわざわざ言い直さなかった? というか、アンタ普段私のことどう見てるの? り、料理くらい私だってやればできるから! ほ、ほら! ケンジローが厨房に入れてくれないせいよ‼ ホントにやればできるんだから‼」
それはやらないしやれない奴の常套句だと思うのだが、コイツの家事掃除におけるセンスの無さは深くツッコんだら負けなのでもう触れない。
将来誰かがコイツを嫁にもらうなら、悪いことは言わないので火災保険にだけは入っておくべきだろうとだけ付け加えておこう。
「お前の女子力についてだけは悪いが涙を呑んで努力してくれ。俺たちとて普段から苦労しているんだ」
従者として労働に対する対価をもらっているので怒ったりとかネガティブな感情を抱くことはないのだが、ウチのお嬢にも淑女としての最低限の生活力というものを身につけてほしいものである。
とぼとぼと部屋の隅へ歩いて体育座りをするだけの生き物になってしまったソフィアから目を離すと、ちょうどミハイルさんが俺たちに笑いながら声をかけてきた。
「かっかっか! あんなに幼かったソフィア様がこんなにも冴えた目をした付き人を従えるようになるとは、時の流れは早いってっもんじゃ! さて、ジョージの言う通り、ワシのことはミハエルと呼んでおくれ! ではよろしく、ケンジロー君にマキちゃん!」
ミハイルさんはそう言って右手を差し出した。
なんかむず痒いけどこういうのも悪くないな。
マキと互いに目を見合わせ、二人を代表して握手に応じ。
「いででででで! 握力! 握力ッ‼」
常軌を逸した握力で右手を握りつぶされそうになった!
「根性が足らんな若造! 男たるもの根性と体力、そして力が勝負なんじゃ‼」
「うるせえ俺は頭脳派なんだよ! 賢者召喚で招かれた人間に物理ステータスを求めんな‼」
近年何かとジェンダーバイアスをやめる方向に社会が動いてる日本育ちに男らしさなど求めないでいただきたい。
鳴ってはいけない音が出てしまった右手をソフィアに向けて治療してくれとアピール。
ソフィアもミハイルとかいうおっさんの素行には呆れているのか、苦い顔をしながら握りつぶされた手を治してくれた。
「はい終わり。それより、ミハイルさんがアポなしでお父さんを訪ねるなんて珍しいわね。何かあったのかしら」
話を戻したソフィアの声で真剣な表情に戻ったミハエルが姿勢を正して口を開いた。
「夜巡隊より報告があった。現在妖魔教団の幹部が部下の魔物を大勢引き連れて旧都を進軍中と情報を受けたわい。数は一万強、足の速い夜巡隊との速度差を考慮すりゃ夜半頃が開戦の目安じゃろうな」
マジかよ。正直それだけの数を揃えた組織力には驚かされる。
だが、この前の七千の魔物を追い払ったこの街なら、まったく被害が出ないことはないにしても街が陥落するとは考えにくいはずだ。
「報告感謝する。夜巡隊の者たちにもそう伝えてやってくれ」
「承った」
静かに頷いて一言。片膝をつく様子は年齢を感じさせない猛る騎士の風格が感じられた。
言葉遣いこそ親しい間柄故かジョークも織り交ぜられているがその忠誠心は本物だろう。
さて、そんなミハイルさんを見送った俺たちはというと、真剣な表情でこちらを見るソフィアの親父さんにすこぶる嫌な予感を抱いていた。
「ソフィアよ。実の父として愛娘にこのような命令を下すのは実に心苦しいが」
おいおいおいおいおいおい!
妖魔教団幹部と一戦交えた俺たちにまだ戦えと⁉
断っちまえソフィア!
いくら何でも連戦は分が悪い。万一があったらどうするんだ。
そう強く念じながらソフィアを睨むと、こちらを一瞥した彼女は自らの父の前へと一歩出る。そして。
「皆まで言わなくていいわ。皆のことは私が必ず守るから」
「ソフィアてめえこの野郎! よりにもよって、何てこと言いやがるんだこのクソアマ! もう知らん。ソフィアの親父さんの前だからと極力暴言は吐かないようにしていたがもうやめだ! お前ここしばらくで、そういう如何にも戦死しそうな奴が言うセリフというものを学んでこなかったのか⁉ 俺の故郷では、そういうのを死亡フラグって言うんだよ!」
真顔でとんでもないことを口走るソフィアを俺は全力で止めにかかる。
この世界の住人は自覚がないようだが異世界人の俺にはわかる。この世界には確かに言霊とかフラグとかいう概念が存在するのだと。
しかし、納得がいってないのはソフィアも同じらしく、声を荒げて食ってかかってきた。
「はぁ⁉ 誰が死ぬって言うのよ‼」
「お前のことだ! いいから今夜はもう寝てろ! 夜更かしして肌が荒れたら、お前の数少ない魅力である容姿が絶妙にすっぴん見せずらい感じになるぞ。ニキビ痕ってなかなか消えないらしいぞ」
みるみるうちに顔を赤くして怒りを湛えるソフィアは通り抜けざまに人の足を蹴ろうとしたので華麗に回避。そのまま扉の前まで向かうと、涙目でこちらを見ながら。
「もういい、私一人で行くから‼ 絶対ついてくるんじゃないわよ‼」
そう吐き捨ててどこかへ行ってしまった。
「あ、アイツ……!」
急いで追いかけようとしたが、親父さんに呼び止められた。
「待ちなさい。……ケンジロー君、マキちゃん。君たちとも少し話がしたい。いいかな?」
「えっと……とりあえず聞きませんか?」
焦る気持ちはあるものの、俺たちはソフィアの親父さんの話を聞くことにした。
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