けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

氷の第一作戦、決行

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 ──旧氷国領の王城へと帰還した俺たちは、近隣地方の貴族たちが集まる宴会へと参加していた。

 どうやら賊や魔物が活発化した現在では、旧氷国領内全域の貴族や市民たちが城下町跡に逃げてきたらしい。

 跡地であった城下町は必要に迫られた領内の技術者の手により急速に住める街へと復活し、物資が乏しいこの地で大衆の腹を満たせる一大都市へとなったそうだ。

 そんな貴族たちの宴に場違いな参列者がここにいる。

「なあマキ。なんかこのスープ、変なえぐみがあるんだが」

 貴族専属シェフが腕によりをかけたフルコースに、大声でケチをつけるわけにもいかないので隣に座るマキにこっそりと話しかける。

「これは食用レインボーマイマイの味なのです。隣国花の国が誇る食材の一つなのですよ」

「異世界版エスカルゴかよ。……戻したい」

 露骨にえずくわけにもいかないので何とか飲み込みシャンパンで喉を洗う。

 と、さすがに聞かれていたのか、他の貴族と話を終えて戻ったソフィアに小言を言われた。

「仮にもアンタは旧王国代表の貴族が抱える従者って立場なんだから、あまり恥ずかしい真似はやめなさいよ」

 そう。ソフィアの父が旧氷国の首都である氷の都を治めていた貴族ということは、親父さんは領内の貴族を統べる国王にあたるのだ。であればソフィアは王女同然の扱いになるのかと言えば、これがまた面倒らしい。

「スターグリーク卿。少々お時間をいただきたい」

 たった今彼女に話しかけた紳士が言うように、ソフィアは霧の都を治めるスターグリーク公爵の人間として扱われるのだ。さらに厄介なのが、養子ではあるが彼女しか家族がいないので事実上の当主になっているということ。

「お久しぶりですわ、ラスハイメン卿。ちょうど暇しておりましたので、謹んでお受けいたします」

 ……目の前のコイツはいったい誰だろう。

 普段の面影が感じられない、どこへ出しても恥ずかしくないお嬢様になっているソフィアと普段のコイツを重ねて吹き出しそうになるのをなんとか抑える。

 そうこうしているうちにラスハイメンとかいう貴族の誘いに乗ったソフィアが再び離席する。

 離席する際、心底面倒くさそうな顔をしていたのを見て、やっぱりいつものソフィアなのだと安心した。

 さて、当主であるソフィアが不在となると、次の訪問者は当然俺たちに来るわけで。

「ケンジロー殿はいらっしゃるだろうか」

 ソフィアが離席しほどなくして、俺を指名する若い男の声が聞こえてきた。

 どうせ面倒ごとなので誰かにパスしたいが、ジョージさんは他の貴族の執事長と談話中でマキに振るのは不安だ。仕方ない。

「はい、ケンジローですが。どちら様でしょうか?」

 声の主へ振り向くと、鍛え上げられた同世代の少年が立っていた。

 茶髪に黒目にこっちの世界では妙に親近感が湧きながらも、この男はイケメンに分類される容姿をしている。

 なんだろう。合コンの数合わせなら他所を当たってほしい。

「僕は氷国騎士団のクリフだ。貴殿に個人的な話が合って声をかけた。僕と一緒に来てほしい」

 ……真剣な眼差しを向けられはっきりとそう言われた。

 席の近い人たちから注目されているくらいだからこの騎士はデキる奴なのだろうと思う。

 そんな彼への返事はもちろん。

「断る」

「そうか。では、人の目がないところへ──今なんと?」

 断られると思っていなかった様子の騎士は、そう言いかけて面食らった顔をした。

 周りの貴族も承諾する流れだと思っていたようでヒソヒソと何かを喋っている。

「断ると言った。用件すら伝えず呼び出されて、おいそれとついていけるほどこの職務に無責任ではないのでな。ましてや今の俺は残業申請を提出していて業務時間内だ。プライベートな話は機会を改めてくれ」

 ここまで言えば大丈夫だろう。

 見た目は同年代っぽければ話力も年相応らしい。

 せっかく鍛えているだろうに、悪質な魔物に出し抜かれないか心配になる。

 さて、無用な茶番を躱したので食事へと手を付け直す。異世界に来て故郷を忘れないよう、食物への感謝だけは以前より意識している。だからこそ、よそ見をしたことに関して申し訳なく感じている。

 冷めきった結果シェフの腕前を味わえなくなる前に食してしまわねば。

 そう考えてフォークを握ろうとした手を何者かに掴まれた。

「ソフィア様のことだ! 貴殿はまた姑息な言動を繰り返すのか! 無関係な話ではないはずだ!」

 振り向くや否や、そのように声を荒げられた。

 激昂した騎士の少年の腕を払って立ち上がる。

 しかし、ソフィア様、ね。この国で彼女を下の名前で呼ぶものはそう多くない。

 それは、早い時期に事実上の当主となってしまったからだろう。子供として見られる期間が短かったことが良いことか悪いことかの判断は俺には難しい。ただ、そんな世の中でソフィアの名で呼ぶものは得てして彼女と親しいか、人並み以上の忠誠を誓っている者に限られるという話だ。

「いいだろう」

 だからこそ、値踏みしてやろうと思ったのだ。







 連れられてきたのは王城のテラスだ。

 さすがお城なだけあってテラス一つとっても庭みたいに広い。

 面倒ごとさえなければ輝く星々とオーロラのコントラストを眺めるのも乙なものだと思う。

 そう、面倒ごとさえなければ。

 俺は騎士の少年にそれはもう問い詰められていた。

 やれソフィア様への言動が無礼だの、やれ言い寄られるソフィア様にねぎらいの言葉一つないだの。アイツに下手なお世辞など不要だというのはソフィア自身が言っていたのだが、そういった事情も知らないくせによく言えたものだと思う。

 そして今度は。

「貴殿はソフィア様の御傍におくに相応しくない!」

 このように非難された。

 一応、これらについて全く身に覚えがないので反論してみるが。

「僕は今日、ソフィア様たちが依頼をこなしに行かれるのを目撃し、護衛のため遠くから見守っていたんだ!」

「物は言いようだな。まるでストーカー行為を働いたと自白しているようではないか」

「断じて違う!」

 えぇ……。

 食い気味に否定し、掴みかかってきたの手で払う。

「大方、俺が提案した作戦内容について異議を申し立てたいのだろう。であれば、正式な手順を踏み提案書を届け出てくれ。明日の九時から受け付けている」

「補給部隊を狙うという騎士道精神の欠片もない作戦などソフィア様に仕える者にあってはならない考えだ! それに、のらりくらりと言い逃れようとする素振りも相応しくない!」

 これまたひどい言い草だ。

 ソフィアを慕っているようだったから話を聞いてみようと思ったが、ただの自意識過剰でやる気があるだけの輩だったということか。

「期待外れだ」

 そう言い捨てて戻ろうかと思っていたら、行く手を阻まれた。

「貴殿に決闘を申し込む!僕が勝ったら、ソフィア様の御傍に置かせてもらう!」

 本当に面倒くさい。

「後衛職を相手に剣を交えて決闘とするとは、お前の言う騎士道というものを俺は理解できていなかったらしいな」

 まあ、剣以外を使っていいなら負ける道理はないが。

 激昂する騎士の少年の肩に手を置き、横を通り過ぎる。

「俺にメリットがないからその申し出は棄却する。出直してくるがいい」

 そうしてテラスを後にする。

 武器を持たない相手に襲い掛かる気はなかったらしい。付きまとわれはしたが、宴会場へは無事に戻れた。

 扉を開いてソフィアたちがいる席へと視線を向け、俺はそのまま扉を閉じた。

「名も知らぬ騎士よ。会場は熱気に溢れている。星々を眺め夜風にあたるとしようか」

 そして、付きまとっていた騎士の少年へと振り向いて言った。

「き、貴殿は何を言っているんだ⁉ 今こそ貴殿が止めに入るべきじゃないか‼」

 扉の向こうではいつの間にか飲んだらしいマキがベロンベロンに酔ってはソフィアにダル絡みして、まんざらでもなさそうなソフィアのドレスは非常に際どいはだけ方をしていた。ジョージさんは執事仲間と話が進んで酩酊し、ソフィアの父も酔いつぶれて寝ているようだ。

 もはや誰も止める者のいないソフィアたちの百合情事は、グラス片手に気取る貴族には都合のいい酒の肴となっていたのだ。

「……俺の故郷でも酒にまつわるいくつものことわざがあるが、そのうちの一つに酒に酔う者には二種類のタイプがあるというものが存在する。曰く、酔っている間の出来事を覚えているか否か、ということらしい」

 もしソフィアが前者の場合、今回のことは一生の黒歴史となるに違いない。その苦い思い出の一ページに俺がいたら、彼女と目が合うたびに気まずくなる日々を送るハメになるかもしれないのだ。

「その程度のことは知っている! 何故なら、どうやら君は同郷のようだしね!」

 またキレられる。コイツとはやはりそりが合わない気が……今なんて言った?

「俺は日出国の出身だ。お前もそうなのだろうな」

 とりあえずそれらしい言葉でごまかす。この世界にきた最初の日、出身が不明なせいでよもや処罰の対象となっていかもしれないからだ。

 なのだが、騎士の少年は首を横へ振る。

「そうじゃない。貴殿は日本人だろ?」

 聞き間違えの余地がない、同郷の者でなければ知るよしのない国の名前が出てきた。もはや言い逃れはできまい。

「……ご名答。だが、それだけだ」

 同郷の者と出会った。予想外ではあるが、しかし何か影響が起こるわけではないと考えている。

 だが、この騎士としてはそうではないようで。

「ならなぜ手に入れた力で仕える者への忠義を果たさないんだ!」

 なんか怒られた。

 手に入れた力とやらが何を指し示すのかわからないが、少なくとも後半部分は状況によるだろうとしか言えない。

 俺の場合、選択の余地なくソフィアの手により異世界へ飛ばされたんだ。ソフィアが衣食住を保証するのは当然の義務である。俺がアイツの従者として働いているのは今の職位を辞しても社会的地位を確保するためと、口約束とはいえ滅びかけたスターグリーク家を再建するというアイツの野望に力を貸すと言ってしまったからだ。

 なので、特別忠義を尽くす理由はないのだ。

「お前がどのような境遇に置かれていたのかなど知るつもりもないが、状況は人により千差万別だろう。お前の言葉は些か主語が大きいと思うが、訂正するつもりはないのか?」

 まったくもって面倒な輩だ。これでは、ソフィアにダル絡みされた方がマシだったのではないか。……それだけはないか。

 怒りの感情は湧いてこないが、その代わりただただ呆れるばかりだ。

「普通の高校生だった僕はある日交通事故に遭って死んだんだ。そんな僕を、年齢を巻き戻され身内一人いない異世界であればもう一度生を与えようと言い救ってくれた者がいたんだ。それがソフィア様の父、氷の都を統治するスノウランド卿だ」

 あーあ、自分語りが始まってしまった。選択を誤ったかもしれない。

「カウンセラーなら専門窓口をあたってくれ。では、さらばだ」

「あっ、君! 今のは話を聞く流れ……あ痛ッ!」

 何もないところで躓いた情けない騎士を置いて、俺は宴会場ではなく割り当てられた城内の寝室へと向かった。今日はもう寝てしまおう。



 ──宴会の翌日。

 優秀な給仕たちの手により一晩で酒臭さが消えた城内のホールでは、貴族たちが円卓を囲むように座っていた。つまりミーティング中である。

 さて、そんな厳かであるべき空間で、またしても我々がトラブルメーカーとなっていた。

「おい、ソフィア。代表はお前だろ。なぜ俺が当主ヅラして前に座らなきゃならないんだ」

 昨夜の記憶が残っていたらしいソフィアは、醜態を晒してしまった貴族たちに顔を見せられないようだ。

 ちなみにマキについても、記憶が残っていないながらも昨夜なにをやらかしたのかを察したようで、朝食の後すぐにどこかへ外出……逃げ出してしまった。

「……私、もうお嫁にいけない」

 背後で小さくなりながら、そんなベタなことを呟くソフィア。

 一方でミーティングに参加している貴族たちは、あれだけの醜態を目の当たりにしたにもかかわらず顔色一つ変えていない。ある意味さすがの人間力と言えよう。まあ、姪っ子を甘やかすようなものなのだろうと思うが。

 そんな姪っ子ソフィアに俺はフォローを入れてやる。

「何言ってるんだ。男性貴族の目が釘付けだったじゃないか。嫁ぎ先ならいくらでもっておい! 屋内で魔法を使おうとするんじゃねえ!」

 機嫌を直してやろうとしたのだが、どうやら逆効果だったようだ。いったいどこで間違えたのか。

 ひとまず、魔法を唱えるソフィアの口を強引に手で塞ぐ。

 杖がなくともここにいる連中くらいならソフィアにかかれば皆殺しにできてしまうだろう。なんとか暴走を止めなければならない。

「んんんーっ! んんんーーーーーーっ‼」

 何を言っているのかさっぱりわからんが、詠唱妨害されたソフィアが睨んでくる。

「す、すんません! コイツは一回頭冷やさせるんで、みんなは続けててください!」

 俺の口から漏れ出た言葉に礼儀作法など欠片もなく、日本にいたころの高校生丸出しな失礼な言葉遣いだったと思う。反省したころには既に口から出た後なので飲み込めないが。

 大人たちが怒ることなく余裕の笑みを浮かべているうちにさっさと退室してしまおう。

「ジョージさんも後のことは頼んました!」

「お任せください、ケンジロー殿。ソフィア殿もまだお酒には慣れていない故、本日はご無理をなさらぬようご自愛ください」

 頼れるイケおじ執事のジョージさんにこの場を任せ、ソフィアとともに城のテラスへと逃げ出した。

「──痛い。さすがに痛い」

 貴族たちの顰蹙を買って弾圧されるという最悪の事態は回避したのだが、怒り狂うソフィアを連れ出した以上無傷では済まなかった。

 詠唱を阻止するために彼女の口を塞いでいた手は噛み跡だらけになり、足も蹴られまくってきっと痣の一つや二つはできているだろう。

「アンタ本当に最低! いくらなんでも可憐な貴族令嬢の口を力任せに塞いだうえに廊下を引きずり回すなんて信じらんない!」

「なんだとこのアマ! 貴族の議会で魔法ぶっ放そうとした奴がなに言いやがるんだ! テメ―全裸で街中引きずり回してやろうか、ああ⁉」

 青筋を立てて突っかかってきたソフィアの額を手で押さえて無理やり引きはがしながら反論する。

「上等よ! アンタなんて五秒で捻り潰してやるわ! かかってきなさい!」

「言ったなメスガキ後悔しても遅いぞ」

 売り言葉に買い言葉。俺はソフィアの挑発に乗った。

 数歩分の間合いを一気に詰めて彼女の手を掴んだ。

 レベル差はあるが物理方面のステータスは五分か僅かに分がある。

 身長差を活かして押し潰すようにしてやれば好き放題できるだろう。

「フハハハ! 所詮お前もただのメスガキ! 体格差で捻じ伏せてくれるってアッツ⁉」

 手を組み合って抑え込もうとしたら、手のひらに高温で焼かれるような激痛が走った。

 魔法を使ったらしいソフィアが勝ち誇るように口を開く。

「アハハ! 杖がなくたってアンタを消し炭に変えるくらい造作もないわ! このまま手のひらだけ熱して血液を沸騰させて痛い痛い!」

 憎まれ口を叩くソフィアの腕を強引に捻ってやると、手のひらに感じる熱が弱まった。

「どうだ、ソフィア! お前の肘関節が曲がってはいけない角度に曲がろうとしているぞ! このまま地べたへ押し倒して、楯突けなくなるほどの恐怖心を植え付けてやろうではないか!」

 ソフィアに両手を焼かれながらも力で勝って押し倒してやると、テラスの扉がガチャリと音を立てて開いた。

 マズい。こんなところを誰かに見られたりしたら間違いなく処刑される。

 ほら見ろ、扉を開けたままこちらを見下ろす人は青筋を立てていて。

「アタシがいない間に何してるんですかこのおバカさんたちは!」

 外出から戻ってきたマキに、俺とソフィアは仲良く拳骨をもらった。







 ──数時間後。

 あのあと、マキの説教を受けながらも昨日の依頼の続きをこなしに街の外へ出ていた。

「まったく。ソフィアもケンジローも子供じゃないんですからくだらないことで喧嘩しないでほしいのです」

 未だにプリプリと怒るマキに反論できない。

 ソフィアも自分の三つ編みを居心地悪そうにいじっている。

 しかし、いつまでもこのままというわけにもいかないので何とかして話題を探そうと辺りを見渡して話題を閃いた。

 そういえば、昨日との違いは今朝不在だったマキが新しい武器を買ってきてくれたことだ。

 なんでも愛用している短剣を打ち直してもらっていたようで、それを受け取りに行くついでに俺のためにと魔導弓も買ってきてくれたのだ。

 気を利かせてくれた帰りにこのザマなのでさすがの俺も罪悪感を覚えているわけだが、マキの怒りは時間が経てばほとぼりが冷めるだろう。

 今はとりあえず話題を変えよう。

 そう考えて、背につけた弓に触れて仲間に喋りかける。

「魔導弓って言うくらいだからアーチャー職でも魔法攻撃できるのかと思ったが、魔法学の機構で便利にした弓の総称なんだな」

 歩きながら新品の武器を指で撫でる。

 魔法銃と名前の意味としては同じなのだろうと思う。魔法銃という名で区分される武器も、魔力によって射出される物理的な弾丸の攻撃という扱いなので、魔導弓も同じことだと思う。

 無理やり話題を変えたことには気づかれたようだが、特に追及する気もないのか隣を歩くマキが話に乗ってくれた。

「魔法銃とは勝手が違うでしょうが、ケンジローもレベルが上がってステータスも強くなってますし問題ないのです。弓は銃と違って装備者のステータスにダメージが依存するから頑張ってください」

 そもそも当たらなければ威力は全くないのと同義なのだが、射撃精度系スキルのレベルがカンストしており射撃攻撃は必中するのでその辺は問題ない。気にしているのはそこではなくて。

「いや、ソフィアをギリギリ押し倒せる程度の物理攻撃力じゃ火力ソースとしては」

「よく聞こえなかったわ」

 ソフィアから視線だけで凍らされそうな気分になりながらも妙案を閃いた。

「火力はどうにかなるかもしれない」

 自己解決した俺を見て疑問符を浮かべる二人を連れて、昨日の現場から少し離れた街道へと歩いた。

「──さて、この辺でいいだろう。ソフィアは遠距離攻撃を防ぐバリアと全員に強化魔法を、マキは間合いを詰めてきた敵に備えてくれ」

 雪原にポツリと生えた木のそばで矢を番えながら指示を飛ばす。

 すると、自信満々そうな二人を代表するように、ソフィアが人差し指を振って返事をした。

「あら、今の私ならサポートも殲滅も同時にこなせるわ。マキだって迎撃以外にもやれることあるみたいよ」

「ソフィアの言う通りなのです。アタシにかかれば敵の捕縛や弱体化だってお手のものなのです」

 意訳すると過小評価するな、おいしいところを持っていくな、だろうか。

 手柄に執着する趣味がなければ単にスキルの組み合わせを試したいだけなので、ここは素直に頼ってしまおう。

「じゃあ任せる。ただし無理しすぎて怪我するくらいならすぐに下がれよ」

 人のことを言えないほど無茶な戦闘をしたこともある俺だが、ソフィアたちに同じ目に遭ってほしくないものだ。

 俺は最低な人間なので、基本嫌がらせが好きな俺でも身内が他人に傷つけられるのは許せない。そういったところもあって守りに思考が寄りがちだ。

「お、来たぞ。あれが補給部隊だろ」

 索敵スキルを使って遠くを歩く複数の魔物と食料を積んだ台車を視認する。

 ここから約十キロメートルほど。人型の魔物が遅い車並みの速さで街道を爆走しているので、この辺までくるのは十数分後だろう。

 その旨を仲間に伝えて待機すること二十分ほど。予想より少し遅れて魔物の補給部隊が迫ってきた。

 位置関係は街道を走る魔物たちに対して、道から三十メートルほど離れた木陰に俺たちがいる。

「お前たちを礎としてやろう!」

 俺はそう口にしながら、スキルを複数かけた矢を射る。

 弦に弾かれた矢はスキルによって三本に分裂し、必中効果を持った矢は最も近い敵に殺到した。

 奇襲を受けた補給部隊の端で矢が着弾し爆発を起こす。それと同時に数本の矢が追撃として発生して再び襲い掛かる。

「分裂スキルと追撃スキルで矢の本数を増やして、罠化スキルで着弾時に爆発を起こしてみた」

 想定外だとでも言いたげなソフィアとマキは、そんな俺の言葉を聞いてドン引きしていた。

「矢そのもののダメージは俺の低い攻撃力と分裂追撃の低倍率で火力が出ないが、罠化スキルはスキルレベルと使用者のレベルにしか依存しない固定ダメージだからな。射撃精度スキルで命中しやすくすればお手軽高火力になるって知り合いのアーチャーが教えてくれたんだよ」

 今までは必要スキルが揃っていなかったのと銃と弓では射程が違い過ぎるので使っていなかったが、攻撃魔法に並ぶ程度の射程はあるので今後は適宜持ち替えるようにしたいところだ。

「うわぁ、ひどいですね。開戦の合図もなしにいきなり爆撃だなんて、魔物相手とはいえ非道だと思うのです」

「アンタ本当に騎士道とまでは言わないから、せめて人の心とか道徳心を学んだら?」

 ……スキルの合わせ技は上手くいったが、仲間からは絶不評だった。

 人道的かどうかはひとまず置いておくとして、少なくとも魔力消費が控えめで長期戦にも対応できる点は評価したい戦術だと感じた。これはアーチャー職のスキル振りに新たなテンプレをサジェストできるかもしれない。

 じゃあ魔法銃じゃなくていいじゃないかと問われればそうとは言えないが。あれは防御貫通力や射程の面で唯一無二の強みを持っているからだ。

 騎士団の射手隊に会うことがあったらその辺の使い分けについて提案してみようと思う。

 いい感じだと満足しているのだが、あれから十数秒の沈黙を経てなお仲間からの視線は冷たい。

「その目は何だ。ソフィアも魔法で攻撃しろよ。弱った魔物の群れへの追い打ちはお前のお家芸だろうが」

 今がチャンスなので追撃してもらいたい。

 なので、範囲攻撃を持ってるソフィアに催促してみたのだが。

「勝手な捏造で私をアンタみたいな鬼畜生に仕立て上げないでちょうだい」

 気づけばソフィアに掴みかかっていた。

 別に興味などないが、コイツがトラウマを抱えるなら破廉恥な行為だろうと積極的に慣行してやる。

「い、いや! ねえちょっとどこ触ろうとしてんのよ、変態!」

「そのように罵るなら、せめてもう少し女性的な魅力を得てからにすべきだと提言しよう」

「はぁ⁉ アンタ本当に──いたっ!」

 ソフィアとじゃれ合っていると、二人して頭頂部に鈍い痛みを覚える。

 痛みに振り向くと、それはもうお怒りのマキがこちらを見下ろしていた。

「喧嘩両成敗なのです。次は三度目ですから、楽しみなのです」

 ドスの利いた恐ろしい声で警告された。

 ソフィアとアイコンタクトを交わし、これ以上はやめておくことにした。

 さて、それはそうとしてここは街の外なので、油断していると近づいてきた魔物にパクりといかれてしまう厳しい世界だ。

 目下の補給部隊は全滅しているとはいえ、爆発音は鳴ってしまったので位置変更を兼ねて次の補給部隊を叩きに行くとしよう。

 仲間にそう伝えると了承を得られたので移動することにした。







 ──あれからしばらく歩きながら魔物を倒していると西の空が茜色に変わっていた。

「そろそろ帰らない? あまり遅くなると街につく前に夜になっちゃうわ」

 俺たちの先頭を歩くソフィアがこちらを向いて提案してきた。

 確かにいい時間だ。今から戻れば街につく頃には夕飯時なので、ついでにギルド近くの食堂へ立ち寄ってもいいだろう。

 マキと目を見合わせ、特に異論はないので首を縦に振る。

「そういうことなら早く帰りましょう」

 夕日を背景にはにかむソフィアは、絵画の題材にもなりそうな美少女そのものだった。いつもこのくらいまともでいればいいのに。

 そんなくだらないことを考えていたせいで、反応が一瞬遅れた。

 ソフィアの奥に見える遠くの木。その陰から小さな光が見えたのだ。

「伏せろ!」

 咄嗟にソフィアを突き飛ばすようにして転ばせて、マキにも体を晒す面積を減らすよう指示を出す。

 しかし、時すでに遅し。突き飛ばしたソフィアの肩口から弾けるように鮮血が飛び散った。

「神の恩寵!」

 怪我を負いながらソフィアが治療魔法を発動した。

 即時性を重視したほとんど詠唱が要らない魔法らしいが、それでも魔法のエキスパートであるソフィアが使えば撃たれた患部を止血するくらいは容易らしい。少なくとも見ている側の痛々しさは和らいだ。

 そうしていると、シーフの索敵スキルを使ったマキが敵の位置情報を口にする。

「西北西の木の裏に二体。獣人種で上位級に相当する魔力量を持っているのです!」

 マジかよ。

 上位級は国が定める四段階ある魔物の危険度区分のうち上から二番目にあたる階級だ。

 例えば、妖魔教団の『旗槍』や『操魔』がこの階級に該当し、最上位級の魔物が神話に出てくるレベルで出くわさないこともあって事実上の最高位区分とも言われている。その強さは最強クラスの人類ですら一騎討だと勝ち目がないほどだ。それが同時に二体とは。

 敵の位置は割れたが距離は目測でおよそ千八百メートル。魔導弓では射程距離外なので魔法銃が欲しいのだが、生憎今回は持ってきていない。

「怪我は大丈夫か? 毒が入ってたりはしなかったか?」

 できることがないので負傷したソフィアをフォローしにいく。

 すると、伏せたまま雪の上に魔法陣を描くソフィアが自信ありげに返した。

「アンタが転ばしてくれたおかげで助かったわ。もう大丈夫だから安心しなさい」

 安心しろと言われても心配でならないが。

 と、視界の一部で再び遠くが光った。

「第二撃が来るぞ」

「させない!」

 遠くの木陰で先ほどと同じ光が見えたと思ったら、今度は俺たちの手前で火花が散った。

「『プロクタシア』よ。あんな小手先だけの奇襲なんてこれで十分」

 そう言いながら、狙撃への防護策を発動したソフィアが立ち上がりながら服についた雪を払った。

 敵のいる方を一瞥したソフィアは俺たちを見て言葉を続ける。

「ねえ、さっきは帰るって言ったけど、やっぱり用事を思い出したわ。私の国宝級の髪を散らした罪を償ってもらおうじゃないかしら」

 途中から毛先を失った三つ編みを触れるソフィアは、それはもうお怒りだった。







「──あははは! あははははははは! 許さない許さない許さない!」

 すっかり日が沈んで月が顔を覗かせる頃、ここら辺だけ雪ごと地面が剥げていた。

『あの女狂ってやがる!』

『どこからあんな量の魔力が湧いてきてるんだよ! アイツ本当に人間かよ⁉』

 そう叫んで逃げ惑うのは、先ほど俺たちへ奇襲を仕掛けてきた獣人の魔物だ。

 身体強化魔法で自身の足を速くして、一瞬で攻撃魔法の射程圏内まで詰め寄ってからというもの、ひたすら地面を爆破しはじめた。

 消耗を恐れず狂ったように上位の攻撃魔法を乱発するソフィアを見て、純粋な人間だと思う奴はいったいどれほどいるだろう。魔法に関してエキスパートであるソフィアだが、所詮は人間の域を出ないのだがな。

 俺とマキを戦力にカウントしなければ一対二なのだが、怒れるソフィアは上位の魔物すら恐怖させるらしい。

 そんな戦術兵器と化したソフィアを俺は煽てる。

「いいぞソフィア、もっとやれ! 俺に国内最高峰の魔法使いが何たるかを見せつけてくれ!」

「……う、うわぁ」

 一歩後ろからマキのドン引きしたような声が聞こえてくるが、戦場に仁義などないのだ。これこそが戦いのあるべき姿。というわけで。

「俺も加勢するとしよう。……死ぬがいい、雑魚ども!」

 逃げ惑う魔物を見ていたら興が乗ってきたので俺も弓を引いて狙撃する。

「いいぞ! いいぞソフィア! 優勢時の追い打ちこそ至高ッ!」

 もはや魔物たちに反撃の意思は見られない。否、反撃しようと隙を見せれば俺たちの攻撃を回避できずに倒れるだろう。

『畜生だ! 本当に鬼畜生だ!』

『あんな奴らに構ってられっか! 撤退だ撤退!』

 そう言って、懐から何かの宝石を取り出したように見えた。

 閃光効果でもついているのだろうか。

 目を潰されるわけにもいかないので、宝石を持つ手を狙って矢を射る。

 すると、見事に手元から飛ばしてやることに成功した。

 すっぽ抜けた宝石が落ちて割れた瞬間、魔物はおろかソフィアたちも声を溢した。

『ああっ⁉』

「「あっ……」」

 次の瞬間、魔物たちをまばゆい光が包んだ!

 数秒ほど目を庇っていると、やがて光が収まる。

 目を数回瞬きして夜の暗さに慣らすと、光が発生した場所に魔物の姿はなかった。

「逃げられた。興覚めだ」 

 悔しい、とても悔しい。この感情は中学時代、満点を取って粋がりたかったのにイケメンで文武両道の生徒会長に同点で並ばれたとき以来だ。あの時の雰囲気は長らく単独一位だった俺が二位に陥落したような扱いだった。そのうえ奴は「彼の方が優れている。僕が頑張れたのは他でもない彼がいたからさ」だなんてフォローまで入れてきやがったんだ。ちくしょう、世の中は不平等だ。思い出しただけでも許せない。

 地団太を踏んでいると、誰かにそっと肩を叩かれた。

 つられて振り返ると、肩で息をするソフィアがサムズアップしていた。その様子はとても満足げ……。

「アイツら、転移直前に衝撃を受けて失敗したみたいよ。あはは、いい気味ね!」

 いや、まだラリっているみたいだ。

「ひょっとしたら岩盤に埋もれたかもしれませんね。魔物とはいえ少し可哀そうなのです」

 反対から袖を引かれたから視線を向けると、マキが呆れていた。

 そんな彼女に俺は一言。

「戦に憐憫はいらない」

 すっかり日が暮れたので、満足した俺たちは街へ帰ることにした。
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