けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

龍との対峙

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 なんとか村を抜け出して全貌を眺めると、いたるところから火の手が上がっているのがわかった。

「おい、放心している場合じゃないぞ」

 手を繋いだまま絶望に打ちひしがれているマキの肩を、塞がれていない方の手で軽く揺らしてみる。

「あの炎から呪詛の魔力を感じるのです」

 村から視線を離せないマキは、代わりにそう説明する。

 ブレス属性は火で当たった人に強力な呪いを振りまくのだと続けたマキから視線を戻す。確かに闇色の炎が上がっていて異質な感じを与えてくるが、さしずめ呪いの炎と呼ぶべき代物か。

「ちなみに呪いにかかった場合誰か解呪できるのか?」

 全員ができる必要はない。神職系の人が解呪できるならそれでいいのだが。

「あれほど強力だと解呪できる人は多くないと思うのです。それこそ、ソフィア級の賢者でもないと厳しいかと」

 そのソフィアが見当たらないから問題なわけで、現状あの呪いを喰らったら助かる術はないだろう。

「そうか。……なあ、マキ。提案なんだが」

「逃げませんよ?」

 食い気味に釘を刺された。

 相変わらず勘が鋭い。

「まあ聞け。逃げるだなんて一言も言っていないじゃないか。いったん立て直しを図るだけさ」

「それを世間一般で逃げるっていうんですよ! ああもういいからこの場で打開策を考えてください!」

 隙あらば朝靄の街へ繋がる街道を歩きだそうと考えていたらマキに飛びかかられた。

 はいかイエス以外で答えようものなら絞め技をかけられそうなので渋々首を縦に振る。

「打開策とは言ってもなぁ。ここへ来る前にスキルに合わせて装備も整えてきたし、そんな状態であの巨竜に対抗しようと思っても厳しそうだぞ。なにせ、こっちの攻撃は耐性で弾かれるかもしれないし、そうでなくても一撃で撃ち落とせる保証もない。対して敵のブレス攻撃はほとんど回避不能で一撃でも喰らえば助からない。絶望的だ」

 見るからに硬そうな鱗だが、貫くだけなら携帯レールガンでいけそうだ。だが、貫いたところでドラゴン系の魔物は自然治癒能力が極めてて高く、飛び道具で局所的に撃ち抜いた程度で仕留められるような存在ではない。と、いうのが冒険者ギルドが頒布する魔物図鑑の主張だ。

 できることとできないことがある。そのうえ、俺たちにとってソフィアの救出が至上命題であり、目撃例しかない集落まで守る義理はないのだから見捨てたっていい。もうこの集落にはいない可能性の方が高いのだから、なおのことである。

 諦める方向に思考が流されていると、マキがすごい剣幕で捲し立ててきた。

「スキルは? レベルは? 最後に冒険証確認したのはいつですか? 習得可能なスキルの一つや二つくらい増えてるんじゃないですか?」

 言うが早いか懐から免許証大の冒険証をひったくったマキが目を見開いてこちらを見た。そして、突然胸ぐらを掴まれた。

「ケンジローあなたバカですか? レベルがあがってもスキルポイント振ってないじゃないですか!」

「なん……だと……⁉」

 今までの苦労はいったい何だったのだろうか。

 マキの言葉に衝撃を受けると同時に、しかしポイントがあっても習得できるスキルなんて増えているのかと疑問に思う。

 そんなことを考えながらマキに視線を向けると、疑問に答えるように冒険証の一部を指さして見せつけてきた。

「これなんかが強いですね」

 そう言われて目を通すと、デバフ系のスキルのようだった。

「どれどれ。……スキル名は『心理的制圧域』。弓または魔法銃装備時、射程圏内にいるすべての敵から注目を集める。また、対象の敵対生物すべてに心理的な恐怖を与え、行動速度と物理攻撃力を低下させる。この効果は、武器攻撃を命中させるたびに効果量が増える」

 ……ただのけん制じゃねえか。なにがスキルだよコンチクショウ。

 しかも、しれっと効果量増加割合は与えたダメージに比例するって表記されている。当たっただけで攻撃が弾かれたらどうなるんだこれ。

「本来は大弓みたいな射程の長い武器を得意とするアーチャー職が重宝するスキルなんですが、ソフィアが直した魔法銃は射程も弾速も優れてますしちょうどいいのでは?」

 消費スキルポイントは十。レベルが十二になっていて、ポイントもちょうど十残っているので習得可能だが。

「習得しても、ダメージを与えられない強敵相手には効果が薄いと思うが。それこそ、アイツとか鱗硬そうだし」

 デバフの量に最低保証でもあるんだろうかと考えていると、ちっちっちっと指を振ってしゃべり始めた。

「物理防御くらいアタシが下げられます!」

 清々しいまでに腹の立つドヤ顔である。

 むふー、とでも言いたげに、というか実際そのような息遣いにちょっとイラっと来たので頬を摘まんでやる。

「いひゃいでふ、あにふるんでしゅか!」

 ジト目の上目遣いでにらみつけるマキ。おそらく、なにするんですか、と言っているのだろう。

 意外とかわいらしい表情で俺は平静を取り戻す。

「お前がムカついたからつい。それと、防御デバフがあるなら懸念事項はない。だからスキルは習得しよう」

 マキから取り返した冒険証を操作してスキルを習得する。

 これがまた便利なシステムなのだが、正直に言うとこの世の物理法則から乖離しすぎているせいかあまり使いたくないのだ。そのうえ馴染みが無いので一ヶ月以上ただの身分証明書になっていた持ち物の本来の使い方をしてやった。

「ほら、習得したぞ。さっそく試してみるが、その前にまずは防御デバフを入れてくれ」

 万が一にも、攻撃が通らずヘイトだけ買ったら詰んでしまうから。そういうと、わかりました! と元気に返事をすると、そのまま準備体操をし始めた。

「援護は任せましたよ! アタシは持ち前の機動力と跳躍力であのドラゴンの脳天をカチ割ってくるのです!」

 誰もそこまでやれとは言ってない。

 そう返そうとした瞬間にはもう目の前にマキはいなかった。相変わらず早いなアイツ。

 自慢の走力で村の中へ駆け込むと、路上屋台の屋根を足場に高度を上げて低空飛行を続けるドラゴン目掛けて切りかかる。きっと、あの攻撃に防御力を下げる追加効果がかかっているのだろう。

「さて、こっちも始めよう」

 最近手にしたとは思えないほど死線をともにした気がする魔法銃こと携帯レールガンに手を添える。

 スキルは発動を意識しながら所定の動作を行うと発動する。

 例えば、高速走行系のスキルは発動を意識しながら走ると発動するし、魔法は詠唱や儀式中にスキル発動を念じればいい。

 新規習得したこのスキルは、普段通り敵意を抱きながら射撃すればいいだけのようだ。

 地べたへ寝そべりブレを抑える構えをとりながら、接近戦を仕掛けるマキの様子を確認。どうやら、無事に防御力を下げながら、反撃を受ける前に着地しうまく隠れられたようだ。

 マキの安全を確認して一息つく。そして、次は自分の番だと覚悟を決めて引き金を引いた!

 次の瞬間、射撃はドラゴンの尾を掠め、半ばから先を吹き飛ばした。

 けたたましい悲鳴のような咆哮が辺り一帯に鳴り響く。そして、その衝撃で近くの鉱山を中心に地響きが起こった!



 マキに迫られて習得したスキルだが、その使い勝手はとてもよかった。

 既に五発撃ちこんで全弾命中しており、スキル効果が想定通りに機能しているからかドラゴンが反撃してくる素振りは見えない。

「戻りました! ドラゴンは怯え切っていますが、相変わらずすごい敵意を向けられているので隙を見せたらまる齧りにされそうなのです!」

 ドラゴンの背中から飛び降りて駆け戻ってきたマキを受け止める。

 作戦成功。俺たちで攻撃力と防御力を削いだわけだ。

「そうだが、一時的にリスクが軽減した。よく頑張ったな、マキ」

「もっと褒めてくれてもいいのですよ!」

 褒めてやったらドヤ顔で寄ってきたマキを、今だけは可愛がってやる。命を賭してまでその小さい身を敵前に晒してくれて、そのうえ生きて帰ってきてくれたのだから文句の付け所がない。

「本当によく頑張った。俺たちの誇りだ」

 頭でも撫でてやるべきだろうか。いや、小さいとはいえマキだって立派な冒険者で、この国の基準では成人として扱われる年齢だ。子ども扱いは失礼だろう。

「ホントに褒められると恥ずかしいですが……ふへへ、悪い気はしませんね」

 嬉しそうで何より。

 決めポーズまでしているところを見るに、達成感に満ち溢れているのだろう。ご満悦なようだ。

「さて。喜んでいるところに水を差すようですまないが、だいぶ弱体化させたとはいえこちら側も後続手に欠ける。速やかに追い打ちを繰り出したいから知恵を貸してほしい」

「任されました」

 真面目な表情で頷くマキ。

 ここまででずいぶんと無茶をさせてしまったが、本人は気にしていない様子。

「それで、次の一手ですが。とにかくゴリ押せ、です! ……ああっ、やめてください! 耳を引っ張らないでくださいぃっ!」

 あまりにも突拍子のないことを言い出したマキの両耳を引っ張ってやる。

 涙目になるまで続けて手を放してやると、恨めしそうな視線を向けられた。

「うぅ、本当にもうゴリ押しでいいんですよぅ。攻撃力も防御力も下げ切って、ドラゴンの物理方面のステータスはボロボロになってますし、もう普通に攻撃すれば善戦できるはずなのです」

 マキは引っ張られた耳をさすりながら言う。

「あの巨体でか? いやまあ、確かに弱体化はしているだろうが、それでも何度かブレス吐いたり地響き起こしたりして反撃してきたじゃないか」

 今恐れているのは、ドラゴンを倒し切る前に魔力が切れることだ。

 さきほど、試しに一回魔力を込めずに弾丸を通常射出してみたのだが、防御力が下がっているとは思えないほど頑丈な鱗に弾かれた。つまり、有効打を放つには魔法銃に込める魔力が必要なわけだが、例によって燃費が悪い。というか、俺自身の魔力量が少ないため数発しか撃てないのだ。

「それはまあドラゴンですから、タフなんですよ。ところで、魔法銃はあと何発撃てるのですか?」

「二発」

「……え?」

「二発だ」

 繰り返して言うと、マキの表情が凍り付いた。

 そのまましばらく沈黙したのち、突如掴みかかってきた。

「どうやって攻略するんですか、あと二発しかないのに!」

 肩を思いっきり揺らされるが、ない魔力は絞り出せない。

「贅沢言うんじゃあない! むしろ二発分も残っていたことの方が奇跡なくらいだ!」

 自然回復分の魔力で辛うじて継戦能力を維持している状態なのだから無茶言わないでほしい。

 というか、持久戦にしていなければ今頃一方的に攻撃されていただろう。

 なので褒めてほしいものだが、残念ながらマキのロリ膝枕をせがむ余裕はないらしい。

 怒りに満ちたドラゴンが、上空でのっそりと顔をこちらへ向けて口を大きく開く。昼を跨いだ数時間ほどの戦いで何度も見たドラゴンブレスの予備動作だ。

「おい見ろ、マキ! アイツの予備動作、超のっそりしてるぜ!」

 魔法銃を構え直して引き金を引く。

 魔導式サイレンサーに送る魔力が足りなかったのか、凄まじい音を立てて弾丸が発射された。

 音速の数倍以上の初速を誇る弾丸は一瞬にして魔力エネルギー塊となって……というより、目で追うより速くドラゴンの首元へ命中した。

「ケンジロー!」

 確かに命中したかと思った次の瞬間、足元へ熱線が届き爆発した。

 一瞬遅れて気づいたときには全身に激痛が走っており、地面をバウンドしながら状況を見る。

 ドラゴンは首から血を流しながら地面へ降り立っていて、先ほどまで俺がいた場所にはクレーターができていた。

 相打ちになったらしい。

「大丈夫ですか⁉ 意識を強く持ってください!」

 クレーターを挟んで反対へ飛び退けたマキは間一髪で回避していたようだ。

「俺はいい! それよりドラゴンは!」

 言うことを聞かない体を動かすことは諦めて、状況がどうなったかを問う。

「集落へ降りて直接暴れています! アタシたちの方へ攻撃しにくる様子は今のところはないのです!」

 それはそれで、まだ生存者がいるかもしれない集落への被害が想定される。

 貴族の従者ということで、社会的に見捨てるわけにもいかないのでどうしたものかと頭をひねる。

 マキならば手負いのドラゴン相手に接近戦を仕掛けることができそうだが、万が一マキが負けた場合それはコイツの死を意味する。

 後衛職のように、遠距離戦で不利を取ったら一回下がって立て直すなんて悠長はできないのだ。

 さっき一度マキに接近戦を仕掛けさせたが、次も生還する保証などどこにもないので避けたい手段だと言える。

「そうか。なら一度散開しよう。俺はこの場でもう一度射撃体勢に入る。だからマキは挟み込むようにいつでも接近戦を仕掛ける準備をしろ。どちらかが狙われてドラゴンが隙を見せたらもう片方が撃ち落とすんだ」

 数の利はこっちにある。それに、状況が変わった。

 さっきまではマキに周囲の把握を任せていたが、もうそんな保身的でチンタラした作戦を取るべき段階ではない。

 互いに消耗しきっている今、先に敵を倒し切った方の勝ちだ。俺たちは二人。どちらかが立っていれば俺たちの勝ちなのだ。

「わ、わかりました。絶対に無理しないでくださいね。無茶したら後で怒りますからね」

 そんなに俺が心配か。

 まだ離れたくないらしいマキだが、俺の意思に従ってくれるようだ。

「マキにもう一つ指示を出す。絶対に生きて帰れ」

 俺たちは死にに来たわけじゃない。生きてソフィアを連れて帰るためにこの集落まで探しに来たのだ。

 辛うじて動く指先で早く行けと促してやると、力強く頷いたマキが駆けだした。

 彼女が誇る走力で一気に離れていくのを見て胸を撫で下ろす。

 このままアイツがここにいても、動けない俺を見捨てられず怪我をするに違いないだろうしな。

「さて、俺は俺のやることをやらないとな」

 相当頑丈に作られているらしい魔法銃を魔力装置の力で地面に置く。肌身離さず持っていたおかげで、引き金に触れるのが不幸中の幸いだ。

 銃口より先に視線を向けると、ドラゴンは地上に降りても変わらず破壊の限りを尽くしているのが見えた。

 照準合わせのための覗き込みも、精密射撃のための集中力もいらない。射撃精度系スキルを使い倒した結果、もはや誘導弾と言えるほどにレベルの上がった射撃スキルからは逃げられまい。

 殺意に気づいたらしいドラゴンは集落を襲う手を中断し顔をこちらへ向けるがもう遅い。

 先ほどは、着弾した瞬間にブレスを吐くことで相殺させずに俺たちを仕留めようとしたドラゴンだが、次はさせない。

 装置によって魔力から変換された電力が装填済みの弾丸をいつでも射出できる状態にした。

 あとは引き金を引くのみだがあえて引かない。

 ブレスを撃てるものなら撃ってみろ。着弾前のブレスを撃ち抜ければ相殺できるうえ、攻撃後の隙はマキが狩るのでドラゴンは詰んでいる。

 ドラゴンは地上に降りたあとも俺たちに最速で攻撃を仕掛けるべきだった。魔物は瀕死になると他の生物を捕食して魔力と体力を回復する習性があるらしいが、今回はそれが裏目に出たな。

 先ほどまでより長く口元に力を溜めているのは、火力を上げて相殺を許さないためか。

 そう考えていた次の瞬間、ドラゴンは突然首を上に向けてブレスを放った。

「マジかよ!」

 完全に予想外の行動に一瞬思考が止まるが、すぐさまマズい状況であることに気づいた。

 確かに、あのドラゴンは今すぐにでも倒せる。だが、そのあとはどうだろう。上空で拡散、分裂したブレスは火の玉となって周囲一帯に断続的に降り注ぐだろう。

 さながら雨のような炎は、その欠片一つ一つが高い殺傷力を持つ死の雨となる。

 たった一発の射撃であのブレスを相殺するのは無理だろう。

「それほどまでに人類へ破壊の限りを尽くしたいか!」

 上空で拡散が起こる前のブレスへ射撃する。

 ほぼエネルギーの線のようなレールガンの射撃でブレスは勢いを弱めたが、それでも火の雨が降り注いだ。

 マキは……。動いたら死ぬような場面で動くほど愚かじゃないはずだ。無事でいてくれ。

 遮蔽物など何もない場所にいる俺は、自分より助かる可能性のある仲間の無事を祈っていた。

 隙を見て再び上空へと羽ばたいたドラゴンを見ながら、してやられたことを自覚した。

 完全に勝った気でいたこと。そのせいでいつもより考えが浅かったこと。後悔先に立たずというが、思考が止まらない。

 迫りくる死の炎を見ながら考えていたまさにその瞬間だった。

 集落から眩い光がドーム状に広がり、降り注ぐ死の炎から地上を守った。
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