けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

金のなる木に魅せられて

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 北風が肌にしみる晩秋の朝。

 日本であればまだまだ暑いのだろうかと思うが、温暖化も家電器具の技術も進んでいないこの世界では涼しいを通り越して肌寒い。

 すっかり怪我が治ってソフィアの屋敷に戻ってきているのだが、ここ数日で新たな日課が増えたのだ。なので、朝寒いからと言って布団の中でうずくまっている場合ではない。

 ササっと寝間着を着替えて廊下を歩くと、すぐに目的の部屋の前へとたどり着いた。

「おーいソフィア。夜更かしのし過ぎで寝坊してねえかー?」

 そう。日課というのは、この頃研究熱心で寝食を疎かにしがちなソフィアの世話である。

 ノックしてしばらくすると、扉の前まで足音が近づいてきて、足音の主は扉越しにしゃべり始めた。

「安心しなさい。寝てないから寝坊はありえないわ」

 そんな手放しに安心できないセリフをもらったが、やるべきことは済ませたので一足先に食堂へ。

 ソフィアの寝起き当番を拒否ってまで日課の走り込みに出かけているマキもボチボチ戻ってきていることだろうしな。

 この時間帯であればジョージさんが出来立ての朝食をテーブルに並べているころだろうと思って扉を開ける。そして、言葉を失った。

「おはようございます、ケンジロー殿。朝食の用意が済んでおりません故、今しばらくお待ちください」

 テーブルに食品ではない何かを大量に積み上げている執事は、俺に気づくとそのように声をかけてきた。

 そんなことを言われてもどう返せばいいのかわからないのだが。

 状況がいまいち読めないでいると、自室から出てきたソフィアが食堂に入るや否やテーブルへと駆け寄っていく。

「やっと届いたのね!」

 目を輝かせて積まれた数々の包みを手に取るソフィアへ声をかける。

「おいソフィア。これはいったい?」

 恐る恐る声をかけると、ソフィアはバッと振り返る。

「朝から驚いたかしら。これらは全部魔法技術研究院から販売されている魔道具のパーツよ」

 ビー玉みたいな鉱石や綺麗な金属で作られた針、それから魔法紙や糸。ほかにも様々なガラクタが包装の隙間から見え隠れしていた。

「魔道具の修理って出来る人が少ないから報酬がおいしいのよ。まあ、今回はアンタが拾ってきた魔法銃の修理が目的だけれど。分析が終わったと同時に届くなんて、ジョージの手続きスキルは完璧ね!」

 もったいないお言葉です、と謙遜するジョージさんとのやり取りを傍から見て納得がいった。

 なるほど。

 ここのところ睡眠時間を削っていたのはそのためだったのか。

「ねえ、嬉しい? 嬉しいわよね⁉ 感謝の気持ちのひとつでも口にしたらどうかしら!」

 シンプルにうぜえ。

 わざわざ頑張ってくれたのはありがたいが絶対に口にはしてやらねえ。

「そんなことよりマキはどうした? いつもならもう帰ってくるころだと思うが」

 そんなことってなによ! と掴みかかるソフィアを軽くあしらっていると、ちょうど廊下を駆ける足音が聞こえてきた。

「噂をすれば、でございますな」

 ジョージさんにつられて入り口へと目を向ける。

 音を立てて食堂の扉が開いたかと思うと、元気いっぱいに息を整えるマキが現れた。

「ただいま戻りました! 竜車の手配はバッチリなのです!」

 ドヤ顔でサムズアップするマキはまるで褒めてほしそうだ。

「おかえり。いつもより帰り遅かったのはそういうことだったんだな」

 声をかけつつ活発な笑顔で駆け寄ってくるマキから逃げるようにスルー。

 ただでさえ興奮気味なソフィアの対処で面倒なのだ。これ以上はだる絡みされてはたまったものではない。

「おかえりなさいませ、マキ殿。明日はいよいよ出立でございますな」

「そうね。レールガンとかいう魔法銃の修理も今日中に終わりそうだし、道中立ち寄る宿場町ではおいしいものをいっぱい食べようかしら」

 いつもと変わらない雰囲気とやり取りのなかに嵐の前の静けさを感じる一日は、長くも短くも感じる早さで過ぎ去っていった。







 ――翌日。

 早朝から出発した俺たちは、竜車の荷車の中で……

「うっ、うぅ……」

「スー……スー……」

「……これは……まずいな」

 悶えていた。

 御者台のジョージさんを除き荷車には三人いるが、揃いも揃ってダウンしていたのだった。

 窓から顔を出してえずくマキや爆睡しすぎて床で丸まるソフィアは、もはや年頃の少女が見せていい様子ではない。

 かくいう俺も、初めて体験する竜車の感覚に若干の乗り物酔いを起こしている。

「ジョージさん。すまんけど最寄りの街によって休憩にしたい」

「最寄りですと、朝靄の街ですな。かしこまりました」

 状況が状況なので、ジョージさんに頼んで最寄りの街で休憩することにした。

 ソフィアの顔パスで街に入り、ひとまず冒険者ギルドを目指した。

 霧の都のギルドと設備にあまり差はないが、中にいる冒険者たちの雰囲気はどこか剣呑としている。

 何事かと思い手近な職員に声をかけてみた。

「あの、話を伺っていいですか?」

 こちらに気づいた職員は「はい?」と聞き返してきたので続ける。

「俺たちはさっきこの街に着いたばかりなんだが。……この差し迫った雰囲気はいったい何が原因なんだ?」

 まるで、盗賊団が街を攻めてきたときのような感じだ。この街にも何かあったのだと思われる。

「実はですね――」

 職員の話によると、影を纏った女性が上級魔物を引き連れて街の近くを練り歩いていたそうな。

「――という、ことで街では厳戒態勢を敷いています」

「そうだったのか。今日は滞在する予定なんで、なんかあったら頼ってください」

 心にもないこと溢しつつ、近くで暇をつぶしているソフィアたちを回収しようと視線を向ける。

 ちょうどギルドの入口が視界に入ったまさにその瞬間。

「大変だ! 街に翼竜の群れが押し寄せてるぞ!」

 勢いよく開かれた扉の音とともに、そんな叫び声が館内に鳴り響いた。

 おそらく高額な報酬がでるのだろう。まるで……というか、間違いなくこのために待機していたのであろう百名近い冒険者たちが一斉に街の入口へと駆けだした。

 なぜか男女比がやたら男に偏っているのだが、この街には有名な風俗店通りがあるのが原因だろうか。仲間の女性陣から信用を失いかねないのであまり言及するべきではないだろう。

 そんなことを考えていると、仲間に袖を軽く引かれた。

「二人して両側から引っ張るな。……言っておくが、俺たちは参加しないからな」

 やる気満々な表情を浮かべるソフィアとマキを見て釘を刺した。







 ――が、ダメだった。

 街の入口で翼竜――ケツァルコアトルというらしい――の大群が跋扈しているのを見て、改めてこめかみに手を当てる。

 しかし、今回は条件を取り付けることに成功したのでマシだろう。そしてその条件とは。

「お前ら、わかってるな」

「リスクは犯すな、でしょ? いちいち言われなくたって自分が置かれてる状況くらいわかってるわよ」

「ならそれでいい」

 マキはともかくとして、ソフィアは現在致命的なほど弱体化している。戦闘に支障をきたすのもそうだが、国民の前でソフィアの魔力が枯渇している様子を見せるわけにはいかない。

「マキ。悪いが今回は特にお前の負担が大きい。任せておいてなんだが、身の危険を感じたら自分の命を最優先に考えてくれ」

「えっへへ、心配無用なのです!」

 何を根拠に笑顔を浮かべているのかさっぱりわからず心配だが、やるべきことをやって、生き残りさえすればそれでいい。

 今回の彼女はいつもと違ってリュックいっぱいにアイテムを詰め込んでいる。

 普段は足が遅くなるからと拒絶されるのだが、今回の旅では消耗品にも頼っていかなければならないことをわかっているらしく快諾してくれた。

「手筈のおさらいをしよう。まず、ソフィアは俺たち全員に防壁魔法を付与すること。それ以上の魔力消耗は避けたい」

 明日以降を考えれば魔法は一切使わせたくないのだが、賢者としての矜持があるといい譲らなかった彼女に譲歩した形だ。

 渋々といった感じではあるが頷くソフィアから活き活きとしているマキに視線を移す。

「マキ。お前は戦場を駆け回ってとにかく敵の注意を自分に向けろ。なるべく開けた場所まで連れて行ったら、転移魔法のかかった魔石を使ってここへ戻ってこい。そしたら無防備になった翼竜を俺が撃ち落とす」

「任されましたっ!」

 マキは活発に返事するや否や、翼竜がいる方へ駆け出した。

 なぜだか色々悩んだ疲れが吹き飛んだ気がするので、俺たちも行動へ移ろう。

「何もしないっていうのもあれだし、魔力機構の故障を察知したら早めに合図を出してあげるわ」

 ソフィアに直してもらった魔法銃改めレールガンを構える。

 レールガンというものの仕組みや性質は日本にいたときにミリオタから聞かされたのだが、一見無駄に思えるような知識も実は異世界では役に立つのだ。

 使い勝手は良好で、携帯用というだけあり自動小銃のような構え方ができるほどには軽い。

「確か電力にかかわる部分はすべて魔力機構が行うんだもんな。その辺は任せた」

 魔力が枯渇したところで魔法における知識がなくなったわけではない。そう豪語するソフィアの実力は疑う余地がなくそのあたりにおいては安心できる。

 しかし、この銃が製造された国の文明レベルがいよいよわからなくなってくるのだが、それはソフィアの魔力問題が解決したら探ってみよう。

 そんなことを考えていると、さっそくマキが戻ってきた。

「うっ……。これ、結構めまいがするのです」

 テレポート酔いというらしいのだが、それによってえずくマキの背中をソフィアが撫でるのを一瞥し、さきほどまでマキがいた方へ視線を戻す。

 そこには、攻撃の反動だろうか。低空で体勢を崩した翼竜が今まさに高度を回復させようとしていた。

 それを見て引き金を引く。

 凄まじい破裂音が鳴り響く――ことはなく、スマートかつ静かに弾丸が放たれた。

「うわぁ、すごいわね」

「さっきまであそこにいた身としてはゾッとするのです」

 初速が音速の約七倍に達するらしいレールガンは、しかしソニックブームの影響を抑止する機構のおかげで装備者への被害はない。

 強いて言うなら、銃口から一直線に地面が抉れているくらいだろうか。それすらも魔力装置に守られている、よくできた携帯式レールガンである。

 ちなみに、目測ではあるがおおよそ二キロ弱くらいで地形への影響が完全いなくなっているので、一秒にも満たないうちに弾丸が消滅してしまったようだ。途中で気化したのだろうか。

「これで俺の魔力が持っていかれなければいいんだがな」

 数々の魔力装置は装備者から魔力を奪って作動する。

 そのため、魔力量が少ない俺が使うと簡単にガス欠を起こすだろう。

 想定はしていたのだが、思ったより消費魔力が大きく、撃ててあと二発だろうか。

「まあ、あんただしね。魔力を使い切るまで撃ちきったら切り上げましょう。最後まで残る必要はないわ」

 ソフィアの馬鹿にしているのかよくわからない声のもと、この日は数匹だけ翼竜を撃ち落として帰還した。



 翌朝。

 宿屋の客室から出ようとしたところ、ソフィアにつかまった。

 朝っぱらから急になんなのか。

「……ねえ、話があるんだけど。昨日の翼竜を見ていてアンタは違和感とか覚えなかった?」

 おっと、これは確信めいた問いかけだな。

 曖昧な言葉とは裏腹に考えに自信のある表情を浮かべるソフィア。街が慌ただしい原因に心当たりがあるのは俺だけではなかったというわけだ。もはや隠す必要もあるまい。

「そういえば、ソフィアは昨日ギルドの職員と話したときにいなかったな」

 昨日、この街の冒険者ギルドに初めて入った際、ホール内の職員から聞いた話をそのままソフィアに伝えた。

 すると、やはりというかなんというか、予想通りだったらしく納得がいったように頷いた。

「――ということで、特徴も一致するから『旗槍』がこの辺を通ったのが原因だと踏んでいるんだ」

「困ったわね。霧の都から撤退した『旗槍』と鉢合わせるなんて。今の私たちで勝てるかしら」

 無理だろう。少なくとも、現状のままでは全滅する。

 ソフィアの自問自答に近いニュアンスな言葉を聞いて、ありえそうな可能性を模索し断念。

「……メンタルに訴えかけるか?」

「バカなこと言わないで。レベル上げと物資調達を兼ねて、何日かこの街に滞在しましょう」







 ――昼食時。

 アイテム補充のため人で賑わう商店街を歩いていると、ワンランク身分が高そうなスーツを着たチョビ髭のおっさんに声をかけられた。

「お初にお目にかかりますわ、ソフィア様とお仲間の皆様。ワシは商店街で会長をやっちょるもんですわ」

 ……なんかキャラの濃い輩がでてきたな。

 ゴマすりチョビ髭おじさん改め商店街会長さんは、ソフィアの前までくると頭を下げて彼女の手をもみ始めた。

 やめてやってほしい。ソフィアが嫌がるどころか絶望して目の光を失っているから。

「アンタも昨日の件で来たんだろう。しかし、彼女は疲れが抜けきってないみたいでな。無理させないでやってほしい」

 そう声をかけると、ハッと我に返ったように会長さんは一歩離れた。

 安堵のため息をつくソフィアを尻目に、今度はマキが一歩前へ出る。

「昨日は倒し損ねた弱い魔物が数匹街に入り込んだと聞いていたのですが、ご無事なようでなによりなのです」

 その言葉は、声色こそ普段と変わらないが、ソフィアに手出しさせないという強い意志を感じる。

 普段から姉妹のように仲がいいからだろう。ソフィアのこととなると行動力が増すし、逆もまた然り。……俺いらないのでは?

 百合の波動に目を眩ませている傍らで、会長さんはというと懐から一つの麻袋を取り出した。

 誰もが興奮するであろう特徴ある金属音から推測するに、お金の気配を強く感じ取れる。

「魔物はすぐひっ捕らえられちょるけん、心配ご無用でっせ。そないことより、商店街が無事で済んだことの感謝の気持ち、受け取ってくれはりますか?」

 会長さんはそう言いながら麻袋の口を少し開く。

 予想通り中身はお金で、しかも百シルバー金貨がびっしり詰まっていた。

「え、えぇ。ありがたく――」

 流れで手を伸ばしかけたソフィアは、しかし何を考えたんかその手をひっこめた。

 そして、代わりに神妙な面持ちで言葉を発する。

「気持ちだけで結構よ。私は貴族である以前に、庶民を守る賢者だもの。当然の義務だわ」

 外面に違わぬ清らかな発言である。

 そんなソフィアを見て、感極まった会長さんが泣き出してしまった。

「ああ、神よ! ワシはなんと心の清らかな貴族様の庇護下にあるんやろうか! 幸せや!」

 なんかよくわからないことを言い始めた会長をよそに、バツが悪そうに明後日の方向を向くソフィアに耳打ちする。

「……ソフィア、お前」

「言わないで。私だって不本意なの」

 この女、義務がどうとか関係なく、翼竜がなだれ込んだ原因が自分にあると思っている故の罪悪感を抱いているだけだろう。

「言わなきゃバレないんだ。受け取ればいいだろう、マッチポンプ貴族」

 会長さんから麻袋をひったくったソフィアに、側頭部を強打された。







 数時間後。

 昼食を済ませた俺たちは、その足で冒険者ギルドまでやってきていた。

「さあ、アンタたち! 今日も街のみんなのために頑張るわよ!」

 意気揚々と、というには些か声が乾いているソフィアに、俺たちは何も言わずついていく。

 先ほど、断り切れずにお金を押し付けられてしまったソフィアとしてはもう後がないのだろう。

 マキも察しがよくて、この街が慌ただしくしている原因について薄々感づいていたそうだ。

 それゆえに、マッチポンプでお金をもらったソフィアの、まるで出涸らしから絞り出したようなハイテンションに文句を言えないのだろう。

 一足先に依頼書が貼りだされた掲示板へとたどり着いたソフィアは、やがて一枚の貼り紙を手に取った。そして、ちょうど追いついた俺たちに貼り紙を見せつける。

「どれどれ。……メタルグリフォン二頭の討伐依頼。朝靄鉱山周辺の湖の畔でメタルグリフォンのオス二頭が縄張り争いをしている。炭鉱夫への被害が予想されるため速やかに討伐ないし撃退してほしい。報酬三百シルバー」

 ソフィアから貼り紙を奪い取ると、叩きつけるように掲示板に戻した。

「お前はバカか。メタルグリフォンって確かグリフォン種の最上位種族なんだろ。それを二頭とか自殺行為だし、ましてや報酬がこれっぽっちとか割に合わねえ」

 最上位種族の魔物はいずれも単独で街一つ滅ぼせる強力な魔物だ。

 そのうえ、もらえる報酬が日本円換算で三十万円ほどでは割に合わない。

「補足すると、メタル性質を持つ魔物は魔法と遠隔攻撃に強固な耐性を持つのでアタシ達との相性も悪いのです」

 編成相性極悪じゃねえか。

 やっぱりこんなのはダメだ。

 再度貼り紙を取ろうとするソフィアを小競り合いをしていると、今度はマキが別の貼り紙を手に取った。

「今度はなんだ。……ゴブリン・マトリクス一頭の討伐依頼。我が家の農地からそう遠くない森にゴブリンを無尽蔵に生み出す魔物が現れた。弱い魔物ではあるので一対一であれば負けることはないが、今後数が増えると思うと不安だ。ゴブリンの討伐数が多いほどギルドが別枠報酬を出すそうなので、腕の立つ冒険者諸君には張り切ってほしい。報酬百二十シルバー」

 ゴブリンは指定魔物に制定されているので、討伐すると一体あたり十シルバーの報酬が別途もらえるらしい。

 対して強くないが、やつらは衛生的によろしくないので、民間人が疫病をもらうことのないようにという思惑があると聞いたことがある。

「こっちはそこまで難しくなさそうに聞こえるが。……ゴブリン・マトリクスって強いのか?」

 マキからひったくった依頼書を持て余すように振っていると、さきほど俺がしたようにソフィアに取り上げられる。

 そして彼女は掲示板に依頼書を戻すと、ゴミを見る目を向けて口を開いた。

「……ゴブリン・マトリクスは汚染されたゴブリンの成れの果てよ。劣悪な環境に晒されたメスのゴブリンは、自らの意志と関係なく体細胞が変質し、単独で変異前の自身のクローンを生成しだすわ。それを見ようだなんて、無知って罪ね。死んだほうがいいんじゃないかしら」

「そこまで言うほどかよ」

 あまりにもあんまりな彼女の言い草に、怒りよりも驚きを禁じ得ないのだが。

 だが、口にするのを憚る内容なのは雰囲気から察した。なぜなら、普段から温厚なマキですら、罵詈雑言を浴びせてこないまでも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているからだ。

「ケンジロー。悪いことは言わないので、たまには公共の図書館に足を運ぶといいですよ」

「遠回しに無知って言ったな。まあいい。お前らがそんなに嫌がるならこの依頼はやめておこう」

 手にしていた依頼書を掲示板に戻すと、自分でも貼り出されている依頼書に目を通してみる。

 『旗槍』の影響だろうか。中級の魔物が錯乱し下級の魔物は姿を隠すようになったようで、依頼内容も危険度の高いものが多いみたいだ。

 指をさしながら文字を目で追っていると、やがて一枚の面白そうな貼り紙に目が留まった。

「金のなる木の討伐依頼。金のなる木の群れを見かけた。進行方向に私の故郷があり心配だ。……飼育したら金持ちになれるのか?」

 だとしたら、自律型農産物の野生化問題だろうか。

 わざわざ冒険者を雇うくらいだから危険な種なのだろうが、異世界とはいえ植物如きに後れを取る気はない。

「行きましょう! アタシ、俄然やる気が出てきました!」

 なんか急に張り切りだしたな。

 マキにとって、この依頼はそれほど魅力的なのだろうか。

 異世界人で魔物の知識がない俺がしゃしゃり出るより、報酬面がおいしい魔物にも詳しいであろうマキについていくべきだ。

「それはわからないけど、勝てなくはない相手なんじゃないかしら。これにするなら途中でマキの装備を見繕いましょう」

 ソフィアも乗り気なので、今日はこの依頼を受けるとしよう。

 このとき、俺は軽い気持ちで決断した。――依頼書の注意書きをよく読まず。



 黄金の闘牛、別名:金のなる木。

 四足歩行の獣種の魔物で気性が荒く、その巨躯から放たれる突進は退化した角など関係ないと言わんばかりの破壊力を有するという。

 一方で、家畜や貴族のペットとして需要があり、金色の巨大な牛みたいな姿や味わい深い金色の牛乳は市場で高く取引されているのだとか。野生の金のなる木は、捕らえて業務独占資格を持つ農家に売り払うのが最も報酬がいいらしいが、その危険性から冒険者ギルドでは見つけたら逃げるか倒すよう推奨されている。

 さて、そんな依頼を受けた日の昼下がり。

 俺たちは金のなる木が現れたという現場へとやってきていたのだが。

「おかしい! なぜ俺が狙われるのだ!」

 ドシドシと重量を感じる大量の足音と振動を全身で浴びながら、俺は息切れする肺を酷使しながら平原を駆けていた。

 まだ攻撃していないにも関わらず、なぜか俺だけ執拗に狙われだしたのだ。

「アハハ! アンタの小賢しくてみみっちい考えがバレたんじゃないかしら!」

 援護するでもなく遠巻きに嘲笑っているあの女はあとで金のなる木牧場に埋めて帰ろう。というか。

「納得いかねえ! まだ何もしてねえだろ⁉」

「まだって言いましたね⁉ やっぱ悪さするつもりじゃないですか!」

 悪さって言うな!

 仲間から事実無根の悪口を浴びせられながら逃げ回っていると、前方に背の高い草が一部なくなっているのが見えた。

 そういえば、この辺は平原と湿地の境目で、少ないながら底なし沼があるから気を付けるようギルドの受付嬢から聞いていた。

 ──勝ったな。

「ああっ! 見てくださいソフィア! また悪い顔してますよあの男!」

 大声を出すマキは後で「またってどういう意味だ」と問い詰めるとして、ひとまず金のなる木こと黄金の闘牛を沼にはめてしまおう。

 首の下辺りまで生い茂る草を掻き分けながら、機を見て閃光石を足元へ投げつける。

 地面へ叩きつけられた閃光石は簡単に砕け散り、激しく発光した。

 発光は一瞬。しかし、目を焼かれた金のなる木はそう簡単に動きを止められるはずもなく、彼らの進路上から避けた俺は、底なし沼に次々と飛び込んでいく牛どもを見下ろしていた。

「計画通り」

 視覚に続き大地から伝わる触覚も想定外のものとなった金のなる木の群れを見て、一仕事終えたような達成感を覚える。

 しかしながら、これで終わりではない。万一コイツらが這い上がってきたら大惨事なので追い打ちを加えよう。

「投擲罠を直接喰らう気分はどんなだ?」

 持ちあわせている限りの投げ罠を底なし沼に投げ入れると、着弾した瞬間に踏まれた扱いになって起爆した。

「見ろよソフィア。投げ罠が爆散しきる前に起爆処理が二回起こってるせいか見た目以上の威力になってるぞ。あの現象は予想外だった」

 ゲームにおける未知のバグや開発元が意図しない仕様を見つけたような気分である。

 興奮冷めやらぬまま仲間の方へ振り向くと、何故かドン引きされていた。

 ともあれ、オーバーキル気味ではあるものの依頼自体は完遂した。あとは帰るだけである。

「……アンタってナチュラルサイコなの? 私、アンタの考えが時々わからなくなるわ」

「失礼な奴だな」

 得体のしれない何者かを見たようなソフィアに言い返しつつ、あまった罠を荷物にしまう。

 終わってしまえば大したことなかったな。一瞬でもそんな甘い考えが脳裏をよぎったからだろうか。

「構えてくださいケンジロー! なにかしてきます!」

 いったい何が?

 そんな浅い疑問を抱いたと思った時には、すでに体が宙を舞っていた。

 口に手を当て目を見開いて驚く仲間たちの表情がなぜか印象強いような気がして、視界が暗転した。






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