けん者

レオナルド今井

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霧の都編

霧の裏オークション

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 ──カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しに目が覚める。

 『旗槍』との交戦から数日が経ち、日増しに肌寒さを感じ始める今日この頃。

 なんだかいつもより枕が硬いのだが、これはソフィアの貴族友達の屋敷へ来ているからで……

「わたくしの膝枕は如何でしょう?」

「硬い」

 ──はなく、ここのご令嬢の太ももが枕とすり替わっていたからだったようだ。

 痩せすぎなほど華奢な太ももが、より硬い床枕にすり替わったところで状態を起こすと、随分とお冠な様子のご令嬢と目が合った。

「無神経極まりない発言に怒髪天を衝きましたわ」

 やたらボキャブラリーに富んだ怒ってますアピールに吹き出しそうになる。

 本当に吹き出したら不敬罪で実刑ものなので抑え、その代わり笑ってごまかすスタイル。

 そういえば、似たようなやり取りをしてマキにも怒られたな。しかしながら、本当に枕と比べて骨の硬さがあるのだから仕方がないだろうと心の中で言い訳する。

「すまない。起き抜けで頭が回っていなかったんだ。今日も華奢で麗しいと思うぞ」

 お世辞ではなく本当に麗しいこの令嬢は、ソフィアの友人のレイラだ。家名の方は長くていつも忘れてしまうのだが。

「頭が回っていない、本音駄々洩れのときに言われたから怒ってましてよ。……折檻は後でソフィアに任せるとして、早く食堂へいらしてほしいものですわ」

 なんかとてつもなく物騒なワードが聞こえたがいったんスルー。それより、どうやら朝食を待たせているらしい。

 あれから、まだ痛む体を壁に手をついて支えながら扉へ向かう。

「肩くらいなら貸してもよろしくてよ」

「いや、大丈夫だ。それより、早く行かないと飢えたソフィアが暴れだすからな」

 わずかながら魅力的に感じた提案を、二人して倒れたら時間ロスだと思いパス。華奢な体に重荷を背負わせてはならないので、廊下の手すりを頼りに食堂へ。

 テーブルにはすでに料理が乗っており、なんならソフィアとマキに至っては先に食べ始めていた。

 おそらく、機嫌を損ねないよう給仕さんが融通を利かせてくれたのだろう。ファインプレーである。

「あ、やっと起きたのね。遅いじゃない。寝坊よ寝坊!」

 口の中の物を飲み込むや否や、こちらに気づいて野次を飛ばすソフィア。

 よく見ると、マキも何か言いたげな様子でこちらをにらんでいるので、相当待っていたのだと思う。

「仕方ないだろ。ここ数日は杖がないと外出できないくらいには体が痛むんだぞ」

 手すりが多い貴族の屋敷と大衆が行き交う通りでは、負傷者の歩きやすさに雲泥の差がある。

 今朝こそ食堂まで自力で歩いたが、この状態で大通りに出たら間違いなく転んで怪我をするだろう。

 そんなことを言ったからだろうか。

「わたくしが未熟なばかりに。悔やまれますわ」

 あの夜、治療にあたってくれたというレイラが申し訳なさそうにしだしたので慌てて訂正する。

「気にしないでくれ。むしろ、あの夜は二度も死にかけたんだ。まだ痛むとはいえ五体満足で帰ってこれただけで儲けものだ」

 一度目は『旗槍』が起こした衝撃波に巻き込まれて。二度目は、罠効果を付与した弾丸によって自爆して死にかけたのだ。

 これは見舞いに来たアーチャー職の冒険者に聞いた話なのだが、銃は弾丸に与える衝撃が強いため、発砲した瞬間に罠判定を帯びた弾丸が即座に衝撃で起爆するのだという。もちろん、命中判定による起爆も起こるため、計二回爆発するということになる。

 すなわち、現在の体の痛みは引き金を引いた瞬間の爆発によるものだ。

「なにが儲けものよ。言っとくけど、私が応急的に治療してなきゃレイラのところに連れてくる前に死んでたわ」

「ちなみに、倒れたケンジローを持ち運んだのはあたしです。改めて感謝の言葉を口にしてくれてもいいのですよ?」

 ここぞとばかりに各々の功績を主張するうちの娘たち。

「はぁ……。ソフィアは魔法で周囲の地形を変え、マキは貴重な結界石を換金して受け取った金の一部をポケットに入れただろ。昨日、金融ギルドに掛け合って、結界石の売却金は森林破壊の賠償に充ててきたからな」

 ソフィアが最後にぶっ放した魔法だが、あれによって周辺の地形が変わってしまった。

 幸い、人的被害は出なかったが、魔法で巻き込んだ範囲の一部が林業を営む人の森に重なっていたらしい。

 その件で訴えられることはなかったが賠償金を請求されたのがここ数日の出来事。

 妖魔教団幹部クラスを相手に痛み分けに持ち込んだことで、貴族院と冒険者ギルドからまとまった報酬をもらっていたのだが、その辺諸々でなんとか払い終えたのだ。

 こうして、身体的にも精神的にも疲弊した俺だったが、数少ない癒しは懸命に手当てをしてくれたレイラとの会話だ。

「……来年度からレイラのとこの経理部に転職しようかな」

 もちろん冗談だ。しかし、ソフィアたちの驚きようが面白いので得した気分になった。

 そんなくだらないことを話しながら、今日のスケジュールを思い浮かべるのだった。







 朝とも昼とも言いにくい頃合い。

 俺は、ソフィアに付き添う形で街へ繰り出ていた。

「魔力を回復させるためにお前の故郷に行かなきゃならないのに、そのためには猛吹雪をどうにかしないといけないのか」

 ここ数日頭を悩ましているのはなにも賠償問題だけではないのだ。

 膨大な魔力量を誇るソフィアといえど、先日の戦闘は魔力を使い果たすほど消耗したのだという。

「ホントはアンタの怪我くらい魔力があれば治るんだけど。まあ、無茶をしたらこうなるって学べたでしょ」

 無茶をした自覚はあるので何も言い返せない。

 あの時、俺が死なない程度に治療魔法を使い、残りをすべて『旗槍』を退けるためのリソースにしたのだという。差し迫った状況で最善を選び抜いたソフィアを誰が責められようか。なので、森を破壊した件もさほど深く追求しないようにしている。

「本当にな。しかし、お前でも魔力切れなんて起こすんだな」

 正直に言って意外だった。

 住人からの評判や日頃の戦闘スタイルからして、魔力切れの心配など無縁だと考えていたのだが。

 そんなことを考えているのがバレたのか、心外だとでも言いたげな様子で脇腹を抓られた。

「私を歩く地脈かなにかと勘違いしてないかしら。魔法を使い過ぎれば魔力切れを起こすし、なにより賢者召喚の儀で消費した魔力は未だに戻ってないわ。アンタ一匹呼び出すのにどれだけリソース使ったと思ってるのよ」

 酷い言い草である。

「何が匹だ。……ともあれ、ただでさえ本調子ではないのに魔力を大量に消費したからこうなった。そんな認識であってるんだよな」

 コクリと首肯するソフィアに、改めてどうしたものかと悩む。

「今は必要な物リストに書いてある物を買うことだけ考えなさい。考えるだけ時間の無駄よ」

 何が時間の無駄だと振り向くと、プイっと顔をそらされた。

「……なんだ、気を使ったのか? かわいいとこもあるじゃないか。おん?」

 髪の隙間から見える頬が赤いのをからかってやると、今度はキッと睨まれた。まるで蹴りでも入れてきそうな剣幕で身の危険を感じる。

「後で覚えておきなさい」

 般若のような顔である。

 一応、怪我人なので今すぐ痛めつけるわけではないだろうが、これは後が怖い。

 凄まじいプレッシャーを放つソフィアから逃げるようにして冒険者ギルド一階の市場フロアへと足を進めた。

 平日の午前ということもあり、装備品や素材しか並ばないここはあまり人がいなかった。

 裏を返せば、それは早朝に出発する冒険者向けのアイテムをある程度売り切った後だということでもあるのだが。

 連れのソフィアが先ほどから難しい顔をしているのもきっとそのせいだろう。

「魔力鉱もほとんど売り切れね」

 魔力を帯びていて魔法使いの魔力消費を肩代わりしてくれるアイテムだ。魔力を切らしているソフィアにとって、このアイテムの量こそが戦闘力を決めるファクターとなる。

「仕方ない。ある分だけ買って明日も来よう」

 ソフィアの故郷へ行くにしても、まずは消耗品を用意しなければならない。

 ここだけに時間をかけていられないということでアイテム商に話しかけようとして、

「おっと」

 誰かとぶつかってしまった。

「怪我はないか、レディ」

 そう手を差し伸べた瞬間、後悔した。

「数日ぶりだな、人間よ」

 身長は俺と変わらないくらいだろうか。

 女性にしては長身で、年齢も十歳近く年上と思われる黒スーツの女は、聞き覚えのある声でそう語りかけてきた──



「──あのぉ、お客様?」

 剣呑な雰囲気の中、事情を知らないアイテム商のおじさんの言葉が互いの警戒心をいったんかき消した。

 仕方ないとはいえ、目の前で視線で探り合いをしているのがこの街の貴族と妖魔教団幹部『旗槍』だと知ったらどのようなリアクションをとるだろうか。大変気になるところではあるが、予期せぬリスクを引き起こす可能性を考慮し邪な考えを頭から追いやる。

 それにしても、どうしたものだろうか。

 おそらく、俺含め三人で同じことを考えているに違いない。故に沈黙はいつまでたっても破られないのだろう。

 影のオーラを纏っていない点、街中とはいえ俺たちを見かけてもおいそれと手を出そうとしない点から、ひょっとすると先日の戦いで『旗槍』も痛手を負っていたのだろうと思う。もっとも、ソフィアの魔力切れは『旗槍』も知らないだろうし、迂闊に動けないのは単にそれが原因かもしれないが。

 ともあれ、向こうから手が出ないなら先手を打たせてもらおう。

「あぁ、すまんなおっちゃん。俺たちはアンタのとこの魔力鉱が欲しいんだ。残りが少ないのは残念だが、今ある分を全部譲ってほしい」

 いち早く沈黙を破った俺は、アイテム商のおっちゃんに紙に数字を書いて見せた。

 この国では価格交渉が大衆に広く根付いており、とりわけ商人や生産者との直談判では必ずと言っていいほど行われる慣習だ。

 その証拠に、おっちゃんも慣れた手つきで紙に数字を書き足してきた。

「残ったのは中途半端ではあるがそれなりに質のいい魔力鉱だ。二十個で三百シルバーは欲しいな」

 俺が書いた百五十という数字の横に三百と書き足して、そう言った。

 ふむ。であれば、二百三十シルバーでどうだろうか。そう考えて紙に追記しようとしたその瞬間だった。

「某も其方の扱う魔力鉱を譲ってほしいと考えている。某は三百シルバーくらいなら出せるが、如何だろうか」

 『旗槍』が嫌味たらしい笑みを浮かべながら、アイテム商との取引に割り込んできた。

 いいだろう、相手になってやる。

「そ、そうかい。そうとくれば、少年。こっちも商売なんでな。悪いが」

 商人として百点満点の決断をしようとするおっちゃん。

 さすがにそれでは困る。とりあえず知り合いの冒険者たちに呼びかけて、防御手段を失った『旗槍』を始末させよう。袋たたきにすれば誰かしらの攻撃が届くだろう。討伐報酬に目がくらみやすい冒険者たちを使えば、手を汚さずとも価格交渉を続行できる。

 そう考え、魔法式の小型拡声装置に手を据えたまさにその瞬間だった。

「貴族である私じゃなくて、その人に売るのね。まあ、明日も来るつもりだったからいいけれど、ここは大きな利益が出ているようだし、税率を上げることも検討しようかしら」

 冒険者ギルドを管轄する貴族の証。

 それをちらりと見せつけながら、極めて意地汚い笑みで宣った。







 あの後、互いに互いを恐れながら罵り合いを始めたソフィアと『旗槍』を置いて、俺は昼食をとるため大衆食堂へと向かっていた。

 ここは冒険者仲間に教えてもらった食堂で、ギルド内の酒場と違って安いのがウリだ。反面、お昼時しかやっていないのだが、それを抜きにしても冒険者だけでなく広く一般の人にも人気なお店だ。

 冒険者ギルドからだと大通りから一本裏手に入った道が近かったはずだが。

 以前案内されたときのことを思い出しながら路地裏に入ると、曲がり角で誰かにぶつかった。

「いてて。いったい誰だよ」

 お互いに尻餅をつきつつ相手に視線を向ける。

 ぶつかった相手は、背中にロングボウを背負った茶髪の青年。コイツこそが時折つるむ冒険者仲間の一人である。

「おいおい前方不注意だぜ、アーチ。困りごとか?」

 アーチという名の弓使い。アーチャーになってほしいからと名付けられたと愚痴るのが持ちネタな彼であるが、冒険者としては一流で普段は仲間のソーサラーとナイトを率いるパーティリーダーをやっている人物である。そのため、話をして得られる知識が多く感謝している。

 そんな彼が、珍しく焦った様子を見せているので気がかりだが。

 絶対に秘密だぞ、と小声で語り掛けるので無言でうなずくと、内緒話でもするように耳打ちしてきた。

「実はこの後、貧民街の武器商んとこでセリがあるんだが……。立ち話もなんだし、人も少ないから歩きながら話そう」

 やけにもったいぶるな。

 そんなことを思いながらも、確かに立ち話というのもなんだかな、とは考えていたので賛成した。

「どうも日出国からの密輸品が流れてるって噂を耳にしてな」

 内緒話みたいだと思っていたが、予想以上にガチな奴だった。

 曰く、日出国の密輸品はどれも未来的で高品質らしいが、輸出を全面的に禁止されているため市場に出回ることはないらしい。それどころか、国土の西端の出島を除き、地図すら書けないほど詳細がわからない謎の国だという。魔境じゃねえか。

「ちなみに、取引される物品について、もうちょっと何か知らないのか?」

 好奇心の赴くままに話にのめりこんでいく。

 かねてより俺の故郷と間違われている日出国の情報は欲しいと考えていた。

 一つは、日本へ帰る手段があるのではないかという薄い希望だ。そしてもう一つは、国についての謎が多すぎるからだ。

「すまんがそこまでは耳にしてねえ。期待に沿えなくてすまんな」

 そんなことはない、気にするな。そう返すと、愚痴でもこぼすようにアーチは話を続けた。

「これは都市伝説みたいなものなんだが、日出国の地図に書かれてないところを目指した船乗りは、揃いも揃って消息が途絶えているんだとさ。このレベルで謎だと、いっそのこと海の上に穴でも開いてるのかもな」

 そんなわけねえだろと言いたいところだが、あいにく魔法とかいうわけのわからない概念が存在する時点で現代日本の物理法則を当てはめるのは早計だろう。否定も肯定もしないでいると、アーチは再び耳打ちしてきた。

「……いいな? 特にお前さんのとこの貴族様には絶対内緒にしてくれよ」

 いざとなれば権力を不当に振りかざすことも辞さないソフィアなら摘発される心配はないだろうが。あれでいて普段は常識人なので黙っておいてやろう。

 同意しつつもう数分歩ていると、貧民街のとある空き家の前へとたどり着いた。

「この家の物置小屋が入口らしいぜ。行ってみよう」

「ああ」

 治安が悪い貧民街なので、細心の注意を払いながら後に続く。物置小屋の扉を通ると地下室への階段が続いており、地下室の扉からはすでに騒がしい音が漏れている。

 意を決して扉を開けると、想像より広い空間に、これまた想像と違う客層が目に入った。

「……なんだこれ。貴族や富裕層ばかりじゃないか」

 日本でいうところの文化センターのホールを彷彿とさせる座席数とステージに、金がかかりそうなドレスやタキシードを身に着ける紳士淑女ばかりがいた。本当に貧民街なのかという点と、これだけの数の富裕層が闇オークションに参加している点に一瞬言葉を失った。

「アーチよ。俺は今この国の未来に憂いを抱いたぞ」

 なんとかひねり出した声に、アーチも無言でうなずいた。

 そんなやり取りをしつつ手近なスタッフの案内により座席につくと、ちょうどオークションが始まったようだ。

 最初にステージ上のテーブルに置かれたのは一振りのクレイモアだった。

 華美な装飾はないが、むしろそれが切れ味がよさそうな刀身を際立たせており、一言で言い表すなら飾らない美しさを放っていた。

「最初のお品物はこちらのクレイモア! ただのクレイモアじゃあありませんよ? なんと、刀身に銀を混ぜ込んでいるのです! 作成されてから百年は経っている銀のクレイモアは、当時習慣づいていた吸血鬼を使った暗殺から持ち主の家を守ってくれていたそうです! 今なお魔物蔓延るこの国で身を守るこちらの一振りは五千シルバーからスタートします」

 席には競りにかけられる品物の一覧が書かれており、誰かが落札するまで購入希望者が手を上げ続けるというシステムになっているそうだ。

 現に、なんか人に恨まれていそうな貴族が十数名ほど挙手しており、一万シルバーを超えたあたりから徐々に手を下す人が出始め、最後の一人になった瞬間には十四万二千の掛け声が響いていた。

 カタログの通り、次の品は弩だった。なんでも、数百年前の東の大国で一騎当千の活躍を収めた伝説の武人が愛用していた代物だという。

 これ以降の品物にも目を通すが、密輸品のような後ろめたい物は見当たらず、歴史的価値の高い物ばかりが並んでいる。コレクター向けの脱税競売と聞けば確かに裏オークションらしくはあるが、税金を払う程度の資金力がありそうな貴族がなぜこうもこの場所のオークションに足繁く通うのかという疑問は払しょくできない。金と権力で取り寄せればいいと思うので、おそらくそれ以外の何かが目的なのだろう。

 それから小一時間ほど男心をくすぐられる品物と、たかが矢筒に七千シルバーもかけて落札した友人に目を奪われつつも、密輸品とやらに期待感を高めていた。

 カタログに載っている商品は一通り出揃ったが、どうやらまだオークションは閉幕していないらしい。なるほど、これが密輸品とやらか。

 会場全体が期待を寄せる中、ステージ上に一つの縦長のケースが運び込まれた。

「さあさあさあ! 大変長らくお待たせしました! ここからは極秘オークションを始めます!」

 進行役のそんな声に会場がドッと盛り上がった。

 観客が見守る中ケースが開けられると、そこに入っていたのは先端が二本の長い棒状のパーツになっている銃のような武器だった。

 貴族豪族の皆々は物珍しさと謎が深い見た目に沸き立っているようだ。

 ……俺、これ知ってる。

 おそらく、この会場において俺を除き誰一人としてあの品物の真価を理解していないだろう。

「おいアーチ。レールガンだぜ、あれ」

 中二心全開だったころに調べたので浅いながら知識はあるのだが、オークションにかけられたそれは歩兵が持てる程度に小型化されていることに驚きを隠せない。狙撃銃程度の大きさなので扱いやすそうではある。

「こちらは日出国より密輸入された携帯レールガンでございます! 構造も原理も何もかもが不明ですがわかっているのはただ一つ! それは、他のどの国で作られているあらゆる武器とは比較にならないほど高威力であるということのみ! 前衛的な形状なのでコレクションとして飾るもよし! 護身用に持っておくもよし! さあ、こちらの携帯レールガンは百万シルバーからスタートです!」

 日本円にして一億円相当のレートから始まった裏オークション。どうやら、裏オークションの品物はこれだけらしく、観客のほとんどが手を挙げた。

 ここにきて、ふと気づく。先日の『旗槍』との戦闘で狙撃銃がお釈迦になってしまっていたことに。

 であれば、あのレールガンの使い道を知らない誰かに渡すくらいならもらってしまおう。

 やるべきことが決まった俺は、隣で欲しかった矢筒を買えてほくほく顔をしているアーチに話しかける。

「なあアーチ。俺、あれが欲しい」

「おいおいバカ言うなよケンジロー。百万シルバーだぞ」

 さすがに諭された。

 だが、今の屋敷に百万シルバーもすぐ出す余裕はないのは確かである。なので、そもそもの段階で商取引するという選択肢はリジェクトされているのだ。

「一言も買うなんて言ってないが? ……摘発するんだよ」

 言いながら、手元のカタログからページを一枚切り取って罠効果を付与。そのままそれを紙飛行機にして投げる。

 放たれた紙飛行機爆弾は沸き立つ観客たちの頭上をふわふわと滑空し、ステージ手前で爆発した。

「刮目せよ! 俺はスターグリーク家の従者だ! 今日は治安維持の一環でこの違法売買現場を取り締まりにきた! さあ、お縄につけ!」

 歓喜から驚きへと観衆の声が変わる光景に溜飲を下げつつ、俺は会場のすべての人間にそう宣言した。

 あまり実感はないのだが、実はソフィアとジョージさんがいたスターグリーク家はこの国で最も高位の区分に位置する貴族である。国中の貴族から養子をとる習慣があっただけに、滅亡一歩手前のような現在でも格式高いのだ。

 どう詰めていくか考えていると、退避するよう忠告していたアーチがなぜか意気揚々と立ち上がる。

 不思議に思っていると、それはもう邪悪な笑みを浮かべて口を開いた。

「そしてオレが、そのスターグリーク様に臨時で雇われた戦闘員だ! 今すぐ頭呼んで来い!」

 何言ってんだコイツ。

 そんな視線を向けると、観客のざわめきにかき消される程度の小声で何か言い訳してきた。

「どうせほとんどの観客は一般人程度の戦闘力しかねえ。ここは取り決めで護衛を雇っての入場は許されてねえから、オレらみてえな冒険者はのうのうと入れるのさ」

 なんてガバガバなシステムなんだ。

 そんなこんなで騒がしくしていると、ステージ裏や入口から厳ついゴロツキが現れた。

 なるほど。用心棒が圧をかけているから、貴族も安易にルールを破れなかったのか。

 奴らの手元を見ると拳銃の類を持ち合わせており、確かにこれは練達した貴族のお抱え戦闘集団でも一筋縄ではいかないだろう。ガチガチに鍛え上げた騎士でも、貧弱な主君を射線から逃がしつつ対応するのは難しいのだろう。

 ここへ入場する時点で主催側のルールに従わなければならないのはそういうところだと推測できる。あと、それらしい理由を考えるなら、貴族同士でこのオークション会場を守る方向で協調しているのだろうと思う。

 いずれにせよ、ここに俺たちが現れた時点で主催側は詰んでいるのだ。

 出入口付近には、こんなこともあろうかと立ち食い屋台のレシートに罠を仕込んで落としてある。

 ステージ側も、あと一発爆弾紙飛行機を飛ばせば天井の装飾が落ちて押しつぶせるだろう。

「レディースアンドジェントルメン! とっておきのサプライズマジックを見せてやろう!」

 銃を構えて今にも引き金を引いてきそうなゴロツキの方へ、それぞれ一本ずつ鉛筆を飛ばす。

 それらは出入口とステージ上部へと飛んでいき、破裂音とともに小さな爆発を引き起こした。

 連鎖するように出入口付近でふた回り大きな爆発が起こる。

「野郎、よくも!」

 ステージ裏から銃を構えていたゴロツキが、仲間がやられた怒りに任せてステージ上へ姿を現して発砲。しかし、弾丸が俺に届くことはなかった。

 なぜならば、引き金を引く直前に、ステージの天井装飾がゴロツキの頭上へ落下し、銃を持つ手をミンチに変えたからである。

 気づけば、隣にいたアーチが進行役の男へロープ付きの矢を射って拘束しており、これにて制圧は完了した。

 恐怖や憤怒、各々が負の感情を抱えつつも、観客が誰一人こちらへ攻撃してこないのを見るに、あとは当家と関係のある治安組織に引き渡してしまおうと思う。

 こうして、少し過激な裏オークションは幕を閉じた。







 ──夕暮れ時。

「いやぁ、相変わらずお前は奇想天外なことをしやがるな、ケンジロー」

 戦利品を片手にほくほく顔で肩を組んでくるアーチに、心外だと返す。

「あのまま見過ごしてもどうせいずれ摘発されていたんだ。であれば、報奨金を先取りする以外あり得ないだろう。それに、うまいこと治安組織を言いくるめてコイツを持って帰れたしな」

 そういって親指を背に向ける。

 ひもを通して背負った箱には、先ほどのオークションで見かけた携帯レールガンだ。

 特殊な魔法学製兵器であり、魔法のスペシャリストを抱える当家で分析すると言って預かったものである。

 まあ、分析もクソもなくて、レールガンって名称だけでどのようなメカニズムで動くかだいたい予想がつくのだが、それは内緒である。

「ソイツは違えねえ。……っと、オレは宿に戻って仲間と夕飯食いに行くが、ケンジローはどうする?」

 そう言われると、確かに空腹感を覚える。

 昼飯を食わずに夕方を迎えているのだから当然と言えば当然だが。

「いや、遠慮しておく。実はソフィアを置いてお前と遊びに行ってたからさ」

 正確に言えば、醜い争いを続けるソフィアを置き去りにしたわけだが、これからご機嫌取りである。

 やや憂鬱でありながらも、後日振り込まれる摘発協力報酬が楽しみである。

 背を向けて手を振るアーチと別れると、そんなことを考えているうちにレイラの屋敷へと着いていた。
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