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霧の都編
霧の外から
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──霧がかかり始めた街の通りを、やや汗ばみながら走っている。
先導する騎士団員の後を、ほかの冒険者たちと並んで追っかける中、妙にイキイキしているマキに声をかけた。
「お前もだが、どうしてそんなに楽しそうなんだ? 俺は帰りたいんだが」
はっきり言って、今回の件は乗り気じゃない。
ため息混じりで呟く俺に、マキは目を見開いてこちらを見た。まるで、信じられないものを見るような視線で不愉快である。
「なぜって。……そんなの、久々に戦場を駆け回れるからに決まっているじゃないですか! 昨日は大人しくしてたせいで不完全燃焼気味なんです! 目指せ、千人斬り!」
「サイコパスか、お前は!」
だいたい、それだと大義名分とかそういう立派な動機がねえだろ。せめてなんか取り繕えよ!
さっきまで晴れていたかと思えば霧がかかってきているし、そうでなくともこんなむさ苦しい感じの仕事は俺向きじゃないはずだ。
激しく不満だ。
同意を求めようとソフィアを見る。彼女はというと、口を尖らせてこちらへ振り向く。
あーやだなー。これ説教される時の表情じゃん。
「疫病の流行で没落したとはいえ私はこの街の貴族なの! 戦う力を持って生まれてきた以上、誇りをもって街の住人を守る責務があるのよ! アンタも私の従者のようなものなんだから、情けないこと言ってないで戦いなさい!」
「なにが貴族の誇りだ。そんな一銭の価値のないものにリスクを冒すなど愚の骨頂と言えよう」
貴族の誇りがあるならば、なおさら死んだ家族のために次代に繋げる努力をすべきだろう。
「……」
そう思って口にしたのだが、眉を吊り上げて憤慨するソフィアに睨みつけられた。
これ以上余計なことを口にしたらコイツも手が出るだろうか。案外気の短い、というか神経質なコイツを説得するのは骨が折れるが、言うべきことを言わずに後悔するより言って後悔したほうがいい。それも、仲間が死ぬかもしれないとなればためらう理由はない。
「仮にも賢者であるなら物事の本質を正しく見抜き、常に最善手を選び続けるための大局観を育むべきはずだろう」
瞬間、ソフィアは右手を振り上げ。
「……やっぱりいいわ。アンタはアンタの好きにしなさい」
振り上げた右手を戻したソフィアは、マキを連れて駆けていく。
冒険者たちの人波を縫うように抜けていった二人の背中はすぐに見えなくなった。
さすがに言い過ぎたか。
去り際の彼女の表情はしっかり見えていた。悲しさを押し殺したような微笑みだったと思う。
「あのメスガキ! この期に及んで下らない真似を!」
思わず苛立ちが口から出てしまい、慌てて手で口元を抑えた。
冷静になるにつれて、面倒なことになってしまったと思う。
……やるべきことが二つできてしまったな。
そう思いながら、街の門をちょうど抜けるかというタイミングで他の冒険者の声が耳に入った。
『今回の防衛戦がうまくいったら、参加者全員に五千シルバーの報酬が出るらしいぜ!』
訂正しよう。
やるべきことが"三つ"できた。
街の門を守るように布陣する冒険者たちの後方から様子をうかがっていると、盗賊団の大群がこちらに気付いて足を止めた。
背丈は人間より低く、姿勢も相まって本当に猿みたいだ。実際、ギルドにあった情報誌には猿系の魔物と記されていたので間違っていないらしいが、なんとも人間味のある。……というか、徒党を組んで攻めてきている様子が任侠作品のヤクザみたいだ。
それぞれが剣に槍、弓やモーニングスターなどの武器を掲げて雄たけびを上げている。また、霧が濃くて見えづらいが後方には投石器が運び込まれているようだった。
しかし、小柄なせいか一匹一匹は弱そうで、それこそソフィアなら範囲魔法で掃討できるんじゃないかと思う。
現に、冒険者たちは魔法職を攻撃の軸に添えており、前衛職や騎士団の面々は魔法職たちを守るような位置取りをしている。
この様子だと、魔法職に混ざって後方支援というのは効果的ではないだろう。
そう思い、ここから離れる旨を伝えるべく手近な騎士に声をかけた。
「……うん? どうした」
警戒態勢を敷いているせいか、威圧感のある声が返ってきた。
狙撃ポイントに移動することを騎士に伝えると。
「そうであれば自分も同行しよう。見たところ、接近戦の心得はないみたいだしな」
願ってもない申し出を受け、さっそく足を動かした。
あれからしばらく歩いて、戦場を見下ろせる崖の上までやってきていた。
すでに盗賊団との戦闘は始まっているようで轟音がこちらまで届いている。この地点からは霧がなければよく見えただろうに、少し状況が悪い。
「……自分も騎士の端くれだ。君が身の危険を感じて逃げようとしているならと思い護衛についたが、これ以上離れるわけにはいかん」
隣を歩く騎士からそんな言葉が飛び出した。
否、先ほどから口にしないまでも、これ以上戦場から離れたくないという意思を感じていたのだが、それでもついてきてくれたのはそういうことだったのか。
街の門からは千五百メートルくらい離れており、川も挟んでいるこの場所まで来れば一安心だと踏んだのだろう。威圧感に反して心根はまっすぐで住人思いなのだろう。
この騎士の気遣いには申し訳ないが、ここいらで次のフェーズに移ろうと思う。
「俺が逃げようとしていると思っているのならそれは勘違いだ」
言いながら地面に伏せ、昨日は使えなかった狙撃特化銃を構える。
隣にいる騎士を見上げると、まさに驚いたといった表情だ。これが見たかった。
「ソイツは去年まで軍用にもなっていた狙撃銃だったはずだが……市販されていたのかい?」
そんな言葉に首を縦に振る。
武器屋のおっちゃん曰く、連射性に乏しく重いうえ、しかも魔法と違って殲滅力に欠けるということで一年という早さで現役を退いた武器なのだという。
なんとも可哀そうな経歴を持つコイツを、射程はカスタムパーツで、弾ブレと弾速、反動や射撃精度をスキルで補った。製造過程から最先端の魔法加工技術が使われているとはいえ、この文明レベルにしては規格外の有効射程二千メートルの大台に乗っている。その圧倒的な射程は後衛職や長距離戦に優れた魔物すら一方的
に攻撃可能な殺戮兵器だ。
「今からコイツを使って盗賊団の後衛職を狙おうと思う。だから、騎士さんにはこちらに気付いた魔物から俺を守ってほしい」
ほんとにやるのか? とでも言いたげな騎士をよそにスコープを覗く。
あぁ、一つ言い忘れていたな。
「ちなみに、もしこの場所まで盗賊団の進軍を許してしまった場合、俺たちは帰れないものと思ってくれ」
そんな言葉に驚いている騎士を見てみたい気持ちはあるのだが、一瞬霧が薄くなったこの瞬間を逃すまいと引き金を引いた──
「外した……だと……っ⁉」
投石器を動かしているガタイのいい盗賊団を撃ち抜いたつもりだったのだが、悲しいかな傷一つついていない。
第二射を構える前に周囲を見渡す。射撃音で近くの魔物を寄せ付けていた場合、のんきに狙撃銃を構えていられないからだ。
そう考えていると、顎に手を当てて何かを思案していた騎士が言いづらそうにしながら口を開く。
「いや、命中はしていたが」
マジかよ。
今回のコイツは現実のスナイパーライフルと比較しても負けずとも劣らない優れものだと思って持ってきたというのに。
「ええい! 一発でダメなら倒れるまで撃ち続けてやる!」
良くも悪くも、街の門周辺は魔法の撃ち合いによって霧が晴れているのでチャンスはまだあるはずだ。
一発撃たれたことで後衛を担っている盗賊団のメンバーを中心に警戒されているので、ほかの敵をターゲットするのも視野に入れつつスコープを覗いていると、短剣を構えている盗賊団の一人が騎士たちの壁を潜り抜けて、魔法の詠唱を続ける冒険者たちへと一直線に駆けているのに気付いた。
その中でも、攻撃も回復もできる魔法職は盗賊団側からしても厄介なのだろう。当然、ほかの魔法職よりヘイトが高いわけで。
「というかソフィアだろあれ! あのバカ野郎!」
貴族の誇りが云々言ってたくせにあっさり死にそうじゃねえか!
誤射に十分注意しながら引き金を引く。
長い銃口を飛び出た大口径弾は、吸い込まれるように目標の頭部に命中した。
同時に、命中精度強化と誤射ダメージ抑制のスキルを取得していてよかったと思う。それがなければ、わずかなズレで射線上の誰かが即席ミートパティになっていたかもしれない。
「なあ騎士さん、今の見たか? やっとの思いで前衛職の壁を越えたってのに、何もさせてもらえずに散ってしまうなんてなぁ! 儚きかな儚きかな!」
遠距離攻撃でしか得られない栄養素があるはずだ。
誰かの思惑を叩き折った瞬間こそ至高のひと時であるといえよう。誰に理解されずとも、隣の騎士にドン引きされようとも、こればかりは決して曲げない意見である。
「騎士としてこのようなやり方は如何なるものかと思うが……まあいい」
おっと?
この騎士、思いのほかしたたかだな?
「ところで、アーチャーよ。盗賊団の連中が狙撃に警戒しているようだが。……まだ狙えるか?」
そんな言葉に釣られて戦場を見渡すと、確かに各々岩陰で射線を切ったり、後退を始めている者もいるようだ。
「無理だ。自慢じゃないが、警戒してる相手に当てられるほど俺は武器の扱いが上手くないからな」
こういう状況で強引に狙撃できると強いのだろうが、悲しいかな技術不足だ。
しかしながら、騎士は俺の肩に手を置くと、もう片方の手で親指を立てて笑顔を浮かべる。
「君の成果は十分だと思うがな。たった一人で二発の攻撃。それだけで千数百いる敵全体を恐怖のどん底に陥れているのだからな」
そんな騎士の言葉に、俺も口角を吊り上げる。
この騎士からは同類の匂いを感じるので、なんだか仲良くなれる気がする。
「そう言われると頑張るしかない。というわけで、次は街の防壁の上。……門の見張り台から撃ち下ろすとしようじゃないか」
俺は狙撃銃を片付けながらいい気分で言った。
──狙撃もそこそこに引き上げ、騎士の護衛を受けながら来た道を戻っていたのだが。
どうも、向かう先から人影が近づいているようだ。
気づいたのは俺だけじゃないようで、騎士は俺と互いに目を見合わせるとこちらを守るように一歩前に出た。そして。
「……自分の後ろに下がれ。」
向かってくる影に剣を構えるその様は、まさに王道を行く騎士だった。
それにしても何かが変だ。ここは主戦場までまだ一キロメートル近く離れており、かつなるべく街の防壁に沿うようなコース上だ。行きの時、騎士の意見を取り入れて通った道なので魔物と遭遇するリスクは低い。
そのうえ、主戦場では盗賊団と街の人間との戦闘で大荒れで、よほど意図してここに魔物を呼び込まない限りは安全なはずなのだ。
嫌な予感がする。
俺と同じ考えらしい騎士も、緊張からか汗を流しながら近づく影へ身構える。
「こんな状況だ。強力な魔物の可能性が高い。気を引き締めていくぞ」
「もちろんだ」
言いながら、担いでいた銃を構える。
正直なところ、重すぎてまともに扱えたものではないが、手ぶらよりマシ理論だ。最悪の場合、そのまま殴りかかることも視野に入れておこう。
そんなことを考えていると、影だったものがはっきり見えるまで近づいてきた。様子は見たままで一言、憤怒。これに尽きるだろう。
背丈は大人の人間とそう変わらないが、特徴的な前傾姿勢と長い腕がサル系の魔物を彷彿とさせる。フードを目深にかぶり、特徴的な服を着たコイツこそ、バナーナ盗賊団の人物だろう。
そんな俺の予想を肯定するかのように影だった存在が、こちらを見るや否や拳銃を構えて。
「……ウチのアジトに罠仕掛けてったんは、お前か?」
ドスの利いた厳つい声で、そんな言葉を投げかけられた。
「違います」
声のトーンを変えず、きっぱりと告げる。
確かに盗賊団のアジト周辺に罠を仕掛けたのは俺だ。しかし、簡単に認めてやっては俺が悪者になってしまうだろう。なにより、このガタイだけは良い頭の悪そうなエテ公なら騙せそうだしな。
風に乗って主戦場の音が届くだけの沈黙が数秒。
束の間の静寂は、エテ公が引き金を引いたことで途切れた。
「アガッ! グゥ……おのれぇ‼」
「おのれぇ、じゃねえ! いきなりなにすんだ、このエテ公!」
エテ公が引き金を引く動きを見て、撃たれるより早くこちらも引き金を引いた。
放たれた大口径弾はエテ公の拳銃から弾丸が射出される直前にその右手に命中したようだ。超音速で飛来する金属片を目で追うことはできないが、こちらだけ無傷だということは上手くいったことの証拠である。
しかしこのエテ公、非常に強靭な肉体をしているようで、右手首の毛が少しなくなっただけでほぼ無傷である。さっきの投石器担当の盗賊団員といい頑丈すぎやしないだろうか。
そんなことを考えていると、たいそう頭にきているらしいエテ公は地団太を踏んで怒鳴り始めた。
「だぁれがエテ公だぁ、このヒトカス! わしゃバナーナ盗賊団のボスや! ……ウチのアジトに罠仕掛けただけじゃ飽き足らず! お礼参りに来てみりゃ狙撃しよってからに! これがヒトカスのやり方かぁぁっ‼」
エテ公改め、盗賊団のボスは極めてお怒りだった。
先導する騎士団員の後を、ほかの冒険者たちと並んで追っかける中、妙にイキイキしているマキに声をかけた。
「お前もだが、どうしてそんなに楽しそうなんだ? 俺は帰りたいんだが」
はっきり言って、今回の件は乗り気じゃない。
ため息混じりで呟く俺に、マキは目を見開いてこちらを見た。まるで、信じられないものを見るような視線で不愉快である。
「なぜって。……そんなの、久々に戦場を駆け回れるからに決まっているじゃないですか! 昨日は大人しくしてたせいで不完全燃焼気味なんです! 目指せ、千人斬り!」
「サイコパスか、お前は!」
だいたい、それだと大義名分とかそういう立派な動機がねえだろ。せめてなんか取り繕えよ!
さっきまで晴れていたかと思えば霧がかかってきているし、そうでなくともこんなむさ苦しい感じの仕事は俺向きじゃないはずだ。
激しく不満だ。
同意を求めようとソフィアを見る。彼女はというと、口を尖らせてこちらへ振り向く。
あーやだなー。これ説教される時の表情じゃん。
「疫病の流行で没落したとはいえ私はこの街の貴族なの! 戦う力を持って生まれてきた以上、誇りをもって街の住人を守る責務があるのよ! アンタも私の従者のようなものなんだから、情けないこと言ってないで戦いなさい!」
「なにが貴族の誇りだ。そんな一銭の価値のないものにリスクを冒すなど愚の骨頂と言えよう」
貴族の誇りがあるならば、なおさら死んだ家族のために次代に繋げる努力をすべきだろう。
「……」
そう思って口にしたのだが、眉を吊り上げて憤慨するソフィアに睨みつけられた。
これ以上余計なことを口にしたらコイツも手が出るだろうか。案外気の短い、というか神経質なコイツを説得するのは骨が折れるが、言うべきことを言わずに後悔するより言って後悔したほうがいい。それも、仲間が死ぬかもしれないとなればためらう理由はない。
「仮にも賢者であるなら物事の本質を正しく見抜き、常に最善手を選び続けるための大局観を育むべきはずだろう」
瞬間、ソフィアは右手を振り上げ。
「……やっぱりいいわ。アンタはアンタの好きにしなさい」
振り上げた右手を戻したソフィアは、マキを連れて駆けていく。
冒険者たちの人波を縫うように抜けていった二人の背中はすぐに見えなくなった。
さすがに言い過ぎたか。
去り際の彼女の表情はしっかり見えていた。悲しさを押し殺したような微笑みだったと思う。
「あのメスガキ! この期に及んで下らない真似を!」
思わず苛立ちが口から出てしまい、慌てて手で口元を抑えた。
冷静になるにつれて、面倒なことになってしまったと思う。
……やるべきことが二つできてしまったな。
そう思いながら、街の門をちょうど抜けるかというタイミングで他の冒険者の声が耳に入った。
『今回の防衛戦がうまくいったら、参加者全員に五千シルバーの報酬が出るらしいぜ!』
訂正しよう。
やるべきことが"三つ"できた。
街の門を守るように布陣する冒険者たちの後方から様子をうかがっていると、盗賊団の大群がこちらに気付いて足を止めた。
背丈は人間より低く、姿勢も相まって本当に猿みたいだ。実際、ギルドにあった情報誌には猿系の魔物と記されていたので間違っていないらしいが、なんとも人間味のある。……というか、徒党を組んで攻めてきている様子が任侠作品のヤクザみたいだ。
それぞれが剣に槍、弓やモーニングスターなどの武器を掲げて雄たけびを上げている。また、霧が濃くて見えづらいが後方には投石器が運び込まれているようだった。
しかし、小柄なせいか一匹一匹は弱そうで、それこそソフィアなら範囲魔法で掃討できるんじゃないかと思う。
現に、冒険者たちは魔法職を攻撃の軸に添えており、前衛職や騎士団の面々は魔法職たちを守るような位置取りをしている。
この様子だと、魔法職に混ざって後方支援というのは効果的ではないだろう。
そう思い、ここから離れる旨を伝えるべく手近な騎士に声をかけた。
「……うん? どうした」
警戒態勢を敷いているせいか、威圧感のある声が返ってきた。
狙撃ポイントに移動することを騎士に伝えると。
「そうであれば自分も同行しよう。見たところ、接近戦の心得はないみたいだしな」
願ってもない申し出を受け、さっそく足を動かした。
あれからしばらく歩いて、戦場を見下ろせる崖の上までやってきていた。
すでに盗賊団との戦闘は始まっているようで轟音がこちらまで届いている。この地点からは霧がなければよく見えただろうに、少し状況が悪い。
「……自分も騎士の端くれだ。君が身の危険を感じて逃げようとしているならと思い護衛についたが、これ以上離れるわけにはいかん」
隣を歩く騎士からそんな言葉が飛び出した。
否、先ほどから口にしないまでも、これ以上戦場から離れたくないという意思を感じていたのだが、それでもついてきてくれたのはそういうことだったのか。
街の門からは千五百メートルくらい離れており、川も挟んでいるこの場所まで来れば一安心だと踏んだのだろう。威圧感に反して心根はまっすぐで住人思いなのだろう。
この騎士の気遣いには申し訳ないが、ここいらで次のフェーズに移ろうと思う。
「俺が逃げようとしていると思っているのならそれは勘違いだ」
言いながら地面に伏せ、昨日は使えなかった狙撃特化銃を構える。
隣にいる騎士を見上げると、まさに驚いたといった表情だ。これが見たかった。
「ソイツは去年まで軍用にもなっていた狙撃銃だったはずだが……市販されていたのかい?」
そんな言葉に首を縦に振る。
武器屋のおっちゃん曰く、連射性に乏しく重いうえ、しかも魔法と違って殲滅力に欠けるということで一年という早さで現役を退いた武器なのだという。
なんとも可哀そうな経歴を持つコイツを、射程はカスタムパーツで、弾ブレと弾速、反動や射撃精度をスキルで補った。製造過程から最先端の魔法加工技術が使われているとはいえ、この文明レベルにしては規格外の有効射程二千メートルの大台に乗っている。その圧倒的な射程は後衛職や長距離戦に優れた魔物すら一方的
に攻撃可能な殺戮兵器だ。
「今からコイツを使って盗賊団の後衛職を狙おうと思う。だから、騎士さんにはこちらに気付いた魔物から俺を守ってほしい」
ほんとにやるのか? とでも言いたげな騎士をよそにスコープを覗く。
あぁ、一つ言い忘れていたな。
「ちなみに、もしこの場所まで盗賊団の進軍を許してしまった場合、俺たちは帰れないものと思ってくれ」
そんな言葉に驚いている騎士を見てみたい気持ちはあるのだが、一瞬霧が薄くなったこの瞬間を逃すまいと引き金を引いた──
「外した……だと……っ⁉」
投石器を動かしているガタイのいい盗賊団を撃ち抜いたつもりだったのだが、悲しいかな傷一つついていない。
第二射を構える前に周囲を見渡す。射撃音で近くの魔物を寄せ付けていた場合、のんきに狙撃銃を構えていられないからだ。
そう考えていると、顎に手を当てて何かを思案していた騎士が言いづらそうにしながら口を開く。
「いや、命中はしていたが」
マジかよ。
今回のコイツは現実のスナイパーライフルと比較しても負けずとも劣らない優れものだと思って持ってきたというのに。
「ええい! 一発でダメなら倒れるまで撃ち続けてやる!」
良くも悪くも、街の門周辺は魔法の撃ち合いによって霧が晴れているのでチャンスはまだあるはずだ。
一発撃たれたことで後衛を担っている盗賊団のメンバーを中心に警戒されているので、ほかの敵をターゲットするのも視野に入れつつスコープを覗いていると、短剣を構えている盗賊団の一人が騎士たちの壁を潜り抜けて、魔法の詠唱を続ける冒険者たちへと一直線に駆けているのに気付いた。
その中でも、攻撃も回復もできる魔法職は盗賊団側からしても厄介なのだろう。当然、ほかの魔法職よりヘイトが高いわけで。
「というかソフィアだろあれ! あのバカ野郎!」
貴族の誇りが云々言ってたくせにあっさり死にそうじゃねえか!
誤射に十分注意しながら引き金を引く。
長い銃口を飛び出た大口径弾は、吸い込まれるように目標の頭部に命中した。
同時に、命中精度強化と誤射ダメージ抑制のスキルを取得していてよかったと思う。それがなければ、わずかなズレで射線上の誰かが即席ミートパティになっていたかもしれない。
「なあ騎士さん、今の見たか? やっとの思いで前衛職の壁を越えたってのに、何もさせてもらえずに散ってしまうなんてなぁ! 儚きかな儚きかな!」
遠距離攻撃でしか得られない栄養素があるはずだ。
誰かの思惑を叩き折った瞬間こそ至高のひと時であるといえよう。誰に理解されずとも、隣の騎士にドン引きされようとも、こればかりは決して曲げない意見である。
「騎士としてこのようなやり方は如何なるものかと思うが……まあいい」
おっと?
この騎士、思いのほかしたたかだな?
「ところで、アーチャーよ。盗賊団の連中が狙撃に警戒しているようだが。……まだ狙えるか?」
そんな言葉に釣られて戦場を見渡すと、確かに各々岩陰で射線を切ったり、後退を始めている者もいるようだ。
「無理だ。自慢じゃないが、警戒してる相手に当てられるほど俺は武器の扱いが上手くないからな」
こういう状況で強引に狙撃できると強いのだろうが、悲しいかな技術不足だ。
しかしながら、騎士は俺の肩に手を置くと、もう片方の手で親指を立てて笑顔を浮かべる。
「君の成果は十分だと思うがな。たった一人で二発の攻撃。それだけで千数百いる敵全体を恐怖のどん底に陥れているのだからな」
そんな騎士の言葉に、俺も口角を吊り上げる。
この騎士からは同類の匂いを感じるので、なんだか仲良くなれる気がする。
「そう言われると頑張るしかない。というわけで、次は街の防壁の上。……門の見張り台から撃ち下ろすとしようじゃないか」
俺は狙撃銃を片付けながらいい気分で言った。
──狙撃もそこそこに引き上げ、騎士の護衛を受けながら来た道を戻っていたのだが。
どうも、向かう先から人影が近づいているようだ。
気づいたのは俺だけじゃないようで、騎士は俺と互いに目を見合わせるとこちらを守るように一歩前に出た。そして。
「……自分の後ろに下がれ。」
向かってくる影に剣を構えるその様は、まさに王道を行く騎士だった。
それにしても何かが変だ。ここは主戦場までまだ一キロメートル近く離れており、かつなるべく街の防壁に沿うようなコース上だ。行きの時、騎士の意見を取り入れて通った道なので魔物と遭遇するリスクは低い。
そのうえ、主戦場では盗賊団と街の人間との戦闘で大荒れで、よほど意図してここに魔物を呼び込まない限りは安全なはずなのだ。
嫌な予感がする。
俺と同じ考えらしい騎士も、緊張からか汗を流しながら近づく影へ身構える。
「こんな状況だ。強力な魔物の可能性が高い。気を引き締めていくぞ」
「もちろんだ」
言いながら、担いでいた銃を構える。
正直なところ、重すぎてまともに扱えたものではないが、手ぶらよりマシ理論だ。最悪の場合、そのまま殴りかかることも視野に入れておこう。
そんなことを考えていると、影だったものがはっきり見えるまで近づいてきた。様子は見たままで一言、憤怒。これに尽きるだろう。
背丈は大人の人間とそう変わらないが、特徴的な前傾姿勢と長い腕がサル系の魔物を彷彿とさせる。フードを目深にかぶり、特徴的な服を着たコイツこそ、バナーナ盗賊団の人物だろう。
そんな俺の予想を肯定するかのように影だった存在が、こちらを見るや否や拳銃を構えて。
「……ウチのアジトに罠仕掛けてったんは、お前か?」
ドスの利いた厳つい声で、そんな言葉を投げかけられた。
「違います」
声のトーンを変えず、きっぱりと告げる。
確かに盗賊団のアジト周辺に罠を仕掛けたのは俺だ。しかし、簡単に認めてやっては俺が悪者になってしまうだろう。なにより、このガタイだけは良い頭の悪そうなエテ公なら騙せそうだしな。
風に乗って主戦場の音が届くだけの沈黙が数秒。
束の間の静寂は、エテ公が引き金を引いたことで途切れた。
「アガッ! グゥ……おのれぇ‼」
「おのれぇ、じゃねえ! いきなりなにすんだ、このエテ公!」
エテ公が引き金を引く動きを見て、撃たれるより早くこちらも引き金を引いた。
放たれた大口径弾はエテ公の拳銃から弾丸が射出される直前にその右手に命中したようだ。超音速で飛来する金属片を目で追うことはできないが、こちらだけ無傷だということは上手くいったことの証拠である。
しかしこのエテ公、非常に強靭な肉体をしているようで、右手首の毛が少しなくなっただけでほぼ無傷である。さっきの投石器担当の盗賊団員といい頑丈すぎやしないだろうか。
そんなことを考えていると、たいそう頭にきているらしいエテ公は地団太を踏んで怒鳴り始めた。
「だぁれがエテ公だぁ、このヒトカス! わしゃバナーナ盗賊団のボスや! ……ウチのアジトに罠仕掛けただけじゃ飽き足らず! お礼参りに来てみりゃ狙撃しよってからに! これがヒトカスのやり方かぁぁっ‼」
エテ公改め、盗賊団のボスは極めてお怒りだった。
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