けん者

レオナルド今井

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霧の都編

不吉が兆す猿の影

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 翌週。

 フォックスナイト討伐の稼ぎが思いのほか良かったため、ここ数日は仲間を募集しにギルドへやってきていたのだが。

「受付嬢が言うのは前衛職は人が多くて集まりやすいらしいが、いざ募集してみると不安になるな」

 食事の頃合いを避けてテーブル席で待機しているのだが、思ったよりギルド内が閑散としており人が来る気配がない。

 正確に言えば、変な人が声をかけてくることはあった。

 例えば『リンゴが地面に落ちるのはなんでなんだろう』とかいう、ニュートンみたいなガキがいた。他には『私は心が女なんだけど、あなたみたいな人が好みなの!』と語る三十くらいのおっさんにすり寄られたが、丁重にお帰りいただいた。差別だのなんだのと喚いていたが俺の知ったことではない。

 ……振り返ってみれば本当にロクな人間がいなかったと思う。

 とはいえ俺にできることはないので、過去に何度か仲間を募集し臨時のパーティを組んだこともあるらしいソフィアが大丈夫だと言っていたので信じて待つしかない。

 自分で何もできない状況にソワソワしていたちょうどその時だった。

「そちらの方がソフィアさんであってますか?」

 赤髪に赤い瞳の三つ編みの少女だ。

 年齢は俺やソフィアよりやや年下だろうか。十二歳くらいだと勝手に予想する。

 背丈がソフィアとあまり変わらないので年齢の割に高身長なのだろう。

 スラっとした体が軽装とよく似合っている。

「アタシはマキって言います! 世界最速のシーフになるべく冒険者になりました! 本日はよろしくお願いします!」

 面接の自己紹介だろうか。

 外見が子供っぽいから心配していたが、敬語が使えるあたり案外育ちはいいのかもしれない。

「私がソフィアよ。こちらこそよろしく。賢者をしているけど、上級職だからって気を遣わずため口で接してちょうだい」

「わかりま……わかった! これからはそうするね!」

 早速ソフィアと打ち解けているようだ。

「それじゃあ、さっそくだけど依頼について話すわ。この辺りで盗賊団の目撃情報があったから、そいつらのアジトを突き止めて壊滅させるのが今回の目的よ。何か質問はあるかしら?」

「うーん。特にないかな? アタシも初めてだし、とりあえずやってみようよ!」

「それなら決まりね。早速行きましょうか」

「うん!」

 年が近い同性だということもあってか随分と打ち解けるのが早い。しかし……

「面白い。俺の存在は意識の外だってか」

「なに喋る陰キャ戦法。アンタだって昨日覚えたスキルの試し撃ちがしたいって言ってたじゃない」

 まるでめんどくさい奴を相手にするような口調に沸々と怒りが燃え上がるがグッとこらえ。

「ほう? ならば今夜、俺が如何に陰湿であるかを、お前を実験台に証明してやろうじゃないか」

 俺の言葉にビクッと反応したソフィアだが、二人揃ってマキに説教され、そのまま依頼現場へと連行された。







 ──雑談を交えつつ自己紹介をして歩いていると、依頼にあった盗賊団の目撃現場に着いていた。

「依頼書によると、背丈は低めで厚手のローブを着ていて、フードを目深に被っていて表情は見えなかったらしいわ。人数は三人で、わかっているのは最近この辺で被害報告が多発しているバナーナ盗賊団のトレードマークがローブに刺繍されていたということ」

「なんだその頭の悪そうな組織名は」

 知らないわよ、と返された。

 こんな名前をギルドの偉い人が真剣な顔で口にしているところを想像すると笑えてくるな。

 とはいえ、盗賊団そのものの影響力は、街での噂話やギルドでの依頼件数などから推測する限りでは大きいように思える。そんな集団を相手にするというのであれば、まずは装備のほうを整えていくべきだろうと考え提案してみた。

「ソフィアが装備を新しくしている様子を見たことがないし、マキだってそんな装備で大丈夫か?」

 かくいう俺も防具を着用していないため人のことを言えたものではないが、武器に関しては店売りで手に入る範囲で射程と威力を最大限まで高めてある。そのせいで重量が限界突破しついに地面に寝ながらでないと撃てなくなったのだが、そこは投げて設置するタイプの罠も買ってきたのでカバーできると思う。

 少なくとも今回のような低危険度の依頼を受けるだけなら申し分ないはずだ。

 しかし、二人はいまいち反応が良くない。

「イヤリングに状態異常完全耐性がついてるし、防壁魔法とかで接近戦を回避するからいらないわ。杖だって国内最高峰の逸品よ」

 近距離から遠距離までを多彩な魔法で対応すると豪語する、脳筋賢者ソフィア。

「防具を着込むと敏捷性を損ないますからね。回避率や走力を犠牲にしてまで防具を着る価値はありません。強いて言うなら、回避率をわずかに上げるウサギのお守りだけは腰につけてます」

 言いながら、露出の多い腰元につけたウサギの耳のような形状のキーホルダーを見せつけてくる爆走ロリっ子マキ。

 今更ながらこのパーティは大丈夫なのだろうか。

 そんなことを考えながら周囲を見渡していると、人気の少ない路地裏に建物の壁をよじ登る影を見つけた。

 大きさは子供くらいだが、あんな人気のない路地裏で三階建てくらいの建物を登る奴が真っ当な生き方をしているとは思えない。

 すぐに撃ってしまってもいいだろうが、万が一民間人だと大惨事なのでいつも通り銃身につけていたスコープを取り外して覗き込む。

「いきなりスコープなんか取り出してどうしたの? 路地裏に不審者でもいたのかしら」

 隣からそんなことを言われる。

 もちろん覗き込んだ先には不審な影があり、その姿は依頼書に書かれていた特徴と一致する。

 すぐさまスコープを銃につけなおし、二人へ振り返り親指を立てた。

「装備とかその辺は後回しにしてひとまず動こう。どうやら盗賊団ってのはエテ公らしいぜ」

 困惑する二人を気にせず、屋根伝いに街の外を目指す盗賊を先回りすべく歩き出した。

 さあ、今回はどう料理してやろうか。今から楽しみだ。



 街の外へ逃げて行った盗賊を追いかけること一時間。

 街道沿いの崖にある洞窟の入口で、同じような外見の盗賊が何やら意思疎通をとっている様子が確認できる。

「いわゆる合言葉ですかね。男の子とかが秘密基地で遊ぶときなんかには共通のキーワードを決めていると、学校時代のクラスメイトが言ってました」

 マキのいう通り、おそらくあれは見張り番による合言葉確認だろう。

「そうなると厄介ね。合言葉なんてこんなところからじゃ聞こえないし、何かいい方法はないかしら」

 ソフィアの言う通り、俺たちが身を隠している岩影からアジトの入口までは一キロメートル近く離れているので聞き取ることは不可能だ。

「厄介なことに、奴らは口元も布で覆っていますからね。口の動きで何喋ってるのか推測するのも難しいです」

 そんな芸当ができるのか。今度教えてもらおう。

 それはそうと、見張り番のチェックを終えた盗賊が洞窟の中へ入って行ってしまった。

「私たちも動きましょう。あの程度の相手なら私の魔法で一網打尽よ」

 胸を張って音頭をとるソフィアに、俺もマキも反対意見はないので動くことにした。



 街道のそばということもあり、堂々と接近しても特段警戒されなかった。

 距離にして二百メートルくらいだろうか。

 先頭を歩くソフィアが突然足を止めたかと思えば、次の瞬間には盗賊団の見張り番に雷が降り注いでいた。

「おー! さすがは賢者ですね!」

 手を合わせてソフィアを称えるマキの言葉に、雷が降った地点を凝視する。

 三人いたはずの見張り番が一撃で倒れているようだ。

「ソフィアが攻撃魔法を使うところをあまり見たことがないが、確かにこれはすごいな」

 そう言ってやると、彼女は嬉しそうに笑みを浮か……

「ちょっと待ちなさいよ。その言い方だと、まるで元々私のことをあまり評価してなかったみたいに聞こえるじゃない」

 みたいに、じゃなくて本当に攻撃魔法方面で活躍しているところが想像できていなかったのだが。そんなことを口にしようものならまた機嫌を損ねるだろうし黙っておこう。

 それよりも、入口で仲間が倒されたというのにまだ仲間が出てくる様子がないことのほうが重要だ。

「どうでもいいことだろう? そんなことより、盗賊団の仲間が出てくる前に入口に罠を仕掛けてやろうぜ」

 荷物に大事にしまっておいた携帯罠を眺めていると、うっとりしてしまう。

 『うーわ、ひどい顔してますよ』なんてマキの言葉も今なら笑って聞き流せる。

「放っておきなさい。ケンジローはこういう人なのよ」

 入口まで近づいて罠を敷いていると、ソフィアの失礼な言葉が耳に入る。

 例によって気分を害するほどのことではないのだが、屋敷に帰ったら少しわからせてやろうと思う。ついでに、マキにも洗礼を……

「ふと気になったんだが、マキは街に戻ったらどうするんだ? 一回解散してもいいが、寝泊まりする場所に困るなら今のうちにソフィアに相談しとくといいぞ」

 そもそもマキくらいの年齢なら実家暮らしだろうか。

 もしそうだとすれば、あまり遅い時間まで連れまわすのもよくないな。

 罠設置作業の傍らあれこれ考えていると、ソフィアと何やら話し始めた。アイツもあれで同年代の女と話す貴重な機会だろうし、そっとしておいてやろう。

 ところどころ聞き耳を立てつつも作業に専念していると、額に水滴が付着したような感覚を覚えた。

「……雨ね。雨宿りの道具は持ってきてないし、帰ろうかしら」

 両の手のひらを空にかざして天候を確認していたらしいソフィアがそうを言った。

 罠のほうは粗方敷き終えたので異論はない。

 マキの意見を聞こうと視線を向けると、すでに短剣を納めて帰る準備は万端といった様子だ。

「そうだな。罠は置いたし、雨の中じゃ銃は使えない。こうなると帰るしかないだろう」

 雨に濡れたくないソフィアとどっちでもよさそうなマキとのパーティということもあり、特にもめることなく街へ帰還した。




 翌日。

 夜中のうちに雨が上がっていたようで、ギルドに集まるころには晴れ渡っていた。

「……いやぁ、夕べはすごい雨でした。冒険者向けの安宿だったので雨漏りがひどくて」

 遅めの朝食をとりつつ雑談に花を咲かしていると、目の下に隈ができているマキの曇り空な話を耳にした。

「昨日の帰りで別れたが、冒険者向けの宿屋なんてあるんだな」

 安宿とは言いつつも、この年で働きながら宿で寝泊まりというのは立派な話だ。

 マキの十代前半とは思えない自立具合に感心していると、黙って話を聞いていたソフィアが突然机を叩き立ち上がった。

「やっぱりマキもうちで寝泊まりしなさい! ……ねえ、ジョージ。一人くらい増えてもいいでしょ?」

 ソフィアの唐突な提案に、視線がジョージさんに集まる。

 朝っぱらからギルドまで馬車を走らされたかと思えばそんな提案に、少しかわいそうに思えてくる。

 だが、彼も伊達に長く生きていはいないようで、朗らかに笑うと二つ返事で快諾してくれた。

「お嬢様のお仲間となれば私にとっても家族同然です。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、お世話になります」

 深々と頭を下げるマキは、どこか嬉しそうだった。

「そうと決まれば荷物を運ばなきゃね! 馬車の荷車に載りきるかしら」

「載らないと困るんだが?」

 ギルドから屋敷までは徒歩だと数十分かかるので、大荷物を抱えての移動は勘弁願いたい。

「布団と着替えとわずかな日用品くらいしか持ってないのでご安心を」

 マキの言葉にそっと胸をなでおろす。

 もしタンスでも運べと言われたら途中でぶっ倒れていただろう。

「それくらいなら大丈夫だろう。俺だって布団を運ぶくらいなら手伝えるしな。なんせ、なぜか今朝目が覚めたらレベルが上がっていたからな」

 言いながら冒険証をテーブルに置き、記載されているステータス欄を指す。

 この世界にはレベルや経験値の概念があるらしく、ある一定の条件を満たすと段階的にステータスが上がるらしい。

 例にもれず俺のステータスも、伸び方にばらつきはあれどキチンと上がった。特に伸びがよかったのは会心ダメージだが、そもそも何をもって会心攻撃扱いなのかピンと来ないのだが。

「なぜかってなんですか、なぜかって」

「いや、昨日の罠を盗賊団の誰かが踏み抜いたんでしょ。かわいそうに」

 ソフィアの言葉を聞いて合点がいった。

 確かに、昨日設置した罠に引っかかった間抜けがいたら経験値も入るだろう。

「でもそれは、ソフィアが見張り番をやっちまったからだろ。雨が降っても仲間が帰ってこなかったら心配して様子を見に出てくるだろ」

 つまり、罠を踏み抜くきっかけを作ったのは他の誰でもないソフィアなわけだ。さも俺が極悪非道な行いをしたように言わないでほしいのだが、どうも納得がいかないようで眉を吊り上げて立ち上がる。

「はあ⁉ その言い方だとまるで私が盗賊団の連中を嵌めたみたいに聞こえるじゃない! 訂正しなさいよ!」

「何が訂正だ。事実だろう」

 そう言ってやると、ついにテーブルの下で足を蹴られたのだが、あまり俺を甘く見ないでほしい。

「盗賊団が罠を踏むきっかけを作ったソフィアが酷い奴なのは間違いないが、引っかかりやすいようにわざとセオリー通りの配置から罠をずらして設置したのだから俺のほうが一枚上手なはずだ」

 そう言ってやると、いよいよテーブルに乗り出したマキに注意された。

「二人とも公共の場ですよ! ソフィアは一旦冷静になって、ケンジローも人を小バカにするようなことは……あれ? ケンジローが今言ったこと、誇るべきところじゃない気がするのですが」

 一人勝手に混乱し始めたマキをよそに、我に返った俺たちは大人しく席に座りなおすと、気まずい空気が流れる。

「…………」

「…………」

 さすがにからかい過ぎたと思う。

 謝ろうと口を開いたまさにその瞬間、ギルドの扉が勢いよく開いた。

 あまりの音にギルド内にいる者達が一斉に視線を向けると、その先にいる騎士が汗を拭う間もなく。

『街付近にバナーナ盗賊団が進軍中! 敵の数はおよそ千二百体ほどで、潜伏中の者も含めれば兵力は更に多いものと思われます! 住人の皆様は直ちに屋内へ避難を! 冒険者の方々には協力を要請します!』

 そんな叫び声が、ギルドに響き渡った!
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