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霧の都編
賢者と賢者
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「……人違いじゃないですかね」
つい先ほども口にした言葉をリピートした。
やれ賢者だの、やれ召喚だの、理解できない単語が面倒くささに拍車をかける。
もっと言うと、世の理を正しく理解していなさそうなヤバイ宗教団体とは関わり合いになりたくない。それが、仮に要人レベルの好待遇でのお出迎えだったとしても、俺の心は揺るがない。
「……そう」
声のトーンが一段階下がった少女は、なぜか俯いたまま小刻みに肩を震わせている。泣かせてしまっただろうか。いや、世の中なんでも思い通りにいくわけではない、という世の摂理を体験できたと思えばこの子の糧にもなるだろう。そう考えれば罪悪感が湧いてこない。
一応、今後の人探しを応援するような振る舞いだけ見せて、早いところ受付で身分証明書もとい冒険者登録を済ませてしまおう。
「こっちでもそれっぽい人を見かけたら報告するから、気を落とさず頑張れよ。じゃあ、俺はこの辺で」
さて、複数ある受付窓口のどれにしようかな。
できればイジリがいのある若くて真面目そうな女性が面白い。となれば、右から二番目の窓口に行こう。
「……離して欲しいんだが」
袖を引っ張られて振り向くと、少女は顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。
「アンタが賢者じゃないとすれば、公安にしょっぴかなきゃいけないわねぇ!」
マズい。このままいくと不法入国扱いになるんじゃないか?
この少女洞察力ヤバすぎるだろ!
いや違う。色々と納得がいかないが、何か非現実的な手法で俺を召喚したというのは本当で、適当なこと言ったのは俺のほうだということなのか⁉
「マジすまん! いや、そうじゃなくてだな! 気づいたらわけわかんないまま見知らぬ土地にいて混乱してるんだって! つーか、俺は夢でも見ているのか⁉」
「夢かどうかわからないなら確かめさせてあげてもいいわよ! そうね、手始めにそのよく回る口を魔法で焼いてやろうかしら!」
言いながら、本当に手の上に火球を生成した。
「マジで夢だろこれ! 俺の知ってる法則の中に、無から火の玉を生み出す方法なんかねえ!」
「ならちょうどいいじゃない! 辱められた仕返しも兼ねて、寝ぼけた頭も覚めさせてあげるわ!」
言いながら、本当に火の玉をこちらに押し当てようとしてきた!
コイツ、イカレてやがる!
「……ごほん」
あと拳一個分くらいで炙られるタイミングで、渋い咳払いが聞こえた。
先ほどから静観の姿勢を貫いているスーツの老人が止めてくれたようだ。
「失礼しました。……お嬢様。賢者様は本当に混乱されているようでございます」
マジで助かった。
世の中持つべきは可愛い彼女でも信頼のおける友人でもなく、こういう金もスキルも勇敢さも兼ね備えるイケオジとのコネなのだと思い知らされる。
「そんなことわかってるわよ。私が人違いをしたような雰囲気にしたコイツに制裁を加えただけ」
言ってくれるじゃねえか。
もう面倒とかどうとか知らねえ。どうせ夢なんだし、このメスガキはなんとしてでも辱めてやる。
そうなると必要になってくるのがある程度の戦闘力である。先ほどのように魔法で黙らされるようではお話にならないので、最低ラインはそこである。
「ひとまず、アンタは受付で冒険者登録を済ませてきなさい。面倒な手続きがないように手を回してあるから、さっさと戻ってくること。話はそれからよ」
そんな言葉とともに送り出された。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ソフィア様よりあなたの冒険者登録を進めるよう承っております」
若くて真面目そうな受付嬢は、言いながら一束の書類を手渡してきた。
冒険者関連の法律と周辺地域に生息する魔物の図鑑と地図、それから冒険者になるにあたっての署名書だ。
それから、受付嬢と一緒に、うっかり違反しがちな規律や危険な魔物の特徴や生息域、野宿でおすすめな料理など一通りの知識を教わった。
「説明は以上ですが、ご不明な点はございますか?」
マニュアルどおりと思われるセリフに首を横に振る。
自慢じゃないが、物覚えの良さには自信があるのだ。
「では、署名書に拇印を押してください」
先ほど手渡された書類を指さして言われたので、署名書をカウンターに置き指を……
「すいません。朱肉って置いてたりしませんか?」
こういった窓口には当たり前のように置いてあるはずの朱肉が見当たらない。
いくら頭脳明晰な俺といえど、常日頃から印鑑を持ち歩く習慣などないためこれは困った。
しかし、人の出入りが多い施設の受付であれば備品として置いてあっても不思議じゃないはずだ。そうと決まれば持ってきてもらうだけなのだが、受付嬢が困り顔を浮かべだした。
「……大変恐縮ですが、血判でお願いします」
なんでやねん!
いや、高校生とはいえ印鑑一つ持ち歩いていないのは紳士失格だとは思うが、だからと言ってこの仕打ちはあんまりだと思うんですが⁉
だいたい、血を出すにしたって道具がないじゃん!
「なにやってんのよアンタ。まさか魔法紙も知らないの?」
「『知らないの?』じゃねえ。お前が変なとこに召喚したから知らん事だらけで困ってんだろうが」
そうだ。元をたどれば、このメスガキが召喚とやらを行わばければ、今頃俺は日本で平穏な暮らしを送っていたはずなのだ。
「いい? 魔法紙製の署名書は血を触媒として拇印を押した人を特定するの。難しい仕組みとかは省くけど、アンタの血を使って署名を発効することができるわ」
魔法紙の存在は初耳だが、おおよそ俺のよく知る紙に便利機能を足した程度のものなのだろう。そうと分かれば、さっそく拇印を……
「いってぇ! なにすんだよメスガキ!」
あろうことか、手の甲をひっかきやがった。しかも、結構深くいかれた。
「どうせ血を出す道具がないとか言おうとしたんでしょ。血が止まる前にさっさと手続き終わらせてきなさい」
そそくさと逃げて行ったメスガキにはあとでたっぷり仕返しをしてやろう。
逃げた先をジッと睨みながら、親指まで垂れた血で拇印を押す。すると、紙面が発光し文字が浮かび上がってきた。
「……お名前はアオキ・ケンジローさんでお間違えないですね?」
「あー、はい。あっ、ファーストネームは健次郎なんで、そっちで頼みます」
危ない危ない。西洋風な文化が根付くこの地域のことだ。このまま放っておいたら青木健次郎さんではなく健次郎青木さんになってしまっていたかもしれない。
「日出国の文化だとファーストネームはそっちでしたね。畏まりました。では、ステータスの方を確認していくのですが、ケンジローさんの場合ですと、知力と器用さ、それから精神力に秀でているようですね。知力が高い方は魔法への理解力も高く、魔法をより強く扱えるんですよ。精神力が高い方は魔法への抵抗力を体が保ちやすく、魔法のほかにも呪術なんかの状態異常にも強くなります。しかし……」
なんだかゲームにおけるキャラメイクのようだが、できる限り面白く過ごしたいのであのメスガキをイジリ倒せる感じのステータスであってほしい。
「魔力が少ないので魔法系の職業はあまりおすすめできませんね。戦士系も、器用さが高いのは素晴らしいですけど、体力や筋力が高くないと難しいでしょう。……隣に行商ギルドがあるので、アナリスト職やコンサルタント職なんかが天職だと思いますよ」
虚しい。できる限り面白く、とはいったがまさか戦闘職としてのフォローが全くないとは思わなかった。しかし、逆に言えば口出しするだけで儲けが出る頭脳労働で良いというわけだ。
仕方がないから、メスガキのところで経営コンサルタントとして雇ってもらうとしよう。決して、戦闘職という肉体労働をしたくないわけではない。だが、公的機関をして頭脳労働を推奨されてしまってはやらない理由がないだろう!
そう! 決して! 決して、これは逃げなどではない!
「一応、物理職でもアーチャーは精密な射撃や罠を張ったりと、器用さや知力が高いケンジローさんに好相性な職種もありますよ。後衛として、罠を使った戦場コントロールと硬い敵すら撃ち抜くパワーショットで仲間が動きやすい状況を作る、戦況操作のスペシャリストです」
アーチャーか。
弓は使えないが、露天に銃が売られているのを見たのでそっちなら使えるだろう。
あと、何より戦闘になったとしても被弾しにくい後衛職なのが魅力的だ。
「じゃあ、アーチャーになろうと思います」
受付嬢にそう伝えると、署名書に引っ付いていた免許証のような物が光を放った。
「以上で、登録手続きが完了いたしました。今後はそちらの冒険証をお持ちの上で受付へお越しください」
なるほど。こいつが身分証明証になるわけだ。
大通りで出会った騎士が言っていたことが理解できた。
受付嬢に軽く会釈し、メスガキの待つテーブルへと向かった。
「待たせたな、メスガキ」
老人に見守られながら分厚い本を読むメスガキに声をかける。
「アンタねぇ。いい加減メスガキって呼ぶのやめなさいよ。私にはソフィア・ラン・スターグリークって名前があんの」
だったら最初から名乗ればいいものを。
受付嬢が口にしていたからソフィアと呼ばれているのはわかったが、ミドルネームもファミリーネームも知らなかったぞ。
「で、メスガキ改めソフィアよ。話の続きってのはなんだ」
先ほど、話はそれから、なんて妙な切られ方をしたので続きを促す。
相変わらず不機嫌そうにしているが、きっとコイツのデフォルトの表情がこれなのだろう。かわいそうだから放っておいて、今はコイツの話を聞こう。
「アンタ今失礼なこと考えたでしょ。……まあいいわ。話の続き、鼠亜人のことのほうが大事だしね」
鼠亜人。
名前から想像できるビジュアルは正直いい気分じゃない。それどころか若干気持ち悪く感じる、そんな生物が最初の課題となるようだ。
「鼠亜人って、なんか病原菌とか持ってそうで近づきたくねえ名前だな」
はっきり言って、嫌なくらい黒死病をイメージしてしまう。
中世ヨーロッパを暗黒の時代たらしめる要因の一つだったりする、かつて複数回にわたり人類に多大な被害をもたらした災厄だ。
仮にそうでなかったとしても、鼠なんて見てていい気分になる生物ではないが。
そんなことを考えていると、どういうわけかソフィアと老人に関心したとでも言いたげな視線を向けていた。
「さすがの直感でございますな、賢者様。おっしゃる通り、鼠亜人は伝播する死の呪いを振りまく災厄の象徴と言われておるのです」
西洋、鼠というキーワードから想像しただけのことだったのだが、勘が鋭い人という評価を得られたようだ。
老人の隣に座るソフィアも、納得がいかないながらも同じように俺を評価してくれているようで、首を縦に振っている。
「補足すると、鼠亜人を捕食する大型な猫獣類の魔物も同じ呪いを振りまくわ」
「なんだその害悪生物は! というか、そいつを戦争中の敵国に送り込んだりする輩とか現れねえだろうな⁉」
もはやバイオテロの域である。
見つけ次第殺処分どころか近隣地域を焼き払わねばなるまい。
「最近になって日出国の学者が世界中に公表しましてな」
なるほど。
鎖国中の国ではあるものの、世界中で原因となる生物を根絶やしにするべきだと判断した結果だろう。
「要領は得た。……となると欲しいのが武装だな。さすがに丸腰じゃどうにもならねえ」
丸腰じゃなくても、その辺のちょっと強いタイプの雑魚敵にすらやられると思う。
槍や剣があれば、ゴブリンとタイマンくらいならできるだろう。だが、もうワンランク強い敵には勝てそうにない。
「そんなのわかってるわよ。だから、一通りの装備は用意してあるし、賢者である私がついてるから安心しなさい。万が一にも死なせないわ」
おー、頼もしい。
……うん?
「賢者って、お前も召喚された側なのか?」
先ほどから何度か耳にする賢者召喚という言葉。
もしかしたら、コイツも俺と同じようにこの世界に飛ばされたんじゃ。
だとしたら、意思疎通が容易でありがたいのだが、様子を見るに違うらしい。
「賢者っていうのは職業のことよ。ソーサラーとビショップに心得がある人しか就くことができない上級職。それが賢者よ」
ややこしいな! とツッコミを入れたい気持ちはぐっと飲みこむ。
そんなことよりも、装備という単語に興味を惹かれる。
面倒ごとは嫌だが、それはそれとして武器や防具といった物に触れられるとなれば好奇心がくすぐられるものだ。
だからこそ、余計な事は口にしない。
「言わんとせんことはわかった。それより、早く装備を取りに行こうぜ」
はやる気持ちを抑えようにも抑えきれそうにない。
「ほっほっほ。賢者様といえど、男児ゆえの好奇心でございますな。……お嬢様、我々も行きましょう」
理解のある老人にも催促され、呆れたような表情を浮かべるソフィアが立ち上がった。
「わかったから落ち着きなさい。アンタみたいなアホっぽい賢者を召喚したなんて思われたくないわ」
ソフィアがそんなことを言っているが、どうでもよくなるくらい先が楽しみだ。
好奇心の赴くままに、ギルドを出た。
つい先ほども口にした言葉をリピートした。
やれ賢者だの、やれ召喚だの、理解できない単語が面倒くささに拍車をかける。
もっと言うと、世の理を正しく理解していなさそうなヤバイ宗教団体とは関わり合いになりたくない。それが、仮に要人レベルの好待遇でのお出迎えだったとしても、俺の心は揺るがない。
「……そう」
声のトーンが一段階下がった少女は、なぜか俯いたまま小刻みに肩を震わせている。泣かせてしまっただろうか。いや、世の中なんでも思い通りにいくわけではない、という世の摂理を体験できたと思えばこの子の糧にもなるだろう。そう考えれば罪悪感が湧いてこない。
一応、今後の人探しを応援するような振る舞いだけ見せて、早いところ受付で身分証明書もとい冒険者登録を済ませてしまおう。
「こっちでもそれっぽい人を見かけたら報告するから、気を落とさず頑張れよ。じゃあ、俺はこの辺で」
さて、複数ある受付窓口のどれにしようかな。
できればイジリがいのある若くて真面目そうな女性が面白い。となれば、右から二番目の窓口に行こう。
「……離して欲しいんだが」
袖を引っ張られて振り向くと、少女は顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。
「アンタが賢者じゃないとすれば、公安にしょっぴかなきゃいけないわねぇ!」
マズい。このままいくと不法入国扱いになるんじゃないか?
この少女洞察力ヤバすぎるだろ!
いや違う。色々と納得がいかないが、何か非現実的な手法で俺を召喚したというのは本当で、適当なこと言ったのは俺のほうだということなのか⁉
「マジすまん! いや、そうじゃなくてだな! 気づいたらわけわかんないまま見知らぬ土地にいて混乱してるんだって! つーか、俺は夢でも見ているのか⁉」
「夢かどうかわからないなら確かめさせてあげてもいいわよ! そうね、手始めにそのよく回る口を魔法で焼いてやろうかしら!」
言いながら、本当に手の上に火球を生成した。
「マジで夢だろこれ! 俺の知ってる法則の中に、無から火の玉を生み出す方法なんかねえ!」
「ならちょうどいいじゃない! 辱められた仕返しも兼ねて、寝ぼけた頭も覚めさせてあげるわ!」
言いながら、本当に火の玉をこちらに押し当てようとしてきた!
コイツ、イカレてやがる!
「……ごほん」
あと拳一個分くらいで炙られるタイミングで、渋い咳払いが聞こえた。
先ほどから静観の姿勢を貫いているスーツの老人が止めてくれたようだ。
「失礼しました。……お嬢様。賢者様は本当に混乱されているようでございます」
マジで助かった。
世の中持つべきは可愛い彼女でも信頼のおける友人でもなく、こういう金もスキルも勇敢さも兼ね備えるイケオジとのコネなのだと思い知らされる。
「そんなことわかってるわよ。私が人違いをしたような雰囲気にしたコイツに制裁を加えただけ」
言ってくれるじゃねえか。
もう面倒とかどうとか知らねえ。どうせ夢なんだし、このメスガキはなんとしてでも辱めてやる。
そうなると必要になってくるのがある程度の戦闘力である。先ほどのように魔法で黙らされるようではお話にならないので、最低ラインはそこである。
「ひとまず、アンタは受付で冒険者登録を済ませてきなさい。面倒な手続きがないように手を回してあるから、さっさと戻ってくること。話はそれからよ」
そんな言葉とともに送り出された。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ソフィア様よりあなたの冒険者登録を進めるよう承っております」
若くて真面目そうな受付嬢は、言いながら一束の書類を手渡してきた。
冒険者関連の法律と周辺地域に生息する魔物の図鑑と地図、それから冒険者になるにあたっての署名書だ。
それから、受付嬢と一緒に、うっかり違反しがちな規律や危険な魔物の特徴や生息域、野宿でおすすめな料理など一通りの知識を教わった。
「説明は以上ですが、ご不明な点はございますか?」
マニュアルどおりと思われるセリフに首を横に振る。
自慢じゃないが、物覚えの良さには自信があるのだ。
「では、署名書に拇印を押してください」
先ほど手渡された書類を指さして言われたので、署名書をカウンターに置き指を……
「すいません。朱肉って置いてたりしませんか?」
こういった窓口には当たり前のように置いてあるはずの朱肉が見当たらない。
いくら頭脳明晰な俺といえど、常日頃から印鑑を持ち歩く習慣などないためこれは困った。
しかし、人の出入りが多い施設の受付であれば備品として置いてあっても不思議じゃないはずだ。そうと決まれば持ってきてもらうだけなのだが、受付嬢が困り顔を浮かべだした。
「……大変恐縮ですが、血判でお願いします」
なんでやねん!
いや、高校生とはいえ印鑑一つ持ち歩いていないのは紳士失格だとは思うが、だからと言ってこの仕打ちはあんまりだと思うんですが⁉
だいたい、血を出すにしたって道具がないじゃん!
「なにやってんのよアンタ。まさか魔法紙も知らないの?」
「『知らないの?』じゃねえ。お前が変なとこに召喚したから知らん事だらけで困ってんだろうが」
そうだ。元をたどれば、このメスガキが召喚とやらを行わばければ、今頃俺は日本で平穏な暮らしを送っていたはずなのだ。
「いい? 魔法紙製の署名書は血を触媒として拇印を押した人を特定するの。難しい仕組みとかは省くけど、アンタの血を使って署名を発効することができるわ」
魔法紙の存在は初耳だが、おおよそ俺のよく知る紙に便利機能を足した程度のものなのだろう。そうと分かれば、さっそく拇印を……
「いってぇ! なにすんだよメスガキ!」
あろうことか、手の甲をひっかきやがった。しかも、結構深くいかれた。
「どうせ血を出す道具がないとか言おうとしたんでしょ。血が止まる前にさっさと手続き終わらせてきなさい」
そそくさと逃げて行ったメスガキにはあとでたっぷり仕返しをしてやろう。
逃げた先をジッと睨みながら、親指まで垂れた血で拇印を押す。すると、紙面が発光し文字が浮かび上がってきた。
「……お名前はアオキ・ケンジローさんでお間違えないですね?」
「あー、はい。あっ、ファーストネームは健次郎なんで、そっちで頼みます」
危ない危ない。西洋風な文化が根付くこの地域のことだ。このまま放っておいたら青木健次郎さんではなく健次郎青木さんになってしまっていたかもしれない。
「日出国の文化だとファーストネームはそっちでしたね。畏まりました。では、ステータスの方を確認していくのですが、ケンジローさんの場合ですと、知力と器用さ、それから精神力に秀でているようですね。知力が高い方は魔法への理解力も高く、魔法をより強く扱えるんですよ。精神力が高い方は魔法への抵抗力を体が保ちやすく、魔法のほかにも呪術なんかの状態異常にも強くなります。しかし……」
なんだかゲームにおけるキャラメイクのようだが、できる限り面白く過ごしたいのであのメスガキをイジリ倒せる感じのステータスであってほしい。
「魔力が少ないので魔法系の職業はあまりおすすめできませんね。戦士系も、器用さが高いのは素晴らしいですけど、体力や筋力が高くないと難しいでしょう。……隣に行商ギルドがあるので、アナリスト職やコンサルタント職なんかが天職だと思いますよ」
虚しい。できる限り面白く、とはいったがまさか戦闘職としてのフォローが全くないとは思わなかった。しかし、逆に言えば口出しするだけで儲けが出る頭脳労働で良いというわけだ。
仕方がないから、メスガキのところで経営コンサルタントとして雇ってもらうとしよう。決して、戦闘職という肉体労働をしたくないわけではない。だが、公的機関をして頭脳労働を推奨されてしまってはやらない理由がないだろう!
そう! 決して! 決して、これは逃げなどではない!
「一応、物理職でもアーチャーは精密な射撃や罠を張ったりと、器用さや知力が高いケンジローさんに好相性な職種もありますよ。後衛として、罠を使った戦場コントロールと硬い敵すら撃ち抜くパワーショットで仲間が動きやすい状況を作る、戦況操作のスペシャリストです」
アーチャーか。
弓は使えないが、露天に銃が売られているのを見たのでそっちなら使えるだろう。
あと、何より戦闘になったとしても被弾しにくい後衛職なのが魅力的だ。
「じゃあ、アーチャーになろうと思います」
受付嬢にそう伝えると、署名書に引っ付いていた免許証のような物が光を放った。
「以上で、登録手続きが完了いたしました。今後はそちらの冒険証をお持ちの上で受付へお越しください」
なるほど。こいつが身分証明証になるわけだ。
大通りで出会った騎士が言っていたことが理解できた。
受付嬢に軽く会釈し、メスガキの待つテーブルへと向かった。
「待たせたな、メスガキ」
老人に見守られながら分厚い本を読むメスガキに声をかける。
「アンタねぇ。いい加減メスガキって呼ぶのやめなさいよ。私にはソフィア・ラン・スターグリークって名前があんの」
だったら最初から名乗ればいいものを。
受付嬢が口にしていたからソフィアと呼ばれているのはわかったが、ミドルネームもファミリーネームも知らなかったぞ。
「で、メスガキ改めソフィアよ。話の続きってのはなんだ」
先ほど、話はそれから、なんて妙な切られ方をしたので続きを促す。
相変わらず不機嫌そうにしているが、きっとコイツのデフォルトの表情がこれなのだろう。かわいそうだから放っておいて、今はコイツの話を聞こう。
「アンタ今失礼なこと考えたでしょ。……まあいいわ。話の続き、鼠亜人のことのほうが大事だしね」
鼠亜人。
名前から想像できるビジュアルは正直いい気分じゃない。それどころか若干気持ち悪く感じる、そんな生物が最初の課題となるようだ。
「鼠亜人って、なんか病原菌とか持ってそうで近づきたくねえ名前だな」
はっきり言って、嫌なくらい黒死病をイメージしてしまう。
中世ヨーロッパを暗黒の時代たらしめる要因の一つだったりする、かつて複数回にわたり人類に多大な被害をもたらした災厄だ。
仮にそうでなかったとしても、鼠なんて見てていい気分になる生物ではないが。
そんなことを考えていると、どういうわけかソフィアと老人に関心したとでも言いたげな視線を向けていた。
「さすがの直感でございますな、賢者様。おっしゃる通り、鼠亜人は伝播する死の呪いを振りまく災厄の象徴と言われておるのです」
西洋、鼠というキーワードから想像しただけのことだったのだが、勘が鋭い人という評価を得られたようだ。
老人の隣に座るソフィアも、納得がいかないながらも同じように俺を評価してくれているようで、首を縦に振っている。
「補足すると、鼠亜人を捕食する大型な猫獣類の魔物も同じ呪いを振りまくわ」
「なんだその害悪生物は! というか、そいつを戦争中の敵国に送り込んだりする輩とか現れねえだろうな⁉」
もはやバイオテロの域である。
見つけ次第殺処分どころか近隣地域を焼き払わねばなるまい。
「最近になって日出国の学者が世界中に公表しましてな」
なるほど。
鎖国中の国ではあるものの、世界中で原因となる生物を根絶やしにするべきだと判断した結果だろう。
「要領は得た。……となると欲しいのが武装だな。さすがに丸腰じゃどうにもならねえ」
丸腰じゃなくても、その辺のちょっと強いタイプの雑魚敵にすらやられると思う。
槍や剣があれば、ゴブリンとタイマンくらいならできるだろう。だが、もうワンランク強い敵には勝てそうにない。
「そんなのわかってるわよ。だから、一通りの装備は用意してあるし、賢者である私がついてるから安心しなさい。万が一にも死なせないわ」
おー、頼もしい。
……うん?
「賢者って、お前も召喚された側なのか?」
先ほどから何度か耳にする賢者召喚という言葉。
もしかしたら、コイツも俺と同じようにこの世界に飛ばされたんじゃ。
だとしたら、意思疎通が容易でありがたいのだが、様子を見るに違うらしい。
「賢者っていうのは職業のことよ。ソーサラーとビショップに心得がある人しか就くことができない上級職。それが賢者よ」
ややこしいな! とツッコミを入れたい気持ちはぐっと飲みこむ。
そんなことよりも、装備という単語に興味を惹かれる。
面倒ごとは嫌だが、それはそれとして武器や防具といった物に触れられるとなれば好奇心がくすぐられるものだ。
だからこそ、余計な事は口にしない。
「言わんとせんことはわかった。それより、早く装備を取りに行こうぜ」
はやる気持ちを抑えようにも抑えきれそうにない。
「ほっほっほ。賢者様といえど、男児ゆえの好奇心でございますな。……お嬢様、我々も行きましょう」
理解のある老人にも催促され、呆れたような表情を浮かべるソフィアが立ち上がった。
「わかったから落ち着きなさい。アンタみたいなアホっぽい賢者を召喚したなんて思われたくないわ」
ソフィアがそんなことを言っているが、どうでもよくなるくらい先が楽しみだ。
好奇心の赴くままに、ギルドを出た。
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