けん者

レオナルド今井

文字の大きさ
上 下
1 / 56
霧の都編

賢者召喚?

しおりを挟む
 蝉の鳴き声が残暑の苦痛を増幅させる二学期初日。その昼下がりということもあり、クラス内では暑さを忘れるため、夢の国へと旅立っているクラスメイトがちらほら。

 高校生活も折り返しであるにもかかわらず意識が低いことこの上ない。

 仮にも俺と同じ土俵で偏差値六十の我が校に受かった同志であるはずだが……

 と、既に予習済みなことしか語られない退屈な授業をのんびりと聞き流していると、ふと黒板にチョークが当たる音が止まった。

 ついに低能居眠り侍に然るべき罰が下るものかとワクワクしたのも束の間、先生はこちらに視線を向けて口を開いた。

「……えー、今日は一日だから、名簿番号一番の青木君。この問題を解きなさい」

 出たな。名簿番号が三十一以下の奴が損するお馴染みのシステム。

 大変腹立たしいのだが、こんなことでいちいち反応しているようでな若ハゲの出来上がりなので一旦堪える。

 黒板の前で先生からチョークを受け取り、迷いなく答えを書き込んでいく。

「正解だ。さすが、学年一位の青木君だ」

 先生の言葉に思わず口角を吊り上げる。

 そう。僭越ながら俺は二学年進級以来、学年一位継続中の優等生である。

「いえいえ、このくらいのことはやる気さえあれば誰だって解けますって。それにほら、親に授業料払わせてまで学校に居眠りしに来るような、意識低い系負け犬チンパンジーとは同列になりたくないですもん。たかだか高校レベルの勉強くらいで躓くような人間じゃございませんわぁ」

 クラスメイトにマウントを取りたい。

 それだけを原動力に勉学に励み続けている俺みたいな人間に負けるような。そんな醜悪で見るに堪えない無様なクラスメイトどもにはお似合いな光景である。

「クハハ! アーハッハッハ!」

 露骨に大声で笑い、眠りの浅い連中にも挑発してみる。

 これが、俺なりのクソシステムへの回答であり、それが満たされた今笑いを止められない。

「グハハハハハ! 最高か? 俺は最高だよ!」

 なんだ? 笑いすぎて息が苦しい?

 視界が徐々に暗くなり、それに比例して意識も朦朧として──





「──へ?」

 石畳の通りにレンガ建ての家屋。

 そんな街並みを囲う分厚い石の防壁に、町の中心には四角形の城壁に四本の塔が立った城塞が見える。野菜の無人販売所さながらのこぢんまりとした屋台が立ち並び、そこでは様々な物品が取引されているようだ。

 まるで、ヨーロッパの歴史的建造物でも見ているような気分にさせられる場所に、気づいたら立っていた。

 ……俺は夢でも見ているのか?

 であるならば、さっさと目を覚ましてしまいたいところだ。

 寝ているにしては意識が明瞭なのは好都合で、そのまま今日一日を振り返る。

 いつもと変わらぬ退屈な授業をやり過ごそうとして、クラスメイトを見下し笑っていたのを覚えている。が、それより先が思い出せない。

「おーい、そこの君ー。怪しい格好して、こんな往来で何してるんだい?」

 いったいどうしたものかと思案していると、若い男性のものと思わしき声が聞こえる。

 声のしたほうへ振り向くと、装飾の多い鎧に身を包んだ背の高い青年が立っていた。

 その様子はさながら騎士のようであり、声のかけ方は職質のそれである。すなわちそれは、下手な受け答えができないことを意味するが、同時に外連味のない内容を口にすればいいということ。

「東の遠国から出張で来ていたんだけど帰れなくなってしまったんだ。こちらとしても非常に難儀しているから、監視という名目で保護してもらえると助かるんだが……」

 そんなことを抜かしてみる。

 入国許可書とかその辺のものを見せろと言われたら一発で終わりなのだが、当の騎士はというと何か神妙な顔つきで考え込んでしまった。どうやら騙せたみたいだ。チョロい。

 口角が吊り上がっているのがバレないよう顔を逸らしていると、騎士から再び声をかけられた。

「東の遠国というと、日出国のことだろう。最近になって鎖国したが、まさかこんなところにも帰りそびれた者がいたとはな」

 おや? どうやら都合のいい出来事が重なった結果、追求を免れたようだ。

「だが、すまない。我が国は大火災から立て直したばかりで、自国の人間すら保護するのが難しい状態なんだ。唯一、我が国の冒険者になれば身分は保証されるから、まずはこの通りをずっと歩いた先にあるギルドへ行ってくれ」

 このまま税金で食っちゃ寝できるのではないかという期待までしていたが、世の中そんなに甘くないらしい。それどころか、財政難ときた。

 ……と、そんなことより気になることがでてきた。

 街並みといい大火災の件といい、どこかロンドンの歴史を彷彿とさせるのだ。授業で習った通りであれば、十七世紀後半のロンドンでは疫病の流行や大火といった災厄に見舞われたらしい。

 そこで嫌な予感がするのが、ある程度この夢の中が現実の出来事の通りに再現されているというのなら、貧民街を中心に大変なことになっていた事が予想できる。死者数にすら数えられなかった貧民街の遺族からしたら世の中なんてクソくらえだと思っているだろうし、そのような場所に足を踏み入れれば無事でいられる保証はない。

「わかった。だけど、いくつか知りたいことがあるんだ。そいつを聞いてからでいいか?」

 その言葉に快く答えてくれた騎士に感謝しつつ、先ほどの指示に従って俺はギルドへと向かった。





 騎士に見送られてからしばらく歩いていると、周囲の建物とは雰囲気が違う三階建ての施設へと行きついた。

 一階部分には壁がほとんどなく、代わりに市場のような盛り上がりを見せており、二階へと続く階段では鎧を着た大男や聖職者の女性をはじめとした多種多様な職種や身分の人が出入りしているのが見える。そして建物の頂点にはライオンが描かれた旗が風になびいていた。

 一目でここが冒険者ギルドだとわかってありがたい。

 荒くれのような人物もちらほらいるので身構えてしまうが、意を決して階段を登った。

 建物の二階部分は、冒険者と思わしき人たちと、彼らを対応する受付嬢。依頼書を貼りだしているクエストボードやちょっとした集合スペースなんかは、ゲームの世界の集会所をイメージさせる。

 天井は吹き抜けとなっており、三階は酒場になっているようだ。

 さて、そんな如何にもそれらしい施設へ入った俺を最初に出迎えたのは、スーツが似合う長身の老人だ。こちらに頭を下げている理由がわからないが、ひとまずこちらに危害を加えるつもりはなさそうなので警戒をほどく。

「えーっと、初めまして……?」

 とはいえ、気まずさから変な挨拶になってしまった。

「こちらこそ、初めまして。お待ちしておりました、青木健次郎様」

 しかし、スーツの老人はというと、下げた頭をそのままにしてそう宣った。

 しばし沈黙。

 この状況が出来上がるような何かをした覚えがない。

 強いて言うなら今も着ている学生服が珍しいくらいだろうが、これに関してはつい先ほど『おかしな格好』と評されたばかりである。バッドアピールにこそなれど、邂逅を心待ちにされる要素ではないだろう。なので、ここは残念だが間違えを訂正して差し上げよう。放っておくと面倒なことになりそうだし。

「あー、人違いじゃないですかね。だって俺、おじさんに恩を売った覚えなんてない」

 身なりがいいので楽な生活を送れそうな予感はしたが、面白い体験とは無縁になりそうだ。面白くない人生なんて終身刑と何一つ変わりないと思っている俺としては、過度な楽や報酬よりも自分が楽しめるかを考えるようにしている。

 なので、今回の話はなかったことにしようとしていると、何者かに肩に手を置かれた。

「振り向かなくていいわ。それよりも、挨拶をしなくちゃね」

 言いながらスーツの老人の一歩前へと出てきたのは、明るめの青いドレスを身にまとった金髪碧眼の少女だった。

 お嬢様然とした少女は改まったようにこちらを向き、スカートの裾を軽く持ち上げて。

「召喚に応じてくれてありがとう。私の賢者様」

 慣れないことなのだろう。

 そう告げた少女は耳まで真っ赤に染まっており、笑ってしまうほど目がすわっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

起きるとそこは、森の中。可愛いトラさんが涎を垂らして、こっちをチラ見!もふもふ生活開始の気配(原題.真説・森の獣

ゆうた
ファンタジー
 起きると、そこは森の中。パニックになって、 周りを見渡すと暗くてなんも見えない。  特殊能力も付与されず、原生林でどうするの。 誰か助けて。 遠くから、獣の遠吠えが聞こえてくる。 これって、やばいんじゃない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...