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第3章

エリス・タルハート 1

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私の名前はエリス・タルハート。
シェーン王国の貴族、タルハート家の現当主だ。

父は先のゲシュタルト王国との戦争で命を落とし、私が跡取りとしてタルハートの名を継いだ。
爵位は男爵。王都からさほど離れていないところに小さいながらも領地を頂いている。
領地の運営は家令に任せっきりにしてしまっている。
私は父に似て、考える事よりも切った張ったする方が向いているのだ。
こればかりは申し訳ないと思っている。

私には弟が一人居る。
名前はクリス。歳は五つ程離れた16歳だ。何よりも可愛い。自慢の弟だ。

ただ…なんと言うか……
悔しいのだが、私より女子力が高い。
女の私が似合わないドレスを可憐に着こなしている姿を見た時は嫉妬を覚えたし、
普段の立ち振る舞いもガサツな私と比べて貴族然としている。
何気ない仕草もあざと可愛い。可愛いのだ。
あたふたと慌てる姿も「コイツ養殖か?」と何度も疑った。
料理やお菓子作りも上手く、髪の毛や肌の美しさも私では太刀打ちなど出来る筈も無く…

いや、私がクリスに勝る物、あるではないか!そう。筋肉。筋肉だ。
筋肉だけは裏切らない。鍛えれば鍛える程に伴う安心感。はぁ、言ってて悲しくなった。

私が幼い頃から手に豆を潰し、血汗にまみれ剣を振るったこの結果が、
腐った豚共に負けない様に努力を続けてしまった結果が、
これだと言うのなら諦めるしか他は無い。

シェーン王国は美しさを尊ぶ国、
クリスはそんなお国柄のお陰で幸いにも曲がらずに育ってくれた。
誰にでも優しく実直で、気持ちの良い性格だと姉ながら自負している。何より可愛いしな。

だが、この貴族社会ではクリスはまだまだ若く幼い。
タルハート家の家訓は「強く在れ」だ。
いつか堂々とタルハート家の名を継げるその時までは、姉の私が当主の座を退く事は無いだろう。
その日までは女を捨て国を守る騎士として生きる。そう偉大なる父の墓碑に誓った。

私はエリス・タルハート。ただ一振りの剣で在りたいと願う。
貴族の豚共にシェーンの至宝などと嘲笑われているが抜き身の剣なのだ。


※ ※ ※


シェーン王国の国王、ルイス・リ・シェーン陛下から直々の指名を受けた。

シェーン王国の第3王女ルシエラ様を護衛する近衛騎士団の団長として
ゲシュタルト王国の国交式典へ行けと命を受けた。
陛下は言葉を濁していたが、舐め腐ったゲシュタルトの豚共を始末して来い、と言う事だろう。火種の口実だ。これは戦争だ。

ルシエラ様はまだ若く、むさ苦しい男共に囲まれてはさぞや窮屈だろう。
クリスも成人し騎士としての働きをルイス陛下に覚えて頂こうと、近衛騎士に無理やりネジ込んだ。
なに、軽くドツいてやれば大抵の話は簡単に進む。筋肉だ。筋肉が重要なのだ。

今回はシェーン王国騎士団の人事担当者の元へ向かうと「ヒィ!脳筋ゴリラ女が来た!」などと不名誉な言葉をいきなり投げ掛けられたので
そいつを壁ドンで歯列をギラつかせてやった。コロリと落ちた。物理的に。
自分で言うのもなんだが、シェーンの至宝は伊達では無い、と言う事だな。


※ ※ ※


「諸君、ルシエラ様近衛騎士団の諸君。
私がエリス・タルハートだ。知っている顔も多かろう。

しかし、私を知らぬ田舎者や理解力が無いポンコツが混じっているやも知れぬ。だから告げる。先に告げる。
私を女と見て舐めるなよ?命令に従わぬようなら容赦無く殺す。
従うふりをして舌を出す者も殺す。豚は殺す。従順な犬だけ生かしてやる。

私は三度の飯より生きた血肉を見るのが好きだ。騎士としての仕事はただの趣味だ。
諸君、近衛騎士団の諸君は剣の錆になりたい豚か?
諸君、近衛騎士団の諸君は優秀で従順な猟犬か?
前者ならばブヒブヒと言え。後者ならばアオーンと雄叫びを上げよ!」



隊列を乱さず近衛騎士団全員がアオーーーーンと雄叫びを上げた。本当に馬鹿ばっかりだ。
クリスも周りをキョロキョロと見回してアオーンと雄叫びを上げていた。笑みが自然と溢れる。フフフ。可愛い奴め。
近くに立っていた騎士が青い顔をしている。体調が心配だ。

「おい、そこのお前だ。馬鹿者。顔色が悪いぞ?大丈夫か?(その自己管理の不十分さがお前を)殺すぞ?」

私は具合の悪そうな騎士に優しく声をかけると

「ヒッ!!殺されたくありません!私はタルハート卿の従順な猟犬であります!!アオーン!アオーン!アオーーーーン!!」

その騎士は何度も吠えた。フフフ、本当に馬鹿ばっかりだ。これから戦争をしに行くのだ。国交式典へ向かうだけです私は歯列をギラつかせて、その場を後にした。


※ ※ ※


「貴女がシェーンの至宝、エリス・タルハート卿なのです?
噂に違わず綺麗な赤髪ですー!燃える夕陽を眺めている様ですー!!
美の結晶とされた有名な彫刻も今なら只の石コロですー!
ルシエラも美しく在りたいですー!秘訣はなんなのです!?」

旅の道中、馬車の中で目をキラキラさせてルシエラ様は私にせがむ様に抱きついて来た。
本当に可愛いなぁ…ルシエラ様。こんな子に「お姉ちゃん」とか言われたら脳味噌沸騰しそう。頬擦りしたい。無礼を承知でめちゃくちゃ頬擦りしたい。

ルシエラ様に褒められる事は誉れ、鼻をウズウズさせて
私は偉そうに秘訣を教えてあげようと喋り始めた。

「えー、コホン。私はタルハート家の誰よりも早く起きて剣を振ります。
えー、コホン。私は出された食事を残さずに全部食べます。
えー、コホン。えー、コホン。えー ………」

ルシエラ様の目の色が見る見るうちに死んで行く。

「あ、姉上っ!!……アレは!!アレをお忘れでは!?アレですよ!アレ!!」

クリスの助け船が出された。そうだ!アレだ!私とした事が。ぬかった。初めて使ったわ。ぬかった。響きがいいから忘れないように今度使おう。

「えー、コホン。ルシエラ様、申し訳ありません。大切な事が一つ、たった一つございます。
毎日、必ず筋肉を痛めつけて下さい。毎日です。
痛めつけるのが嫌な日は他人の筋肉を痛めつけて下さい。毎日です。
重要なのでもう一度言います。毎日です。

筋肉は自分自身を裏切りません。たゆまぬ努力が結果を残します。
私はコレでシェーン王国運動会やシェーン王国武道会で輝かしい成績を残しています。」


私は両腕を組み、上腕二頭筋をピクピクさせた。
鼻息をフンスと吐き出し、渾身のドヤ顔で「どうだ?」クリスを見る。
クリスは青い顔をして両手を違う違うと振っていた。



ルシエラ様の目は完全に死んでいた。



何故だクリス?出された船は出航後間もなく座礁して沈んだ。船員も乗客も全て溺れて死んだ。
姉さんはぬかったのか!?ぬかってしまったのか!?ぬわーーーーっ

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