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第32話 赤髪の男
しおりを挟む宿への帰路、ヘレナが話してくれたことを思い出す。
人神教。
亜人差別。
それによる迫害。
そして、この街に少なからずそれが存在すること。
( …嫌だなあ、差別とか。 何がそこまで不満なんだろうか )
少なくとも、シーラを見て和まされることはあっても、その逆を感じることなんて無い。
ギルドや街での彼女の人当たりを見ていても、邪険にするような人間はいなかった。
( …話だと、ギルド内にも居るかもって言ってたな )
本当にギルドにそんな人間が居るのなら、尚更気を付けなければいけない。
少なくとも、あのギルマスが居るギルドの中で、その娘である彼女に手出ししようとする者はいないだろうが、外では何があるか分からない。
( シーラの安全にも関わることだ。少し慎重になった方がいいだろうな )
そうこうしている間に、宿屋へと到着する。
カウンターにはミラさんではなく、別の若い女性が立っていた。
軽く会釈だけして、二階の自分の部屋に戻る。
腰を下ろすと、途端に睡魔に襲われ、倒れ込むようにして眠りに落ちた。
……………………………
…………………
………
時刻は深夜。
街は寝静まり、月明かりが煌々と白い城壁を照らしていた。
やがて月は雲に覆われ、辺りに幾ばくかの間、闇が訪れる。
そんな街の陰に、気配を殺して潜む一つの影があった。
影はとある建物まで来ると、壁をよじ登って二階の窓から中へ進入を試みる。
物音一つ立てずに中へ入ると、どうやら目標の人物は部屋の真ん中で眠っているようだった。
影の使命は、この人物の暗殺。
腰から鈍く光る刃物を抜き、そっと相手に忍び寄る。
影は確信していた。
この刃を相手の喉元に突き立てさえすれば、いくら強固な鎧に身を包もうとそれで自分の仕事は終わりだと。
影は短剣を握りしめ、狙いを定めて刃を突き立てた…はずだった。
次の瞬間、影の耳に届いたのは相手のくぐもった悲鳴ではなく、握りしめた刃の砕ける音だった。
………
…………………
……………………………
まどろむ意識の中、何か小さな揺れを感じて目を覚ます。
部屋の中はまだ暗く、眠ってからまだそう時間が経っていないことに気付いた。
( ……何だろ…誰か来たのかな…? )
起き上がって部屋を見渡すと、背後に気配を感じる。
振り返ると、黒い外套に身を包んだ人影が此方を見て狼狽えていた。
「…な、何で……」
体格からして男性のようだが、その手には折れてこそはいるものの、「刃物」が握られていた。
( ! は、刃物持ってる!? 誰!?)
そうして互いの目が合うと、男は慌てて窓から逃げだそうとする。
咄嗟に男を追おうとするも、焦ったのか男はバランスを崩し、窓の外へ落下した。
しかし、慌てて窓の下を見るも、既に男の姿はそこに無かった。
( …一体何だったんだ…?)
____________________
…街の路地、その暗がりで男は打ち付けた体を引きずって歩いていた。
「…っ痛てぇ、聞いてねえぞあんなの…」
男は悪態をつきながらヨロヨロと、とある路地の奥に位置する建物へ入っていく。
そんな男を、赤い髪を派手に逆立たせた男が酒瓶を片手にニヤついた笑みを浮かべて、出迎えた。
「…どうだ…?奴は殺れたか?」
「……あの野郎、鎧の下に何か着てやがりまして…その」
「…失敗しタのか?」
赤髪の男の眉根が釣り上がり、段々とその表情が険しいものに変わる。
「クソッ!クソクソクソッ!クソがっ!」
激昂した男はそこらの樽や机を蹴り上げると振り返り、持っていた酒瓶を振りかぶって相手の男に叩きつけた。
「っぐあっ!?」
男は堪らず膝をつき、額から血を流して倒れる。
「っ、グドー…さん…」
そんな男の様子には目もくれず、赤髪の男…グドーはまるで呪詛のように延々と言葉を吐き続ける。
「あノ野郎、アノ野郎…! 絶対に殺シてヤル…!」
何もない空を見つめ、グドーはユラユラと部屋を出て行く。
その目にはただただ、虚ろな殺意だけが込められていた。
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