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第30話 親と子
しおりを挟む部屋は静寂に包まれ、それにより食堂の喧騒が部屋にまで聞こえてくる。
( …驚かせ過ぎただろうか…? )
そんな十数秒の静寂を破ったのは、ギルドマスターのガイズだった。
「ふぅ…こいつは驚いた…しかし何でまた急に、話せるようになったんだ…?」
若干の狼狽えを見せつつも、そうこちらに問い掛けてくるガイズ。
ガイズを皮切りに、あとの2人も口を開き始めた。
「はあ…私も驚きました…」
「わ、ワー驚いたニャー…」
シーラの方は分かりやすい棒読みで、わざとらしく驚いている。
彼女は既に宿屋での一件でこの事は知っているため、今更驚くようなことは無い筈なのだが…。
「! …おいシーラ、お前まさかこの事知ってたんじゃねえだろうな…?」
「ニャ!? し、しし知らないニャ!知らなかったニャ! 初めて聞いたのニャ!」
「そうかそうか…ところでお望みの、カリーナの驚く顔は見れたか?」
「それはもう、バッチリニャ!……ハッ!?」
___ バチィッ!! _____
しまった、という顔をした時にはもう既に、ガイズのデコピンがシーラの額へと炸裂していた。
「ッ~~! ッ~~! 」
声もあげられないほどの痛みに、シーラは体をのたうちまわらせている。
「フフ、何だかこの光景も久しぶりね」
「全く! あれ程、何か変わったことがあれば先に報告をしろと言ったろうに!」
( …多分シーラは前にもこういったドッキリを仕掛けたことがあって、後からその事を思い出してとぼけてた訳か )
「…ダイジョウブカ?」
「めちゃくちゃ痛いニャ…」
「ったく、次やったらこんなもんじゃ済まさんからな?」
「はいニャ…」
「ロイも、次からは定期的に報告してもらうようにしても良いか? 月1回程度で構わんから」
「…了解シ…」
言いかけたところで視界が急に、ガクンと持ち上げられた。
かと思うと、眼前には興味深そうにこちらを見つめるカリーナさんの顔があった。
「…ちょっと失礼しますわね~? …一体どうやって、発声してるのかしら…?」
あちこちから調べているのかカリーナさんは兜(頭部)をぐりぐりと動かし、それに合わせて俺の視界もぐるぐると回されていく。
「…カリーナサン、目ガ回リマス」
「あら、私ったらつい夢中になっちゃて…ごめんなさいね」
ようやく回転地獄から解放され、頭が元の場所に戻る。
「ハッハッハ、カリーナの研究好きは相変わらずだな」
「…ケンキュウ?」
「私、元々は都で研究員をやっていましたの。主な内容は迷宮から発掘された遺物の調査などを専門としていたものですから…つい好奇心が…」
ぽっ、と恥ずかしそうに頬を染めて恥じらうカリーナさん。
遺物、というのはよく分からないが、研究の必要があるくらいのものならば、きっと凄いものなのだろう。
「さて、取り敢えず今日来てもらった用事は済んだ訳だが…何か困ったこととかはあったか?」
「あ、困ったことって訳じゃ無いんニャけど、伝えたいことがあったのニャ」
「ん? 何だ?」
「ロイさんとパーティを組むことにしたニャ」
「おう、そうか」
「…え、それだけかニャ?」
「それだけだ、じゃあ話は終わりだ。 後は宜しく頼むな、カリーナ」
それだけ言うと、ガイズは部屋を出て行ってしまった。
「……なんニャ、喜んでくれないのかニャ…」
しょんぼりと俯いて肩を落とす彼女。
その肩にカリーナさんが優しく手を添える。
「シーラ…あんなだけど本当はギルマス、喜んでるのよ?」
「え?」
「前に話してたわ、『アイツはいつになったら1人で無茶しないようになるんだ…』って。…ずっと前からギルマスは心配してて、早くパーティを組んでほしかったみたいよ。今回の件で、内心ホッとしてるんじゃないかしら?」
「そうだったのかニャ…」
「ナラ、サッキノハ照レ隠シ?」
「フフ…だと思うわ」
「…もう、そうならそうと言ってくれればいいのニャ…」
「あの人、ああ見えて見栄っ張りなのよ。貴女の前では厳格な父親、の姿でいたいんじゃないかしら」
「…………」
そんな話をしている最中、ふと気配を感じて目をやると部屋の扉が少し開いていた。
( もしかして… )
静かにソファを立って部屋を出ると、何とも言えない表情を浮かべたままのガイズがそこにいた。
「…気付いてたのか」
バツが悪そうにガイズはそう呟く。
「…自分ハ少シ、外ニ出テキマス」
「…気を遣わせたようで悪いな」
「…オ気ニナサラズ」
そうしてガイズは、部屋へ戻っていった。
今は親子での時間を大切にした方がいいだろう。
余計なお世話だったかも知れないが、きっとこれで良かった筈だ。
( さて、出てきたはいいものの…どうしようかな )
特にやることも思いつかないので、ギルドのベンチで座って待つことにする。
( にしても俺、これから先どうなっていくんだろうな…? )
漠然とした疑問を浮かべ、暇つぶしがてらこれからのことを考える。
当面は、ギルドで依頼をこなしていくのが殆どになるのだろうが、それから先もそれ以外も何一つ目標が無い。
冒険者のランクを上げていくのも良いかも知れないが、メリットは特に無く、自身はそこまでの向上心を持ち合わせていない。
失った記憶に若干の興味はあるが、現時点で取り戻したいとも思えず、これから先の指針が決まらないでいた。
今後の目標に頭を悩ませていると、声を掛けられる。
「やあ、鎧の新入り君? 大丈夫?何か悩みごと?」
俯いていた顔を上げると、そこには際どい軽鎧に身を包んだ黒髪の女性が立っていた。
豊かな胸部が装甲越しにも関わらず、強く主張している。
大分飲んでいるのか頬は紅潮し、少しフラついていた。
「どれどれ、良かったらお姉さんに相談してみない~? あっちでお話ししようよ~」
そう言いながら女性に手を引かれ、食堂へと足を踏み入れる。
「みんな~連れてきたよ~!ほら、ここ、座って~」
なかば強引に席へ座らされると、テーブルには既に数名の男女が席に着いていた。
そして、その誰もが好奇の視線をこちらに向けていた。
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