鉄巨人、異世界を往く

銀髭

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第25話 先輩

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現在、戦闘はジリジリと出方を伺う睨み合いが続いている。

シーラは迂闊には手を出さず、狼も2人相手は厳しいのか、すぐに襲って来ようとはしてこない。

( たしか、危険度Eの魔物って言ってたな… )

彼女が手を焼く程のランクだというのなら、見習いの自分には当然敵わない相手なのだろう。

だが、戦闘になってしまった以上戦って勝つしか方法は無い。

彼女の方へ目をやるとその表情は真剣で、あちらも覚悟は決まっているようだ。
目配せをして、いざ狼と対峙する。

先程の攻撃を見るに、狼は俺に致命傷を負わせるような攻撃を持っていない。

ならば俺は相手のことを気にせず、前衛として思い切り前へ突っ込み、シーラがその隙を突けるようにした方が良いだろう。

というよりも、俺の攻撃は先程からことごとく避けられて当たらないため、シーラに仕留めてもらう他無いのだ。

( いや!!ホント!!すばしっこいな!!こいつ!! )

当たらないことを承知で殴る蹴るを繰り返し、何とかシーラのために隙を作る。

俺の攻撃は虚しく空を切り続けるばかりだが、ようやくそのチャンスが訪れた。

狼がこちらを向き、跳躍のために体を沈み込ませる。

 ( ! 、今だ! )

「!、ニャァァッ!」

気合と共にシーラがダガーを振りかぶり、狼の後頭部から喉元へと刃を突き立てた。

鮮血が吹き出し、狼がドサリとその場へ倒れ込む。

「や、…やったニャ? 」

ダガーを狼から引き抜き、不安そうに様子を伺うシーラ。
横たわった狼が再び動き出すことは無かった。

「……ッ、やったニャァ~…」

力が抜けたのか、シーラがその場にへたり込んで息を吐く。

互いに突然の事ではあったが、何とか怪我なく対処出来たように思う。
初めての共闘としてはまあまあ上出来ではないだろうか。

「…あっ! すぐに処理するニャ!」

( 処理? )

「動物系の魔物は、早目に下処理しないと味も値段も落ちるのニャ!」

( なるほど、素材買取の価格に繋がる訳か )

その後、少し休憩を挟んだのちに狼の処理をすることとなった。

シーラの指示に従ってロープで狼を木から吊るし、血抜きを行う。
吊るした狼の腹を裂き、慣れた手つきでシーラが内臓を抜いていく。

下には既に穴が掘ってあり、そこに血や内臓を溜めていく仕組みだ。

「ヨシ! とりあえず今出来るのはこれくらいニャ!」

額の汗を拭い、満足気に作業を終えたシーラ。

腹を開かれた狼を見ると、胸の辺りに何か怪しく光る物が見えた。
手を伸ばして触れようとすると、シーラに止められる。

「あ、魔石の取り外しはギルドの解体屋さんに頼むからそのままにしといてニャ」

( 魔石? )

俺が首を傾げていると彼女が説明してくれる。

まとめると、魔石とはいわゆる第2の心臓のようなもので、魔物自体を構成する魔力の結晶である、ということらしい。
そして、その魔石も牙や毛皮同様高く買い取ってもらえるのだそうだ。

「コッチでも取れない事は無いんニャけど、手数料を差し引いてもお願いした方が安全なのニャ」

つまりはより確実にお金が得られる方法、ということだろう。
その堅実な考えに、素直に感心する。

( 抜けてる所ばかりかと思ってたが、割りとしっかりしてるとこもあるんだな… )

俺がそんなことを思っていると、シーラが怪訝な視線を向けてくる。

「……今何か、失礼なこと考えてないかニャ?」

顔に出ていたのだろうか、慌てて首を横に振る。

「まあいいニャ、それよりもそろそろ街に戻らないとニャ」

空を見るともう既に日は傾き、辺りは夕焼け色に染まっていた。

「ロイさんはグレイウルフの方を頼むニャ」

俺が狼を降ろして肩に背負う間に、シーラが下の穴を埋めていく。

「こうやって腐るものなんかは埋めておかないと、他の獣が寄ってきたり、病気の元になったりするから気を付けなきゃいけないのニャ」

( 勉強になります )

今日一日彼女に同行して貰って、わかったことがある。

なんだかんだで大事なことは教えてもらっている。

明るく人を思いやり、必要な指示も出せる。

シーラは俺にとって、間違いなく頼りになるだ。


後片付けを終えて森を出て、街道まで戻って来る。
少し歩くと、遠くに街の明かりが見えてきた。

街までの道をシーラと2人で歩く。

「ニャァ~…、それにしても今日はびっくりしたニャ…グレイウルフが出るなんて聞いてないニャ」

元々今日は、只の薬草採取が目的で来たのだからそれも当然だろう。
聞けばあの狼はそもそも森の奥地に生息しており、普段はあんな街道側の浅い森まで出てはこない魔物なのだそうだ。

それ故に危険度はEランクで、一人前の冒険者がようやく互角に戦える相手であるらしい。

「ふふふ、でも思わぬ臨時収入ニャ…」

シーラは悪い顔でほくそ笑み、思わぬ大金に胸を踊らせていた。

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