5 / 14
5.
しおりを挟む
私の新しい住居をご紹介致しますわ。
まず、木で出来ております。木造のお屋敷ですわね。王国の石材や煉瓦を駆使した建築に比べると、非常に素朴な見た目をしております。また、高さもありません。二階建てですわ。
その代わり、横には広く、部屋数は余裕で十を超えます。驚いたのは、厨房が王国式のしっかりしたものだったことですわ。なんでも、領主の趣味でここだけは整えたとか。
それ以外は装飾も少なく、絵画も肖像画や彫刻といった芸術品もありません。その代わり、屋敷の者が集めてくる季節の花がそこかしこに飾られています。
正直、割と居心地が良いですわ。食器やら、家具やら芸術品やら、管理を気にしなくて良いのも私向きかも知れません。
「奥様、今日はどちらに?」
「どちらにしましょうか、ラァラ。屋敷の中は歩き尽くしてしまったし、することもないし」
私には身の回りの世話をするメイドが与えられました。元々、ルフォア国にはなかった職業ですが、王国を真似して導入したそうです。お付きのメイドはラァラ、小柄で小さな耳が特徴の可愛い子です。見た目通り大人しいですが、俊敏だし気が利く良い子ですわ。なにより、この国のことをよく知らない私にとっては大切な情報源ですの。
「ここに来て一週間。ルオン様の扱いには感謝していますが、やることがないと困りますわね……」
「と、とはいえ、奥様に何をしてもらえばいいのか、旦那様もまだわからないようでして」
「でしょうね……」
ルオン様の元に嫁いで一週間。私はやることがなく、困ってしまいましたわ。
あの男、初日の夕食の席で「急な話だし、無理のないようにしたいんだ」と言って部屋をわけたりと、私を遠ざけているのですわよ。色々覚悟の上で来た身としては拍子抜けやら安心やらですわ。
でも、扱いは丁重ですわ。部屋も服も与えられ、屋敷内で自由行動。食事は極力一緒に。家事はメイド達がしてくれる。少なくとも、私に対して悪意や害意がないのは、この二週間で把握できました。
そうなると、何もしていないことが不安になってきますわ。
「このまま私が屋敷で無為に過ごすと、ルオン様の評判に影響しないか心配ね。ただでさえ、素性の怪しい者を妻に迎えたのだし」
「そ、そんなことは、ないと思いますけど……」
だんだん小さくなるラァラの声が、私の言葉の正しさを証明しましたわ。
救って貰った上のこの扱い。これでいるだけで夫の立場を悪くするなど、あってはなりません。女がすたります。
「なにか、すること……すること……」
普通なら厨房を取り仕切ったり、屋敷全体を管理するのでしょうけれど、既に枠が埋まっております。ここで使用人の仕事を取り上げるのは避けるべきでしょう。
「奥様、旦那様です」
その言葉に見てみれば、廊下を夫、ルオン様が歩いていました。いつも柔和な笑顔を浮かべている彼ですが、何やら荷物を持って困り顔です。
「やあ、妻殿。ラァラ、なにかあったかな?」
「そのなにかを探していたところですわ。ルオン様は何やらお困りのようですわね」
「ああ、実は書類仕事が溜まってしまっていてね」
抱えている荷物は書類でした。一番上を覗き見ると、肥料などの手配といった、日々の仕事関係のようです。
「それこそ屋敷の者にやらせては?」
ルオンの仕事はこれらを決済することでしょう。大きくないとはいえ、屋敷には使用人もいます、この手の仕事をわざわざする必要はないでしょうに。
「それなんだけどね、屋敷の者はこの手の仕事は不得手なんだ。読み書き計算に慣れていないものが多くて……」
「…………そういうことでしたか」
ルフォア国はごく最近になってラインフォルスト王国から新しい農法や肥料などを輸入している国。それどころか、文化的には大分古い……いえ、伝統的な生活を続けていたと聞きます。
つまり、識字率をはじめとした国民の学力的な部分に問題が生じているのでしょう。
「ルオン様、良ければ私がお手伝い致しますわ。読み書き計算はそれなりに得意ですので」
「いや、それは……」
「それにすることもありませんし。妻がお手伝いするくらい問題ないのでは?」
「む……そうだな。確かにしっかりと学院で学んでいた妻殿なら頼りになりそうだ。では、お願いしよう」
少し考えた後、ルオン様はいつもの柔らかな笑顔と共に快諾したのでした。ほんと、子供みたいな素直な顔をするのですね。
ともあれ、この日から、私は夫の書類仕事を一部引き受けることになりました。というか、使用人ができない分の仕事を全部処理していましたわ、このお人よしは。
まず、木で出来ております。木造のお屋敷ですわね。王国の石材や煉瓦を駆使した建築に比べると、非常に素朴な見た目をしております。また、高さもありません。二階建てですわ。
その代わり、横には広く、部屋数は余裕で十を超えます。驚いたのは、厨房が王国式のしっかりしたものだったことですわ。なんでも、領主の趣味でここだけは整えたとか。
それ以外は装飾も少なく、絵画も肖像画や彫刻といった芸術品もありません。その代わり、屋敷の者が集めてくる季節の花がそこかしこに飾られています。
正直、割と居心地が良いですわ。食器やら、家具やら芸術品やら、管理を気にしなくて良いのも私向きかも知れません。
「奥様、今日はどちらに?」
「どちらにしましょうか、ラァラ。屋敷の中は歩き尽くしてしまったし、することもないし」
私には身の回りの世話をするメイドが与えられました。元々、ルフォア国にはなかった職業ですが、王国を真似して導入したそうです。お付きのメイドはラァラ、小柄で小さな耳が特徴の可愛い子です。見た目通り大人しいですが、俊敏だし気が利く良い子ですわ。なにより、この国のことをよく知らない私にとっては大切な情報源ですの。
「ここに来て一週間。ルオン様の扱いには感謝していますが、やることがないと困りますわね……」
「と、とはいえ、奥様に何をしてもらえばいいのか、旦那様もまだわからないようでして」
「でしょうね……」
ルオン様の元に嫁いで一週間。私はやることがなく、困ってしまいましたわ。
あの男、初日の夕食の席で「急な話だし、無理のないようにしたいんだ」と言って部屋をわけたりと、私を遠ざけているのですわよ。色々覚悟の上で来た身としては拍子抜けやら安心やらですわ。
でも、扱いは丁重ですわ。部屋も服も与えられ、屋敷内で自由行動。食事は極力一緒に。家事はメイド達がしてくれる。少なくとも、私に対して悪意や害意がないのは、この二週間で把握できました。
そうなると、何もしていないことが不安になってきますわ。
「このまま私が屋敷で無為に過ごすと、ルオン様の評判に影響しないか心配ね。ただでさえ、素性の怪しい者を妻に迎えたのだし」
「そ、そんなことは、ないと思いますけど……」
だんだん小さくなるラァラの声が、私の言葉の正しさを証明しましたわ。
救って貰った上のこの扱い。これでいるだけで夫の立場を悪くするなど、あってはなりません。女がすたります。
「なにか、すること……すること……」
普通なら厨房を取り仕切ったり、屋敷全体を管理するのでしょうけれど、既に枠が埋まっております。ここで使用人の仕事を取り上げるのは避けるべきでしょう。
「奥様、旦那様です」
その言葉に見てみれば、廊下を夫、ルオン様が歩いていました。いつも柔和な笑顔を浮かべている彼ですが、何やら荷物を持って困り顔です。
「やあ、妻殿。ラァラ、なにかあったかな?」
「そのなにかを探していたところですわ。ルオン様は何やらお困りのようですわね」
「ああ、実は書類仕事が溜まってしまっていてね」
抱えている荷物は書類でした。一番上を覗き見ると、肥料などの手配といった、日々の仕事関係のようです。
「それこそ屋敷の者にやらせては?」
ルオンの仕事はこれらを決済することでしょう。大きくないとはいえ、屋敷には使用人もいます、この手の仕事をわざわざする必要はないでしょうに。
「それなんだけどね、屋敷の者はこの手の仕事は不得手なんだ。読み書き計算に慣れていないものが多くて……」
「…………そういうことでしたか」
ルフォア国はごく最近になってラインフォルスト王国から新しい農法や肥料などを輸入している国。それどころか、文化的には大分古い……いえ、伝統的な生活を続けていたと聞きます。
つまり、識字率をはじめとした国民の学力的な部分に問題が生じているのでしょう。
「ルオン様、良ければ私がお手伝い致しますわ。読み書き計算はそれなりに得意ですので」
「いや、それは……」
「それにすることもありませんし。妻がお手伝いするくらい問題ないのでは?」
「む……そうだな。確かにしっかりと学院で学んでいた妻殿なら頼りになりそうだ。では、お願いしよう」
少し考えた後、ルオン様はいつもの柔らかな笑顔と共に快諾したのでした。ほんと、子供みたいな素直な顔をするのですね。
ともあれ、この日から、私は夫の書類仕事を一部引き受けることになりました。というか、使用人ができない分の仕事を全部処理していましたわ、このお人よしは。
0
お気に入りに追加
194
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります
みゅー
恋愛
私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……
それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに!
蒼衣翼
恋愛
千璃(センリ)は、古い巫女の家系の娘で、国の守護神と共に生きる運命を言い聞かされて育った。
しかし、本来なら加護を授かるはずの十四の誕生日に、千璃には加護の兆候が現れず、一族から追放されてしまう。
だがそれは、千璃が幼い頃、そうとは知らぬまま、神の寵愛を約束されていたからだった。
国から追放された千璃に、守護神フォスフォラスは求愛し、へスペラスと改名した後に、人化して共に旅立つことに。
一方、守護神の消えた故国は、全ての加護を失い。衰退の一途を辿ることになるのだった。
※カクヨムさまにも投稿しています
乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました
白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。
「会いたかったーー……!」
一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。
【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる