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 少し走った先、妖樹に囲われた空間の中心に奴はいた。
 そこにいたのは人型の魔物だった。たまに発生する奴だ。高度な知性と強大な魔力を持ち、大抵、人間に強い敵意を持っている。

 そこにいたのは人間っぽいけど、エルフっぽくもある見た目の男だった。高い身長に、相手を射貫くような鋭い目つき。額に宝石のようなものがはまり、手には入れ墨のようなものが見え隠れしている。多分、何らかの魔法陣だろう。

 こういう輩を『魔王戦役』中に何度か見かけたことがある。

「魔族か……」

「ほう。なかなか目敏い冒険者がいると思ったが、これはなかなかのものが来たかな?」

「店長、魔族とは?」

 目の前の人型魔物改め魔族を無視して、ユニアに説明をする。

「一部の能力が高い魔物がそう名乗っているんだ。人間でいう貴族みたいなもんだな」

「魔物を統率する権力者というわけですね」

 貴族だって元々は勝手に名乗ったようなもんだ。それを魔物達がやっただけとも言える。

「その通り。我が名はツィードア。偉大なる魔王様にお仕えせし者」
 
 そう宣言すると、ツィードアなる魔族は優雅に一礼した。なかなか洗練される所作をする。結構年月を経た個体だろう。

 俺は剣を構え、足下に力を入れる。脳内ではいくつかの魔法を準備。こういう輩はいきなり何かしてくることが多い。念のためだ。
 その上で、会話を試みる。今、俺達に必要なのは情報だ。

「一連の事態を引き起こしたのはお前だな。……なんで傭兵団を始末した」

 そう言いつつ、横のユニアに視線を送ると、彼女は静かに頷いた。よし、多分目的は共有された。
 上手いことやって、俺達はこいつから情報を引き出さなければならない。倒すのはその後でいい。

「始末する局面だった、というところかな」

 自信満々な態度を崩さず、かっこつけて言うツィードアを見て、俺は確信した。
 こいつ、調子に乗ると口が軽くなるタイプだ。今は計画通り罠が発動して、最高に気分がいいに違いない。
 これはチャンスだ。

「酷いです……。傭兵隊長まで……」

 情勢を素速く読み取ったユニアが、悲痛でか弱げな雰囲気をたたえて言った。普段はもっと淡々と問いかけるのに、意外と演技が上手いな。

「ボルグ君はなかなか優秀な手駒だったよ。聖女クリスに感付かれないように連絡用のマジックアイテムを用意したり、色々と舞台を整えたりと、我ながら小まめに動いたものだ……大変だったよ……本当に……」

 脳内でこれまでのことを回想しているのか、滅茶苦茶感慨深げに言うツィードア。こいつはこいつで苦労してそうだな……。
 だがそれはそれ。傭兵団を全滅させた責任はその命で贖って貰う。

「あれだけこちらの権力に食い込んだ人間をあっさり始末するのか……」

「恐ろしい……」

「始末するとも! もはや必要ないのだからね! 死にゆく君達に冥土の土産に教えてやろう!」

 出た! 冥土の土産! これを待ってたんだ。横のユニアをチラ見したら、一瞬だけ口の端が上がって凄い笑みになっていた。……このワルキューレの方が恐い。
 
「間もなく、君達が辺境大陸と呼ぶこの地は再び我ら魔族のものとなる。偉大なる魔王様のお力と、その後継者であるベレブ様によってだ!」

「ベレブだと……!?」

 知らない名前だ。魔王の幹部にそんな奴がいたか?

「君達は知らないだろうが、ベレブ様は偉大な方だ。魔王様のお力を魔物に付与し、強化する技術を生み出した功労者。万が一に供え、魔王軍が総出で隠匿していたのだ!」

 凄い、俺の知らなかった新情報がどんどん入ってくるぞ。ありがたい。
 つまり、魔物を強化できる魔族が陰謀を企んでいて、それが完成に近づきつつあるので、傭兵団ごと消したってことか。

 性急に見えるが、その判断ができるくらいの手立てを用意したということだろう。

「一体何をする気だ……」

 本音混じりの声に、ツィードアはこれまた得意げに応えてくれた。

「北だ! 北から君達の終わりは始まる! 地獄の軍勢に蹂躙されるのだ! もっとも、今日ここにいる者達は、聖女クリスもろとも死ぬのだがね!」

 最後の言葉と同時、ツィードアの全身から魔力が放たれた。
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