オワッテル。

九重智

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最終話

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 なあ兄弟、俺が前に人生は何が起こるかわからないって言ったこと覚えているか。ああ、あれはやっぱり真実だよ、クソみたいに真実だ。

 俺は金をひったくられた。わからないもんだ、ほんとうに人生は。その日、俺は十万の大金を下ろしていた、神保町まで行って三島由紀夫全集を見るだけつもりで、ほんとうは金なんて下ろす必要はなかったんだ。でもなぜだか、もしかしたらなけなしの意地だったのかもしれない、俺は大金を抱えて全集にお目にかかろうとした。いつかお前を買ってやるぞって、そんな気分だったのかな。

 ひったくられた瞬間の前後は覚えていない。神保町の、駅を出てすぐのところだった。俺が覚えているとしたら、ニット帽を被った男の見下すような、成果に恍惚とした目だった。あれは運命とやらに似ている目じゃないか? 運命ってのはいつもそうなんだ、人をめちゃくちゃにするだけして、したり顔で俺の前を逃げ去っていく。……

 まあそれでも、俺はめげてないぜ、ああ、めげてない。俺は交番に行ったあとに神保町で三島由紀夫全集を見つけた。やつは二十万した。結局、俺の十万じゃあいつを買えなかったってことさ。それでも俺はめげちゃいない、ああ、マジだよ、めげちゃいない。

 店を出るといつの間にか雨が降っていた。俺はもう濡らしちゃいけない何も持っちゃいない。雨ってのは不思議だ。空が雲で覆われ、人々の頭上も傘で覆われる。あちこちが蓋でふさがれてるんだ。人々はどことなく沈鬱な顔をしている。きっと自分の世界に語りかけているんだろう。しかし俺はあえて傘をささない。それなのに俺のなかの世界とやらが俺に嫌なものを見せやがる。学校のとき俺だけちぐはぐだった行進、音が外れた合唱の迷惑そうな女子の顔、タイミングを逸して嫌に浮いた笑い声。……

 なあ兄弟、俺はまだ終わり切っちゃいない、そうだろ? 俺は確かに≪終わり続けている≫、だが生きている。まだ死んじゃいない。周りから見れば俺は死んでいるかもしれない、けど生きている。地中の奥底を掘りながら。終わってる、終わり続けている、でも生きている、オワッテル、オワリツヅケテイル、デモイキテイル、オワッテル、オワリツヅケテイル、デモイキテイル、オワッテル、オワッテル、オワッテル。……

 なあ兄弟、そんな目で人を見るもんじゃねぇよ。



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