46 / 62
第三章
第四十五話
しおりを挟む
イージの妹が、その小ぶりな頭のなかで何を考えていたか、それはどこまでいっても推測に過ぎません。楽観でいればいくらでも楽観にでき、悲観でいればいくらでも悲観にできるのです。
イージの妹はぽつりと、こんなことを言いました。
人が、死んだんですよ、死ぬというのは、恐ろしいほど温度がなくて、無慈悲なまでにゼロになるんです、なのに、それなのに、人はゼロになったものをいじくりまわすんです、そういう人はきっと哀しんだことがないんじゃないかしら、そんな風にも思います、生きてるとき誰もなにもしなかったくせに、急に死んだとなったら、嬉々として、役者ぶって、さぞ心痛に言葉をいうんです、それは殺人とおんなじと思いませんか、生きている人を死なすのが殺人だとしたら、あの人たちのすることは、死んだものを無理やり生かすんです、しかもあの人たちは、満悦のために墓を荒らしているんじゃないかしら、(彼女は僕の顔をキッと睨みました)、貴方はどうなんですか、もし貴方が兄の死で、何かしらの快感を得ているんだとしたら、家でニヤニヤと眺めるためにここに来ているんだとしたら、貴方はとんでもない悪人ですよ、ねえ、なぜ貴方はこんなとこに来たんですか、いや、別にこれは貴方にだけ訊きたいわけじゃありません、兄が死んでからやってきたすべての人に訊いてやりたいんです、でも貴方に訊くのがはじめてです、そのかわり、私はその人たちに日記を読ませ、黙って兄の遺品を渡すようにしています、罪人に罰をあたえないのは、おかしいでしょう、だから私がかわりに罰をやるんです、油断した善人面に一発くらわせるんですよ、……貴方には、これをやります、これが、貴方への罰です。
イージの妹はあの血のついたハンカチを卓上に載せました、なぜ、ハンカチにこれほど血がついているんでしょう。僕はその血の過程を考えるとぞっとしました。僕が無意識に遠ざけた死のリアルが一挙に押し寄せてくるのです。
彼女は落ち込んだようにまたうつむいて、すみません、怒らないんですか、といいました。たぶん、彼女の態度に機嫌を損ねた人もいたのでしょう。しかし僕はそうはできませんでした。僕の頭には、そのときはじめて自己の残酷な矛盾を目の当たりにしました。僕は、いいえ、といってハンカチを受け取りました。
ハンカチは、これまでいちども洗ってません。まだ、血の匂いが、鉄っぽい臭いがあるんです」
イージの妹はぽつりと、こんなことを言いました。
人が、死んだんですよ、死ぬというのは、恐ろしいほど温度がなくて、無慈悲なまでにゼロになるんです、なのに、それなのに、人はゼロになったものをいじくりまわすんです、そういう人はきっと哀しんだことがないんじゃないかしら、そんな風にも思います、生きてるとき誰もなにもしなかったくせに、急に死んだとなったら、嬉々として、役者ぶって、さぞ心痛に言葉をいうんです、それは殺人とおんなじと思いませんか、生きている人を死なすのが殺人だとしたら、あの人たちのすることは、死んだものを無理やり生かすんです、しかもあの人たちは、満悦のために墓を荒らしているんじゃないかしら、(彼女は僕の顔をキッと睨みました)、貴方はどうなんですか、もし貴方が兄の死で、何かしらの快感を得ているんだとしたら、家でニヤニヤと眺めるためにここに来ているんだとしたら、貴方はとんでもない悪人ですよ、ねえ、なぜ貴方はこんなとこに来たんですか、いや、別にこれは貴方にだけ訊きたいわけじゃありません、兄が死んでからやってきたすべての人に訊いてやりたいんです、でも貴方に訊くのがはじめてです、そのかわり、私はその人たちに日記を読ませ、黙って兄の遺品を渡すようにしています、罪人に罰をあたえないのは、おかしいでしょう、だから私がかわりに罰をやるんです、油断した善人面に一発くらわせるんですよ、……貴方には、これをやります、これが、貴方への罰です。
イージの妹はあの血のついたハンカチを卓上に載せました、なぜ、ハンカチにこれほど血がついているんでしょう。僕はその血の過程を考えるとぞっとしました。僕が無意識に遠ざけた死のリアルが一挙に押し寄せてくるのです。
彼女は落ち込んだようにまたうつむいて、すみません、怒らないんですか、といいました。たぶん、彼女の態度に機嫌を損ねた人もいたのでしょう。しかし僕はそうはできませんでした。僕の頭には、そのときはじめて自己の残酷な矛盾を目の当たりにしました。僕は、いいえ、といってハンカチを受け取りました。
ハンカチは、これまでいちども洗ってません。まだ、血の匂いが、鉄っぽい臭いがあるんです」
0
ご愛読ありがとうございます!Twitterやってます。できれば友達に……。→https://twitter.com/kukuku3104
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる