ピアノの家のふたりの姉妹

九重智

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第三章

第四十三話

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 高校のとき、イージという友人がいました。たぶん、そのころの僕にとってもっとも親しい友人だったと思います。といっても、別に蜜月の仲ではありません。僕にはそんなに深く親愛できる友人なんていませんでした。……いつでも見捨てれるようにしているんですよ。姑息な処世術です。無意識な自衛的殺人なんです。

 イージは、魅力的な男でした。男? どうなんでしょう。男と言い切ってしまえば彼は怒るかもしれません。いや実際のところ、彼の性自認については誰も知るところはなかったのですが。

 彼の喋り方はすこし変わっていました。言葉を悪くすればオネエ的というか、女性のような口調で、彼はそのことで得も損もしていたように思います。彼の性格自体はあっけらかんとして、むしろ男らしいものでした。それだから、男子の友人はすくないものの、女子の友人は多く、比較的慕われていたほうだと思います。

 イージは、深く広い、夜の海のような眼をしていました。どちらかというとしっかりと結ばれた口なんですが、いつも口あけて笑うせいで、そのピンクと黒の大穴のほうが印象に残っています。そうです、イージはよく笑うやつでした。『ケセラセラ』というのが彼の座右の銘で、そのとおりに見える人でした。僕は彼のそういうところが気に入っていました。人間の意志から発せられるコミカルさは、強靭な肉体よりも強靭的なのです。

 しかしイージは亡くなりました。誰もいない家でひとりきり、マンションの屋上から飛び降りました。自殺です。理由はわかりません。いえ、おそらくわかっているのを、家族の人たちは教えませんでした。

 僕と数人の女友達は葬式に参列しました。もちろん、僕らはいまだにショックで、頭のなかでは悲哀を種にした巨大な疑問が行き止まりの表札のように立てられていました。しかし誰もイージの死を口にしません。みな無口に、哀しむだけ哀しんで、他人から見れば誰が死んだのかわからない葬式でした。

 そんな葬式も終わって、また平穏な日々がやってきました。……平穏、そう平穏なんです。世界はイージが亡くなっても残酷なまでに平穏でした。電車も止まらなければ、ニュースも代り映えもない遠い世界のことばかり喋ってます。身近にこんな大きなことが起こったのに。

 そしてもうひとつ残酷なのが、僕が彼の死について考えるのをやめたことです。葬式のあと、僕はイージの死について、もうゴミ箱に捨てたように想像さえもしませんでした。そのくせ、一か月のあと、僕はふざけた安直な親切心から、イージの家に訪れました。

 イージの家には両親がでかけていて、インターホンを押すと、かわりに中学生の妹がでました。妹がでて、僕は微笑みをしました。やはり薄情です。その微笑みが悲嘆に見えるとわかってしているのですから。
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