23 / 62
第二章
第二十三話
しおりを挟む
三船家が空港に着いたとき、夏樹が迎えにきてくれた。秋子にしてみれば、それまでのおあずけの時間が切れ、夢にまで見た幸福の日々の到来のはずだが、しかしはっきりと意識できなかった。というのも夏樹の顔が、どことなく青白く見えるのである。あの褐色のいい、優しい肌が。
「ここに来てから飲み会ばかりでね。もういつのときの酔いなのかわからないのさ」
夏樹はそんなことをいった。照明のせいかもしれない、と秋子は思った。東京のものとは違って、ここの空港は控え目な光度だった。
ホテルでチェックインを済ませると、ふたりは海へ向かった。ホテルは海に隣接していたので歩いていく。海岸までは十分もかからなかった。丘を下り、林のなかの細道を抜けると砂浜が広がっている。
秋子は自然と感嘆が湧いた。サファイアブルーの海面は水平線までつづいて、波打ち際のあたりになると透明になり、砂浜との境目がわからなくなった。太陽が熱射を浴びせ、砂の一粒々々を温めている。秋子は雄弁な自然を感じた。太陽が間近で、海が語りかけていた。革靴の雑踏の音も、信号機の人工音声も、電光掲示板の広告もなかった。あるのは波音と砂の擦れ、それと風によって乱れる葉の揺らぎだけだった。
秋子は振り返って夏樹を見た。幾度も眺めた白シャツとベージュの短パン姿が新鮮で、そのせいか空港で青白く見えた肌も、すっかり田舎のものにもどっていた。
『やっぱりこの人はここで生まれ育ったんだわ。この自然で、この寛容な、晴れやかで伸びやかな幸せのもとで生きていた。ああ、なんて羨ましいんでしょう! いや羨ましがられるのはわたしのほうだわ。この自然に見合う人なんてそういないんだから』
秋子は明らかに高ぶっていた。それだから夏樹の、「ここは観光用の海だよ」とか、「僕のいた海はもうすこしゴミとかもあって」とかの水を差した呟きを聞いていなかった。
『ここにいるあいだ、毎日ここを訪れましょう。明日は雪ちゃんを連れて、明後日は母さんと父さんを連れて。きっとみんなびっくりするわ。びっくりしてあと一週間ぐらいここにいれないものかしら』
しばらくふたりは海岸線を歩いた。秋子は海側をいって、小波がサンダルを濡らすのがどうしようもなくおもしろかった。濡れるたびにはしゃぐ恋人を見て夏樹も笑った。しかし作り笑いかもしれなかった。夏樹自身もそれがどういう起因から生じたものかわからない。けれども秋子はそれを微笑みだと信じきっていた。快晴の日に、雷雨のことが想像できないように。
夜になると秋子らは長谷川家で食事をとった。豚足などの島風な甘じょっぱい料理は秋子の好みではなかったが、中々の量を食べた。酒も飲んだ。夏樹の祖父がハブ酒を持ってきて、その物々しい瓶に秋子は面食らった。闘牛のビデオも観させてもらった。姉妹がピアノを弾けるときいて、親戚の一人が電子ピアノを持ってきた。はじめに雪子が弾いて、次に秋子が弾いた。秋子の演奏のとき、若い従兄が踊りだした。秋子はピアノに合わせて踊る人など初めて見たから何ともできず微笑んでいると、つづく人がまたあらわれた。そのうち囃しや手拍子が大きくなった。ピアノは聴こえなくなり、ついに秋子も手拍子に加わった。一晩中そういう騒々しさがつづいた。
「ここに来てから飲み会ばかりでね。もういつのときの酔いなのかわからないのさ」
夏樹はそんなことをいった。照明のせいかもしれない、と秋子は思った。東京のものとは違って、ここの空港は控え目な光度だった。
ホテルでチェックインを済ませると、ふたりは海へ向かった。ホテルは海に隣接していたので歩いていく。海岸までは十分もかからなかった。丘を下り、林のなかの細道を抜けると砂浜が広がっている。
秋子は自然と感嘆が湧いた。サファイアブルーの海面は水平線までつづいて、波打ち際のあたりになると透明になり、砂浜との境目がわからなくなった。太陽が熱射を浴びせ、砂の一粒々々を温めている。秋子は雄弁な自然を感じた。太陽が間近で、海が語りかけていた。革靴の雑踏の音も、信号機の人工音声も、電光掲示板の広告もなかった。あるのは波音と砂の擦れ、それと風によって乱れる葉の揺らぎだけだった。
秋子は振り返って夏樹を見た。幾度も眺めた白シャツとベージュの短パン姿が新鮮で、そのせいか空港で青白く見えた肌も、すっかり田舎のものにもどっていた。
『やっぱりこの人はここで生まれ育ったんだわ。この自然で、この寛容な、晴れやかで伸びやかな幸せのもとで生きていた。ああ、なんて羨ましいんでしょう! いや羨ましがられるのはわたしのほうだわ。この自然に見合う人なんてそういないんだから』
秋子は明らかに高ぶっていた。それだから夏樹の、「ここは観光用の海だよ」とか、「僕のいた海はもうすこしゴミとかもあって」とかの水を差した呟きを聞いていなかった。
『ここにいるあいだ、毎日ここを訪れましょう。明日は雪ちゃんを連れて、明後日は母さんと父さんを連れて。きっとみんなびっくりするわ。びっくりしてあと一週間ぐらいここにいれないものかしら』
しばらくふたりは海岸線を歩いた。秋子は海側をいって、小波がサンダルを濡らすのがどうしようもなくおもしろかった。濡れるたびにはしゃぐ恋人を見て夏樹も笑った。しかし作り笑いかもしれなかった。夏樹自身もそれがどういう起因から生じたものかわからない。けれども秋子はそれを微笑みだと信じきっていた。快晴の日に、雷雨のことが想像できないように。
夜になると秋子らは長谷川家で食事をとった。豚足などの島風な甘じょっぱい料理は秋子の好みではなかったが、中々の量を食べた。酒も飲んだ。夏樹の祖父がハブ酒を持ってきて、その物々しい瓶に秋子は面食らった。闘牛のビデオも観させてもらった。姉妹がピアノを弾けるときいて、親戚の一人が電子ピアノを持ってきた。はじめに雪子が弾いて、次に秋子が弾いた。秋子の演奏のとき、若い従兄が踊りだした。秋子はピアノに合わせて踊る人など初めて見たから何ともできず微笑んでいると、つづく人がまたあらわれた。そのうち囃しや手拍子が大きくなった。ピアノは聴こえなくなり、ついに秋子も手拍子に加わった。一晩中そういう騒々しさがつづいた。
0
ご愛読ありがとうございます!Twitterやってます。できれば友達に……。→https://twitter.com/kukuku3104
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる