ピアノの家のふたりの姉妹

九重智

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第二章

第二十三話

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 三船家が空港に着いたとき、夏樹が迎えにきてくれた。秋子にしてみれば、それまでのおあずけの時間が切れ、夢にまで見た幸福の日々の到来のはずだが、しかしはっきりと意識できなかった。というのも夏樹の顔が、どことなく青白く見えるのである。あの褐色のいい、優しい肌が。

「ここに来てから飲み会ばかりでね。もういつのときの酔いなのかわからないのさ」

 夏樹はそんなことをいった。照明のせいかもしれない、と秋子は思った。東京のものとは違って、ここの空港は控え目な光度だった。

 ホテルでチェックインを済ませると、ふたりは海へ向かった。ホテルは海に隣接していたので歩いていく。海岸までは十分もかからなかった。丘を下り、林のなかの細道を抜けると砂浜が広がっている。

 秋子は自然と感嘆が湧いた。サファイアブルーの海面は水平線までつづいて、波打ち際のあたりになると透明になり、砂浜との境目がわからなくなった。太陽が熱射を浴びせ、砂の一粒々々を温めている。秋子は雄弁な自然を感じた。太陽が間近で、海が語りかけていた。革靴の雑踏の音も、信号機の人工音声も、電光掲示板の広告もなかった。あるのは波音と砂の擦れ、それと風によって乱れる葉の揺らぎだけだった。

 秋子は振り返って夏樹を見た。幾度も眺めた白シャツとベージュの短パン姿が新鮮で、そのせいか空港で青白く見えた肌も、すっかり田舎のものにもどっていた。

『やっぱりこの人はここで生まれ育ったんだわ。この自然で、この寛容な、晴れやかで伸びやかな幸せのもとで生きていた。ああ、なんて羨ましいんでしょう! いや羨ましがられるのはわたしのほうだわ。この自然に見合う人なんてそういないんだから』

 秋子は明らかに高ぶっていた。それだから夏樹の、「ここは観光用の海だよ」とか、「僕のいた海はもうすこしゴミとかもあって」とかの水を差した呟きを聞いていなかった。

『ここにいるあいだ、毎日ここを訪れましょう。明日は雪ちゃんを連れて、明後日は母さんと父さんを連れて。きっとみんなびっくりするわ。びっくりしてあと一週間ぐらいここにいれないものかしら』

 しばらくふたりは海岸線を歩いた。秋子は海側をいって、小波がサンダルを濡らすのがどうしようもなくおもしろかった。濡れるたびにはしゃぐ恋人を見て夏樹も笑った。しかし作り笑いかもしれなかった。夏樹自身もそれがどういう起因から生じたものかわからない。けれども秋子はそれを微笑みだと信じきっていた。快晴の日に、雷雨のことが想像できないように。

 夜になると秋子らは長谷川家で食事をとった。豚足などの島風な甘じょっぱい料理は秋子の好みではなかったが、中々の量を食べた。酒も飲んだ。夏樹の祖父がハブ酒を持ってきて、その物々しい瓶に秋子は面食らった。闘牛のビデオも観させてもらった。姉妹がピアノを弾けるときいて、親戚の一人が電子ピアノを持ってきた。はじめに雪子が弾いて、次に秋子が弾いた。秋子の演奏のとき、若い従兄が踊りだした。秋子はピアノに合わせて踊る人など初めて見たから何ともできず微笑んでいると、つづく人がまたあらわれた。そのうち囃しや手拍子が大きくなった。ピアノは聴こえなくなり、ついに秋子も手拍子に加わった。一晩中そういう騒々しさがつづいた。
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