16 / 62
第二章
第十六話
しおりを挟む
夏樹は高校卒業してすぐ、同郷の仲間うちで煙草を吸った。それはある種の別れの盃のつもりで、夏樹含め四人のうち三人が島外に出る彼らはその儀式が腐らない果実のような、永久に青々しい意味をもつと思っていた。
仲間たちのなかでもっとも縁遠い土地にいく夏樹は、集合場所の海岸にいちばんはやく着き、親父からくすねたウィンストンの一ミリをポケットのなかで転がしながら、堤防から海と村とを交互に眺めた。
村には(これを町だとは口が裂けても夏樹はいえなかった)、廃屋のような家とその隣にある雑草の群生した空き地とセットになり、ぽつりぽつりと、しかし島としてはたしかに集落としてかたまっている。それはあたかも怯えて、頭を抱えながらしゃがむ子供の小集団に見えた。彼らは、いったい何に怯えているのだろう。背後の海からやってくる台風だろうか、それともまったく別の、人為的な何かだろうか。いずれにせよ夏樹はじんわりと、けれども耐えがたく、情けなかった。
このころの夏樹には、雑草根性じみた都会に対する恨みがあった。それは名家出身のプライドも起因していたかもしれない。オープンキャンパスでしか都会の地を踏んでいない夏樹はその恨みが永く々々続いて、はっきりと彼の見た目にもわかるようになり、そしていつかあの漁師のような風貌をもつと思っていた。険しい眉間、力強い二の腕、白髭の茂った顎、年老いた英雄……。
仲間が来た。そのうちの鹿児島の本土に出る奴が握ったこぶしをひらいて見せた。
「こいよお、親父が机んうえでほっぽってたからよ、もってきてやった」
それはジッポライターだった。夏樹らはその無骨な銀の輝きに色めきあい、次々にその仲間を褒めた。
「ジッポなんちお前ん親父もっとんたんか!」
「イカすなあ。わっぜかっこよか」
「せっかくのやからこいで点けよち思って」
「ファインプレーや、ファインプレー!」
ジッポをもってきた仲間は周りの歓喜に照れて、日焼けした顔が耳まで赤くなった。それを見て夏樹が小突くとまたみな笑った。みな笑ったが、何処かからからとした乾きがある。その乾きがどこから訪れたものか、夏樹はわからなかった。
夏樹たちはしばらく海岸線を歩きながら話した。しかし何を話したのか、夏樹はおぼえていない。およそそれは仲間たちも同様で、彼らは儀式の前の名残惜しさだけで口を動かしていた。
陽が落ちると、彼らは堤防越しに村から隠れるようにしてしゃがみ、着火されたジッポを見つめた。大口から解き放たれた火は、彼らの口に出さない興奮を発散させ、微妙に長さと白紙の濃さがちがう四本でその火をわかちあった。夏樹は茫漠と、利便性とコンクリートにあぐらをかいた軟弱な人間を思い描いた。そして胸のうちで、あの脂肪と眼鏡と傲慢な顔を、この大火で燃やし尽くした。
点火された四本の煙草はそれぞれに離散し、彼らを照らすのは手先の小さな灯だけとなった。疎らな蛍のようなそれは、次第に静まり、命を絶った。
哀しいかな、夏樹の決意は一年も足らずに頓挫した。とくべつの事件があったわけではない。ただ彼の、島から持ってきた卑屈でぎらついたものは、塩が水に溶けるようにほだされた。あるとき青年は、都会の人間も島とそれほど変わりがないように思えた。どだい悪人なんておらず、大まかに見ればそれほどの差異はない。都会の入道雲が島のものと似ていると感じたとき、夏樹はとっくに煙草をやめていた。
仲間たちのなかでもっとも縁遠い土地にいく夏樹は、集合場所の海岸にいちばんはやく着き、親父からくすねたウィンストンの一ミリをポケットのなかで転がしながら、堤防から海と村とを交互に眺めた。
村には(これを町だとは口が裂けても夏樹はいえなかった)、廃屋のような家とその隣にある雑草の群生した空き地とセットになり、ぽつりぽつりと、しかし島としてはたしかに集落としてかたまっている。それはあたかも怯えて、頭を抱えながらしゃがむ子供の小集団に見えた。彼らは、いったい何に怯えているのだろう。背後の海からやってくる台風だろうか、それともまったく別の、人為的な何かだろうか。いずれにせよ夏樹はじんわりと、けれども耐えがたく、情けなかった。
このころの夏樹には、雑草根性じみた都会に対する恨みがあった。それは名家出身のプライドも起因していたかもしれない。オープンキャンパスでしか都会の地を踏んでいない夏樹はその恨みが永く々々続いて、はっきりと彼の見た目にもわかるようになり、そしていつかあの漁師のような風貌をもつと思っていた。険しい眉間、力強い二の腕、白髭の茂った顎、年老いた英雄……。
仲間が来た。そのうちの鹿児島の本土に出る奴が握ったこぶしをひらいて見せた。
「こいよお、親父が机んうえでほっぽってたからよ、もってきてやった」
それはジッポライターだった。夏樹らはその無骨な銀の輝きに色めきあい、次々にその仲間を褒めた。
「ジッポなんちお前ん親父もっとんたんか!」
「イカすなあ。わっぜかっこよか」
「せっかくのやからこいで点けよち思って」
「ファインプレーや、ファインプレー!」
ジッポをもってきた仲間は周りの歓喜に照れて、日焼けした顔が耳まで赤くなった。それを見て夏樹が小突くとまたみな笑った。みな笑ったが、何処かからからとした乾きがある。その乾きがどこから訪れたものか、夏樹はわからなかった。
夏樹たちはしばらく海岸線を歩きながら話した。しかし何を話したのか、夏樹はおぼえていない。およそそれは仲間たちも同様で、彼らは儀式の前の名残惜しさだけで口を動かしていた。
陽が落ちると、彼らは堤防越しに村から隠れるようにしてしゃがみ、着火されたジッポを見つめた。大口から解き放たれた火は、彼らの口に出さない興奮を発散させ、微妙に長さと白紙の濃さがちがう四本でその火をわかちあった。夏樹は茫漠と、利便性とコンクリートにあぐらをかいた軟弱な人間を思い描いた。そして胸のうちで、あの脂肪と眼鏡と傲慢な顔を、この大火で燃やし尽くした。
点火された四本の煙草はそれぞれに離散し、彼らを照らすのは手先の小さな灯だけとなった。疎らな蛍のようなそれは、次第に静まり、命を絶った。
哀しいかな、夏樹の決意は一年も足らずに頓挫した。とくべつの事件があったわけではない。ただ彼の、島から持ってきた卑屈でぎらついたものは、塩が水に溶けるようにほだされた。あるとき青年は、都会の人間も島とそれほど変わりがないように思えた。どだい悪人なんておらず、大まかに見ればそれほどの差異はない。都会の入道雲が島のものと似ていると感じたとき、夏樹はとっくに煙草をやめていた。
0
ご愛読ありがとうございます!Twitterやってます。できれば友達に……。→https://twitter.com/kukuku3104
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる