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第十章 3月
委員長からの手紙
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興奮冷めやらぬメンバーが会議室から次々と出ていく。廊下の端で、ようやく紀美は遅れて来たミドリコをつかまえた。
周りを見渡して、誰も聞いていないのを確認してからそっと訊ねる。
「なぜ山田先生が、あやしいと? どこで気づいたんですか」
ミドリコは最初
「切り方が」
そう一言答えただけだった。
「切り方?」
まだ理解できなかった紀美に、ミドリコは仕方ない人ね、という笑い方でこう種明かしをしてくれた。
「山田先生が、『預かった分です』と持ってきてくださったサンマークの中に、委員長が指示された独特の切り方のものが、混じってましたの。カップスープの半円を、わざわざ五ミリの場所で四角く揃えたり、他にも……」
ミドリコは呆れたように続けた。
「あんなヘンな揃え方、委員長でなければ、どなたがされるんでしょう? たまに仕分け前のマークをブツクサ言いながら切りそろえてたりされてたから……」
雨はすっかり上がっていた。
昇降口を出たあたり、いよいよ解散という場になって、
「来年度の責任者」
ミドリコが唐突に口をきった。
「決める必要がありますね、みなさま、どうされるおつもり?」
ミドリコの質問に、
「どうされるおつもり? ってマジ訊いてんの? ソレ」
フジコがあきれたように笑う。
「ウチは続けるさ、あったりまえよ」
そう胸を張るフジコに、
「では委員長は松江さんで?」
ミドリコが訊ねると、フジコは澄まして
「いや、ウチがやると学校破壊しかねないんで、来年は春日ちゃん」
びっ、と春日に指をつきつける。目を白黒させながらも春日は
「カ、カスガちゃん、え? まあ、はいそれでは」
しどろもどろになりながらも、承諾した。
抜けたいというメンバーは、ひとりもいなかった。
その様子を笑顔で眺めていたミドリコ、そうそう、とバッグから封筒の束を取り出す。
「みなさまお一人ずつに、お手紙を言付かっておりますの」
はい、とカラフルな封書を一人ひとりに手渡す。
紀美は、名前のせいなのか玉子の黄味に似た明るい色の封筒だった。
可愛い文字で『紀美さんへ』とある。
裏には、『成島洋乃』とあった。
『紀美さん、この一年ほんとうにお疲れさまでした。
こんな形で、さっさとリタイアしてしまったの、許してください。
でも人生までリタイアしたわけではないから、ご安心を。
たぶん、教頭に止められてもどこかで活動するかもしれないから、今のうちに言っておくね。
チクワと冷凍食品、間違えないように!
案外ぶきっちょなのは私と似ているよね。セロハンテープは長く出しすぎないように。
それからフジッピとかファミレドのおむすびのマークをテープに貼り付ける時は、必ず表をテープに密着させること。ビニールが二重になっていて、気づいたら肝心のマークが取れてる、ってことになりやすいから。
時間が経つとスティックのりで貼ったビニールは剥がれやすいのも注意。
つまらないことに、夢中になってるなあ、って思ってる? まだ。
その、つまらないことだという気持ちも、忘れないでね。
もちろん、いつでも辞めたくなったらすぐにやめること。遠く離れても、今までやったことがどこかで、きっと役に立つと信じています。
もし続けるのならば、色んなこと、のめり込み過ぎて前が見えなくならないように。先輩たちに、ちゃんとブレーキかけてやってね。
ブレーキと言えば、実は、離任式にはどうしても行くと言ったらあのインケンなダンナに止められて、少し揉めました。
(『嵐が襲ったのです』とつい春日のナレーションが脳内再生され、紀美はくすりと笑う。)
オマエは仲間が信用できないのか、と怒られました。それよか、じっくり病気を治すのが今の優先課題だろう? と。少しずつでいいから、今やることをやり続けろ、と。
ま、ブレーキもだいじ。サンキューだんな(笑)
何か、サンマーク活動にも通じるんじゃね? とマジメに思った私、やっぱりサンマーク愛に満ち溢れてると思うよね? 思わないか。
ここから離れた大きな病院に紹介状をもらうので、ちょっと本格的にナルシマヒロノ強化計画を立てる予定です。
長くなりそうですが、必ず、戻ってくるからね。
紀美さん参加してくれたこと、うれしかった。本当にありがとう。
たくさんの良いことがありますように! ひとつひとつじっくり数えようね。
ひろの』
封筒の中に、何かまだ入っている。
四角い硬い紙片、紀美は指先でつまみ上げた。
そこに入っていたのは、一〇番ハギラップの、1.5点マークだった。
几帳面に四角く、回り五ミリの余地をもって切り取られ、裏に小さく、『お守り』と書かれていた。
学校から出て少し行ってから、
「紀美さーん」
遠くから、懐かしい呼び声が聞こえた。
はっとふり返ったが、誰もいない。
空はようやく灰色の雲が切れ、所どころ淡い色の空がのぞいていた。
委員長の声かと思った。紀美はしばし、ぼんやりとその場に佇み
「あっ」ひとり叫んで、学校に駈け戻る。
昇降口に傘を忘れてきたのに気づいたのだった。
周りを見渡して、誰も聞いていないのを確認してからそっと訊ねる。
「なぜ山田先生が、あやしいと? どこで気づいたんですか」
ミドリコは最初
「切り方が」
そう一言答えただけだった。
「切り方?」
まだ理解できなかった紀美に、ミドリコは仕方ない人ね、という笑い方でこう種明かしをしてくれた。
「山田先生が、『預かった分です』と持ってきてくださったサンマークの中に、委員長が指示された独特の切り方のものが、混じってましたの。カップスープの半円を、わざわざ五ミリの場所で四角く揃えたり、他にも……」
ミドリコは呆れたように続けた。
「あんなヘンな揃え方、委員長でなければ、どなたがされるんでしょう? たまに仕分け前のマークをブツクサ言いながら切りそろえてたりされてたから……」
雨はすっかり上がっていた。
昇降口を出たあたり、いよいよ解散という場になって、
「来年度の責任者」
ミドリコが唐突に口をきった。
「決める必要がありますね、みなさま、どうされるおつもり?」
ミドリコの質問に、
「どうされるおつもり? ってマジ訊いてんの? ソレ」
フジコがあきれたように笑う。
「ウチは続けるさ、あったりまえよ」
そう胸を張るフジコに、
「では委員長は松江さんで?」
ミドリコが訊ねると、フジコは澄まして
「いや、ウチがやると学校破壊しかねないんで、来年は春日ちゃん」
びっ、と春日に指をつきつける。目を白黒させながらも春日は
「カ、カスガちゃん、え? まあ、はいそれでは」
しどろもどろになりながらも、承諾した。
抜けたいというメンバーは、ひとりもいなかった。
その様子を笑顔で眺めていたミドリコ、そうそう、とバッグから封筒の束を取り出す。
「みなさまお一人ずつに、お手紙を言付かっておりますの」
はい、とカラフルな封書を一人ひとりに手渡す。
紀美は、名前のせいなのか玉子の黄味に似た明るい色の封筒だった。
可愛い文字で『紀美さんへ』とある。
裏には、『成島洋乃』とあった。
『紀美さん、この一年ほんとうにお疲れさまでした。
こんな形で、さっさとリタイアしてしまったの、許してください。
でも人生までリタイアしたわけではないから、ご安心を。
たぶん、教頭に止められてもどこかで活動するかもしれないから、今のうちに言っておくね。
チクワと冷凍食品、間違えないように!
案外ぶきっちょなのは私と似ているよね。セロハンテープは長く出しすぎないように。
それからフジッピとかファミレドのおむすびのマークをテープに貼り付ける時は、必ず表をテープに密着させること。ビニールが二重になっていて、気づいたら肝心のマークが取れてる、ってことになりやすいから。
時間が経つとスティックのりで貼ったビニールは剥がれやすいのも注意。
つまらないことに、夢中になってるなあ、って思ってる? まだ。
その、つまらないことだという気持ちも、忘れないでね。
もちろん、いつでも辞めたくなったらすぐにやめること。遠く離れても、今までやったことがどこかで、きっと役に立つと信じています。
もし続けるのならば、色んなこと、のめり込み過ぎて前が見えなくならないように。先輩たちに、ちゃんとブレーキかけてやってね。
ブレーキと言えば、実は、離任式にはどうしても行くと言ったらあのインケンなダンナに止められて、少し揉めました。
(『嵐が襲ったのです』とつい春日のナレーションが脳内再生され、紀美はくすりと笑う。)
オマエは仲間が信用できないのか、と怒られました。それよか、じっくり病気を治すのが今の優先課題だろう? と。少しずつでいいから、今やることをやり続けろ、と。
ま、ブレーキもだいじ。サンキューだんな(笑)
何か、サンマーク活動にも通じるんじゃね? とマジメに思った私、やっぱりサンマーク愛に満ち溢れてると思うよね? 思わないか。
ここから離れた大きな病院に紹介状をもらうので、ちょっと本格的にナルシマヒロノ強化計画を立てる予定です。
長くなりそうですが、必ず、戻ってくるからね。
紀美さん参加してくれたこと、うれしかった。本当にありがとう。
たくさんの良いことがありますように! ひとつひとつじっくり数えようね。
ひろの』
封筒の中に、何かまだ入っている。
四角い硬い紙片、紀美は指先でつまみ上げた。
そこに入っていたのは、一〇番ハギラップの、1.5点マークだった。
几帳面に四角く、回り五ミリの余地をもって切り取られ、裏に小さく、『お守り』と書かれていた。
学校から出て少し行ってから、
「紀美さーん」
遠くから、懐かしい呼び声が聞こえた。
はっとふり返ったが、誰もいない。
空はようやく灰色の雲が切れ、所どころ淡い色の空がのぞいていた。
委員長の声かと思った。紀美はしばし、ぼんやりとその場に佇み
「あっ」ひとり叫んで、学校に駈け戻る。
昇降口に傘を忘れてきたのに気づいたのだった。
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