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第十章 3月

卒業式と成島大輝とその叔父

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 卒業式の三月二十日は、穏やかに晴れていた。
 ひとりひとりの児童の名前が、高らかに読み上げられ、そのたびに、それぞれの想いをこめた「はい」の声が応える。
 ミドリコに招待された紀美、新調した濃い目のクリ―ム色のスーツに身を包み、なぜか慣れない来賓席の末端に座っていた。
 他のサンマークメンバーも呼ばれている。
 皆、あまり見慣れないフォーマルな服装で、ちらりと横目で眺めただけでも、とても珍しい見世物を見ているようだった。
 まあ、自分もそう思われているだろうが。
 どうにも居心地はよくない。
 それでも、と、背筋を伸ばす。

 今日は、大切な日。
 たくさんの子どもらの巣立つ日。そして、
 たいせつなふたりとのさよならの日だ。

 式典もつつがなく終了し、紀美らは卒業生と保護者を見送るため、通路に並んでいた。
 脇には、これも珍しい正装のエミリとフジコ。エミリは黒の上下だが、いつものジーンズではなくAラインのスカート、フジコもきりっとした濃紺のパンツスーツだ。
 伊藤はやっぱりアイドルじみた、ピンクの上下。しかし年甲斐もなく似合っている。
「おめでとう!」
 どこか遠くからの歓声が紀美の元にも届いた。歓声の波は徐々に近づいてくる。
 卒業生と保護者とが、在校生のアーチをくぐってこちらに向かってきた。
 半円状の棒に花飾りがついているものを向い合せに立って捧げてずらりと並び、その中を卒業生が通り抜けてゆくのだ。
 紀美も、渡されたワイヤーのゲートを掲げる。向こう端を伊藤が持った。
 次々と通り抜ける顔はどれも恥ずかしげでもあり、誇らしげでもあり、小学校最後の感慨に満ちている。
 ルイもいずれは、こうして卒業して行くのだ。
 その時にゲートを掲げて迎えてくれるのは、誰だろう?
 その中にまだ、サンマークのメンバーも誰か、いるのだろうか?

 二十日までには、後期以降の検収結果はまだひとつも学校に届いていなかった。

 三々五々集う中、校庭端、赤松の木の下で、サンマークのメンバーは何となく集っていた。
 ミドリコの娘、美波子も皆から祝いの言葉を浴び、頬を染めている。
 やはり縦ロールの、見目うるわしい少女に、
「ほら、襟が曲がってましてよ」
 と、ミドリコはひとりの母親に返って、なにくれとなく声をかけている。
「結局、来年はもうこうして集まれないのかなあ」
 伊藤のため息まじりのことばに、ミドリコが
「いえ」誰かにもらったらしい、赤い薔薇の花束を抱えて笑う。
「三十日の離任式までは、まだ勝敗は決まっておりませんことよ。学校事務も三十日まではやっていると伺っておりますので」
「うわっ延ばす、のばしてくる学校サイド」
 サップグリーンのかちりとしたスーツに身を包んだ春日がまた、うめいている。
「胃に悪いわー」
「委員長、やっぱりおいでになってなかったみたいですねー」
 のびあがりながら、伊藤がキョロキョロしている。
 メンバーは皆、朝早く、一斉メールをもらっていた。
『今日に合わせてきたつもりでしたが、昨夜から少し熱が出て、念のため今日は欠席の予定です。でも、離任式には行けるようがんばるので! よろしく』
「大輝くんには、誰がついたんでしょうねー」
 春日もキョロキョロしている。
「パパも海外出張中だって、おっしゃってまし。アーチはひとりでくぐってましたよねー」
 そこに、「ゔ」伊藤の表情がこわばる。
「なんでアイツが」
 なぜか、スーツ姿の東海林がまっすぐこちらに向かってきた。後ろにもうひとり、誰か子どもを連れているようだが、大柄な東海林の影に入るようにしていて、よく見えない。
 東海林はと言えば、いつもの黒ジャージを見慣れているせいか、しごくまっとうな好青年じみている。
「美波子、お友だちがあちらに」
 ミドリコは、持っていた薔薇の花束を卒業生の娘に渡し、そのままクラスメイトの方に送り出す。美奈子は素直に、クラスメイトの元に走っていった。
 入れ替わり、やって来た東海林はいつになく、緊張した面持ちだった。
「あ、神谷さん」
 まず、ミドリコに向かい、堅苦しく頭を下げる。
「美波子さん、ご卒業、おめでとうございます」
 いえどうも、とミドリコは頭を下げてから、東海林の影に隠れるように立っていた少年に、優しく笑いかけた。
「大輝くんも、おめでとう」
 呼びかけられた少年は、あの、どうも、と頭を下げる。
 顔立ちを見て、紀美もすぐに察した。委員長の息子の大輝らしい。
 じっくり見たのは初めてだった。はっきりした目元が確かに、委員長そっくりだ。
 しかし、様子が変だった。
 大輝は何か言いたそうに、あの、と言いかけて東海林の方を見上げる。
 東海林は、うん、と彼に大きくうなずいてから、皆に向かってこう言った。
「僕の甥っこなんです……今までおおっぴらには言ってなかったんですが」
 伊藤は大きくのけぞっている。
 春日もフジコも、エミリですら初耳だったようだ。もちろん紀美も。しかし
「今日は、保護者としてご臨席なのですか?」
 ミドリコの言葉に、ようやく紀美も『みっちゃん』の正体を知った。
「はあ、姉の代理で」
 東海林光浩は頭を掻いた。せっかく整えたらしき髪が少し乱れる。

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