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第六章 11月
水面下のミドリコ
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フジコとエミリ、そして時おり紀美が入り、使用済みカートリッジの箱詰め作業が急ピッチで進められた。
「おいおいエミリ、ちょい待ちぃ」
フジコの罵声が飛ぶ。
「純正品じゃねえよ、それ。捨てて捨てて」
エミリがのろのろと拾い上げる。紀美もぎくりとして手を止めた。
「えー、メーカー名が書いてあるけど」
「書いてあっても純正品じゃないんだよ、そりゃ。カウントされねえんだって」
紀美も、いくつか箱に詰めてしまった気がする。あわてて該当の製品をつまみ出した。
「オメエもかよ、ったく、ド……」
言いかけて、ぴたりと口をつぐんだ。
紀美がうかがう限り、それほど機嫌は悪くなさそうだ。
「そーゆーヒッカケ問題みたいなの、近ごろ結構多いんだよ、汚ねえんだよなぁ」
そう言うと腕まくりをし直し、作業の続きにとりかかっている。
少し元気になってきたようだ。それに、紀美に対してもだが、以前はよく
「ドンくさいなあオメエは相変わらず」
と情け容赦なく罵倒していたエミリに対しても、やや遠慮がちになったような気がする。
洋二郎の件で、エミリが周りに「あの子はいい子だから信じている」と言いまわっているのが、どこかで伝わったのかも知れない。
十一月の三週目、カートリッジ発送が済んだ。
キャプソン三箱、エノン二箱が次々と事務室に運び込まれた時に、事務長の三宅が
「わぁ」と思わず歓声を上げた。
それから、あたりをそっと見回してから、運んできたメンバーに
「がんばってくださいね」
と、声を潜めて、胸の前で小さくサムアップしてみせた。
学校職員の間にも、サンマークの騒ぎは話題になっていたようだ。
そして職員の中にも、控えめながらも、応援の声は少しずつ広がっていたようだ。
活動日にやって来たメンバーを見つけて、走り寄って小さな封筒を手渡す若い女性教師もいた。
「なんかさぁ……」受け取った春日は妙に照れながら言う。
「こうゆうジャンルの恋愛ものみたいで、うれしはずかしだわー」
十一月の最終週。
「まーたカートリッジが出てきたよ、もう発送しちまったのにさ」
フジコが肩に箱を載せて、印刷室から帰ってきた。
「ま、来年に回せばいいんだけどさ」
春日が眼鏡の縁を押し上げる。
「フジコさん、来年もやる気?」
「フジコさん、来年もやる気~」
フジコは春日の真似をして復唱する。すっかりいつもの元気が戻っている。
ちょうど、前期の検収結果が届いたばかりだった。
集計は、さすが委員長とミドリコの監修が入っていたおかげか、間違いは0だった。
「サンマーク残高は、正式に二十七万飛んで九二三点、となりました」
春日が噛みしめるように、皆に宣言する。
いっせいに拍手が沸いた。
メンバー総出で、追い込み作業に入っている時、
「お疲れさまでーす」
ヤマダが入ってきた。手に膨らんだ茶封筒を持っている。
伊藤がすぐに出迎えた。
ヤマダが「これ」と差し出す茶封筒を、やだ~~! と大げさに驚いて受け取る。
「どうしたんですか? こんなに!」
テーブルに開けてみると、サンマークがどっさりと出てきた。
あんがい奇麗に切られているものが多い。
「前にね、スーパーに持ち込んでいた人が近所にいて、その人から預かりまして」
「ありがとうございますー!」
「なんか、この部屋すっきりしちゃいましたね~」
ヤマダは周囲を見渡しながら言う。
「前にたくさん、ビニールの袋に入れて、マーク積んでありましたよねー」
「ああ、仕分け前のやつ」伊藤が無邪気に答える。
「副委員長が決めたんです。作業室に置きっ放しにするの、止めたんですよ。仕分けしたのも全部。だって」
テーブルの上のマークを仕分け前の箱に集めていたミドリコが、急に割って入った。
「そうなんです、もうじき作業もひと区切りつくし、来年はどうなるか分らないので、いったん片付けに入った方が、よろしいかと」
ヤマダに向き直って、丁寧にお辞儀をする。
「本当に、ありがとうございます。ご近所の方にもよろしくお伝えくださいまし」
「ボクも、応援してますから」
ヤマダが爽やかにそう言い残し、作業室から去っていく。
はあ~、やっぱりカッコイイわぁヤマダ先生、伊藤が頬に手を当ててそうつぶやき、
「ですよねー」
そうふり向いた時、ミドリコの様子にふと、真顔に戻る。
「どしたんですか?」
ミドリコは、たった今ヤマダから届けられ、箱に入れたサンマークを細い指で軽くかき混ぜ、真剣な表情でじっと見つめている。
「……」
え、どうしたんですか? と尋ねる周囲に、急に
「いえ何でもありませんわ」
ふんわりと笑い、そういえば、と、開始前に持ち込んだ箱をテーブルに上げる。
それから、何気ない様子でこう付け足した。
「この前、見当たらなかった仕分け済みの五万点分、見つかりましてよ」
「ええっ!」
箱の上から出した大きな袋に、確かに皆、見おぼえがあった。
某テーマパークの大きな土産用のビニル袋に、すでに各ナンバーごとに中間集計を終えたチャック付きプラ袋が、きっちりと番号順に詰め込まれている。
「よかったー」
安堵の吐息が漏れる。
「どこにあったんですか?」
「委員長が、カン違いされて持ち出されたのですって」
あの委員長が……紀美はかすかに眉をよせる。
「念のために内容のチェックをしましょう」
早速春日が「合点承知」と受け取り、電卓を出して部屋の隅に寄る。
「どこにあったんですか?」
紀美が訊くと、
「紀美さんが教えて下さったので、助かりました。委員長に確認しましたら、所在がはっきりして、早速渡して頂きましたの」
委員長に立ち聞きしたのはバレてしまったようだが、とりあえず大きな問題が解決したのは紀美には嬉しいことだった。しかし、疑問は次つぎと沸いてくる。
委員長は、なぜ集計済みのものを持ち出したりしたんだろう?
本当に、うっかりと?
それに、いつ? 入院中にどうやって?
他にもひっかかることがあった。
紀美は口を開きかけたが、ミドリコはなぜか、それ以上の説明をする気はないようでくるりと背を向けてしまった。
「おいおいエミリ、ちょい待ちぃ」
フジコの罵声が飛ぶ。
「純正品じゃねえよ、それ。捨てて捨てて」
エミリがのろのろと拾い上げる。紀美もぎくりとして手を止めた。
「えー、メーカー名が書いてあるけど」
「書いてあっても純正品じゃないんだよ、そりゃ。カウントされねえんだって」
紀美も、いくつか箱に詰めてしまった気がする。あわてて該当の製品をつまみ出した。
「オメエもかよ、ったく、ド……」
言いかけて、ぴたりと口をつぐんだ。
紀美がうかがう限り、それほど機嫌は悪くなさそうだ。
「そーゆーヒッカケ問題みたいなの、近ごろ結構多いんだよ、汚ねえんだよなぁ」
そう言うと腕まくりをし直し、作業の続きにとりかかっている。
少し元気になってきたようだ。それに、紀美に対してもだが、以前はよく
「ドンくさいなあオメエは相変わらず」
と情け容赦なく罵倒していたエミリに対しても、やや遠慮がちになったような気がする。
洋二郎の件で、エミリが周りに「あの子はいい子だから信じている」と言いまわっているのが、どこかで伝わったのかも知れない。
十一月の三週目、カートリッジ発送が済んだ。
キャプソン三箱、エノン二箱が次々と事務室に運び込まれた時に、事務長の三宅が
「わぁ」と思わず歓声を上げた。
それから、あたりをそっと見回してから、運んできたメンバーに
「がんばってくださいね」
と、声を潜めて、胸の前で小さくサムアップしてみせた。
学校職員の間にも、サンマークの騒ぎは話題になっていたようだ。
そして職員の中にも、控えめながらも、応援の声は少しずつ広がっていたようだ。
活動日にやって来たメンバーを見つけて、走り寄って小さな封筒を手渡す若い女性教師もいた。
「なんかさぁ……」受け取った春日は妙に照れながら言う。
「こうゆうジャンルの恋愛ものみたいで、うれしはずかしだわー」
十一月の最終週。
「まーたカートリッジが出てきたよ、もう発送しちまったのにさ」
フジコが肩に箱を載せて、印刷室から帰ってきた。
「ま、来年に回せばいいんだけどさ」
春日が眼鏡の縁を押し上げる。
「フジコさん、来年もやる気?」
「フジコさん、来年もやる気~」
フジコは春日の真似をして復唱する。すっかりいつもの元気が戻っている。
ちょうど、前期の検収結果が届いたばかりだった。
集計は、さすが委員長とミドリコの監修が入っていたおかげか、間違いは0だった。
「サンマーク残高は、正式に二十七万飛んで九二三点、となりました」
春日が噛みしめるように、皆に宣言する。
いっせいに拍手が沸いた。
メンバー総出で、追い込み作業に入っている時、
「お疲れさまでーす」
ヤマダが入ってきた。手に膨らんだ茶封筒を持っている。
伊藤がすぐに出迎えた。
ヤマダが「これ」と差し出す茶封筒を、やだ~~! と大げさに驚いて受け取る。
「どうしたんですか? こんなに!」
テーブルに開けてみると、サンマークがどっさりと出てきた。
あんがい奇麗に切られているものが多い。
「前にね、スーパーに持ち込んでいた人が近所にいて、その人から預かりまして」
「ありがとうございますー!」
「なんか、この部屋すっきりしちゃいましたね~」
ヤマダは周囲を見渡しながら言う。
「前にたくさん、ビニールの袋に入れて、マーク積んでありましたよねー」
「ああ、仕分け前のやつ」伊藤が無邪気に答える。
「副委員長が決めたんです。作業室に置きっ放しにするの、止めたんですよ。仕分けしたのも全部。だって」
テーブルの上のマークを仕分け前の箱に集めていたミドリコが、急に割って入った。
「そうなんです、もうじき作業もひと区切りつくし、来年はどうなるか分らないので、いったん片付けに入った方が、よろしいかと」
ヤマダに向き直って、丁寧にお辞儀をする。
「本当に、ありがとうございます。ご近所の方にもよろしくお伝えくださいまし」
「ボクも、応援してますから」
ヤマダが爽やかにそう言い残し、作業室から去っていく。
はあ~、やっぱりカッコイイわぁヤマダ先生、伊藤が頬に手を当ててそうつぶやき、
「ですよねー」
そうふり向いた時、ミドリコの様子にふと、真顔に戻る。
「どしたんですか?」
ミドリコは、たった今ヤマダから届けられ、箱に入れたサンマークを細い指で軽くかき混ぜ、真剣な表情でじっと見つめている。
「……」
え、どうしたんですか? と尋ねる周囲に、急に
「いえ何でもありませんわ」
ふんわりと笑い、そういえば、と、開始前に持ち込んだ箱をテーブルに上げる。
それから、何気ない様子でこう付け足した。
「この前、見当たらなかった仕分け済みの五万点分、見つかりましてよ」
「ええっ!」
箱の上から出した大きな袋に、確かに皆、見おぼえがあった。
某テーマパークの大きな土産用のビニル袋に、すでに各ナンバーごとに中間集計を終えたチャック付きプラ袋が、きっちりと番号順に詰め込まれている。
「よかったー」
安堵の吐息が漏れる。
「どこにあったんですか?」
「委員長が、カン違いされて持ち出されたのですって」
あの委員長が……紀美はかすかに眉をよせる。
「念のために内容のチェックをしましょう」
早速春日が「合点承知」と受け取り、電卓を出して部屋の隅に寄る。
「どこにあったんですか?」
紀美が訊くと、
「紀美さんが教えて下さったので、助かりました。委員長に確認しましたら、所在がはっきりして、早速渡して頂きましたの」
委員長に立ち聞きしたのはバレてしまったようだが、とりあえず大きな問題が解決したのは紀美には嬉しいことだった。しかし、疑問は次つぎと沸いてくる。
委員長は、なぜ集計済みのものを持ち出したりしたんだろう?
本当に、うっかりと?
それに、いつ? 入院中にどうやって?
他にもひっかかることがあった。
紀美は口を開きかけたが、ミドリコはなぜか、それ以上の説明をする気はないようでくるりと背を向けてしまった。
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