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第三章 8月・夏休み

ここで決着を、ふたたび

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 あの、前から不思議に思ってたんですけど。

 と、紀美がつい口を滑らせてしまったのが、夏休み集中作業二日目の騒ぎの、そもそもの発端だった。
 なんとなくこの場に不足している『サークルメンバーが互いに分かり合い支え合っている場に独特のまろやかな空気』を少しでも醸し出そうとしたのかも知れない。
 しかしそれが今まで何度、地雷となってきたか。
 コンマ数秒後にそう思い返し、やっぱりもう少しサンマークとは関係ない話題に変えようかと思った矢先、委員長がすかさず
「なに」
 鋭くつっ込んできた。

 委員長は常々、紀美に対しては
『分からないことがあったら何でも訊いてちょうだい』
 とは言ってはいたが、それでもいつでも質問はかなりの勇気を必要とした。
 委員長は、優しい時はそれなりに優しい。紀美が04の竹輪と46の冷凍食品を間違えて同じイチゴパックに仕分けした時も、優しく
「これは案外、間違えやすいんだよね」
 と、笑顔で直してくれた、まあ、指先はマッハのスピードで動いていたが。
 しかし細かい作業中のダメ出しの数々、今思い出しても「悪魔か……」と思えることがあまりにも多かった。
 機嫌が悪くなったら、どんな仕打ちにでるか分かったものではない。

 今日の委員長の返しは、どちらかというと、低気圧が急速に接近している感覚だった。
 夏休みの初日からミドリコと渡り合ったばかりで、まだ心の中の荒武者が静まっていないのだろうか。

 すでに室内に暗雲が立ち込めつつあるのが感じられる。
 それでも言いかけたことを呑みこむのは、もっと恐ろしい。
 紀美は勇気を出して、こめかみにかすかに力を込めて、こう言ってみる。
「最初に、机に出したマークを全部、表側にひっくり返してから仕分け作業を、って聞いてたんですけど、委員長、裏向きのままでどんどん仕分けしてますよね」

 いっしゅん、しん、となって紀美は果てしなく後悔した。
 やはりバリバリの地雷だったのか? 
 このサークルが編み出した手法に対する意見は、ご法度なのだろうか?

 そこまで思ってしまった時、窓際の席にいたミドリコがなぜか、ふっ、とやわらかく笑った。
 それだけで、どす黒く濁り出したヤバイ帯電地帯に爽やかな風が吹き抜けた気がするのが不思議だ。
「それはね、初心者の方向けの手法なんですのよ」

 しかし、すでに活動四年目に入ったといわれる春日ですら、まず、いちいち表に向ける作業を行っている。いつまでが初心者と言えるのかは疑問だが。
 何にせよ委員長はたいがい裏向きの、マークの見えないボール紙素材など不透明なものさえ、わざわざ表を確認することなく、仕分けエリアに投げ込んでいる。
 同じような大きさで四角く切ってあるだけにも関わらず、なのだ。
「そうそう、アタシなんかもまだ全部表にしないと、だけど。ねー委員長?」
 すかさず媚びるような口調で、伊藤が割って入った。
「委員長はね、日本でも、サンマーク仕分け人の数パーセントしか存在しない、貴重な仕分けのプロなんだよ」
「ええ?」
 あまり呆れた口調にならないように、紀美はイントネーションを注意した。

 サンマーク仕分け人って何だよソレ。心の声が冷静につぶやく。

 伊藤は我がことのように、かわいい小鼻をふくらませて付け加えた。
「委員長はねえ、ほとんど全部、裏向きでも何のマークか、判るんですよねー」
「すごし、委員長すごし」春日のナレーション的相槌が入る。
「いやいやいや」
 珍しく委員長が笑いながら手をぴらぴらと振った。しかしすぐ真顔になる。
「ほとんど全部じゃ、ないよ。もれなく全て、です」
 紀美は思わず委員長をガン見する。
 伊藤が自身では可愛いと思ってるらしき悲鳴をあげた。
「ええっ、じゃあ全国ナンバーワン、てことじゃないですかー! きゃーーー」
 しかし、窓際からの落ちついた声に、紀美は更に目を見開く。
「あら、私もですのよ」
 肩にかかる縦ロールをかるく人さし指にかけ、ミドリコが光の中、立ち上がっていた。
「セレブ仕分け人すごし、セレブすごし」
 春日のナレーションが入る。

 委員長とミドリコとの間に、またもや青白い火花が飛び交っているのが紀美には確かに見えた。

「でもそれって」
 伊藤が、少しばかりとげのある目をミドリコの方に向ける。
「紙の、例えばチョコの空き箱とラップの箱とかでも、区別つくんですか?」
「10のハギラップはね」
 委員長のレクチャー口調が入り、状況はやや緊迫の度合いを弱める。
「ある程度大きさがあるし、だいたい長方形だよね。スープの小さい紙やチョコの蓋の紙は、切らずに回収箱に出してあれば特徴的な形ですぐ判るし、切って出す人でも、その人のちょっとした習性やクセで切り方がかなり、偏ったりするんだよね」
「あと、ホイラップのマーク裏には特徴的な丸い型押しの痕がついていることが多いの」
 ミドリコが委員長に並んで立つ。
 こういう時には、似合いのペアという感じで、まるっきり仲違いなどしそうにもないように見えるのだが。
「厚紙どうしを圧着した痕だと思うのね、多分」

 ラップなぞ使ったことがない、いつも食品保存はドイツ製の蓋つき専用食器を使うと言っていたミドリコがラップの箱についてここまで熱く語るのか、紀美は珍種の動物を眺めている目になっていたかもしれない。

 そう、と委員長はミドリコの方に軽くうなずいてみせる。そしてまたレクチャー。
「紙の厚さや色の違いもダイジなの、例え誰かがわざと同じ大きさで切りそろえてあったとしても、あたしにはすぐにどれがどのマークなのかが判る」
 断言した。
「あら、私もよ」
 ミドリコがレースのハンカチで口を押さえてさらりと言った。
「では」
 委員長、ミドリコから一歩離れ、びしりと指をさす。

「どちらが一番か、ここで決着をつけましょうか」
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