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第三章 8月・夏休み
ショージ乱入
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「出た! どこまでも続く『永遠の一列つなぎ』!」
春日がつい解説をしてしまう。
「懐かしーねー」
フジコが馬鹿にしきった声を出す。
「前にもそんなことやったよねー」
委員長の顔からは血の気が引いていた。
「今まで……何のためにやり方を整えてきたと思ってんの?」
「過去の中にも、学ぶべきことはあると思いますの、わたくしは」
「ちょっと……委員長もミドリコさんも、お、落ちついてください」
さすがの伊藤も、二人の間でおたついているだけだ。
委員長とミドリコとが言葉の刃で斬りあっている間に、エミリが紀美に解説する。
「委員長の前の委員長のやり方に似てるかな。六合さんつうワンマンで」
この委員長以上のワンマンがいたのが、まず紀美には驚きのツボだった。
六合前委員長は一昨年度までなんと三年にわたり委員長の座に君臨していた伝説の女帝だったそうだ。
とにかく、作業の速さ重視という人だったらしい。
「今のメンバーは伊藤さん以外、全員知ってるよ、六合委員長。松江さんとウチは、六合時代の最後の年からの参加でビシバシしごかれたけど、成島現委員長もしょっちゅう六合さんと対立してた」
「えっ」
あの委員長が?
「六合さん、集めてきたマークはとにかく切らずに、バラバラのままテープで留めてさ、ビニールのヒラヒラしたのは十枚ずつホチキスで留めてたな。で、どんどん集計袋に突っ込んでたね。
あの頃は二か月に一度は発送してたし。六合さんが、こんなゴミは早く処分しないと、ってよく言ってた。だからはみ出そうがどうしようが、お構いなしで。集計表が返ってくるたびに、間違いだらけでたくさん修正されてた。でも六合さんは『どうせサンマークの組織の人たちは、給料もらって集計の見直しをやってるんだ、いくらでも直せばいいんだよ』って言ってたねえ。
それをある日、委員長が『おかしい』って言ってね、逆に六合さんに散々、いろんなこと言われて、結局泣かされて。いっときは委員長、ずっと活動に来なかったし」
六合の末っ子が卒業して彼女が鴨池小を去ってすぐ、成島が委員長に決まったのは、本人の意向ではなかったのだと言う。
「もう二度とやりたくない、って言ってたのをさ、他の人らからどうしても、って頼まれて、さんざん渋ったけど最後には『じゃあ、私のやり方に合わせてくれるなら』ってことになって」
新委員長になったばかりの昨年度は、試行錯誤の連続だったらしい。
それでも二学期以降には、現在の体制がほぼ、出来上がったのだそうだ。
「歴史よ、歴史よね」
春日が当時を思い起こしているのか、腕を組んだまま何度もうなずいている。
三人の間を、手刀を立てながらフジコが通る。
「ちょいとごめんなさいねー。休憩。空気吸ってくる」
「あっ」春日が戸口に立ちふさがった。
「この危機にトンズラこきやがるとは!」
フジコが鼻で笑って、軽くあごをしゃくる。
それに合わせ、三人は中に目を戻した。
いつの間にか、喧噪は止んでいた。
委員長とミドリコは、教室の隅で頭を寄せ合い、何やら真剣に話し合っている。
伊藤は委員長が何か言うたびに、「ですよねー」と激しく同意している。
どちらにせよ、嵐は去ったようだ。
平メンバー作業中もずっと、二人の話し合いは続いていた。
すでにどちらの表情にも険はない。
伊藤だけが偉そうに
「アタシが間にいなかったら、どうなったことか」
と、さも大仕事を終えたかのように皆に語っている。ロクに手は動いていない。
帰り際に、協議の結果が発表された。
かいつまんで言うと、どちらの方法も採用されることとなったらしい。
今まできちんと切られたものについても、台紙が不要なものは一列にテープ留めをして、キリのよい数で長いリボン状にするか束にして、そのまま集計の袋に入れる。
台紙に貼る方がわかりやすいものについては、続けて台紙を使用する。
現在端数まで台紙を使用している分までは、台紙いっぱいになるまでマークを貼る。
「台紙に貼らずに直接テープでつなげていいサンマークのナンバーと種類をまとめておいたから、これ見て、」
その時、急に入口のドアが開いた。
「あれ? なんだ今日これ」
背の高い、紺色のジャージ姿の男が覗きこんだ。
「ショージかよ……」
紀美の脇で、伊藤が床を向いて小声で吐き捨てた。
高学年の体育を担当している東海林という教師だった。
いつもはとかしつけている短髪が、夏休みに入ったという油断なのか、つんつんと乱れながら天を向いている。
「あー、紙切りクラブね、夏休みもあんの?」
委員長が「はい」と真面目に答えると、
「たいへんだね~」
そう言ったかと思うと、ばたんと戸を閉めて去って行った。
「何だよアレ」
フジコが鼻で笑うと、春日も「なんだよアレ」とくり返す。
「いつも何だかよく分んないヤツだよなー」
「あの先生は……?」
「何が面白いのか、時たま覗きにくる」
紀美の目に浮かんだ質問に、エミリが無表情で答えた。
「ショージは子どもには人気あるけどね、冗談なのか本気なのか、いま一つ掴めない。地元川上大教育学部卒、三十二歳独身」
「ショージ、ウチらに何の恨みがあるんですかね、委員長?」
伊藤が頬を膨らませて
「私、アイツ大っキライ。マーク集めている時も『こんなメンドクセーこと、ホントに好きでやってんの?』って真顔で訊いてくるし。デリカシーないし」
とぶつくさ言っているのを見ても、委員長は特にお構いなく、先ほどの続きとばかり紙を一枚取り出し、皆の前に拡げた。
「さっきの話だけど、一覧表にしたから。左が、台紙使用のもの。右が、ちょっと面倒だけどよく確認してね。一列に貼るもの、二列で貼るもの、互い違いに貼るもの……向きにも気を付けてね。商品の種類によってマークの大きさとか形が違うでしょ? たとえば末永の製品は古いものも入れて全部で九種類のパターンがあって……」
ミドリコは、あれだけ委員長と丁々発止と渡り合った後なのに、汗ひとつかかずににこやかに座っている。
委員長の様々な方針説明に慣れている連中は、さも理解しているかのように、はい、はい、と聞きいっている。
いや、ぜったいに聞き流しているに違いない。
紀美は説明を受けながら、台紙時代の終焉にひそかに心の中で涙していた。
(ずっと……こっちの方が……めんどうじゃん)
明日もまた、続けてサンマークなので、あった。
春日がつい解説をしてしまう。
「懐かしーねー」
フジコが馬鹿にしきった声を出す。
「前にもそんなことやったよねー」
委員長の顔からは血の気が引いていた。
「今まで……何のためにやり方を整えてきたと思ってんの?」
「過去の中にも、学ぶべきことはあると思いますの、わたくしは」
「ちょっと……委員長もミドリコさんも、お、落ちついてください」
さすがの伊藤も、二人の間でおたついているだけだ。
委員長とミドリコとが言葉の刃で斬りあっている間に、エミリが紀美に解説する。
「委員長の前の委員長のやり方に似てるかな。六合さんつうワンマンで」
この委員長以上のワンマンがいたのが、まず紀美には驚きのツボだった。
六合前委員長は一昨年度までなんと三年にわたり委員長の座に君臨していた伝説の女帝だったそうだ。
とにかく、作業の速さ重視という人だったらしい。
「今のメンバーは伊藤さん以外、全員知ってるよ、六合委員長。松江さんとウチは、六合時代の最後の年からの参加でビシバシしごかれたけど、成島現委員長もしょっちゅう六合さんと対立してた」
「えっ」
あの委員長が?
「六合さん、集めてきたマークはとにかく切らずに、バラバラのままテープで留めてさ、ビニールのヒラヒラしたのは十枚ずつホチキスで留めてたな。で、どんどん集計袋に突っ込んでたね。
あの頃は二か月に一度は発送してたし。六合さんが、こんなゴミは早く処分しないと、ってよく言ってた。だからはみ出そうがどうしようが、お構いなしで。集計表が返ってくるたびに、間違いだらけでたくさん修正されてた。でも六合さんは『どうせサンマークの組織の人たちは、給料もらって集計の見直しをやってるんだ、いくらでも直せばいいんだよ』って言ってたねえ。
それをある日、委員長が『おかしい』って言ってね、逆に六合さんに散々、いろんなこと言われて、結局泣かされて。いっときは委員長、ずっと活動に来なかったし」
六合の末っ子が卒業して彼女が鴨池小を去ってすぐ、成島が委員長に決まったのは、本人の意向ではなかったのだと言う。
「もう二度とやりたくない、って言ってたのをさ、他の人らからどうしても、って頼まれて、さんざん渋ったけど最後には『じゃあ、私のやり方に合わせてくれるなら』ってことになって」
新委員長になったばかりの昨年度は、試行錯誤の連続だったらしい。
それでも二学期以降には、現在の体制がほぼ、出来上がったのだそうだ。
「歴史よ、歴史よね」
春日が当時を思い起こしているのか、腕を組んだまま何度もうなずいている。
三人の間を、手刀を立てながらフジコが通る。
「ちょいとごめんなさいねー。休憩。空気吸ってくる」
「あっ」春日が戸口に立ちふさがった。
「この危機にトンズラこきやがるとは!」
フジコが鼻で笑って、軽くあごをしゃくる。
それに合わせ、三人は中に目を戻した。
いつの間にか、喧噪は止んでいた。
委員長とミドリコは、教室の隅で頭を寄せ合い、何やら真剣に話し合っている。
伊藤は委員長が何か言うたびに、「ですよねー」と激しく同意している。
どちらにせよ、嵐は去ったようだ。
平メンバー作業中もずっと、二人の話し合いは続いていた。
すでにどちらの表情にも険はない。
伊藤だけが偉そうに
「アタシが間にいなかったら、どうなったことか」
と、さも大仕事を終えたかのように皆に語っている。ロクに手は動いていない。
帰り際に、協議の結果が発表された。
かいつまんで言うと、どちらの方法も採用されることとなったらしい。
今まできちんと切られたものについても、台紙が不要なものは一列にテープ留めをして、キリのよい数で長いリボン状にするか束にして、そのまま集計の袋に入れる。
台紙に貼る方がわかりやすいものについては、続けて台紙を使用する。
現在端数まで台紙を使用している分までは、台紙いっぱいになるまでマークを貼る。
「台紙に貼らずに直接テープでつなげていいサンマークのナンバーと種類をまとめておいたから、これ見て、」
その時、急に入口のドアが開いた。
「あれ? なんだ今日これ」
背の高い、紺色のジャージ姿の男が覗きこんだ。
「ショージかよ……」
紀美の脇で、伊藤が床を向いて小声で吐き捨てた。
高学年の体育を担当している東海林という教師だった。
いつもはとかしつけている短髪が、夏休みに入ったという油断なのか、つんつんと乱れながら天を向いている。
「あー、紙切りクラブね、夏休みもあんの?」
委員長が「はい」と真面目に答えると、
「たいへんだね~」
そう言ったかと思うと、ばたんと戸を閉めて去って行った。
「何だよアレ」
フジコが鼻で笑うと、春日も「なんだよアレ」とくり返す。
「いつも何だかよく分んないヤツだよなー」
「あの先生は……?」
「何が面白いのか、時たま覗きにくる」
紀美の目に浮かんだ質問に、エミリが無表情で答えた。
「ショージは子どもには人気あるけどね、冗談なのか本気なのか、いま一つ掴めない。地元川上大教育学部卒、三十二歳独身」
「ショージ、ウチらに何の恨みがあるんですかね、委員長?」
伊藤が頬を膨らませて
「私、アイツ大っキライ。マーク集めている時も『こんなメンドクセーこと、ホントに好きでやってんの?』って真顔で訊いてくるし。デリカシーないし」
とぶつくさ言っているのを見ても、委員長は特にお構いなく、先ほどの続きとばかり紙を一枚取り出し、皆の前に拡げた。
「さっきの話だけど、一覧表にしたから。左が、台紙使用のもの。右が、ちょっと面倒だけどよく確認してね。一列に貼るもの、二列で貼るもの、互い違いに貼るもの……向きにも気を付けてね。商品の種類によってマークの大きさとか形が違うでしょ? たとえば末永の製品は古いものも入れて全部で九種類のパターンがあって……」
ミドリコは、あれだけ委員長と丁々発止と渡り合った後なのに、汗ひとつかかずににこやかに座っている。
委員長の様々な方針説明に慣れている連中は、さも理解しているかのように、はい、はい、と聞きいっている。
いや、ぜったいに聞き流しているに違いない。
紀美は説明を受けながら、台紙時代の終焉にひそかに心の中で涙していた。
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