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第三章 8月・夏休み
トップツー直接対決
しおりを挟む「おはようございま……うっ」
作業室に入りかけた紀美は、思わず首をすくめた。
鋭い声が室内を切り裂いていたのだ。
「それって全否定じゃないの??」
おそるおそるのぞいて、更に固まる。
教室のまん中、作業用に並べかけたテーブルの間で、委員長とミドリコとが対峙していた。
「台紙の重量、馬鹿になりませんことよ。それに作業からひと手間減らすのは、委員長お好きな合理化にも結び付くでしょ?」
「台紙の重量だったらすでに推定で計量済み。それにスーパーなど外部から回収した分は、どうせ周りをちゃんと切らないとどうにも揃わないし、ローハスマークとか砂糖のベタベタとか、余分なものを取るチェックも必要だと思わない?」
「ポテトチップスの油とか砂糖のベタベタなんかは、ナンバーをまとめる時でもまとめてきれいにできましてよ」
どちらも、一歩も譲る気はないようだ。
中に入れなくて固まっていた紀美は、すぐ入り口近くにやはり立ち止まっていた春日に目で助けを求めた。
春日が近寄ってきたので「あれは?」と尋ねると、春日は
「嵐です」
声だけは重々しく、そう宣言した。
「たまにこの地を襲う嵐、ソイツが夏休み早々襲ってきたのです」
夏休みの活動は、本当に必要なのか?
夏休み直前のことだが、紀美は勇気を振り絞って委員長に尋ねたことがある。答えは至極単純。
「もちろん」
だった。
九月に入ってすぐ、前期分のマーク発送を行うのだそうだ。それまでに現在集まっているマークをすべて袋詰めして集計し、梱包しなければならない、と。
そう答えた委員長、やや目つきが尖っていた。
「紀美さん何か用事あるの? 夏休み中、ずっと」
「……いえ、ずっとは」
ルイがようやく泳げるようになったので、何度かプールにつれて行ってやりたいと思っていた。
八月には泰介と自分との両方の実家に行かねばならない。特に、泰介の実家では初盆にあわせた法事もある。
それはすでにサークルでの打ち合わせ時に報告していたのだが、家庭事情はだいたいどこも似たり寄ったりで、結局、七月末から八月頭の平日連続5日間、午前九時から正午まで連続して作業を行うことに決まっていた。
残念なことにその間、紀美には特に用事がなかった。
学校ではプール解放もあるので、ルイは大喜びだ。
「まいにちプールに行ってもいいんだ! やったー」
ついでに、目をキラキラさせてこう言った。
「プールでこまったら、ママのところにすぐ行くね!」
いやいやいや来んでもええ、心でそう拒否しながらも、まあ結局一緒に登校して一緒に帰れるから、少しは便利なのかもしれない、と自分に納得させる。
ところがルイはさっそく、お友達とプールに行く約束をしていた。母、見捨てられていた。
さて現在。
委員長とミドリコとはまだ睨み合っている。
その対決のさ中、いつの間に近づいていたのか、唐突に、エミリが背後から紀美と春日の話に割り込んだ。
「ナンバーごと分ける前に、集めてきたマークをいちいち決められたように切ってるしょ? あれを止めて、いきなりナンバーごと振り分ければ? って副委員長が提案した」
「へえ」
確か、委員長は最初の時に切り揃えることについて、
『ここでひと手間かけるんだ』
とは自慢げに言っていた。
それでも、クラスごとに集められたものについては、それなりに切り方は統一されているものが多かった。
新年度開始時に、サンマークからのお願い、というチラシを全校配布していたのが効果を奏していたようだ。
昨年度末までの反省を活かし、委員長が頭をひねったらしい。
『マークは、きめられた切りかたで出してね』
キャラクターのサンちゃんがハサミ振りかざし、吹き出しの中にそう可愛くお願いしている。そして、その下にはかなり細かい『ローカルルール』が記載されていた。
それを覚えるまでに、案外時間がかかった。
チョコの包み紙は周りギリギリ、ローチのガムは周囲を約五ミリ残す(このマークはマーク史上最小部類に属していた。本体サイズがミリ単位だった)、半円形のスープのボール紙マークは、半円の弧を二ミリほど切り落とす、等々。
確かに揃えられたマークは、台紙に貼り付けやすく、ずらりと並んだ時にも百枚、二百枚単位でも数が一目で把握できるのが魅力ではあった。
しかしそこまで配慮する家庭ばかりではない。
ミリ単位のマークなのに、視力の良さを誇示するためか縁ギリギリに切って出されたもの、包みから破り取って周りがギザギザになったものなどもよく混じっていた。
それに、問題は外にもあった。
以前から、近隣のスーパーマーケットや公共施設などにも数か所、鴨池小サンマーク運動の回収箱を置かせてもらっているのだ。
そこから集まってくるマークまではさすがに、切り方までとやかく指示できないため、結局、仕分けの前にいくらかは切り揃える必要がある。
公民館の回収箱にはよく、インスタントラーメンやマヨネーズの袋がそのまま突っ込まれていた。サンマーク運動を知らない人から見れば単なるクズ箱に見えるだろう。
ハサミがすぐに手元にない、でもマークがついている、よしとりあえず寄付しよう、という、『ざっくりした善意の方々(春日すず・談)』も複数、存在しているようだ。
フジコはそんなまるごとの袋からマークを切り取るたびに
「ラーメン食ってそのまんまゴミ捨てんじゃねーよ!」
とか
「マヨネーズまるまる一本、口ん中に絞り込むぞオラ!」
とか、与太者と化すのが常だった。
ナンバー別に分ける前にすべてを統一規格にして、自分たちで作ったA4台紙にきちんと百単位で貼り揃え、間違いなく集計をして発送する、それが委員長の理想だ。
一方ミドリコは、その台紙の重量が無駄だと感じたらしい。
台紙と言っても普通のコピー用紙に枠線を印刷したものだから一枚いちまいはたいした重さではない、が、大きめのマークも小さめのものでも、同じ枠内に貼っていくため、台紙の量だけでも半端ない。
委員長の統一規格台紙主義に、たった今ミドリコが反旗を翻したのだ。
エミリが小声で続ける。
「それに、マークの周りをきちんと切るのもやめようって」
小声にかぶさるように、委員長の怒気を含んだ質問が飛ぶ。
「じゃあ、ミドリコさんはどうやってマークをまとめるつもり?」
ミドリコの声はあくまでもさわやかだが、断固としたものだった。
「半円のこれは、上下に少しずつずらしながら、テープで留めていくの」
すでに小さな半円形のボール紙を上下ずらしながら一列に留めたものを用意してきたようだ。
ミドリコは長くつなげたそれを、新体操のリボンのように上に振り上げた。
「ばっ」
思わず声を上げる委員長。
「ばかじゃない」と叫ぼうとしたのか「ばちあたりな」とわめこうとしたのか、どちらにせよ、信じられないものを見てしまった表情だ。
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