4 / 39
第一章 5月6月
何だと思ってここに来た?
しおりを挟む
「委員長!」委員長フェチが嬉しげな叫び声をあげる。
黒い髪を後ろでまとめた女性が、茶封筒を小脇に抱えて教室に入ってきた。
これがさっきから何度も呼称されていた委員長本人らしい。
きっちりと後ろにまとめた髪といい、モノトーンの落ちついた上下といい、一見教師ふうでもあるし、オフィス勤めにも合いそうだし、どちらにせよ有能な仕事人という雰囲気を醸し出している。
たいして大きな背格好ではなかったが、黒ぶちの眼鏡の奥から光る目には、いかにもイインチョウだという半端ならざる力が垣間見えた。
「今日、月の締めだよね、突っ立っておしゃべりしてるヒマあんの?」
「すんません」
意外にも、すぐ反応したのは茶髪ヤンキーのフジコだった。
フェチのヒトは明らかに嬉しそうに、いそいそと自分の席らしい場所に戻っていった。
ミドリコはあくまでも優雅に、コケシはあまり表情も変えずやはり席につく。
「作業は少し止めて、聞いてくれる? 先に話をすることがあるから」
委員長はひと息にそう言ってから、
「あら」
急に、立ったままの紀美に気づいたらしい。
「あの」
紀美が話し出そうとすると、コケシがまた割って入った。
「この人、一年に転入した如月ルイちゃんのお母さん、紀美さん」
こわい。まだ名前まで言っていないのに。思わず横目でコケシを睨む。委員長も
「エミリさん、そゆことは本人が話すから」
そう釘をさした。
エミリは特に表情も変えず、とん、と席についた。
座る様子も体が固そうで、ほんと、コケシっぽいなあ、と紀美は改めてそのつむじあたりを見やる。
コケシに見えだすと、とことん見える。
つやのあるオカッパに天使の輪が奇麗に巻いているのも、ろくろで描いたようだ。紀美はついそちらが気になって
「……は?」
委員長の言葉を聞き逃した。
え? すみません、なんですか? そう聞き直すと、フェチがごくりとつばを呑んだ。
委員長が、忍耐強そうな笑顔で再度くり返す。
「如月さん、三波さんから今日の活動について、どこまで聞いてたの?」
「あのお、サンマークという、なんか、商品についているマークを集めてそれをお金に替えるんだと」
「まあ、ざっくり言えばそんな感じかな」
「週一回、ここでお仕事だとか。木曜日」
「まあ、基本的には」
ちょっとひっかかる表現だったが、紀美はまあ、細かいことはおいおい学んでいけばいいや、ととりあえず聞き流した。
ミドリコがそこで、口をはさんだ。
「サンマーク活動について、今までご経験がおありかしら?」
「いえ全然。サンマークというのも知りませんでした」紀美は正直に答える。「でも」
紀美はそれでも、せっかくだからやってみよう、と心に決めていた。
マークを切り取り、集めて、集計というのをやってどこかに送る。それだけでお金になるのだったら。
子どもたちのために、自分たちのためになるのだったら。
「やりながら色々覚えていきます。ご迷惑おかけするかと思いますが、ご指導よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
心なしか、場が和んだ気がした。
残念なのは、ここに優香が揃っていないことだが、それでも次回からは一緒に作業ができるのだから、また細かいルールは彼女からも聞けばいい。
「分かりました」
委員長がかすかに、目元を緩めて微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくね」
委員長フェチが笑って手を差し出した。
「ようこそ、サンマークボランティアクラブに」
思わず彼女の手を握ってから、紀美は硬直する。
「……ボランティア、なんですか?」
「そうよ」
ミドリコが爽やかに答えた。
「サンマークは、ボランティア活動の一環よ」
「え、でも……あの」
急にフェチが手を離した。声がかたい。
「如月さん、何だと思ってここに来たの?」
黒い髪を後ろでまとめた女性が、茶封筒を小脇に抱えて教室に入ってきた。
これがさっきから何度も呼称されていた委員長本人らしい。
きっちりと後ろにまとめた髪といい、モノトーンの落ちついた上下といい、一見教師ふうでもあるし、オフィス勤めにも合いそうだし、どちらにせよ有能な仕事人という雰囲気を醸し出している。
たいして大きな背格好ではなかったが、黒ぶちの眼鏡の奥から光る目には、いかにもイインチョウだという半端ならざる力が垣間見えた。
「今日、月の締めだよね、突っ立っておしゃべりしてるヒマあんの?」
「すんません」
意外にも、すぐ反応したのは茶髪ヤンキーのフジコだった。
フェチのヒトは明らかに嬉しそうに、いそいそと自分の席らしい場所に戻っていった。
ミドリコはあくまでも優雅に、コケシはあまり表情も変えずやはり席につく。
「作業は少し止めて、聞いてくれる? 先に話をすることがあるから」
委員長はひと息にそう言ってから、
「あら」
急に、立ったままの紀美に気づいたらしい。
「あの」
紀美が話し出そうとすると、コケシがまた割って入った。
「この人、一年に転入した如月ルイちゃんのお母さん、紀美さん」
こわい。まだ名前まで言っていないのに。思わず横目でコケシを睨む。委員長も
「エミリさん、そゆことは本人が話すから」
そう釘をさした。
エミリは特に表情も変えず、とん、と席についた。
座る様子も体が固そうで、ほんと、コケシっぽいなあ、と紀美は改めてそのつむじあたりを見やる。
コケシに見えだすと、とことん見える。
つやのあるオカッパに天使の輪が奇麗に巻いているのも、ろくろで描いたようだ。紀美はついそちらが気になって
「……は?」
委員長の言葉を聞き逃した。
え? すみません、なんですか? そう聞き直すと、フェチがごくりとつばを呑んだ。
委員長が、忍耐強そうな笑顔で再度くり返す。
「如月さん、三波さんから今日の活動について、どこまで聞いてたの?」
「あのお、サンマークという、なんか、商品についているマークを集めてそれをお金に替えるんだと」
「まあ、ざっくり言えばそんな感じかな」
「週一回、ここでお仕事だとか。木曜日」
「まあ、基本的には」
ちょっとひっかかる表現だったが、紀美はまあ、細かいことはおいおい学んでいけばいいや、ととりあえず聞き流した。
ミドリコがそこで、口をはさんだ。
「サンマーク活動について、今までご経験がおありかしら?」
「いえ全然。サンマークというのも知りませんでした」紀美は正直に答える。「でも」
紀美はそれでも、せっかくだからやってみよう、と心に決めていた。
マークを切り取り、集めて、集計というのをやってどこかに送る。それだけでお金になるのだったら。
子どもたちのために、自分たちのためになるのだったら。
「やりながら色々覚えていきます。ご迷惑おかけするかと思いますが、ご指導よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
心なしか、場が和んだ気がした。
残念なのは、ここに優香が揃っていないことだが、それでも次回からは一緒に作業ができるのだから、また細かいルールは彼女からも聞けばいい。
「分かりました」
委員長がかすかに、目元を緩めて微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくね」
委員長フェチが笑って手を差し出した。
「ようこそ、サンマークボランティアクラブに」
思わず彼女の手を握ってから、紀美は硬直する。
「……ボランティア、なんですか?」
「そうよ」
ミドリコが爽やかに答えた。
「サンマークは、ボランティア活動の一環よ」
「え、でも……あの」
急にフェチが手を離した。声がかたい。
「如月さん、何だと思ってここに来たの?」
11
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
人狼戦記~少女格闘伝説外伝~
坂崎文明
ライト文芸
エンジェル・プロレス所属の女子プロレスラー神沢勇(かみさわゆう)の付き人、新人プロレスラーの風森怜(かざもりれい)は、新宿でのバイト帰りに、人狼と遭遇する。
神沢勇の双子の姉、公安警察の神沢優(かみさわゆう)と、秋月流柔術宗家の秋月玲奈(あきずきれな)の活躍により、辛くも命を助けられるが、その時から、ダメレスラーと言われていた、彼女の本当の戦いがはじまった。
こちらの完結済み作品の外伝になります。
少女格闘伝説 作者:坂崎文明
https://ncode.syosetu.com/n4003bx/
アルファポリス版
https://www.alphapolis.co.jp/novel/771049446/998191115
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる