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二十六章 幕

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この四日間、犬カバの定位置は大体決まってアルフォンソの顔の横。

そいつも誰かに見つかっちゃあベッドから降ろされ部屋から閉め出されしてんだが……。

今はどこにも……と目を配る……と。

アルフォンソの足の辺り、部屋のドアから入って奥側の人目につきにくい位置で、掛け布団がちょっとだけ盛り上がってんのが見えた。

丁度犬カバがくるんと丸まって寝てるよーな、そんな盛り上がり方だ。

……あれだな。

呆れ半分に、思う。

「レイジス殿下、ミーシャ姫、取り急ぎ相談したい事案がいくつかございます。
この様な時に難ですが少しお時間よろしいでしょうか?」

「ああ、」

ガイアスの言葉に、レイジスが少し名残惜しそうにしながらも短く返して──それでもちゃんと、ガイアスの後に続いて部屋を出る。

続けてミーシャ、護衛二人、それに当たり前のよーに堂々とゴルドー、と部屋を出て……。

残ったのは俺と布団の中の犬カバ、それにここまで一切目立たずずっとここに立っていたジュードだけだった。

俺は色んな事にやれやれと一つ息をついて──俺はとりあえずまずは犬カバの方の解決に図る。

何にも言わずベッドに近づきアルフォンソの布団の端を捲ってやると、まさかバレるとは思っちゃいなかったんだろう犬カバが

「クヒッ!?」

と驚いて一つぴょんと飛び上がる。

そいつがベッドに着地する目に俺はその首根っこを掴み、捲った布団を元に戻した。

そーして短い足をジタバタさせる犬カバの顔を俺の顔の前に持ってきて言う。

「お・ま・えはまた何やってんだよ?
ミーシャやクライン夫人からも散々ここに来ちゃダメだって言われてんだろ?
んなにアルフォンソのとこが気に入ってんのかよ?」

言うと犬カバがしょぼんとしながら「きゅーん」と一つ鳴いてくる。

そいつがどーゆー『きゅーん』なのか、いまいち判別出来ねぇが……。

俺はまったく、って意味を込めてはぁ~っと一つ息を吐く。

「さっき、レイジスが護衛の人達やあのゴルドーの野郎も連れてここに来てたんだぜ?
レイジスは何も言わねぇだろーけど、護衛とかゴルドーに見つかったらきっとすげー怒られるぞ。
いい加減にしとけよ」

言うとそれにも「きゅーん」としょぼくれた声で返してくる。

ったく、ちゃんと分かってんのかよ?

半ば呆れつつその犬カバの『しょぼん』を見ている──と。

ジュードが淡々とした声を発してくる。

「……そういえばその犬カバは聖獣だという話があったな。
その生き血を飲み干せば不老不死になるとか」

その、あんまりにも淡々としすぎた声に──。

俺と犬カバは揃って一瞬ギクリと固まる。

それならその生き血をアルフォンソ様に飲ませれば……とか何とか、んな話をしだすつもりかと思ったから、だが。

「──以前、お前があばら骨を折って寝込んでいた時も犬カバは同じ様に病人のお前の側を離れなかった。
怪我の治りが医師も驚く程早かったのは、この聖獣がずっと側にいて体を癒していたからなのかもしれない。
今も同じ事をしようとしているんじゃないのか?」

大真面目に、そんな事を言ってくる。

つまりこの犬カバがアルフォンソの側を離れねぇのは、『聖獣』としての力を発揮してアルフォンソを癒そうとしてからなんだ、と。

まぁ確かに?

生き血を飲んで不老不死になるってんなら生きてる犬カバをただ近くにいさせとくだけでも傷の治りが早いとかそーゆー効果があるなんて話だって成立するかもしれねぇけど。

とにかく大真面目に、それも今ふとそう思ったとかじゃなく、この頃ずっとそう考えていた、みてぇな口調で言ってきたジュードに──。

俺と犬カバは思わず顔を見合わせ──。

「ぶっ」

俺は思わず一人吹き出しちまった。

犬カバがそいつにムッとした顔をするがしょうがねぇ。

「お、お前、言うに事欠いて、こいつが んな……。
ってぇか犬カバが聖獣だって話、本気で信じてたのかよ?」

それもただ聖獣だって信じてたってだけじゃなく、生き血がどうこうのくだりまで本気で信じてるとは思ってなかった。

思えばジュードの奴、前もトルスとサランディールを繋ぐ秘密の地下通路にまつわる呪いがどうとか大真面目に話してた事もあったし、顔に似合わず迷信に弱すぎるんじゃねぇのか?

思わずヒィヒィ言いながら腹を押さえて笑いこけてると、犬カバがブンブンッと首を回して俺の手から逃れ地面に着地し「ブッフ!」とこっちに向けて激しく抗議してくる。

ジュードも地味に不穏な表情で俺を見てくるがしょうがねぇ。

俺はどーにかやっとの思いで笑いを堪えると、ジュードに向かってごくごく当然の事を言ってやる。

「あのなぁ、聖獣とか何とか、んなのは単なる迷信だろ。
この犬カバの顔をよく見てみろよ、どこに んな『聖』の部分があるってんだよ?」

言うとジュードがちら、と犬カバの方へ目を向ける。

犬カバは視線に気づいてツンと鼻を上げ気位高げにして見せたが、ジュードの顔にゃあ若干の『確かに』感が出ていた。

「こいつはただアルフォンソがこんだけ弱ってっから心配してるってだけだろ。
それ以上でも以下でもねぇって」

簡単に、そう言ってやるとジュードが納得した様な、そうとも言いきれねぇ様な顔でただ犬カバを見る。

俺はそいつに嘆息して──そーしてごくごく軽い調子で「で?」と口にし、近くにあった木の丸椅子を引き寄せてそこに座る。

「そーゆーお前はまた何をずっと考えてんだよ?」

言ってやる。

ジュードが、この頃一人でなんかを考えてるって事は分かってた。

それも何かを思い詰める方向に、だ。
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