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二十五章 アルフォンソ

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流れる様に上から落ちる天蓋のレースと、掛け寝具。

その、一端が僅かに上にめくれている。

まるで誰かがその下に潜り込んだかの様に。

セルジオはそのベッドの掛け寝具に手を伸ばし──何の前触れもなくバッと上へ捲ってみた。

ランタンの明かりを通してベッド下を見てみるが、そこにあったのはただ、石床だけだった。

じろりとその目を、何もないベッド下の端から端まで巡らせて──セルジオはようやく掛け寝具からその手を離す。

他に部屋内に人の気配のない事を確認してから──……セルジオは再び、ベッド横にうな垂れ座り込む男の方へ目線を向ける。

まさかこの男が鍵を開け、寝具に手を触れた訳ではなかろうが──……。

では一体どこの誰の仕業だったというのか?

最後にもう一度部屋の端々に目を配り──セルジオはいつも通り男に食事を取らせ、その部屋を後にしたのだった──……。

◆◆◆◆◆

ガシャン、と再び、あの大きな錠前が扉にかけられる音がする。

そしてカツ、カツ、カツという足音が階下の方へ消えていく音──。

俺は──……そいつがすっかり塔からなくなってしばらくしても、その場・・・から動く事が出来なかった。

耳にいつまでも、奴の足音が響く気がする。

ドクドクと鳴り止まない心臓の音が、しつこく付きまとう。

天蓋付きのベッドの下、その石床の下にあった、収納庫みてぇな小さな空間──。

そこに俺は座り込んで息を潜めていた。

石壁に四方囲まれてるはずだが、外の音はハッキリと聞こえる。

いや──どうやらそういう風に造られた空間・・・・・・・・・・・・らしかった。

奴がいなくなって一時間弱はそこにいたんじゃねぇんだろうか。

俺はそこでようやく真っ暗闇の中天井にちょいと手を伸ばし、その石の少し凹んだ部分に手をかける。

少し力をかけると、パコリと天井の石床・・・・・の一部が持ち上がる。

辺りの様子を気配で探りつつ、俺はそこを抜け出した。

……部屋の外にかけられてた錠前はうっかりそのまま放置しちまったからな。

ここで同じ失敗はしねぇぞ、と開けた石床を元に戻して、這ったままベッド下から抜け出る。

そうするとそこには一時間以上前に見た時と同じ様に石壁に背を持たせかけ頭をうな垂れて座り込む男の姿があった。

俺は大きく──ただし音に出ねぇ様に静かに息を吐き、もう一度その男の姿を確認する。

あの時──……セルジオがここに上がってくるのを確信したあの時、俺にこの場所の存在を示してくれたのはこの、うな垂れて座り込む黒髪の男だった。

つってもそう大した反応があった訳じゃねぇ。

ベッドに近い左の指先がほんの僅かにピクリと動いてそいつが──俺の目には、ベッド下を示した様に見えた。

ひとまず隠れようとベッド下に忍び込んだら偶然手に触れた石床の一部がほんのわずかに窪んでて、そいつを押すとテコの原理で石床の一部が持ち上がった。

こいつはと思ってそいつを開けてみたらなんと下に収納庫みてぇな小さな空間があったんで隠れて再び石床を戻した──とそういう訳だ。

実際に男が教えようとしてくれたかっていうとかなり微妙な線ではあったが──……。

俺にゃあ、そんな風に思えた。

だから、

「──ありがとう、助かったよ」

きちんと、礼を言う。

声がちゃんと届いてるのかどうかは不明だったし、そもそも男が本当に俺にベッド下へ隠れろ、と促してくれようとしたのかさえ分からなかったが……。

まぁ、気持ちの問題だよな。

案の定男からは何の反応もねぇ。

……こうしてしっかりと落ち着いて見てみりゃあ。

当たり前ながら、男がダルクじゃねぇ事はすぐと分かった。

俺の記憶の中のダルクと比べると、全体的に線が細い。

食が細くて痩せちまったとかそういう事じゃなく、元々の骨格?が細いっつうのか。

背の高さはそれなりにありそうだし、もしかしたら立ったらダルクと同じくらいあるのかもしれねぇが、それでもダルクとは似て非なる人物みてぇだった。

……まぁ、当たり前、なんだけどよ。

俺は改めて男の前に腰を下ろし、その顔を覗き見る。

男の顔を覆う長い前髪を手で退けると、そこには端正な細面があった。

長いまつ毛。

そのぼんやりと虚ろな青い目を見た瞬間、一瞬……。

何か・・・が俺の頭の中で不意にカチリと噛み合った様な──……そんな気がした。

だが、そいつが何なのかを考える間もなく、俺は目の前の男に声をかける。

「──……アルフォンソ……?
あんた、アルフォンソ……なのか?」

端正な細面。

長いまつ毛。

レイジスっていうよりは、どっちかっていうとミーシャによく似てる。

ミーシャもレイジスも紫色の目をしてるからそこだけは少し違うが、それでも俺はほとんど確信的に、この男が俺の探していたアルフォンソ本人なんだと悟った。

男からは何の反応もない。

俺の声が届いているのかも定かじゃねぇ。

それでも俺はそいつに向けて声をかける。

「~皆、あんたの事心配してたんだぜ。
ミーシャも、レイジスも、ジュードも……!
ジュードは特に心配してて……。
あの内乱の日、あんたが何であんな行動を取ったのかって今も思い悩んでる。
一体、あんたの身に何が起きたんだよ?
何でこんな所に幽閉されて……」

ほとんど捲し立てる様に声をかけても、反応は全くねぇ。

ぼんやりと中空を見つめて、ただそれだけだ。

まるで生きてんのに、死んでるみてぇだ。
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